世界はこれまで国家(State)が中心的なアクターとなることで動いてきた。今でも多くのことは国家を単位に語られることが多い。しかし近年それ以外のアクター = 非国家アクター(Non State Actor)の重要性が増してきた。もっとも注目されている非国家アクターはいわゆる GAFAM などのビッグテックで、それ以外にも数多くの非国家アクターがいる。本連載では、こうしたまだ知られていない非国家アクターを取り上げて/よく知られている非国家アクターの知られていない面を取りあげてご紹介してゆきたい。
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偽・誤情報、デジタル影響工作、認知戦には思い込みを利用したものがたくさんある。たとえば、我々はいつの間にか「偽・誤情報はあってはならないもの」あるいは「民主主義の脅威」くらいに思っている。しかし、この連載をお読みの方なら、すぐにわかると思うが、実際にそんなことはない。
科学的知見は更新されるのが常であるし、事実と呼ばれるものもその後の調査や発見で覆されることがある。たとえばアメリカが世界中を盗聴しているというのは陰謀論扱いだったが、のちにスノーデンが暴露したことで事実となった。これらの知見は、更新される前は「偽・誤情報」「陰謀論」「トンデモ」あるいは「異端」として扱われることも多い。つまり、偽・誤情報をなくすことは次の科学的知見や事実をつぶすことになる。偽・誤情報をなくすことの方が民主主義の脅威なのだ。
今回は「ヴェール効果」によって不可視化されてしまったアクターをとりあげる。偽・誤情報やデジタル影響工作を考えるうえで、きわめて重要な非国家アクターであり、総合的な対策では必ず言及されているにもかかわらず、その実態について調査されることがなかった。
いささか不可解に聞こえると思うが、それには次のような理由がある。
●「ヴェール効果」によって可視化されていなかったもっとも重要な事実
ロシアや中国が流す偽・誤情報がニュースになり、政府が脅威だとアナウンスすることで、「偽・誤情報は危険だからなくすべき」という短絡的な発想につながってしまう。
攻撃を受けると攻撃しか見えなくなり、攻撃に対抗することが最優先となってそれ以外のことが見えなくなる。これが「ヴェール効果」だ。あるいはロシアお得意の反射統制理論による「行動の誘導」と言ってもいいだろう。現在、ロシアや中国などから攻撃を受けている欧米の国々は、攻撃そのものに目を奪われて、攻撃に対応することが最優先になっている。
ヴェール効果のもとでは「攻撃の影響」「被害などの実態」「攻撃に対する防御の効果の検証」「攻撃の予防」といったきわめて基本的なことが見えなくなる。
この視点で偽・誤情報の報道をみてみよう。まず、偽・誤情報の閲覧数や投稿数などは非常に頻繁に報道されるが、全体の中での割合は言及されないし、多くの場合は被害の実態も把握されていない。対策は検証されないまま実行され、その後も検証されないまま繰り返し同じ対策が行われる。予防策の案が出されて実行されることもあるのだが、そもそもの被害実態や対策の検証がない、すなわち何の根拠もないためやはり効果につながらない。
偽・誤情報に関する多くの調査研究はあるものの、いずれも事例にフォーカスしたものが多い。木を見て森を見ないような、全体像をとらえていない調査研究もこれらを悪化させる要因とすらなっている。
近年、偽・誤情報の被害実態や対策の検証などが行われるようになり、やっと少しずつヴェールがはがれて、状況が把握できるようになってきた。実態がわかってくると、物事の優先度も変わってくる。たとえば人が接触する情報の中での偽・誤情報の割合は実は少ない。調査によって数値は異なるが、せいぜい数パーセントである。そのわずかな割合の偽・誤情報を検知するよりも、はるかに多い正確な情報に焦点を当てた方が効率的であるのは明らかである。