第8回 ニコ技深圳観察会 (2018/03) 参加レポート : Shenzhen Speed の正体を探る旅

2018年3月19日〜21日にかけ、スイッチサイエンスの高須さんが主宰する「第8回 ニコ技深圳観察会」に参加してきた。2016年、2017年に続き3回目の参加となった。

今回の観察会は事前にブログを提出しての選考が行われた。また、観察会を終えた後に、その感想をブログなどでシェアすることがルールとなっている。

Shenzhen Speed とは

深圳でのプロダクト開発は極めて速い。ハードウェアスタートアップ向けのアクセラレータプログラムの HAX は 短期間でプロダクトアウトを目指し (以前は111日間といっていたが、今は4〜6ヶ月と言われている。それでもハードウェア開発としては極めて速いと言える)、彼らが深圳のことを紹介するときには "深圳の1週間はシリコンバレーの1ヶ月に相当する" とよく語っている。こうした俊敏なプロセスは「Shenzhen Speed」と呼ばれ、世界から注目を集めている。

ソフト・ハード両面のスーパーエンジニアリングで加速する Insta360

360° カメラを手がける Insta360 (Shenzhen Arashi Vision Inc) は、立ち上がってまだ3年ほどの企業であるが、nano, Air, One, Pro, nano S と 5 機種を立て続けに出している。光学系の設計が必要であり、かつスマートフォンとの緻密なインテグレーションが必要である複雑な機器をこの速度で開発できることに驚くが、彼らの強みはソフトウェア・ハードウェア双方にわたる改善のスピードであると思う。

(スマートフォンからはこのリンクよりYouTube アプリで再生されたし)

上の映像は、つい先日 (3月20日) にリリースされたファームウェアアップデートを適用した Insta360 One で撮影したものだ。いわゆる「自撮り棒」を持って歩いただけだが、まるでジンバルを持っているかのように安定した映像になっている。

彼らが目指す市場は 360° カメラだけでなく、カメラそのものだと語っている。すなわち 360° カメラの技術を用いてジンバルや自由視点撮影などができる「最高のカメラ」をつくろうとしている。さらにライトフィールドカメラのような新たな技術への研究開発にも余念がない。

Insta360 の展開が何故速いかについて、同社の Bianca さんに聞いたところ、

  • VR など 360° 市場の立ち上がりにうまく乗り、資金を大きく集められたこと
  • 採用をがんばり、よいチームがつくれたこと
  • 何はともあれ、チームのみんなが仕事をがんばっていること

が速さの秘訣だと答えた。決して突飛な打ち手ではなく、どれも事業における基本ではあるが、それらを丁寧かつハイレベルに行えているからこそ、この速度が実現できているのであろう。

山寨を組み合わせてロボットをつくってしまう CityEasy

山寨(shanzai)とは山の要塞、そこから転じて「ゲリラ的に開発された模造品・二級品」の意味で、iPhone や GoPro などの偽物や、Amazon でよく見かける、聞いたことのないブランドの USB ケーブルやモバイルバッテリーなどの粗雑な商品を指す。

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CityEasy は Apple Watch っぽいスマートウォッチ (Apple Watch と誤解させることを目的にしているなら海賊版だが、彼らの場合はデザインなどが全然違うので、そういう意図ではなく、深圳で出回っている基板で作った二級品だろう) などを手がけていたが、最近は施設案内や娯楽・教育のためのロボットなどをつくっている。よくみるとロボット掃除機や Android タブレットなどに由来してそうな構造が見て取れる。こうした「世の中に既に出回っているモジュール」を組み合わせ、俊敏な開発体制を構築することができている。

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このロボットは子供向けにコミュニケーション (音楽や童話の読み上げなど) をしてくれるものだが

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なんと、中にはスマートウォッチが入っている。スマートウォッチ + スタンドをロボットに見立てたというものだ。

この会社のロボットは金融機関や施設の案内など、to B 案件での引き合いが多いとのこと。実際に深圳空港のラウンジでは稼働しているロボットを目撃することもできた。(Android ベースのもので CityEasy 社で見たものと似ているが、製造元がどこであるかは確認できなかった) こうした社会のニーズに既存のテクノロジの掛け合わせで速やかに応えていくスタイルは非常に印象的だった。

Shenzhen Speed を生み出す都市空間

深圳市软件产业基地 (Shenzhen Software Industrial Base) は WeChat / QQ で有名な腾讯 (Tencent) の本社と百度国际大厦 (Baidu International Building) に挟まれたエリアで、数多くのITスタートアップのオフィスが集積している。

このエリアではインキュベーターベンチャーキャピタル、メイカースペース、法律・会計・特許事務所、銀行、英会話教室、そしてイベントスペースや電源完備の喫茶店に至るまで、スタートアップが必要とするものを集積させている。

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深圳のITスタートアップの働き方は「996現象」と言われており、これは「朝9時から夜9時まで、週6で働く」実態を意味している。目の前には、豊富なキャッシュを有するネット企業の Tencent と Baidu があり、スタートアップの一挙手一投足は彼らの目に留まる。このエリアにあるリソースと気力をフルに投入して EXIT まで一直線で駆け抜けようとするベンチャーが集まっているのだろう。

また、食環境のよさもスタートアップを加速させることの一助になっている。

深圳では朝食から夕食、深夜まで「どこかの店が営業している」ようになっていて、どの時間帯であっても温かい料理にありつけるようになっている。ファミレスかマクドナルドぐらいでしか朝食を食べられない日本とは対照的だ。

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そして予約なしにパーティーができるくらい店が広い。観察会の1日目に行われたミートアップでは白石洲に70人ほどのメイカーが集まり、各自の活動を紹介しながら思い思いに歓談が行われた。「大人数であっても気軽に同じ釜の飯を囲める」飲食店の発展は、コミュニティを活性化することに大いに役立つし、仕事で疲弊したチームの心身を癒やして英気を養うのにも最適だろう。GoogleFacebook がコックを雇い社内にレストランを設けてエンジニアを鼓舞しているが、これと同じことを深圳では街全体で担っている。

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全力で踊り続けたら Shenzhen Speed になる

曲がりなりにも複数社の立ち上げから EXIT までを経験し、今もいくつかのITスタートアップを支援している自分にとって、スタートアップがぶちあたる大きな壁は「熱量の高い人を集めることがすごくむずかしい」ことだ。最初の数人であればまだしも、会社の規模が大きくなるにつれて、どうしても事業やプロダクトへの熱意がそこそこの人を雇わざるを得なくなってしまうのが常だ。しかし深圳で「うまくいっている」チームは、見ただけでチームの熱量が極めて高いことがすぐわかる。

この疑問は高須さんが最終日に行ったプレゼン「僕たちが起こせるマジック」で解くことができた。

深圳をリードするスタートアップのチームには「やりたいこと」が先にあり、とにかくやりたいことを全力でやることで、それに共感した人が集まってくるという仕掛けがあることに気づかされた。そのことを高須さんは「自分たちのためのイノベーション」と語っている。また同セッションで TED の "How to Start a Movement" の一節をとりあげ「裸で踊っているのがイノベーター、そこに二人目が参加することが大事」と言っている。深圳はまさに「裸で踊っているイノベーター」が大事にされていて、そこに集う人が全力で踊り続けるからこそ、他に類を見ないスピードでイノベーションが起こり続けるのだと思った。

やりたいことで生きる時代がやってくる

これまでの社会では生きるためにお金や知識 (言語や数学、働くための専門知識) が必要であり、そのために人は学び、組織化し、働いてきた。しかしインターネットとコンピューティングの進化により、お金を得るために組織を構築する必要は薄れ、言語や数学もコンピュータの手助けを得られるようになってきた (僕は中国語が喋れないが、画像検索で店員に意思を伝えてコミュニケーションをとったりしている)。 やがて人間の労苦を AI が取って代わるようになり、ベーシックインカムが実現する日がやってくるだろう。

つまり、「生きるため」の仕事が減っていき、「やりたいこと」で生きていく人が増えていくのではないかと思っている。既に YouTube が「好きなことで生きていく」というキャッチコピーを掲げていて、現にそういう生き方をしている人も出始めた。また「やりたいことをやっていたら、それが仕事になっている」という人もすでにいるだろう。「やりたいこと」ドリブンでイノベーションが進んでいる深圳は、まさに未来を先取りしていると言えるのではないだろうか。

自分がやりたいこと: 便利なサービスをみんなが使う姿をみたい

自分はインターネットで便利なサービスを作ったり使うことが好きで、そのことを人に伝えて、みんなが便利さを実感できるようになることが大好きだ。中国には便利な Web サービスがたくさんあって社会に浸透しているのがとても羨ましい。日本でも便利なサービスがガンガン生まれて、みんなが楽しくサービスを使ってほしい。そんな気持ちから、中国ネットサービスのイノベーションを紹介するプレゼンを観察会でやらせてもらった。

中国のサービスをそのまま日本に持ってくればいいと思っているわけではないが、中国ネットサービスの膨大な成功と失敗から学んだ上で、日本でも便利でみんなが使えるサービスが数多く生まれるようにしたい。とりわけ「高齢者でも使えるネットサービス」は中国でも未解決な問題であり、そこに先陣を切り「おじいちゃん・おばあちゃんが夢中になれるサービス」が日本で数多く生まれるようになれば最高だ。

そんなことを考えるきっかけとなり、強い刺激を受けた観察会であった。