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2009.10.19

日本人初の宇宙飛行士は秋山豊寛氏である(もう一度、書いておこう)

 先ほど、録画しておいたNHK総合昨晩放送の「わたしが子どもだったころ」の毛利衛さんの回を見た。間違いを放送してしまっている。

「NHK 総合これまでの放送 わたしが子どもだったころ」

2009年10月19日(月)   『日本科学未来館 館長・毛利 衛』  ディレクター 今関裕子(テレビマンユニオン)

 日本初の宇宙飛行士、毛利衛。宇宙の専門家として、また、日本科学未来館の館長として科学後術の将来をロマンをもって語りかける。しかし、その少年時代は意外な姿だった。

 前にも書いたが、日本人初の宇宙飛行士はTBSの秋山豊寛さんである(1990年12月2日打ち上げの「ソユーズTM11」に搭乗)。

 毛利さんは、旧宇宙開発事業団の最初の宇宙飛行士公募で選抜されて、1992年9月12日打ち上げのスペースシャトル「エンデバー」(飛行ナンバーSTS-47)に搭乗した。

 なぜ今になってなお、この間違いがメディアに出てしまうのだろう。

 番組を見ると、かなり微妙な言い回しをしている。当該部分のナレーションは以下の通り。

「1985年、国内応募者533名の中から、日本初の宇宙飛行士に選ばれた毛利さん…」

 「日本初」が、「宇宙飛行士」にかかるのか、「1985年に選ばれた」にかかるのか、微妙だ。だが、「1985年に選ばれた」にかかるならば、誤解を避けるために「宇宙飛行士」ではなく「宇宙飛行士候補」としなくてはならない。この時点では、毛利、向井、土井と3人の候補がいて、誰が最初に飛ぶかは未定だった。

 大切なのは、日本初の宇宙飛行士が秋山さんであっても、毛利さんのした仕事の意味は損なわれないということだ。日本人で最初にスペースシャトルに搭乗したのは毛利さんだし、大規模な宇宙実験を実施したのも毛利さんである。秋山さんは1回限りの飛行だったが、毛利さんはその後、ミッション・スペシャリストの資格を取得して1999年にシャトルSTS-99にも搭乗している。

 私が、このことを繰り返し書くのは、毛利さんの飛んだ1992年頃に、主に科学技術庁関係で、秋山さんがいたことをなんとはなしに隠そうする雰囲気、秋山さんの飛行をなかったことにしたいような雰囲気が存在したことを記憶しているからである。
 その結果のひとつが、「宇宙の日」制定(1992年)だった。宇宙の日の9月12日は毛利さんの搭乗したSTS-47の打ち上げ日だ。
 この日付は一般公募で選ばれたということになっているが、では、なぜ4月12日(ペンシルロケットの公開実験)でも、2月11日(日本初の衛星「おおすみ」打ち上げ)でも、12月2日(秋山さんの打ち上げ日)でもないか、ということである。

 秋山さんの飛行から19年、毛利さんの初飛行から17年が経った。
 官の選んだ飛行士がアメリカのシャトルで飛行するまで、チャレンジャー爆発事故を挟んで7年かかったのに対し、民間がソ連のソユーズで宇宙に送り込もうとした飛行士は、選抜から2年で宇宙を飛び、日本人初の宇宙飛行士となった——この事実は、その後の宇宙開発を象徴しているという気が、私にはしている。
 1990年代初頭に、誰がどんな順番で飛び、どんな経緯があったかを知っておくのは、今後の宇宙開発を考える一つの手がかりになるだろう。

 しかし、よりによってTBSと縁浅からぬテレビマンユニオンのディレクターが、こういう間違いをしてしまうというのも、面白いというか情けないというべきか(テレビマンユニオンは、TBSを退職したディレクターらが中心になって1970年に設立した番組製作会社)。そして、NHKのチェック機構も弱体化しているという印象だ。

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Comments

松浦様

>しかし、よりによってTBSと縁浅からぬテレビマンユニオンのディレクターが、こういう間違いをしてしまうというのも、面白いというか情けないというべきか(テレビマンユニオンは、TBSを退職したディレクターらが中心になって1970年に設立した番組製作会社)。そして、NHKのチェック機構も弱体化しているという印象だ。

49年前に設立された会社ですので、当時の古参の方は残っていません。ディレクター自身も孫受け、ひ孫受けの制作会社から来ている場合があります。現在テレビ局は制作部門は外注化し、本体は管理部門として運用している構造です。外注の「脚本家や構成作家」も間違えることは避けられません。

ただ事実のみをダラダラと放送するだけでは番組にはならないのです。視聴者向けに枝葉を掃ったわかりやすい構成にする必要があります。この段階で端折りや誤訳、捏造などが発生することは納豆ダイエット事件が証明しています。わかってはいるけれど、チェックする時間もないし人員もいない・・・そうした状況もお察しください。

>49年前
39年前の間違いでした。

 なんとまあ、あのテレビマンユニオンにして、現在はそのような状況になっているのですか。

 私は1970年代、すでに中学生から高校生だったので、かなりはっきり覚えているのですが、テレビマンユニオンは、テレビ局内部での番組製作に限界を感じたディレクター達が、自分たちの意志を貫徹した高品質の番組を作ることを目指して作った会社でした。その中心にいて、広報マン的に理念を外部に語り続けたのが萩元晴彦氏でした。実際1970年代のテレビマンユニオンは、「民放の良心」的な番組をいくつも作っていたと記憶しています。

 そのテレビマンユニオンにして、39年目の状況は、おっしゃる通りなのですか。「うたた今昔の感に堪えず」です。それは、もう民放全般の屋台骨が傾くわけだと思います。

>視聴者向けに枝葉を掃ったわかりやすい構成にする必要
 それは理解しています。しかし、状況を知った上であえて書きますけれど、それは視聴者(ここを読者とすれば、私にも当てはまるのですが)に対する言い訳にならないのです。言い訳にしてもいけないのです。これはメディアに携わる人間が最低限保たねばならない矜持だと思います。

まぁ。
結局秋山さんは、「ただの観光客」という扱いなんでしょうね。
このあいだの「韓国初」とかと同じで。
実際、「飛行士」という肩書きとなれば、「それから」に続く何らかの研究成果とか後進への経験の継承とか、無いとですね。
認めにくいですよね……。
立場が立場だけに「残そう」としても残せるものでもないでしょうし、それは残念なことですが。
(何故かすぐに局を辞めて農業に転身なさったそうですが)

ところで。
別にNHKの「恣意的編集」は、ことさら珍しいことではないと思いますが。ねぇ……。

はじめまして。
松浦さんのご意見に賛同します。
秋山氏は正規の訓練を受けて宇宙に行った宇宙飛行士ですし、ロシア政府も宇宙飛行士と認めていますしね。

>視聴者向けに枝葉を掃ったわかりやすい構成にする必要
別に内容を改変しなくてもいいと思います。
ナレーションで、旧ソ連のソユーズで日本人として初めて宇宙に行った宇宙飛行士には秋山氏がいることに触れて、NASAの宇宙船スペースシャトルで宇宙へ飛び立った日本人初の宇宙飛行士が毛利氏だと簡単に説明するだけでいいと思います。
「わかりやすい構成にするために端折る=情報の欠落によるうそ」はいけないと思います。

>「飛行士」という肩書き
”宇宙飛行を経験した宇宙飛行士”の国際団体「宇宙探検家協会(Association of Space Explorers(ASE))」の初の日本人会員だから、やはり秋山氏は宇宙飛行士だと思います。

>NHKの「恣意的編集」
NHKに限らずかと。世界天文年だというのに・・・いろいろと。

 秋山氏はソ連の正式な宇宙飛行士訓練を修了し、他の飛行士と同じ宇宙飛行士証を交付されています。

 最初に飛んだだけでは宇宙飛行士として認めるのは、とか言いだしたら、ユーリ・ガガーリンの立場がなくなりますなあ。

NHKネタではありますが、今日、的川先生がNHKの視点・論点で「有人ロケットの可能性」について話すそうです。みんな見ませう!!

NHK教育/デジタル教育1 、2009年10月22日(木)午後10:50~午後11:00(10分)

いやいやいや、笹本祐一さま。
「初の有人飛行」という未知の領域に挑んだガガーリン氏と、「貨物観光客」としての訓練を受けただけの人。を一緒にしては失礼ですよ(笑)。
「ソ連」がいう「正式修了」が「本当に」正式修了か?といえばそれはもう、「ソ連」ですものロシアですもの。

ま、経緯はどうあれ、私も日本人「初」に疑問を持っているわけではないのですがね。
まだまだ宇宙。
単なる観光でもそれ相応の資質と訓練が必要なわけだし。

 ところで。

「初」の話題で思い出したのですが。
「ガチャピン」。
彼もまた、「宇宙飛行士」に列せられるべきなのでしょうかね?
私の知る限り、宇宙進出を果たした着ぐるみキャラは他に居ないわけですが。
やはり、それなりの栄誉を持って考えるべきでしょうか。
(ううむ、名誉宇宙飛行士……?)

中身やった人の感想が聞いてみたいような聞きたくないような……。

もうだいぶん前のことになるが、あるホームページでこの件を無視しているのは変だと指摘した事がある。
結局理解してもらえたので、すぐに正しい情報が掲載されるようになったが、自分たちと関係のない事にはあまり力を入れたくないというのが本音で、なんとなくそうなってしまっていたようだ。
たとえ悪意はなくても、普通の人が読めば事実を曲げているようにもとられかねないため、ありのままの事実を堂々と書くべきだと忠告した。

作成者も、第三者からの意見を聞けば、そうだよなと思うことはよくあるわけで、こういう事例は多々あります(実は作る側もどこまで書くべきなのか結構悩んでいたりするんですよね。だから内輪で意見調整して無難にまとめるのではなく、口うるさい人が時々激励せねばならないのですが)。

>秋山氏は正規の訓練を受けて宇宙に行った宇宙飛行士ですし、ロシア政府も宇宙飛行士と認めていますしね。
揚げ足を取るというか、言葉尻にこだわるようなことを言いますと、
秋山氏はロシア政府から正式に宇宙飛行士(kosmonavt)と認定されていますが、
最初に飛んだ時点では毛利氏はNASAから宇宙飛行士(astronaut)とは呼ばれてはいないのですね。
NASAが宇宙飛行士と呼ぶのはパイロットとミッション・スペシャリスト(MS)だけで、
毛利氏はペイロード・スペシャリスト(PS)の資格でシャトルに乗りましたから。
毛利氏がその後NASAで訓練を受けてMSの資格を取った上で再度シャトルに乗ったのは、松浦さんが書いているとおりです。
NASAがパイロットとMSだけを宇宙飛行士と呼び、PSには別の枠を設けている証拠はこちらに。
http://www.jsc.nasa.gov/Bios/astrobio_international.html
http://www.jsc.nasa.gov/Bios/psbio.html
Mohri Mamoruの名は国際宇宙飛行士のページにあるが、MS資格を取っていない向井氏の名はPSのページにしかない。
もちろん私自身は秋山氏も毛利氏も向井氏も宇宙飛行士だと思っていますが、宇宙飛行士だそうではないと肩書き(資格)にこだわるとかえっておかしなことになると思い一言。

こんにちは。

秋山氏がメディアから葬り去られていることって時間が経過して尚、この件の根深さを感じます。

テレビや全国紙、マスコミは役人の提灯記事だけで視聴者は鵜呑みにするだけ、ということを。

検索すると有機農業をしながら講演活動をしているという秋山氏。

活かせていないなあ。
市民不在、役人どもが死守している枠が邪魔して。


通訳無しで通じる宇宙から直に地球を初めて見た人の体験談。

http://osaka.yomiuri.co.jp/kokoro/kj91022a.htm

だけを読んでも、
活かせてないことは明白。

いやぁ。
全くですね miyakawa さま。
「貨物観光客」だからといって,「外から見た」が何の意味も無い段階ではないでしょうに。
やはり。
「捏造と不祥事のTBS」所属だったことが後々まで、「生かせない活かせない」に関係しているのでしょうね。
やれやれ。

毛利さんが日本人初の宇宙飛行士として宇宙に出た。という言葉は間違ってないですよ。
なぜならTBSの秋山さんはあくまでTBS社員として宇宙に行ったわけで、宇宙飛行士とは違います。
毛利、向井、土井の3名は同時に宇宙飛行士候補生になり、毛利さんが一番に日本人宇宙飛行士として宇宙に行った。
しかし日本人として初めて宇宙に行った民間人はTBSの秋山さん。
というのが正しい理解だと思います。

 なんと、昨日「それをいいだすとねえ…」という会話を町田の飲み屋でしていたタイミングで、この投稿が。

 以下事実関係
・秋山さんは、旧ソ連宇宙飛行士資格(コスモノート)を取得している。この資格は国際航空連盟(FAI)公認であり全世界で通用する。
・毛利さんは、1992年の飛行ではスペースシャトルのペイロードスペシャリスト(PS)としてシャトルに搭乗している。
・NASAはは、コマンダー(船長)、パイロット、ミッションスペシャリスト(MS)までを宇宙飛行士(アストロノート)としており、PSはアストロノートの範疇に含めていない。
・その後毛利さんはMS資格を取得し、2000年の飛行にはMSとして登場している。

 「宇宙飛行士」という公式の資格と呼称、区分にこだわると、上記のようになるのです。

 あ、すでにROCKY 江藤さんが書いていましたね。

 角田あゆみさん、このエントリに投稿されたROCKY 江藤さんのコメントがすべてです。改めてきちんと読んでもらえればと思います。

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