子どもの死生観。3
子どもが持つ、死への恐怖について。
「ぼく、死ぬのが怖い。」
「ぼくが死んだらお母さんどうなるの?」
という問いについて。
まぁ基本的に、
「ぼくが死んだらお母さんどうなるの?」については、
(これは3歳の娘も聞いてくるのですが)
「お母さん泣くから。死んじゃダメ。ていうか先に死んだら地獄までも追いかけていって叱りとばすからっ!」
って言ってあります。
まぁ母はみんなそうじゃん?
でもこの、「ぼくが死んだら残した人はどうなるのだろう」っていうのも、死への不安や恐怖といえばそうなんだろうと思う。
己が不在になったことによって他者が抱くであろう喪失感への恐怖、っていうんですか?
子どもなんて、なにかを育てたり責任持ったりもしてないくせに、こういうところはちゃっかり「ぼくがいないとダメであろう世界」を認識してるんだなぁ。と、感心もしますが。
単純に「死ぬのが怖い」と言われたとき、痛みや苦しみについては想像できないし、死に方にもよるのでどうしようもないのですが、
「死ぬことによる自分の不在が怖い」という意味の場合、
私は少し、昔とは返答の仕方が変わったように思います。
それも、劇的に変わったのは、やっぱり母になってから。
父ちゃんは子どもができてからは自分が死ぬのが怖くなったらしいのですが(責任感あるね~←人ごと)
逆に母ちゃんは、死ぬのが怖くなくなりました。
出産って、ちょっと死を垣間見る作業であったりもしますからね。
そのせいで肝が据わったっていうのもあるんでしょうが、
なんか、以前から持ってた(ような気がする)本能的な怖さみたいなのがなくなりました。
平たくいえば、「おれが死んでも子どもが残る」
よっしゃ、遺伝子残したぞー!これで安泰♪みたいな感じ。
…動物だな。うん。
もちろん小さい子を残して死ぬのもアレなんで、しばらく死にませんが。
しかし自分がいつ死んでも大丈夫なように子どもを育てるのが教育よね、とも思ったり。
結局、死への恐怖なんて、突き詰めて考えれば遺伝子が途絶えることの恐怖なような気がします。
だからこそ、自分の死よりも子どもの死の方が怖い。
なので、素直にそのことを息子に教えてやりました。
「いいこと教えてあげる。
大人になって、自分の子どもができたら、不思議と死ぬのが怖くなくなるよ。」って。
ええ、もちろん、息子には理解できなかったらしいですが。
そして後日、父ちゃんと話したことによって、どうも男の人は逆なのかもしれない(ダメじゃん)とかも思いましたが。
もちろん息子の問いへの答えとしてはこれですべてではないし、正解でも不正解でもないであろう。
したがって、これからも聞かれたらまぁ適当に答えますよ。
「死んだらどこに行くの?」
「死ぬのが怖い。」
「死んだらどうしよう。」
さて、みなさんはどう答えますか?
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