「其の夜の真心」 息もつかせぬキャプラのスクリューボール
原題:Broadway Bill (1934)
あらすじ
ダン(ワーナー・バクスター)は、ヒギンズヴィルに君臨している義父のJ.L.ヒギンズ(ウォルター・コノリー)の紙箱会社を経営していました。ヒギンズの長女マーガレット(ヘレン・ヴィンソン)と結婚してこの地位にあるものの、紙箱の仕事には興味が持てず、かつて身を置いていた競馬の世界に戻ることを夢見て、サラブレッドのブロードウェイビルの調教に余念がありません。ダンは、未婚で義理の妹のアリス(マーナ・ロイ)から夢を追うように励まされています。ある日いやいや会議に出たダンは、事業の落ち込みを叱責され、JLに馬を手放して仕事に専念するように命じられると、辞職してブロードウェイビルとともにヒギンズヴィルを飛び出しました。
ダンはインペリアル競馬場に着くと、インペリアルダービーにビルをエントリーしようとしますが、登録料500ドルの持ち合わせが無く、まず50 ドルでエントリーできる一般レースで優勝して登録料を稼ごうとします。しかし、ビルはレースで騎手を振り落として逸走してしまい、ダンは妻のマーガレットに、馬を落ち着かせるために、ビルと仲良しの鶏のスキーターを連れて来るようにと手紙を書きました。妻の代わりやってきたのは、ダンに恋しているアリスでした。アリスはそのままビルの世話をすることに決めてしまい、さらに登録料を捻出するために、内緒で自分のコートや宝石を売り、それと知らないダンに理由をつけて登録料を渡します。ところが、ダービーの前夜、ダンは馬の餌と厩舎代を支払っていなかったとして、馬は拘束され、ダンは刑務所に入れられてしまいました。
一方ある富豪が、ブロードウェイビルに冗談で2ドル賭けたことから、ビルが優勝するという噂が広まり、これは他の馬のオッズを上げることになるので、別の馬で勝負しようとしていたブックメーカーのエディ・モーガン(ダグラス・ダンブリル)を喜ばせます。ビルが拘束されていることを知ると、棄権されるのを防ぐために、エディはダンを刑務所から釈放し、トップジョッキーをビルを抑えるように買収して、ブロードウェイビルに乗れるように手配します。ところが、レースが始まるとブロードウェイビルは、ジョッキーの抑えもはねのけて勝利に向かって走り、見事優勝。しかし、ゴールラインを越えると、ブロードウェイビルは倒れ、心臓の負荷で亡くなってしまいました。そしてビルの葬儀の後、ダンはアリスを残して競馬場を去っていきました。
2年後、ダンとマーガレットは離婚しており、JLは金の亡者のような行いを改め、保有資産をすべて元の持ち主に戻そうとしていました。そして、一族に最後の売却を通知しているところに、ダンが車のクラクションを鳴らしながら到着し、JLに「プリンセスを暗い塔から解放しろ」と要求します。これを聴いて喜んだアリスが駆け付けると、そこにはダンとともに、2頭のサラブレッドが待っていました。二人が新しい門出の準備をしていると、JLも一緒に連れて行ってくれと追って走り出すのでした。
フランク・キャプラ監督の作品はけっこう好きで、いくつかの作品を見ましたが、シネマヴェーラでフランク・キャプラ監督の特集が組まれているので、まだ見たことのないこの作品を見に行きました。この時期の作品の中では、見る機会の比較的少ない作品だと思います。で、感想はというと、とても面白かった。見て良かったなぁ…という感じが残りました。まずは、息もつかせぬコメディ展開が素晴らしい。キャプラの同年の作品としては、名作の「或る夜の出来事」がありますが、この作品も負けず劣らず、笑いの絶えないスクリューボールコメディでした。
そして、映像のメリハリが素晴らしいというか、衝撃的です。後半の富豪が2ドルで馬券を買ったという噂が広まるところ。これは、その前の競馬場で穴馬情報が広まるところと呼応しますが、この広まり方に後年の「群衆」の雰囲気を思わせる、群集心理を感じました。そして、ブロードウェイ・ビルの衝撃的な場面。可哀そうですがこの衝撃は見事でした。ブロードウェイ・ビルには、いろいろな思惑で動く社会に対する、純真無垢な魂の叫びを感じます。コメディで終わらない、キャプラの社会に対する良心を感じます。
久しぶりにキャプラ監督の作品を見て、戦後の映画の復興時に設立したリバティ・フィルムの3人を思い出します。ウィリアム・ワイラー、ジョージ・スティーブンスとフランク・キャプラの3人。ウィリアム・ワイラーは完璧なまでに構築感のある質の高い映画を作りますが、その向けられた方向はまさにフランク・キャプラが描いた群集心理を操作する力を持っていました。ジョージ・スティーブンスは、のちにイージー・ライダーで描かれるような、アメリカ社会の田舎の保守的な不寛容を体現しているような人物という風に思えてなりません。そんな中でフランク・キャプラの作品からは良心を感じます。古い作品や戦後の作品を見ていないので、なんとも言えないところもありますが、やはりキャプラの作品は好きなのです。
2024.7.14 シネマヴェーラ渋谷にて