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2006.08.03

「ゲド戦記」を観る

 またアニメの話。

 Yahoo!ムービーの評価を見て、興味を押さえられなくなり、8月1日の映画の日、「ゲド戦記」を観てきた。

 世襲の監督起用、因縁ある細田監督とのバッティング、ネット上の駄作評価と、思い切り投資した日本テレビのプッシュの温度差——話題には事欠かない。「この夏一番の問題作」というのは間違いないところ。

 醜聞でしょでしょ、ホントか嘘か分からぬ評判
 夢があるからジブリだけども 誰のためやら

 と、「涼宮ハルヒの憂鬱」オープニング替え歌を口ずさみつつ、独身中年男一匹、アニメ映画を見に行くのである(なんだかなあ)。

 色々情報を仕入れておいたので、心理的に武装して椅子に座る。周囲は「やっぱカーズみようよー」とかいう彼女をなだめている彼氏だとか、「きゃっきゃ」と喜んでいる子供2人を連れてきているおとうさんだとか、惨劇の予感十分。

 で、感想だが、私ならYahoo!ムービーの評価で星2つを付ける。たしかに駄作。だが、これよりひどい映画というのも世の中には存在する。

 初監督としては、意外なぐらいしっかりできていた。本当の素人がやると、もっとでたらめになるものだ。
 脚本は何やっているのか分からないほど不親切だが、内的な構造ががっちりしているので脳内補完は容易。起承転結はあるし、最後はまあまあ盛り上がる。「一応の筋が通っている(と解釈できる)」というだけでも、もう少し点を上げてもいいかも知れない。これが出来ていない脚本がいかに多いことか。

 「猫の恩返し」や「ギブリーズ」に比べればずっと良い。これらは経験を積んだアニメスタッフが制作したということを考えれば、宮崎吾朗監督は大健闘したと評価してもいいだろう。

 でも、「夏の楽しいジブリアニメ」を期待して観に来た客は怒ると思う。期待を思い切り裏切っているから。

 「ゲド戦記」は、宮崎吾朗監督が、自らと父との葛藤を投影したプライベートフィルムだ。しかも、一般的な父子像に昇華し切っていない、金のかかった生煮えプライベートフィルム。
 その意味では、せいぜい100人ぐらいの劇場単館でかけるべき内容といえる。「生煮えなところもまた、味わい深くて面白い」と観賞するような、美食が過ぎてゲテモノ食いに走ったような客向けの作品なのである。

 夏休みのジブリ大作に、多くの人はプライベートフィルムなんて期待していないのだ(「映画版エヴァンゲリオン」ぐらい突き抜ければ、それはそれで素晴らしかったろうが)。

 父親の作品からの借り物と、あえて省いたものを考えると、陰影に富んだ父子像が見えてくる。なんてといっても作中で2回も父親殺しもどきをやっているし。冒頭のアレンの父、と、ネタバレっぽいが、クライマックス前にはアレンがハイタカ(ゲド)を殺そうとする。後者は未遂だし、前者も私の見る限り未遂。あの父王はせいぜい軽傷だろう(殺るなら、ざっくりやらんかい !) 。

 演出面では、駿監督が必ず映画に入れ込んでくる「観客を気持ちよくさせる要素」を狙ったように省いている。
 例えば善人の隣人(でてくる隣人は悪人のみ)とか、人間くさい悪人とか(悪人には全く感情移入できない)、楽しい食事シーンとか(飯はすごくまずそう)。

 それが吾朗監督の自己主張なのだろう。父にむかって、ぎりぎりの危機で助けてくれる親方一家(ラピュタ)や、悪人ぶって悪人になりきれないクロトワ(ナウシカ)や、洞窟内の不安な状況で美味しそうに目玉焼きサンドを食べるシータ(ラピュタ)は、嘘だといいたいわけだ。

 だが監督は、映画で「自分が正しいと信じる現実」を描いて客を喜ばせることができるのか、そんなものをみて楽しいのか、とか、それを描くことで観客に何を与えることができるのかというところには思いが及んでいない。
 自分の内面を表現する意欲が先行して、それを一般にプレゼンテーションした場合に何が起こるかまでを計算できていない。
 それが許されるのはプライベートフィルムのみだ。商業映画ならば、観客の反応まで考慮して作品を仕上げなくてはいけないはずなのだ。

 嫌な現実を説得力を持って描く能力は、父親以上にあるようだ。もう少し強烈だとかつての新藤兼人映画みたいな境地に達することができるのだろう。

 私としては、スタニスワフ・レムの「エデン」とか「砂漠の惑星」、ストルガッキー兄弟の「収容所惑星」といった、深い思索と憂鬱が合体した旧共産圏のSFをアニメ化すると、力を発揮してくれるかも、と感じた。
 なんにせよ、宮崎吾朗監督は、もっと小規模な作品のサブで経験を積むことが必要だろう。

 監督父子の葛藤とか、ジブリの行く末、アニメビジネスの将来などについて考察してみたい人には、観に行くようお薦めする。あれこれ語る素材としては、良くできている。

 それ以外の人は、同じ入場料で、「時をかける少女」に行くべきと、私は判断する。


 さて、Yahoo!ムービーの映画評だが、7月29日の封切り直後に、急に五つ星評価が増えた。しかも狙ったように同日にYahoo!に登録したアカウントで、だ。
 これは、興行側のサクラがマルチアカウントで書き込んでいるに違いない、と指摘されると、30日になって五つ星評価の人の登録日時が急にばらけた。ところが、今度はなぜか今年の3月後半あたりの登録がやたらと多い。春休みロードショーでサクラ書き込みをした面子に声がかかったと解釈できる現象だ。

 果たして本当に興行側が、評価の誘導を行ったかどうかは分からないが、一つ一つ読んでいくと文体の癖がそっくりの書き込みが見つかることから、意図的にマルチアカウントを駆使して多数の五つ星評価を書き込んでいる者が複数存在するようだ(文章を変えても、改行の癖や、…を・・・と書くといった特徴は残っている)。

 何があったにせよ、マルチアカウントは、映画そのものの評価を貶める行為だろう。書き込みを続けている者は、ネット社会における公正のあり方を考え直したほうがいいと思う。

 私が読んだ中で出色だったのはこれ。もちろんYahoo!アカウント登録は書き込み当日だ。なるほど、ホラー映画ねえ。

 「実は駄作と分かっている映画の宣伝部員が業務の一環でサクラを命じられ、ほめ殺しで鬱憤晴らし」などとあらぬ妄想をしたくなる内容なのだが、本当はどうなんだろうね。

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Comments

>ネタバレっぽいが、クライマックス前にはアレンがハイタカ(ゲド)を殺そうとする。後者は未遂だし、前者も私の見る限り未遂。あの父王はせいぜい軽傷だろう(殺るなら、ざっくりやらんかい !) 。

ただのネタバレだ。観てない人のことも考えて書いてくださいよ。

 kedoさんは、映画をごらんになってネタバレと感じたのですね。「松浦が下らんこと書いたから、観賞の興を削がれた」と。そうでしたら、申し訳ありませんでした。

 注意して、映画を観る上での核心となる「その行為が行われるシチュエーションと、その行為の映画の中における意味」には触れないようにしたのですが。

 上記拙文においては、その行為が存在することのみを書けば意味が通るので、そのように書きました。

 確かに、「二回父殺しが行われるが、私の見る限り二回とも未遂だ」と書けばよかったですね。もうちょっと書き方を工夫すべきだったかも知れません。


初めまして。
現在の時点で「ハルヒ」も「時かけ」も見られない地方在住者ですが、
「ゲド戦記」は見てきました。

宣伝量に比例しただけの酷評をくらって当然の出来ではありましたが
個人的には、たとえば細田監督の「ぼくらのウォーゲーム」とどちらが好きか?
と聞かれれば、小さな声で「…ゲド戦記」と答えるだろうくらいには、気に入りました。

星をつけるなら、手島葵と、ジブリ作品としては厳しかったらしいスケジュールの中で
健闘した美術と、二木真希子作監補佐によるのであろう手描きの草木描写のがんばり
に免じて、大甘の三つ星、といったところです。

もしも、見るべきアニメーション作品が「ゲド戦記」しかないような状況だったらともかく
「ハルヒ」「時かけ」があり「パプリカ」(「もののけ」「千尋」作画監督の
安藤雅司キャラデザ)が完成し、「蟲師」「僕等がいた」「BLACK LAGOON」
(「魔女の宅急便」で監督交替があった片渕須直監督作品)といったTVシリーズが
作られている現状ゆえの、そんなぬるい感想なわけですが
「ゲド」の過剰宣伝の一方、「時かけ」が本来届くべき観客に届いてないのでは?
(CSあたりで見らればいいような、山本二三の美術はやっぱり大画面で見てみたいような)
という状況は、今後のことを思うと、そんな甘いこと言ってる場合ではないのかな。

 そうですね。私はYahoo!ムービーに次々投稿される星一つは、映画そのものの出来と言うよりも期待を裏切られた、というほうが大きいかと思っています。

 ただ、プロの映画人、それもプログラムピクチャーを担当する者ならば、この事態を予想してしかるべきでしょう。

 私は宮崎吾朗監督によりも、「ジブリだから興行的に安全パイだ」とすり寄っていった日テレ、電通をはじめとした資本のほうに嫌悪感を感じるものです。
 作品の質ぐらい自分で判断しろ、ってことですね。

 今にして思えば、海のものとも山のものともつかぬ未知数だった宮崎駿監督に、ナウシカを作らせた故徳間康快氏は、その一点において偉かったのだなあ。

yahoo関連はよく宣伝戦略に利用される感があるが、今回は効率がいまいち悪そうな気も。
ネットで下調べをする人々は酷評に必ず行き当たる、ってほど今回は酷評だらけだし、ネットを利用しない情報収集を主にTVなどに頼る人々はそもそもyahooの個人批評など見るわけもなく。
ま、露骨なサクラにせよやらないよりはマシってことは確かなんでしょうけどね。
ネットの浸透により急速に力を失ってゆく、既存のメディアの今後は興味深いですな。

興味深く読ませていただきました。
エントリ中で触れられている「出色」のレビューですが、これについての松浦さんのご感想、あるいはご評価はいかがでしょうか。
私は、それを傾聴に値するものとして、やはり興味深く読みましたが、本文中には松浦さんがどのようにお感じになられたか、はっきりとは書かれていなかったと思いますので、蛇足かもしれませんが質問させていただきました。差し支えなければお教えいただきたいのです。

>「出色」のレビュー
 出色と書く以上、私も「傾聴に値するもの」として読みました。

 同時に、論理の組み立て方が、かなりアクロバティック(「「もう一つの『ゲド戦記』ができた」と、むしろ喜ばしいくらいです」というあたりとか)で、何か意図があるように感じたわけです。

 とはいえ、その論理の扱い方に無理がないので、これは相当の手練れが書いているな、と思った次第です。同じ内容を書いても、読み手に正反対の印象を与えられるぐらいの文章技術を持っている手練れが書いているな、と。

 もちろん、こういう文章の読み込みは、読む側の誤読が入り込みがちなわけで、私の感じ方が正しいという保証はありません。

 私の感想も、一つの読み解き方に過ぎないわけです。

>自分の内面を表現する意欲が先行して、それを一般にプレゼンテーションした場合に何が起こるかまでを計算できていない。
 それが許されるのはプライベートフィルムのみだ。商業映画ならば、観客の反応まで考慮して作品を仕上げなくてはいけないはずなのだ。

この部分にちょっと一言。

プライベートフィルムといえども、観客の反応を意識しないことには成立しないでしょう。
商業映画との差は意識する観客層の違いだけ。
商業映画はより広く一般受けが要求されているだけのことです。
作品を公開する以上、それを見る人の反応を意識しないなんてありえません。
自分だけが、わかればいいというのであれば、それはオナニーフィルムです。

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