50歳で始めた通訳訓練

通訳者のブログ。会社員からフリーランス通訳者に転身。以下のユーザー名をクリックするとプロフィール表示に進みます。

2024-12-24 逐次通訳と同時通訳

逐次通訳と同時通訳と。違うといえば違いますが、似ているといえば似ています。そんな不思議な関係にある二つの通訳様式。

2024年の12月に異なる逐次通訳の仕事が合計で5日以上続くことがありました。報道担当者が入る場面や技術的な講習、対談などいろいろ。

資料を読んで準備するのに忙しくなり、いつもの同時通訳練習ができない日が続きました。

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逐次通訳の業務が一段落したところで久しぶりに散歩しながらの同時通訳練習をしてみて驚いたのが、練習を始めてすぐに
「遅れない。かといって無理に早く訳出を開始して不自然になることもない」
と感じたこと。

逐次訳を毎日してきていきなり同時訳に切り替えたから調子が出るまで少し時間がかかるかと思っていました。人間の精神活動には不思議なことがいろいろあるようです。

話の内容をできる限り把握して別の言語で説明するという通訳の根源のところは変わらないのだな、と思い出す機会になりました。また、言語運用を伴う練習ならほとんど何をしても通訳技能の向上につながるのだろうということも考えます。

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日頃の通訳演習でなんとなく伸び悩みを感じているときには練習方法やその組み合わせを少し思い切って変えてみると何か気づきがあるかもしれません。

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いつもの散歩道


出張先の中心駅近くにスリランカ料理店が二軒も。

 

葉に包まれているから「ランプライス」か、と思ったらそうではなく。

 

盛り付けの効果を狙ったもののようで、葉に包んで蒸す調理ではありません。





2024-10-27 対面業務の良さ

同じ物理的空間で仕事をする良さのお話です。

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新型コロナ肺炎の流行で通訳業務が一時的に急減したときには遠隔通訳に本当に救われました。従来の現場での通訳にはなかった可能性も開かれたと思います。スライドの共有が画面で通訳者にもはっきりと見えたり、お客さんが適切な備品を使えば聞こえてくる音声が非常に鮮明になったりしました。

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2023年、2024年になって対面業務が新型コロナ流行の前の水準、あるいはそれ以上まで増加しました。現場に出てみると以前にはあまり意識しなかった
「同じ場所・同じ時間に他の通訳者と存在する」
ことの良さを再認識しました。

仕事前や休憩時間のちょっとした話がこれだけ貴重なものとは思いませんでした。遠隔通訳でお客さんが準備した回線では原則として通訳者相互は話せませんし、通訳者相互連絡の回線があっても相手の姿を目の前に見たときのような自然発生的なやりとりが起こる機会は少ないように思います。

現場であれば、たとえばPCの背景画面の写真から話が始まったり(以前住んでいた場所や犬、猫など)、使っているソフトウェアを教えてもらったり、あるいは小物(イヤフォン、タイマー、バッグなど)もきっかけになります。

相手が話題にどれだけ関心を示すかも伝わりやすいので遠隔よりも気楽です。

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しばらく前に組んだ通訳者との再会が最近何度か続きました。通訳やそれ以外のことでずいぶんと話ができ、仲間たちの考えの深さや苦労、努力を知って自分にとって励みとなりました。

「我以外皆我師」という言葉が伝えられていますが、これは対面業務のときに特に強く真実だと感じます。今後もまだまだ仕事を通じた出会いもあるでしょう。大きな楽しみです。

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先月の写真ですが、いつもの散歩道の折り返し点付近にて。


神奈川県大和市のベトナム料理点「ホンフォン」




2024-10-23 日英通訳のプチバブル

日英通訳の引き合いが多いというお話です。

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仕事(首都圏の日英)でご一緒する通訳者にいつも同じ質問をしています。
「仕事の打診は多いですか」
全員が
「大変多い」
とおっしゃいます。同じ日の業務の問い合わせが3件くらいあるのはごく普通のことになっています。通訳者を手配しようとしたがかなわず、本来通訳付きの会議や面談が通訳なしで実施ということも増えているそうです。

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新型コロナウイルス流行で人が集まれなくなり、通訳需要は一時大きく落ち込みました。通訳者によっては月間売上がそれまでの10分の1ということもありました。しかし1年も待たずして遠隔会議・遠隔通訳が増加し、私の担当する範囲では2020年9月くらいから通訳需要がかなり力強い回復を示しました。

2023年になると人の往来も増加して従来型の通訳業務も再開します。いっぽう遠隔通訳が減る気配はありません。それまで遠隔会議を使っていなかった企業も手軽に設定するようになり、会議の「モーダルシフト」が起こったようです。

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昨年2023年から通訳エージェントのは通訳者確保が難しくなったようで、会議日直前の問い合わせも増えています。遠隔会議が日常のものとなり、交通や宿泊を考える必要がないので会議の準備が「お手軽化」したことも原因の一つだろうと思います。電子会議室の案内を送信して、
「あ、そういえば通訳者も必要だ」
と気づいて問い合わせているのではないかと想像します。

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通訳者の側にも変化がありました。

  • 引き受けようと思えば業務は物理的上限まで詰め込めるので、準備時間や自分の通訳キャリア、心身の具合、仕事以外の時間の確保をいままで以上に考える必要がある。
  • かつてから進出したかった分野に手を出す機会でもある。「玉突き現象」で様々な場面で通訳者が不足するので、入り込むすきまも見えてくる。
  • 通訳報酬の改定がしやすくなる。首都圏の日英通訳に限っていえば市場原理が機能しているようで、高報酬への静かな流れが始まっている。現在の顧客の予算が限られているなら別の顧客へ、という動きも可能。

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これが一時的なものか、それともしばらく続くのかはわかりません。大きく冷え込むとしたら金融市場の大きな変化がきっかけになると思います。または企業業績の大きな落ち込み。新型コロナでは会議をする予算があったために短い時間で遠隔に移行しました。2007-9年の世界金融危機では会議予算・通訳予算が大幅に削減されて通訳業界が冷え込みました。歴史は違った形で繰り返すといいます。

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南インド料理、ちゃんと食べてます。
横浜市緑区の「ルシ インドビリヤニ」。支店が蒲田にあります。写真は週末特製ランチ。ビリヤニに各種カレーも付く「全部乗せ」的な提供です。


山梨県甲府市善光寺の「サガルラトナ」は地域の人に愛されているようです。目玉焼きにびっくり。



2024-09-07 落ち着いて考え、偶然に救われる

問題に直面したときに事実と選択肢とを書き出すと考えが先走らず落ち着いていられる経験と、偶然の果たす役割についてのお話です。

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大型で強い勢力の台風10号 "Shanshan"(香港当局の命名なので南方発音の「サンサン」)が九州に接近していた2024年8月29日に広島県に日帰り出張することになりました。業務が終わって広島駅を午後4:12の「のぞみ」で定刻に出発。なんとか帰れるかと思いましたが、列車はすぐに減速。ずっと先の静岡県内の豪雨のためで運転を断続させているとの車内放送がありました。

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先々で列車が駅間に詰まっているため少し走っては止まることを繰り返します。翌日午後に東京の会場で実施の通訳業務が気になってきました。帰れない確率が確実に上昇しています。その一方静岡の降雨がおさまると帰れそうでもあります。さて、どうするか。ここでノートに今起こっていることとこれからどうなりそうかを書き出してみました。それを見て検討した結果は
「まず明日の業務を手当せよ」
です。このくらいなら書き出さなくてもよさそうですが、文字にしておくと後で同じ心配を何度もしないために有用だと思いました(もっと複雑でやっかいな状況のときなど)。

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通訳の受注先は直接の顧客なので、帰れた場合には私が実施したほうが顧客の評価は高いでしょう。帰れないときのみ代理で通訳してくれる人はいるでしょうか。
・その時間に東京で仕事ができる
・十分に通訳する実力がある
・一種の「保険」としての役割に納得してくれる

心当たりの通訳者に連絡します。ありがたいことに最初に連絡した人が快く引き受けてくれました。直ちに顧客に電話連絡して事情を説明します。
「Shiraさんの指名する通訳者なら全く問題ありません」
と涙が出るほどありがたいお話でした。実はこの顧客の大阪の仕事で関西在住の通訳者2名に再委託したことがあり、そのときもしっかり現場をまとめてくれたからでしょうね。信用の積み重ねの大切さを思います。

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こうして「心の積荷」を下ろすと本当に安心します。あとはなるようになる。結局この日の東海道山陽新幹線は全線運行停止になり、私の乗る「のぞみ」は新大阪に午後 8:30 くらいに到着して打ち切りとなりました。

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ここで「偶然その1」が始まります。大阪には学生時代からの友人が観光旅館を経営しているのでそこに電話。台風接近でキャンセルが出て部屋が空いている。翌日も新幹線は動かないので二泊予約しました。暖かく迎えてもらい、道頓堀まで歩いて食事をして旧交を温めます。前回来たのは会社員をやめて時間ができた2012年の10月。あのときにはまだ通訳学校に通っていたのですね。

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部屋に戻って一休み、と横になったらそのまま寝てしまい、目が覚めたら午前4時。
変な時間に起きてしまった、寝直そうと青白いPCの画面を見たら
「ANA 大阪伊丹・羽田間臨時便運行を決定 午前1時発表」
との文字。祈るような気持ちでオンライン予約サイトを見たら座席はまだ半数以上空いています。無事に予約が取れました。「寝落ち」の効能です。これが「偶然その2」。この便は満席になりました。

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通訳学校ですばらしい指導者に出会えたのも、新人のときに十分な量の仕事があったこともかなり偶然に左右された結果です。それぞれは小さな判断や出会いでも、積み重なると意外なほど遠くまで来ている。今回もそんなことを改めて感じました。

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初めて乗る機材でした。横浜に戻ってからタイ料理で昼食。

 




 

2024-07-14 千に三つとは

「センミツ」
という表現があります。対象を絞り込まずにダイレクトメールを送ると反応は千通に三件あれば良い方だという意味でも使われます。

おそらく2つの意味があって
・三つしかないのだから、声を掛ける相手は絞り込まねばならない
・三つ反応があるのだから、あきらめずに声を届け続けねばならない

両方に真理があると思います。日常のさまざまな場面を足し合わせていくと機会はすぐに千件くらいになりはしないでしょうか。そして、そこで出会う三つの機会が複数回発注につながることも意外に多い。

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日本語・英語の組み合わせ以外の通訳者の紹介で仕事を引き受けることがありました。

事例1:
X語・日本語の通訳者がいつもの顧客から
「次回はX語だけでなく英語の発言もあるので日英通訳が必要」
と連絡を受け、知り合いの日英通訳者に相談。その日英通訳者が日程の関係で引き受けられないので私を紹介。

事例2:
通訳者の集まりの飲食店でいくつかのテーブルに分かれて着席。私はたまたまY語・日本語の通訳者が多いところに座る。私もY語は学習したことがあるので楽しい話ができました。その席にいた通訳者の顧客が上の事例1と同様に日英通訳が新規に必要になる。
「あのとき隣に座っていたのは日英通訳者だった」
と思い出して私に連絡。

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両方の事例とも顧客(通訳需要者)が私を直接知っていたわけでもなく、日英通訳者の手配の方法になじみがなかったわけです。通訳者がウェブサイトを作ったり動画投稿をして販売拡大の努力をしなくても「確かな筋」の仕事はたいてい
「そういえばあの人に尋ねてみよう」
「そういえばあのとき日英通訳者もいたな」
という流れでやってくるように思います。

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まずダイコンを自分でおろして待て


そば到着


最近使った貸し会議室に「もてなしの心」を感じました。



2024-07-05 さらに需要が高まる

対面での通訳場面が増加するいっぽう、オンライン会議での通訳提供も全く減る気配がないというお話です。

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通訳の仕事で他の通訳者と組むときに次の質問をしています。
「お忙しいですか」
「昨年と比べて今年の業務照会(引き合い)件数はどんな感じですか」

全員が
「ものすごく忙しい」
「引き受けようと思えば平日はすべて埋まる勢い」
「以前の『繁忙期』という概念は消失して、1月4日から12月31日までが繁忙期」
という回答が返ってきます。

私も同様の経験をしています。※ 首都圏在住の日英通訳者の状況です

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たとえば2024年6月。前月の5月時点では予約がさほど多くなく、前年同月を下回るか、うまくいって前年並と思っていました。ところが6月に入ってから予定がどんどん埋まり、結果として月間売上では過去最高となりました。ちなみに過去の月間売上の順位はこんな具合です。
1.2024年06月
2.2023年09月
3.2023年08月
4.2022年10月
5.2023年04月

2024年の累計でも6月までで過去最高となり、昨年と同様に秋になって照会件数が増えるとけっこうたいへんなことになりそうです。

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需要が増加しているのを反映して通訳者の手配がかなり困難になっているようです。「手配不調」、すなわち通訳者を手配しようとしても見当たらず、通訳なしで会議をすることも起きているようです。諸物価値上げ、企業が支払う給与引き上げという背景もあり、通訳報酬の引き上げ交渉で通訳者の言い分が通る割合が高くなっているようです。以前はなかなか難しそうだった利益(確定申告書の「所得金額等」)2,000万円超えを実現する通訳者も増えそうな予感がします。

これが一過性のものなのか、バブルとしてはじけるのか、それともしばらく続くのかはわかりません。コロナウイルス流行の初期では少なくとも通訳需要と通訳予算は存在したので通訳の実施方法があればすぐに需要が回復しました。今後影響があるとすれば経済の減速が原因となるはずです。世界金融危機のように急激に起こるのか、ゆっくりと減速していくのかはわかりません。アナリスト、エコノミスト、投資家がいろいろ予測しても外れるのが経済見通し。通訳者にできることは何なのでしょう。

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同時通訳を定期的に担当し始めた思い出の場所


仕事中にこういう発言がないことを祈ります



2024-07-04 全国ツアー 逐次通訳ワークショップ 終盤へ

日本会議通訳者協会主催・株式会社KYT後援の
全国ツアー 逐次通訳ワークショップ 2024
がまもなく終結というお話です。

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一般社団法人日本会議通訳者協会が任意団体として活動を始めたのが2014年。その後2018年に法人化し、2024年で10周年を迎えました。

新型コロナウイルス流行も予断を許さないまでも、注意すれば人の移動もなんとかなると判断して全国10都市で逐次通訳のワークショップを実施することにしました。

私が出向いたのは
・東京(運営)
・名古屋(講師)
・大阪(運営)
・広島(運営)
・仙台(運営)
・高松(講師)
の6か所。この他に札幌・新潟・福岡・沖縄で実施です。残すのは沖縄と二回目の東京です。

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東京・名古屋・大阪以外の場所で民間の通訳学校が開講を縮小する中、通訳訓練とはどのようなものかをお伝えすると共に仲間と出会い交流する機会にしたいと考えました。ワークショップも懇親会もとても楽しく収穫のあるものになっています。

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また、運営や講師を担当した通訳者にも実に多くの見返りがありました。なんといっても自分以外の講師の教授法やワークショップ運営から学ぶものがたくさんあります。私が思いもよらなかった角度で通訳技能に切り込んでいくのは実に刺激的でした。録音・録画素材を再生して訳を求めるという方法以外にいろいろな練習があるものです。

このワークショップを通じて久しぶりに会えた通訳者に後日私が請け負った通訳業務を担当してもらうという展開もありました。実にありがたいことです。

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刺激を受け、心強い仲間を見つけるなら実施者側になるとよいだろうとずっと思ってきました。自分でできることが組織の役に立つならできるかぎり貢献してみる。そうすると存在すら気づかなかった扉が突然開いたりするものです。

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すでに季節を過ぎつつありますが、今年もあじさいがきれいでした。

 

新橋駅近くの秘密基地(入り組んだ路地の奥にある貸し会議室)にて