支援者の資質を磨く② ~嘘はいけない
許される嘘があるとすれば、
たとえば、の話である。
疲れている人、風邪を引いている人がいて、
絶対に休んだほうが良いと傍目にも分かるのに
仕事上の責任感が強くて無理して仕事しているのがありありと分かる時に、周囲の人が「早退して休んだら?」と言うのを聴かずに仕事している人がいたと設定すると、
「早く帰りな。じゃまじゃま」
って、これは通常はきつい一言だけど、
そう、「ちゃんと、君が責任を感じていることは分かったから、その分は、残った者で何とかするから甘えて帰ってよいんだよ」という気持ちで
その人の気持ちの負担(早く帰ったら迷惑なのではないだろうか)
というのを、
「いや、早く帰って休んで、早く治すのを待っているよ。その方がみんなのためだよ」という思いを伝えるために、本人が気づくように伝えるために「じゃまじゃま」と言うことがあるとしよう。実際にそういうことはあるのだが、それは、本人に対し「早退しては?」と同僚がアドバイスするのに「いや、大丈夫です」と言い張ってちっとも助言を聴こうとしない場合に、そういうことも発生することがある。これは自閉脳の人には分かりにくい事態だろうが、NT(定型脳)には非常にありがちなセッティングだ。
しかし、「じゃまじゃま」と言った人だって、
本当に邪魔だと思っているのではなく
こうでも言わないと
「いや、ご迷惑をおかけしてはいけないから休みません」
って、言い張る本人のカンチガイから目を覚まさせる言葉が見つからない場合に使うことがあると言うわけだ。
(注:あくまでこれは例です)
「早退しません」と言い張るところが、人間として未熟だし、
「これ以上ひどくならないために、早く休んで」と声をかける人の物の見方より
自分の物の見方を優先してしまう。
「ご迷惑をおかけするから」というところが、そもそもカンチガイなのだが、これは違うと教えても分からない(例:悪化して1週間でも休むことになったらもっと大きな迷惑をかけることになる、ということや、実は周囲の人たちにウィルスをばら撒いているかもしれないという迷惑や、体調不調から不機嫌で仕事する姿が周囲の雰囲気に与えている影響とかにまったく気づかないで)ので、こういう切り口の言い方に作戦変更しただけだ。
他者の立場に立って物を見るスキルの低いNT(定型発達)の人たちも
近視眼的に物を見て自分なりのカンチガイ見解を持ち、
自分の判断が誰より正しい(→「自分は完璧な人間」と極論することもできる)
と思い込み、
結局は排他的になっているということに、気づかないのだ。
さて、話を戻そう。
「やさしい嘘」「許される嘘」とは、この場合の「じゃまじゃま」という発言程度のことである。
①あったことを「なかった」と言ったり
②やったことを「してない」と言ったりなどは、
許されない嘘である。
嘘は泥棒の始まりとはよく言ったもので、
事柄がどのように些細なことであれ、上記①も②も、警察の取調室で発言したら事実詐称/虚偽申請になる発言は、日常生活においても人間としてすべきでない。
「やさしい嘘」をカンチガイしたり、自分に都合よく解釈して日常生活の中で使ってしまうと、虚言癖がついてしまうことがある。これがそもそも、自己中心的な思考といえるのだが。都合よく解釈してしまい「嘘」をつく人は、そのうち嘘がたまって、事実がこんがらがり、周囲の人にすべてを話せなくなる。心を許せなくなる。そして、あちこちで、取り繕って生きていかねばならなくなる。NTであれば周辺の者にもそれ(あちこち嘘で固めて、いろんな場面で取り繕っている様子)はアリアリと分かる事態となり、人から信用されなくなる。これはもう立派な虚言癖である。
虚言癖の始末に終えないところは、
自己中心的な「相手を思って」という自分の中の価値観に基づき
「自分は悪くない」と思っているところだ。
そうはならないでほしい。
人に対して誠実であるとは、虚言をしないことだ。
支援職は、どんなときでも、誠実であって欲しい。
こういった、人間関係のまともであるべき部分について、
支援職は、自分の対人関係スキルについて、
厳しく自己を磨くべきであると思う。
ところで、上記のたとえ話の「じゃまじゃま」発言は、相手に休憩させて責任を押し付けない場合に使ったとすると、それは「本心ではない」が「相手に早退する雰囲気を作るため」であるから「やさしい嘘」と分類される。
ところが、NTの中にも、これに気づかない、空気の読めない人もいる。
そういう人が「あの人ってキツイよね」と思って受け取る場合がある。
そういう場合も発生するが、心で思っても発言してはいけません。
其れを発言したら、ただの悪口になります。
「じゃまじゃま」と発言した人の真意を理解しないでいう、単なる悪口となります。
もし万が一、本当に言葉の使い方がきつい人がいたとしても、
支援者は人の悪口も軽々しく口にするべきではないし、そのことで他者を巻き込んではいけないと思います。
たとえば、の話である。
疲れている人、風邪を引いている人がいて、
絶対に休んだほうが良いと傍目にも分かるのに
仕事上の責任感が強くて無理して仕事しているのがありありと分かる時に、周囲の人が「早退して休んだら?」と言うのを聴かずに仕事している人がいたと設定すると、
「早く帰りな。じゃまじゃま」
って、これは通常はきつい一言だけど、
そう、「ちゃんと、君が責任を感じていることは分かったから、その分は、残った者で何とかするから甘えて帰ってよいんだよ」という気持ちで
その人の気持ちの負担(早く帰ったら迷惑なのではないだろうか)
というのを、
「いや、早く帰って休んで、早く治すのを待っているよ。その方がみんなのためだよ」という思いを伝えるために、本人が気づくように伝えるために「じゃまじゃま」と言うことがあるとしよう。実際にそういうことはあるのだが、それは、本人に対し「早退しては?」と同僚がアドバイスするのに「いや、大丈夫です」と言い張ってちっとも助言を聴こうとしない場合に、そういうことも発生することがある。これは自閉脳の人には分かりにくい事態だろうが、NT(定型脳)には非常にありがちなセッティングだ。
しかし、「じゃまじゃま」と言った人だって、
本当に邪魔だと思っているのではなく
こうでも言わないと
「いや、ご迷惑をおかけしてはいけないから休みません」
って、言い張る本人のカンチガイから目を覚まさせる言葉が見つからない場合に使うことがあると言うわけだ。
(注:あくまでこれは例です)
「早退しません」と言い張るところが、人間として未熟だし、
「これ以上ひどくならないために、早く休んで」と声をかける人の物の見方より
自分の物の見方を優先してしまう。
「ご迷惑をおかけするから」というところが、そもそもカンチガイなのだが、これは違うと教えても分からない(例:悪化して1週間でも休むことになったらもっと大きな迷惑をかけることになる、ということや、実は周囲の人たちにウィルスをばら撒いているかもしれないという迷惑や、体調不調から不機嫌で仕事する姿が周囲の雰囲気に与えている影響とかにまったく気づかないで)ので、こういう切り口の言い方に作戦変更しただけだ。
他者の立場に立って物を見るスキルの低いNT(定型発達)の人たちも
近視眼的に物を見て自分なりのカンチガイ見解を持ち、
自分の判断が誰より正しい(→「自分は完璧な人間」と極論することもできる)
と思い込み、
結局は排他的になっているということに、気づかないのだ。
さて、話を戻そう。
「やさしい嘘」「許される嘘」とは、この場合の「じゃまじゃま」という発言程度のことである。
①あったことを「なかった」と言ったり
②やったことを「してない」と言ったりなどは、
許されない嘘である。
嘘は泥棒の始まりとはよく言ったもので、
事柄がどのように些細なことであれ、上記①も②も、警察の取調室で発言したら事実詐称/虚偽申請になる発言は、日常生活においても人間としてすべきでない。
「やさしい嘘」をカンチガイしたり、自分に都合よく解釈して日常生活の中で使ってしまうと、虚言癖がついてしまうことがある。これがそもそも、自己中心的な思考といえるのだが。都合よく解釈してしまい「嘘」をつく人は、そのうち嘘がたまって、事実がこんがらがり、周囲の人にすべてを話せなくなる。心を許せなくなる。そして、あちこちで、取り繕って生きていかねばならなくなる。NTであれば周辺の者にもそれ(あちこち嘘で固めて、いろんな場面で取り繕っている様子)はアリアリと分かる事態となり、人から信用されなくなる。これはもう立派な虚言癖である。
虚言癖の始末に終えないところは、
自己中心的な「相手を思って」という自分の中の価値観に基づき
「自分は悪くない」と思っているところだ。
そうはならないでほしい。
人に対して誠実であるとは、虚言をしないことだ。
支援職は、どんなときでも、誠実であって欲しい。
こういった、人間関係のまともであるべき部分について、
支援職は、自分の対人関係スキルについて、
厳しく自己を磨くべきであると思う。
ところで、上記のたとえ話の「じゃまじゃま」発言は、相手に休憩させて責任を押し付けない場合に使ったとすると、それは「本心ではない」が「相手に早退する雰囲気を作るため」であるから「やさしい嘘」と分類される。
ところが、NTの中にも、これに気づかない、空気の読めない人もいる。
そういう人が「あの人ってキツイよね」と思って受け取る場合がある。
そういう場合も発生するが、心で思っても発言してはいけません。
其れを発言したら、ただの悪口になります。
「じゃまじゃま」と発言した人の真意を理解しないでいう、単なる悪口となります。
もし万が一、本当に言葉の使い方がきつい人がいたとしても、
支援者は人の悪口も軽々しく口にするべきではないし、そのことで他者を巻き込んではいけないと思います。
コメント
>forestsquareさんへ
仰るとおりですね。
これは、結局、NT(定型発達)なのか自閉脳なのかという違いではない部分もありますね。
どちらの脳であるにしろ、より良い人間として、自分の人格を高めるべく磨く意志があるかどうか、にかかってくることだと思います。
仰るとおりですね。
これは、結局、NT(定型発達)なのか自閉脳なのかという違いではない部分もありますね。
どちらの脳であるにしろ、より良い人間として、自分の人格を高めるべく磨く意志があるかどうか、にかかってくることだと思います。
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人間関係プチ原則 8
ってことで、今回は数学の話です。「人間関係の人付き合いは最大公約数ではなく、最小公倍数で」というお話です!(勝手にトラックバックさせていただきましたご無礼お赦し下さいませ。貴ブログ大変参考になりましたもので…もし、不快に感じられましたら、お手数で申し訳ご
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非常に頭が良く狡猾で虚言癖が多く、
嘘吐きで作り話の上手な人がいるけど、
そういう人に限って専門家にうまく取り入っているから困る。
それでも、言ってることとやってることが違うのはまだマシな方。
酷いのになると、
自分の言ったことを相手の言ったことにして、
次いでそのことで相手のことを攻撃するというのもある。
こう考えるとASDの人もNTの人もさして変わらないという感じがする。
(あくまでその人の場合ということで、アスペとしては極めて特異なケースということで…)
残念ながら、アスペと診断されているの人の中には、攻撃的な人もいるというのが現実です。