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箱の中身はキーホルダー(自分のもの)
看護婦がそれを見て、事故の直後運ばれてきた悠梨がフラッシュバックする。
翔馬:30代
悠梨:30代 医者の娘
医者:50代 病院の院長 苗字は折笠(おりかさ)
翔馬からは先生、悠梨からはお父さんと呼ばれるため名無し
看護婦:40代 苗字は戸谷(とや) ポジション的には普通の人。
先生、看護婦役の方には、事前に悠梨が死んでいることを伝えておく。
ただし、看護婦役の方には先生が一時期悠梨が見えていたことは伝えない(たぶん必要ない)。
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プロローグ ざっくりした導入
翔馬役の人に読ませるかは未定。たぶんそうなりそうだけど。
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学校から伸びるまっすぐな道を彼女と歩く。
1キロ近い通いなれた歩道を、今日あった他愛無い会話で気を紛らわしながら進んでいく。
無意識に口から出る事象に対して、予想した通りの反応をしてくれる彼女が僕の右手側に歩いている。
いつからか僕は、彼女に悟られぬようなるべく自然に道路側を歩くようになっていた。
友達から借りた漫画の影響なのだが、それが原因で僕の中で彼女が日ごとに違う存在に代わってしまった。
小さいころからずっと隣にいた彼女。
もちろんそのことを不思議に思うことはなく、昨日までと同じ日常が今日の内容に合わせて繰り返されていくだけの日々だったはずなのだ。
きっと彼女の中では何の変化もない日常が繰り返され、そのことに違和感や期待を膨らませることなんてないのだろう。
しかし、僕の中で一方的に育ってしまったこの感情は、彼女が隣にいる間、常に僕の口から飛び出すタイミングを計り続けている。
朝日の中で登校する彼女の顔を、まじまじと見るようになってしまった。
授業中、何気ないタイミングで振り返った彼女と目が合うようになってしまった。
体育の授業で、別々の部屋へ移動した彼女のその後を考えてしまうようになった。。
徐々に近づいてくる帰り道の分岐点が、まるでこの世の終わりの入り口のように思えてしまう自分がいた。
そんなことを考えていたら、今日もその地獄の入り口が近づいてきた。
恨めしく思う僕をよそに、彼女は横断歩道の前で立ち止まり、また明日と手を振った。
いつもの日常なら、僕もここで手を振り、残りの帰路を今日の彼女で頭をいっぱいにして帰るのだが、ついに僕の秘めたる感情は、理性を超えて唐突に意を決してしまった。
僕の短い人生の中で最も長く感じた数分が過ぎた。
彼女の表情はいつもと変わらない。ただ、その眼はいつもより優しく見えるような気がする。
じっと見つめていた彼女の唇が動いたその時、僕の耳に届いたのは大型トラックのクラクションだった。
はっとして後ろを振り返る彼女と、必死に彼女へ駆け寄ろうとした僕を、まとめて鉄の塊が吹き飛ばす。
空中に投げ飛ばされた僕は、自分の体が制御不能になったことを理解することも、彼女の体を視界に収めることもできないまま、歩道わきの壁に打ち付けられた。
壁にもたれる形でうずくまったあと、頭の中に打ち鳴らされる鐘の音とともに、全身から鈍い痛みが伝わってくる。
両脚はおろか、指先一つ動かない現状を認識するよりも早く、つんざくような衝突音が数メートル先でとどろいた。
うなだれた頭を必死に起こそうと努力するが、すべての動きを止めるべく意識は停止へと向かって目を閉じさせようとしてくる。
もうろうとした意識と通行人の悲鳴が聞こえる中で力尽きる最後の瞬間、僕の目が捉えたのは、隣家の壁に激突したトラックとタイヤの間から差し伸べられる彼女の腕。
それが、僕の記憶にある最後の光景だった。
まっすぐに伸びる一本道。隣には彼女がいる。
僕たちは昨日を繰り返すように、急ぐことも、わざと足を遅くすることもなく歩いていく。
やがてたどり着いてしまった交差点で立ち止まる彼女を、僕はいつものように見送ってまっすぐ進もうとする。
「また明日」と声かけてくる彼女の声に振り返り、「また明日」と手を振り返す。
そんな日常と微笑みかける彼女について、何も考えずに過ごしていた僕が確かにまだ存在していたはずなんだ。
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ここから本編。病室から始まる。
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翔馬01:う、っ・・・
翔馬02:ここは・・・病院・・・?
(上体だけ動かしてあたりを見る。
目を覚ましただけだと天井と窓しか見えないため、病室だと認識できないため。
特別なベッドのため、患者が動いただけで通知が行く仕組みになっているため、看護婦が来る。
そのため、長めに喋ってくれると違和感なく進める・・・?
あとあと十年以上寝たきりなことがわかるため、大げさにゆっくり喋るなどしても問題ない。)
看護婦01:翔馬君・・・?目が覚めたのね!?
翔馬03:看護婦さん・・・?じゃあやっぱりここは病院・・・。
看護婦02:大丈夫!まだ意識がはっきりしないかもしれないけど体に異常はないから!
私、先生を呼んでくるわね!
翔馬04:は、はい・・・。
翔馬05:なんで僕は病院に・・・あっ!
(最後の「あっ!」は事故のことを思い出したため。)
(翔馬が事故のことを思い出すと同時に悠梨が入ってくる)
悠梨01:翔馬!目が覚めたのね!
翔馬06:ゆっ、悠梨!? なんでここに!?
(立ち位置的に、悠梨はベッドのそばに来るにとどまる。抱き着いたりはしない)
悠梨02:翔馬の目が覚めるのを待ってたのよ!
よかった・・・。ほんとによかったよ・・・。
翔馬07:あ、ありがとう・・・。
それより悠梨も大丈夫なの?あの時のことはあんまり覚えてないんだけど・・・。
悠梨03:・・・私のほうは大丈夫。翔馬もそうだけど、奇跡的に体に後遺症は残らなかったの。
意識が戻ったのは私のほうが先だったみたいだけどね。
翔馬08:そうなんだ・・・。
悠梨04:トラックが突っ込んできたっていうのに軽傷だったのよ? 本当に奇跡だよね・・・。
翔馬09:不幸中の幸いだね。後遺症もないなんて本当に奇跡だよ。
悠梨05:そうね・・・。
(医者、看護婦が入ってくる)
医者01:翔馬君!目が覚めたんだね!
翔馬10:あ、先生。
悠梨06:あっ・・・じゃあ私はこれで。またあとでね。
翔馬11:うん。
(気持ち小さめで)
医者02:大丈夫かい?頭がぼーっとしたりしないかい?
(多少食い気味で)
翔馬11:まだ少しぼーっとします・・・。体を動かすのもすこし・・・。
医者03:君は長いこと寝たきりの状態だったんだ。これから少しずつ慣らしていこう。
体には異常はないよ。事故の内容にしては幸運といえるほど軽傷だったんだ。後遺症も残っていないんだから。
翔馬12:そうみたいですね。さっき悠梨にも会ったんです。彼女も重い怪我じゃなかったみたいでよかったです。
看護婦03:悠梨ちゃん・・・?
医者04:・・・悠梨に会ったのか。そうか・・・。
翔馬13:先生?どうかしたんですか?
医者05:いや・・・、今は君のことについて説明しよう。
君の体に関しては異常はないんだが・・・長いこと寝たきりの状態が続いたんだ。
翔馬14:そうなんですか・・・。
医者06:体に関しては調べる方法がある程度確立されているんだが、寝たきりといった症状の場合は脳の話になってしまって、我々もいつ起きるのかわからなかったんだ。
翔馬15:そうなんですね・・・。僕自身はあまり実感はないんですけど・・・。
僕はどれぐらいの間、眠ったままだったんですか?
医者07:君が寝たきりだった期間は・・・およそ15年だ。
翔馬16:・・・えっ?
医者08:君は15年ほど寝たきりだったんだ。そこのカレンダーを見てごらん。
翔馬17:・・・2010年。僕が事故にあったのは・・・。
医者09:1995年。夏の終わりごろだったかな・・・。
翔馬18:そんな・・・それじゃあ僕は今30歳ぐらいなんですか・・・?
先生!本当に今は2010年なんですか!?本当にっ!
看護婦04:翔馬君落ち着いて! 今は本当に2010年なの・・・。
鏡を持ってきたわ・・・たぶん、いずれ確認するでしょうから・・・。
医者10:人間の体は寝たきりの状態でも成長するんだ。ひげや髪の毛に関しては適宜切っていたが・・・。
翔馬19:これが・・・僕・・・?
医者11:君にとってはリハビリよりも心境の整理のほうが大変だと思う・・・。
君の周りの状況については明日以降にでも説明しようと思うが、今日のところはここまでにしようと思う。
翔馬20:あれから15年もたってるんですか・・・?本当に・・・?
医者12:今はまだ実感できないと思うが・・・これが事実なんだ。
時間はかかると思うが、時間をかけてゆっくり気持ちを整理してほしい。
翔馬21:はい・・・。
医者13:ちょうど昼時だな・・・食事は食べられそうかい?
点滴よりも病院食のほうが栄養があるんだが・・・。
翔馬22:・・・。
医者14:ショックが大きいようだね・・・無理もない。
看護婦05:翔馬君、トイレは病室を出てすぐ左にあるわ。
何かあったり、話し相手が欲しかったらナースコールして頂戴。
翔馬23:わかり、ました・・・。
医者15:時間はたくさんある。君の目が覚めたのは少なくとも良い傾向だ。
少しずつ前に進んでいこう、翔馬君。
翔馬24:・・・。
医者16:それでは今日は失礼する。明日また来るよ。
翔馬25:はい・・・。
(医者、看護婦が退室し、ドアが閉まる。)
翔馬26:15年・・・そんな・・・。
悠梨07:翔馬。入るわよ。
翔馬27:悠梨・・・。
悠梨08:その様子だとお父さんから説明を受けたみたいね・・・。
翔馬28:あぁ・・・。えっ、お父さん?
悠梨09:そうよ。ここは折笠(おりかさ)病院。私のお父さんが院長をしてる病院なの。
翔馬が寝たきりだった間、ずっと面倒を見てくれたのも面識があったからなのよ。
翔馬29:そうだったのか・・・。
確か、悠梨のお母さんは小さいころに亡くなってて、お父さんは仕事であんまり帰ってこないって言ってたけど・・・お医者さんだったんだな。
悠梨10:家の中じゃほとんど一人きりだったからね、食事を一緒に取ることも少なかったわ。
翔馬30:15年前から院長だったら・・・仕事につきっきりにならざるを得なかったのかもね・・・。
悠梨11:そうね。まぁそこは仕方ないと思ってるわ。私のためでもあったんだから。
翔馬31:しっかりしてるなぁ・・・相変わらず。
でも・・・そうか、15年間ここにいさせてもらってたんだもんな・・・。
悠梨12:15年も経っちゃったのよね・・・。
まだ、気持ちの整理はできてないと思うけど・・・。
翔馬32:そうだね・・・。さっき悠梨に合った時はわからなかったけど、悠梨と会うのも15年ぶりなんだね・・・。
悠梨13:・・・そうなるわね。私はちょくちょくお見舞いに来てたからあまり感じないけど、翔馬から見ると私は別人みたいになってるのかしら?
翔馬33:そんなことないよ。
・・・相変わらずかわいいよ。
(二行目の「・・・」は悠梨の顔を見る間)
悠梨14:ちょっと!バカ!急にそんなこと、別にそういうのを求めたわけじゃ!
翔馬34:あぁ、ごめん!そうだね・・・お互いもう30歳ぐらいなんだもんな!
悠梨15:・・・そういうことよ!
全く!本当に中身は変わってないんだから!
翔馬35:しょうがないだろ!僕は本当に15年前のままなんだから!
まるでタイムスリップだよ!寝て起きたら15年たってるんだからさ!
悠梨16:そっ、そうよね・・・。翔馬にとってはそうだもんね・・・。
・・・でも、少し安心したわ。本当にあの時のままなんだなって・・・。
翔馬36:さっき先生から聞いた時は、どうしたらいいのかわからなかったけど・・・悠梨と話してたら気が楽になったよ。
なんだか、いつもの日常みたいな感じでさ。
悠梨17:きっと戻れるわ。いきなりは無理かもしれないけれど、徐々に慣れていけばいいのよ。
リハビリで体の調子を整えながら、心のほうもね。
翔馬37:退院できたら、またあの一本道を歩きたいね。二人でさ。
悠梨18:私も一緒に・・・?
翔馬38:うん。嫌かな・・・?
悠梨19:そんなこと・・・。
翔馬39:そういえば・・・覚えてる?あの事故の直前のこと(だけど・・・
悠梨20:(食い気味に)ごめん。今日は帰るね・・・。
翔馬40:えっ。
悠梨21:また明日来るからさ。お見舞いとか買ってさ。
翔馬41:あ・・・うん。わかったよ。
ごめんね。急にいろいろと・・・
悠梨22:ううん、いいの。私も翔馬と話せて嬉しかったよ。
翔馬42:ありがとう。そう言ってくれて僕も嬉しいよ。
悠梨23:・・・じゃあね。また明日。
(悠梨、退室
翔馬、ベッドに寝っ転がり独り言。)
翔馬43:答えは聞けなかったな・・・。でもあれから15年も経っちゃってるんだもんな・・・。
もしかしたら、もう結婚してるとか・・・、でも一人で考えても仕方ないか・・・。
・・・そういえば、僕の家はどうなってるんだろう。
それだけでも確認しておきたいな・・・。
(翔馬、ナースコールを押す。)
翔馬44:できれば、もう会いたくはないんだけどな・・・。
(看護婦、来室)
看護婦05:翔馬君、大丈夫?具合が悪くなった?
翔馬45:いえ、ちょっと聞きたいことがあって・・・。
看護婦06:なにかしら・・・って、そうよね。さっきは最低限のことすら説明してなかったもんね。
リハビリに関すること、とか?
翔馬46:僕の・・・その、家族に関することなんですけど。
看護婦07:あぁ・・・そのことに関しては、たぶん先生の口から聞いたほうがいいわ。
私も事情は聞いているけれど、全て聞いたわけじゃないから。
ちょっと待ってて、先生を呼んできてあげる。
翔馬47:わかりました。
(看護婦、部屋を出ていこうとして立ち止まり振り返る)
看護婦08:それにしても、さっき話をした状態からずいぶん元気になったわね。
安心したわ。
翔馬48:えっ?あぁ、さっきまで悠梨としゃべっていたんです。
まるで学生時代みたいに・・・
看護婦09:・・・そう、だったのね。
とりあえず・・・元気が出てよかったわ。
翔馬49:ありがとうございます。
(看護婦の動揺は気にしない感じで。)
看護婦10:それじゃ、先生を呼んでくるわね。
翔馬50:はい。お願いします。
(看護婦退室。
ナースセンターより医者へ電話)
医者17:もしもし。
看護婦11:折笠先生。
先ほど翔馬君からナースコールがありまして。
医者17:様態に異変が?
看護婦12:いえ、自身の家庭環境について説明を受けたいとの申し入れがありまして・・・・。
医者18:そうか、わかった。プライバシーに関する話だから、私一人で話してこよう。
翔馬君の状態に変化はなかったかね?
看護婦13:・・・元気でした。こちらとの会話にも齟齬は見られませんでした。
医者19:そうか。よかった。脳に異常がみられる場合はうちでは対応できないからな・・・。
・・・どうした?
看護婦14:その・・・悠梨ちゃんと話していた、と。
それで少し気が晴れたようでした。
医者20:・・・そうか。
やはり、彼は他の看護師と対応させないほうが良いだろうな。
彼の件については内容を知っているものは私と君しかいない。
君には迷惑をかけるが・・・。
看護婦15:わかっています。他の看護師には彼の意識が戻ったことは話さないつもりです。
医者21:ありがとう。
それじゃ、彼のところへ行ってくる。
(医者、来室
医者:明るめな感じで)
医者22:失礼するよ。
翔馬51:すみません、先生。また来てもらって・・・。
医者23:いやいいんだ。むしろ、人に気を使える状態までは回復したようでよかったよ。
さっきの様子では、リハビリができるかどうかも不安になっていたからね。
翔馬52:あっ、まだいろいろ整理できたわけじゃないんですけど・・・
とりあえず、現状を少しでも知っておこうと思いまして。
医者24:手始めに、自分の周囲について確認しようと思った、ということだね。
翔馬53:はい。さっき看護師さんに聞いたら先生が知ってるって。
医者25:そうだね。君のプライバシーに関する話になるんで、あまり公にはしていない。
確認したいのは、君が事故にあうまで住んでいた親戚の家に関する部分だね?
翔馬54:はい。
医者26:実は・・・あまりいい話ではないんだ。
本当はもう少し日がたって君が落ち着いたのを確認してから話そうと思っていたんだが・・・。
翔馬55:たぶんそうなるだろうなって予想はしてました。
僕があの家にいることを、よく思っていなかったですから・・・。
医者27:そうだったのか。
・・・わかった。ある程度の覚悟はできているということだね。
翔馬56:はい。お願いします。
医者28:隠し事はなしにして説明しよう。
現状として、君はもうあの一家とは親戚という以上の関係ではなくなった。
翔馬57:・・・どういうことですか。
医者29:君が小学生の時、両親が事故にあって亡くなった。その後、親戚の家に引き取られ、一緒に生活していた。
この場合、未成年後見人という制度によって、法律上は親戚夫婦が親代わりという形になるんだ。
普通であれば成人を迎えたタイミングで独立し、法律上は一般的な親戚関係に戻るんだが、君の場合は眠り続けたまま年齢上は20歳を超えてしまった。つまり、法律上どうするかはっきり判断がつかない状況になってしまったんだ。
そこで、今後どうするかについて君の親戚夫婦と話し合う機会を設けようとしたんだが、連絡がつかなかった。
翔馬58:逃げたんですか・・・。
僕の面倒を見る気はなかったんですね。
医者30:・・・はっきり言ってしまえばそうだ。
君に支払われた慰謝料から取れる分だけ取った後、連絡がつかなくなってしまったんだ。
翔馬59:慰謝料って、事故の時のですか?
医者31:あぁ。そっちの詳しい話もしていなかったね。
事故の原因、つまり加害者となったトラックの運転手は即死だったんだ。
その後、運転手の遺族から少なくない額が慰謝料として私と君の家族にも支払われたんだ。
今日までの医療費はそこから支払われているんだよ。
翔馬60:そうだったんですね・・・。
じゃあ、僕はここを退院した後は一人で全部していかなきゃいけないんですね・・・。
医者32:精神的な支えにはならないが、さっき話した慰謝料についてはまだ少し残っている。
無駄遣いしなければ半年ほどは生活できるはずだ。
君が退院するときに、通帳などの必要なものは渡そうと思っている。
翔馬61:先生が管理していてくれたんですか?
医者33:あぁ。君の親戚夫婦の心もとない対応を見かねてな。
ただ、君の意識が戻って退院するまでが予想よりも伸びてしまったがな。
翔馬62:ありがとうございます。この病院にいられたのも先生のおかげなんですね・・・。
医者34:脳に障害があった場合は別の病院に移るといった話も上がったんだが・・・君一人を放り出すようなことはできないと思ってね。
翔馬63:先生・・・本当にありがとうございます。
医者35:君が前を向いて退院できるようサポートするのが私の仕事だ。
ただ、前を向く努力は君にしかできないこと。
問題は山積みだとは思うが、私に協力できることがあったら気にせず相談してほしい。
翔馬64:はい!その・・・色々と頑張ります!
医者36:はっはっは、本当に学生のような返事だね。
いや、それもそのはずか。
翔馬65:えっ、あ、あはははは・・・。
医者37:失ってしまった時間は帰ってこなくても、これからの時間はまだ残っている。
15年経ってしまったとしてもまだやり直せるさ。
翔馬66:そうですね・・・前を向いて頑張れば・・・!
医者38:その意気だ。
とりあえず、君の調子を見ながら徐々にリハビリを開始していこうと思う。
歩くことができない間はまだ、尿瓶に頼らなければならないからな。
翔馬67:尿瓶って・・・あっ。
医者39:さすがに意識が戻ったら尿瓶は卒業したいだろう?
する側は慣れているから何とも思わないだろうが・・・。
翔馬68:そうですね・・・一人でトイレにけるようになりたいです・・・。
医者40:中学生から成長する前に、中学生に戻る努力をしないといけないな。
だが、急ぐ必要はない。君のペースに我々は合わせるだけだ。無理はいけないよ?
翔馬69:わかりました。
本当に・・・いろいろとありがとうございます。
医者41:あぁ。君が無事退院できる日を待っているよ。
それでは、また明日様子を見に来るよ。
何かあったらナースコールで呼んでくれ。
翔馬70:はい。ありがとうございました。
(医者、退室)
翔馬71:・・・もうあの家には帰らなくていいんだな。それだけは素直に嬉しいや・・・。
でも、お金の話とか出てくると、なんか大人になった気がするな。一人で生活していかなきゃっていうか・・・。
先生にもいろいろ助けてもらってるのも分かったし、これから頑張っていかなきゃいけないな・・・。
これから・・・か・・・。
(病室の外から)
看護婦16:翔馬君?今、大丈夫かしら?
翔馬72:えっ、はい!大丈夫です。
(看護婦、来室)
看護婦17:ごめんなさい急に。さっき先生から食事について確認してくれって言われてね。
翔馬73:あぁ。そういえば・・・。
看護婦18:いろいろ話しこんじゃって確認するのを忘れちゃったらしいわ。
あんまり長いこと会話させるのもまずいと思ったらしいけど。
翔馬74:気を使わせちゃったみたいですね。すみません。
えっと、病院食にするかどうかの確認ですよね?
看護婦19:あぁ、そうね。食べられそうならそっちのほうが良いと思うの。
これも一種のリハビリみたいなものだからね。
翔馬75:リハビリ・・・そうですね。
なんだか、一日を通して徐々に長いこと寝たきりだったんだなって実感がわいてきました。
看護婦20:説明ばっかりだったものね。ただでさえ意識が戻ったばっかりだっていうのに・・・。
大丈夫?疲れてない?
翔馬76:少し・・・でもいずれ知らなきゃいけないことですから早めに聞けて良かったかなぁって。
先生にもいろいろ助けてもらってたことを知って、明日から頑張ろうって思えましたし。
看護婦21:そう。それは良かったわ。リハビリもそうだけど、君の場合は頭の整理もしなきゃいけないものね。
無理はしちゃだめよ?
翔馬77:先生にもくぎを刺されましたよ。僕のペースでいい、って。
看護婦22:君の状況を考えると、前向きに考えてくれているだけで嬉しいのよ。
私も全部は知らないけれど大変な状況っていうのはわかっているから。
翔馬78:ありがとうございます。
看護婦23:とりあえず、現状から少しずついい方向に向かっていきましょう。私も先生もそれが一番あなたのためになると思っているわ。
そういえば、食事の話だったわね。どうする?
翔馬79:病院食にしてみます。たぶん、大丈夫だと思うんで。
看護婦24:わかったわ。もうすぐ夕食の時間だからあとで持ってきてあげるわね。
ところで・・・悠梨ちゃんは、明日も来るの?
翔馬80:えっ? はい。明日もお見舞いに来てくれるって言ってましたけど・・・。
看護婦25:そう・・・よかったわね。
それじゃあ早く元気にならなきゃいけないわね。
翔馬81:そうですね。がんばります。
看護婦26:それじゃ、またあとでね。
(看護婦、退室)
翔馬82:今日一日で得た情報を振り返っているうちに運ばれてきた病院食は、誰かに聞いた通り薄味だった。
幸い食事に関する一連の動作は特に不自由なく行うことができ、数分もすると看護師さんも安心して病室を後にした。
空になった食器を片付けてもらった後、改めて一人になった病室で僕は目を閉じた。
悠梨との会話、先生から教えてもらったこと、看護師さんとのやり取り。
そんなことをしていると、長いこと使っていなかった頭の中から違う記憶が浮かんできた。
それは今日よりもずっと前の、意識が戻る前の記憶だった。
学校から伸びるまっすぐな道を彼女と歩く。
1キロ近い通いなれた歩道を、他愛無い会話で気を紛らわしながら進んでいく。
いつからか僕は、彼女に悟られぬようなるべく自然に道路側を歩くようになっていた。
友達から借りた漫画の影響なのだが、それが原因で僕の中で彼女が日ごとに違う存在に代わってしまった。
悠梨24:翔馬?起きてる?・・・翔馬ー?
翔馬83:ふぁあぁぁ・・・(欠伸
あ・・・悠梨?
悠梨25:今起きたの?
昨日までずーっと寝てたくせにずいぶんぐっすり寝てたわね。
もうお昼前よ?
翔馬84:えっ・・・あぁ、もうこんな時間か。
おはよう、悠梨。
悠梨26:はぁ・・・おはよう翔馬。
こんな時間におはようっていうのも変な気分だけどね。
翔馬85:そうだね・・・ずいぶんぐっすり眠っちゃったみたいだよ。
悠梨27:昨日、先生からいろいろ説明されたからかしらね。
まぁそれを考えると仕方ないかもしれないけど・・・。
翔馬86:眠れなかったわけじゃないんだけど・・・いろいろ考えることは多かったよ。
早く退院できるように頑張ろうって。
悠梨28:あら、ずいぶん前向きに頑張る気になったのね。
もう頭の中は整理できたの?
翔馬87:ううん。整理は全然できてないけど、今はできることからやっていこうかなって。
まずはリハビリから初めて、ゆっくり体の調子を整えてからさ。
悠梨29:そうね。まずは歩けるようになるところからかしらね。
そしたら、一緒に病院の中を回ったりできるから・・・。
翔馬88:一緒に?
悠梨30:えぇ。リハビリしたからって問題なく歩けるとは限らないでしょう?
普通は看護師さんか誰かと一緒じゃないと病室から出ることはできないはずよ?
翔馬89:あぁ、そういうことか・・・。
悠梨31:翔馬がリハビリ続けて一人で歩けるようになったらあたしがついてってあげるから。
売店でほしいものとかあるでしょう?
翔馬90:あぁ。とりあえず、トイレに行けるようになりたいかな。
悠梨32:ばっ、バカ!そんなこと知らないわよ!すぐ横にあるんだから勝手に行きなさいよ!
翔馬91:ご、ごめん・・・。
とりあえず、先生が来たら歩くリハビリをしてもらえるよう話してみるよ。
悠梨33:まったく・・・。
それじゃ先生もそろそろ来るだろうし、私は帰るわ。
翔馬92:えっ、もう?
悠梨34:また明日も来るわよ。
そんなすぐに退院できるわけでもないんだから、毎日長話する必要はないでしょう?
翔馬93:そう、だね。
今日もありがとう、悠梨。
悠梨35:リハビリ頑張ってね、翔馬。
(悠梨が退室すると同時に、医者来室
医者が入ると翔馬がこちらを見ているため、医者が驚く)
医者42:翔馬君起きて・・・や、やぁ、おはよう翔馬君。
翔馬94:おはようござ・・・あっいや、こんにちわ先生。
医者43:ずいぶん寝ていたみたいだね・・・それとも起きていたのかな?
翔馬95:いえ、少し前まで寝てたんですけどそのあと悠梨が来て、さっきまで話をしてたんです。
医者44:悠梨が・・・さっきまでいたのかい?
翔馬96:はい、今入れ違いで出て行ったんですけど・・・すれ違わなかったですか?
医者45:・・・いや、反対側に出て行ったのかもしれないな。
ナースセンターとエレベータは逆方向だからね。
翔馬97:そうなんですか。
医者46:あぁ。それよりも、体調はどうかな。
昨日の今日だからね。気分が悪かったり、どこか痛んただりしないかい?
翔馬98:大丈夫ですよ。いろいろ考え事はしてましたけど、夜はしっかり眠れたんで。
医者47:それはよかった。
体調に問題がないなら、歩行に関するリハビリをしようと思うんだがどうかな?
病室にこもったままでいるよりは、精神的にも良いとは思うんだが・・・。
翔馬99:はい。お願いしたいです。
先生の予定が空いていれば・・・。
医者48:私の方は大丈夫だ。
今日は金曜日で平日だから来訪者の予定もないからね。
翔馬100:明日から週末なんですね。
曜日の感覚は全然なかったです・・・。
医者49:まぁそれも仕方ないだろう。昨日まで君は眠ったままだったんだから。
それじゃあ13時過ぎに看護師を来させよう。
翔馬101:はい。お願いします。
医者50:そういえば・・・悠梨はまた来ると言ってたかい?
翔馬102:えっ、はい。言ってましたけど・・・今日中に来るかどうかは言ってなかったです。
医者51:そうか・・・わかった、ありがとう。
じゃあ、また昼食後に。
翔馬103:はい。
(医者、退室)
翔馬104:先生、家で悠梨と会ってないのかな・・・もう一緒に住んでないのかもしれないけど・・・。
まぁ、あんまり突っ込んで聞いても悪い気もするな。
・・・リハビリか、すぐ歩けるようになるのかな。というか今どれぐらい歩けないんだろう・・・。
看護師27:翔馬君、昼食を持ってきたから入るわよー?
翔馬105:あ、はい!
(看護婦、来室)
看護婦28:よいしょっと。(昼食を運んで部屋に入る)
ずいぶん寝てたわね。あんまり眠れなかった?
翔馬106:いえ、そういうのじゃないんですけど・・・。
いろいろ考えてたら自然と寝るのが遅くなっちゃったみたいで。
看護婦29:そう、まぁいろいろ説明されたことを全部受け止めなきゃいけないんだもんね。
だけど、昨日も言ったけど無理だけはだめよ?
(喋りながら食事の準備をする)
翔馬107:はい、わかってます。
あぁすみません、ありがとうございます。
看護婦30:あ、あと翔馬君が退院するまで君の担当になったから、改めてよろしくね。戸谷(とや)よ。
翔馬108:(確認するように、深い意味はない)戸谷、さん。
こちらこそよろしくお願いします。
看護婦31:えぇ、よろしく。
食べ終わったらナースコールしてね。
そのあとにリハビリステーションでリハビリする予定だから。
翔馬109:はい、わかりました。
看護婦32:それじゃまたあとでね。
(看護師、退室)
看護婦33:ふぅ・・・。
あら、折笠先生?
医者52:あぁ、戸谷君。
(翔馬の病室から出てきたのに気づいて)翔馬君からナースコールかね?
看護婦34:いえ、昼食を運びに・・・。
まだ歩いてナースステーションまで来るのは無理でしょうから。
医者53:そうか、もう昼食の時間か。
看護婦35:折笠先生は、少し早い昼食でしたか?
医者54:いや? 昼食はまだだが・・・どうしてそう思ったんだい?
看護婦36:いえ、エレベーターのほうから歩いてこられたんでてっきりそうかと。
医者55:いやいや、翔馬君のリハビリを行う準備をしていたんだ。
リハステを使うことはあまりないからな。
看護婦37:そうでしたか。
翔馬君が昼食を終えたらということだったので、少し早くなるかもしれませんね。
医者56:あぁ。
私も昼食を終えたら先に入っておくから、それは構わないよ。
看護婦38:わかりました。
医者57:それじゃあ、またあとで。
看護婦39:はい。
翔馬110(M):朝食をとらなかったせいか、昨日よりも少し量の多い昼食を食べ終えた後、戸谷さんとリハビリステーションに向かった。
エレベーターで数階分降りた後、すぐ横の扉を開けて中に入る。
少し広めの空間と、テレビで見たことがある手すりや補助器具が置いてある室内で、折笠先生が待っていた。
医者58:ようこそ、リハビリステーションへ。
どうだったかな、数年ぶりに歩いてみた感覚は。
翔馬111:一人では歩けそうにないですね・・・。
ずっと戸谷さんに寄りかかりながら歩いてました。
看護婦40:仕方ないわ。ずっと寝たきりだったんだもの。
翔馬112:食事は手を動かしづらいっていうぐらいだったんですけど・・・
歩くのがこんなにできなくなるなんて思ってなかったです。
医者59:食事の場合、スプーンで口まで物を運ぶだけの運動だが、歩くとなると体重を両足で支えながらバランスを取らなきゃいけないからね。
寝たきりの状態が続くと、筋肉や感覚といったものは予想よりも弱ってしまうんだ。
翔馬113:そうなんですね。
実際に歩いてみるまでは全然気が付かなかったです。
医者60:感覚を取り戻すのはあまり時間がかからないんだが、筋肉に関しては現状を確認する必要がある。
翔馬君、そこの手すり棒につかまって立つことはできるかい?
翔馬114:あんまり自信はないですけど・・・やってみます。
看護婦41:じゃあ、あそこまで移動しましょう。
・・・手すりはつかんだわね。じゃあ支えていてあげるから足に力を入れて立ってみて。
(看護婦に支えられながら翔馬、手すりまで移動。医者も近くで待機)
翔馬115:はい・・・。
んっ・・・ぐ、あっ!
(翔馬倒れかける。医者と看護婦が支える。)
看護婦42:っ!
翔馬君、大丈夫?
医者61:・・・まだ一人で立つというには厳しいか。
ふむ・・・翔馬君、どうだった?
翔馬116:そう、ですね・・・。
一瞬持ちこたえられるかなと思ったんですけど、すぐに耐えきれなくなって・・・。
医者62:確かに、すぐに崩れ落ちたわけではないように見えた。
となると、筋肉量というよりは筋持久力を重視したほうが良いかもしれんな。
翔馬117:えっ?どういうことです?
医者63:そもそも君の体は今、体重がかなり落ちている状態なんだ。
健康事態に影響が出ていないのは確認したが、影響が出ていてもおかしくない程度にはね。
翔馬118:あぁ、そういえば・・・。
腕や足よりもおなかのあたりはやせたままですもんね。
寝たきりになる前もやせ型だったのであまり気にはならなかったんですけど。
医者64:点滴による栄養補給しかできなかったから、やせること自体は仕方がないといえば仕方がないんだが、リハビリを必要とする状態にある場合は、それが良い方向に働くことが多い。
あとは筋肉の状態だ。筋肉量が著しく低下している場合、いわゆる筋トレが必要になるから一人で歩けるようになるまでは少なくとも3ヶ月以上かかることになる。
翔馬119:そうなんですか。
それで、筋持久力を重視っていうのはその、どういう・・・?
医者65:筋持久力というのは、簡単に言うと筋力をどれだけ維持できるか、ということになるんだがこれは筋肉量を増やすよりも短い時間で効果が得られるんだ。
歩く場合でいえば、下半身に負荷を与え続け、それに耐えられる時間を徐々に長くしていけばいいということだからね。
翔馬120:なるほど。
医者66:そうなると、病室にそれ用の補助具を持って行ったほうが良い。
つかまり立ちができるようになるまでは、そちらに専念してもらおう。一緒に上半身のリハビリもできるからより回復も早くなる。
看護婦43:翔馬君。戻るときに一緒にこれも持って行きましょうか。
今、試しに使ってみて。
(看護婦、補助具を持ってくる。
直立時と転倒時にもつかめるように取っ手が二か所(高・低)についている。)
翔馬121:はい。んっ・・・しょ、っと・・・。
医者67:なるべく体全体で立ち上がることを意識するといい。
腕だけでなく肩や指にも。
翔馬122:はい・・・っ・・・。
看護婦44:歩行に関するリハビリは、つかまり立ちが安定してからになるわね。
歩行補助用の器具に杖型のものもあるけれど、転倒したときに立ち上がれないと大変だからね。
医者68:寝たきりだった体にはなかなかこたえるかもしれないが、普通の生活に戻るため必要なことなんだ。
継続するのは大変だと思うが、一緒に頑張っていこう翔馬君。
翔馬123:わかりました。頑張ります。
医者69:君の置かれている状況も、急ぐ必要があるものはないと思う。
現状の整理と合わせてゆっくりと問題を解決していこう。
翔馬124:そうですね。
あの、先生、一つ聞いてもいいですか?
医者70:なんだい?
翔馬125:これって筋トレと似たようなものなんですよね?
医者71:そうなるかな。
筋肉に負荷をかけて筋持久力を上げることが目的だからね。
翔馬126:ってことは・・・筋肉痛になりながら、ってことですよね?
(翔馬、苦笑い。医者、看護師笑いながら)
医者72:まっ、まぁそうなるな・・・。
看護婦45:あんまりきつい筋肉痛だったら先生がお薬だしてくれるわ。
ねぇ先生?
医者73:担当の看護師さんにマッサージしてもらったほうが効くんじゃないか?
薬に頼るのはよくないぞ?
看護婦46:あら、優しくない先生ね。
どうする翔馬君?別の病院に転院する?
翔馬127:えっ!?いや、そんな・・・
医者74:あっはっは、まぁ冗談はこれぐらいにしておいてそろそろ病室に戻るとするかい。
別の患者の回診時間になってしまった。
看護婦47:筋肉痛ぐらい我慢しなさい。
いやなら一生車いすになっちゃうわよ?
翔馬128:それはちょっと・・・。
医者75:人並みの生活に戻れるよう頭の中だけじゃなく、体のほうも整えていこう。
途中で投げ出さない程度に頑張ってくれたまえ。
翔馬129:はい。
看護婦48:それじゃ、そろそろ部屋に戻りましょう。
補助具も持って行ってあげるからちゃんと使いなさいよ?
翔馬130:はっ、はい・・・。
それじゃ先生、ありがとうございました。
医者76:あぁ。君も頑張ってくれ。
(医者、退室)
看護婦49:それじゃ私たちも行きましょうか。
翔馬君、またつかまってくれる?
翔馬131:はい、失礼します。
看護婦50:気にしなくていいわよ。早くひとりで歩けるように頑張ってちょうだい。
翔馬132:そうですね、がんばります。
翔馬133(M):その後、病室まで僕を担いでくれた戸谷さんは補助具を僕の病室において、ナースステーションへ戻っていった。
一人でつかまり立ちのリハビリをしながら夕食までの時間を過ごしたあと、夕食を終えてベッドに横になった。
程よい満腹感と、体から伝わる疲労感で自然と瞼が重くなってくる。
もう寝ようかと考えていると、ふと気になったことが口から出てきた。
翔馬134:悠梨、あれからこなかったな・・・。
翔馬135(M):そんなことを考えているうちに眠りに落ちた。
そして今日も夢を見た。あの日の帰り道の夢を。
翔馬136(M):小さいころからずっと隣にいた彼女。
しかし、僕の中で一方的に育ってしまったこの感情は、彼女が隣にいる間、常に僕の口から飛び出すタイミングを計り続けている。
朝日の中で登校する彼女の顔を、まじまじと見るようになってしまった。
授業中、何気ないタイミングで振り返った彼女と目が合うようになってしまった。
体育の授業で、別々の部屋へ移動した彼女のその後を考えてしまうようになった。
彼女の学生カバンについているキーホルダーと同じものを買い、カバンに入れたまま持ち歩くようになった。
徐々に近づいてくる帰り道の分岐点が、まるでこの世の終わりの入り口のように思えてしまう自分がいた。
看護婦51:翔馬君?起きてる?
入るわよー?
翔馬137:ぁ・・・はい。
看護婦52:おはよう。今日もぐっすり寝てたわね。
起こさなかったらまたお昼まで寝てたかしら?
翔馬138:あぁ、そうかもしれません・・・。
・・・おはようございます。
看護婦53:えぇ、おはよう。
朝食の時間だから様子を見に来たんだけど、どう体調は?昨日のリハビリでどこか痛めてない?
翔馬139:(足などに力を入れて確認した後)大丈夫だと思います。
疲れてるような気はしますけど、筋肉痛っていうほどのものはないです。
看護婦54:そう、よかったわね。
気分も悪くなさそうだし、朝食持ってくるわ。ちょっと待ってて。
翔馬140:はい、お願いします。
(看護婦、退室。
その直後に悠梨が来室)
悠梨36:おはよう翔馬。あら、起きてるじゃない。珍しい。
明日は雨かしらね。
翔馬141:おはよう悠梨・・・ずいぶん早いね。
まだ8時過ぎだよ?
悠梨37:昨日ちょっとしかこれなかったから、その埋め合わせ・・・ってわけじゃないけどね。
ほら、これ。
(包装された小さい正方形の箱を渡される)
翔馬142:えっ、これは・・・?
悠梨38:翔馬が意識戻った日にお土産持ってくるって言ったのに昨日忘れちゃったからさ。
なんか言われる前に渡しておこうと思って!
翔馬143:あぁ、そんなことを言ってたような・・・
これ、開けていいの?
悠梨39:今はだめ。開けるのは・・・翔馬が開けたいときに開けて。
翔馬144:なんだよそれ、それでいて今はだめなんだろう?
悠梨40:えぇ。その場に私がいるかどうかはわからないけどね。
翔馬145:勝手に開けてもいいの?
悠梨41:翔馬の開けたいときに開けてって言ってるんだから。
タイミングは任せるわ。
翔馬146:ふーん・・・。
あ、そういえば今看護師さんが朝食取りに行ってくれてるんだ。
もうすぐ戻ってくるかも。
悠梨42:そうだったの?それじゃまたあとで来るわ。
仕事の邪魔しちゃ悪いものね。
翔馬147:そうだね。
あっ、悠梨。
悠梨43:何?
翔馬148:その・・・今日、また来てくれるの?
悠梨44:あはっ、何?
昨日、あの後来なかったこと根に持ってるの?
翔馬149:いや別にそういうわけじゃ!
悠梨45:冗談よ冗談。
朝食が終わった後は何か予定があるの?
翔馬150:いや特に・・・でも折笠先生が様子を見に来るとは思うけど。
回診、っていうんだっけ?
悠梨46:時間はわからないわよね・・・まぁタイミングずらして来るわ。
連絡とりあう手段もないしね。
翔馬151:そうだね、先生が来たら何時ごろに来るか聞いてみるよ。
悠梨47:わかったわ。じゃあ、(くすっと笑って)またあとでね。
翔馬152:(くすっと笑って)あぁ、またね。
(看護婦がドアを開けると同時に、悠梨退室
看護婦、悠梨は見えないものの何かが通ったように感じる。)
看護婦55:悠梨・・・ちゃん?(ぼそっと、翔馬に聞こえない音量で)
翔馬153:戸谷さん?
看護婦56:あっ、あぁごめんなさい・・・。
朝食、持ってきたわ。
翔馬154:なにかあったんですか?
看護婦57:いえ、別に何も・・・。
朝食の準備するわね。
翔馬155:はい。
(少しの間無言)
翔馬156:実はさっきまで
看護婦58:悠梨ちゃんが・・・いたのね?
翔馬157:はい・・・。すれ違いました?
看護婦59:え、えぇ。
そうみたい・・・だったわ。
翔馬158:はぁ・・・。
看護婦60:・・・準備終わったわ。
食べ終わったら、ナースコールしてちょうだいね。
翔馬159:わかりました。ありがとうございます。
看護婦61:・・・。
(看護婦、無言のまま退室)
翔馬160:戸谷さん・・・なんかあったのかな?
(看護婦:部屋の外で独り言)
看護婦62:部屋に入った時のアレは・・・一体・・・。
いや、気のせいよね。病室の窓も開いてたわけだし・・・
そうよ、考えすぎなんだわ・・・。
翔馬160(M):朝食を終えた後、食器を片付けに来てもらった時の戸谷さんはいつもの調子に戻っていた。
片づけを一通り終えた戸谷さんに回診の時間について尋ねてみると、今日は昼からになるとのことだった。
昼食の時間までは特に予定はないとのことだったので、つかまり立ちでリハビリをすることにした。
翔馬161:ふぅ、一日やったぐらいじゃあんまり変わらないか・・・。
でも続けていかなきゃ良くならないもんな。退院するまでにはしっかり歩けるようにならないと。
悠梨48:あれ?歩くためのリハビリ中だった?
翔馬162:あっ、悠梨?
悠梨49:さっきぶり。回診は何時ごろになるって?
翔馬163:昼過ぎになるんだって。昼食までは暇だから少しでもリハビリしておこうかなって。
悠梨50:ふーん。歩けるようになるまで、どれぐらいかかるの?
翔馬164:期間はわからないけど、思ったよりは早いかもって言われたよ。
筋持久力っていうのを鍛えるんだって。
悠梨51:それでつかまり立ちみたいなことしてるわけ?
一人で大丈夫なの?
翔馬165:怪我はしないように気を付けてやってるからさ。
先生にもそれは注意されたし。
悠梨52:まぁすぐに効果が出るものじゃないでしょうし、気長にやるしかないわね。
翔馬166:そうだね。
そういえば朝のお見舞いの中身ってなに?
大きさ的に食べ物じゃなさそうだけど・・・。
悠梨53:何?ずっと気にしてたの?
翔馬167:そこまでじゃないけど、悠梨に会ったら思い出してさ。
悠梨54:翔馬の開けたいときに開けていいって言ったじゃない。
なんだったら今開けてもいいのよ?
翔馬168:そういわれると逆に開けたくなくなるというか・・・。
退院するまでには開けたほうが良い?
悠梨55:別に、退院してからでも構わないかな。
病院の中で使うものでもないし・・・。
翔馬169:えっ、そうなの?それじゃお見舞いって言わないんじゃ・・・。
悠梨56:いいじゃない!退院してよくなってねってだけじゃないでしょ翔馬の場合は!
翔馬170:それはどういう・・・。
悠梨57:そこは翔馬が考えなさいよ!そう思って持ってきたんだから!
翔馬171:だって中身がわからないんじゃさぁ・・・。
でも、それでとりあえず開けてみようってのも嫌だし・・・。
悠梨58:相変わらずうじうじしてるわねぇ・・・。
あら、もうこんな時間。
翔馬172:あっ、そろそろ昼食か・・・。
悠梨59:とりあえず今日は帰るわ。
ちゃんと集中してリハビリしなさいよ?
翔馬173:だったらもっとわかりやすいお見舞いにしてくれよ・・・。
悠梨60:次があったら考えとくわ。
それじゃあね。
翔馬174:うん。またね。
翔馬175(M):悠梨が帰り、昼食を終えると回診の時間になった。
リハビリの調子を伝えると、一週間ほど今の状態でリハビリを続けるように言われた。
やはり、すぐに結果が出るようなものではないらしい。
つかまり立ちが安定してきたころ、再びリハビリステーションに先生と一緒に向かった。
翔馬177:一週間ぶりぐらいですかね。
医者77:そうだね。じゃあまずはつかまり立ちをしてみてくれるかい。
翔馬176:はい。よいしょ、っと。
医者78:スムーズにできるようになっているね。そのまま長時間立っていられるかね。
翔馬177:病室だと、5分ぐらいですかね。3分ぐらい経つと少し力を入れないと経ってられないです。
医者79:なるほど。
つかまらずに立つことは?
翔馬178:最近試したりしてるんですけど、ふらついちゃいますね。
足を動かしてバランスをとったりしないと難しいです。
医者80:なるほどなるほど。
翔馬君がリハビリによく励んでいるのは戸谷君から聞いているんだが、順調に回復しているようだね。
良い傾向だ。
翔馬179:他にやることもないですからね。
病院の中だけでも歩けるようになればいろいろできるようになるのかなぁって。
医者81:君の場合、事故の後遺症のようなものは・・・ほとんどないからね。
体の健康状態も良好だから歩くのに問題がなければ退院できる状態にはなれるんだ。
翔馬180:今の治り具合だと歩けるようになるまでどれぐらいなんですか?
医者82:今後はつかまらずに立つこととつかまりながら歩くというリハビリを行う予定だ。
長時間でなければ・・・つかまり立ちできるようになった一週間程度というところかな。
翔馬181:もう一週間か。
でも、一週間後に歩けるようになってるかもしれないんですね。
医者83:そうだね。
つかまらずに立つ練習は病室でもできるが、歩く練習はリハステで行うことになる。
そのあとは、無理のない範囲で病院内を歩いてもらう形になる。
翔馬182:なるほど。
リハステに来る機会も増えるんですね。
医者84:リハステに来る際は、私か戸谷君がつくことになるだろう。
まぁ翔馬君の状態を見ると、見てるだけになるのも早そうだけどね。
翔馬183:そうなるように頑張ります。
医者85:ところで、精神的なところでの問題はないかい?
いろいろと考えることは多いと思うが・・・。
翔馬184:そうですね・・・
とりあえず今の状態というか、環境についてはある程度定着してきました。
住む家だったりお金のことは、退院が見えてきてから考えようかなって。
医者86:なるほど。
考え込んでいるようならと思っていたんだが、大丈夫そうだね。
翔馬185:今考えてもなぁって割切っちゃいました。
医者87:それができるのは良いことだ。
君の状況を考えるとそれが正解だと私も思うよ。
翔馬186:まずは、自分の体を普通に戻すのが先ですよね。
さすがに歩けないのはまずいなって。
医者88:大丈夫。君は順調に回復に向かっているよ。
そういえば・・・悠梨は今日も来たのかい?
翔馬187:はい。10時ぐらいだったかな・・・。
医者89:そうか・・・。毎日来てくれているんだね。
翔馬188:そうですね。別に何か用があるってわけじゃないんですけど、やっぱり来てくれるだけでうれしいです。
医者90:そうか。君が前向きに頑張っていられるのも悠梨のおかげなのかな。
翔馬189:そうですね。力になってるのは確かなことです。
医者91:・・・そうか。
それじゃそろそろ、歩く練習をしてみようか。
ゆっくり動いて、腕から足に少しずつ重心を移動してみるんだ。
翔馬190:はい・・・っ。
医者92:・・・それじゃ今日はここまでにしようか。
翔馬191:はい、ありがとうございます。
やっぱり、立つだけとは全然違いますね・・・。
医者93:だが、決して悪い結果ではないよ。むしろ、君の今までを考えると仕方ないことだ。
君も自分の体の状態を確認できたと思うしね。
翔馬192:そうですね・・・。
医者94:落ち込むことはない。君が目を覚ました時と比べると回復しているのはわかるだろう?
それに、治り具合も思ったよりは良いんだよ?
翔馬193:つかまり立ちができるようになってから、少し歩く練習もしてたのでそのおかげかもしれません。
医者95:なるほど。
この調子が続けば退院が長引くことはなさそうだな。
翔馬194:本当ですか。
医者96:あぁ、だが無理はいけないよ。
リハビリ中に別の怪我をして入院が長引くこともよくあるんだからね?
翔馬195:はっ、はい。気を付けます・・・。
医者97:ははは、無理はしないでくれっていうだけだよ?
驚かしたせいでやらなくなっても困るからね。
翔馬196:そうですね。あまり考えすぎないようにします。
医者98:よし、そろそろ戻ろうか。
どこか痛めたりはしてないかい?
翔馬197:はい、大丈夫です。
医者99:それじゃ行くとするか。
さぁ、翔馬君。(手を出し、翔馬を支える)
翔馬198:すみません。
(立ち上がって)ありがとうございます、先生。
医者100:病室についたね。いや、ベッドまで送ろうか。
翔馬199:大丈夫ですよ。
歩いて行けなくても四つん這いになるのはもう慣れましたから。
医者101:じゃあベッドまで歩けるかどうか見ておくよ。
ドアはそのあと閉めておくから。
翔馬200:はい、ありがとうございます。
よっ・・・と・・・。
医者102:・・・うん、大丈夫そうだね。
それじゃまた明日。リハステにはいかないけど回診に来るよ。
くれぐれも無理はしないようにね。
翔馬201:わかってます。
今日もありがとうございました。先生。
(医者、退室)
医者103:悠梨は毎日来ているのか・・・。
しかし、それが彼には良い影響を与えている。
・・・伝えるべきではない。まだ。
翔馬202:ふぅ・・・立ち上がれても歩くのはまだ無理か。
でもちゃんと良くなってるのがわかると頑張れるな。
さて、夕食までまたやろうかな・・・
悠梨61:無理はしちゃだめだって言われたんじゃなかったっけ?
翔馬203:悠梨、いつの間に。
悠梨62:お父さんと仲良くくっついて戻ってくるのが見えてね。
でも、ちゃんと歩く練習が始まったみたいじゃない。
翔馬204:そうだね。つかまり立ちだけならもう問題ないとは思ってたから。
悠梨63:はいはいは卒業したものね。次は2歳児になる練習?
翔馬205:そういうなって。仕方ないだろう?ずっと寝たきりだったんだから。
先生だってこんなもんだって言ってたぞ?
悠梨64:冗談よ。
それで?退院まであとどれくらいなの?
翔馬206:退院まではわからないけど、病院内を歩けるようになるのは一週間後ぐらいって言われたよ。
まずは、そこからだね。
悠梨65:なるほどね。
翔馬206:あと、つかまらないで立つ練習もしなきゃいけないから、病室では変わらずリハビリだね。
悠梨66:自立ってこと? なんか一週間しかたたないのにずいぶん立ち直ってきた感じするわね。
翔馬207:そうなっていかなきゃいけないんだから良いことじゃないか。
悠梨67:何年か後に思うんじゃない?あのまま入院してればよかったって。
翔馬208:退院しようと頑張ってる人間にそれはないんじゃないか?
それに、ずっと入院させてもらうなんて先生に悪すぎるよ。
悠梨68:・・・それもそうね。
まぁ翔馬が一人で立てるようになったらいよいよ退院した後のことを考える必要が出て来るわね。
翔馬209:それなんだよなぁ・・・。
正直、考えたくないってのが強いんだけどね。
悠梨69:あんまり思いつめちゃって、喋ってくれなくなっちゃ嫌よ?
毎日来てあげてるんだから。
翔馬210:努力するよ。
来てくれてるのはもちろん感謝してるし、嬉しいよ。
ありがとう。
悠梨70:なんか、面と向かって言われると恥ずかしいわね・・・。
あ、そういえば私のお見舞い開けた?
翔馬211:あぁ、結局まだ開けてないなぁ。
ここ数日はリハビリばっかりしてたから。
悠梨71:あら?じゃあもう中身は気にならないの?
翔馬212:忘れちゃってただけだってば。思い出したらやっぱり気になるよ。
悠梨72:ふぅん・・・でもまだ開けないんでしょ?
翔馬213:それも退院が見えてきてから、っていうのじゃダメ?
悠梨73:私が決めることじゃないでしょそれは。
何回も言ってるじゃない、あれを開けるのは・・・
翔馬214:僕が開けたいとき。ちゃんと覚えてるよ。
悠梨74:そう。 覚えてるならいいわ。
それじゃそろそろ帰るわね。もう夕食の時間でしょ?
翔馬215:えっ、あぁもうそんな時間か。
悠梨75:帰ってきたのが夕方だったものね。
また明日来るわ。
翔馬216:そっか。
今日もありがとう、悠梨。
悠梨76:全くもぅ、恥ずかしくないの翔馬は。
翔馬217:えっ、まぁ、別に・・・。
僕が寝たきりだったからかな。
悠梨77:はぁ、そうね。昔からそうだったわねあなたは。
まぁいいわ。じゃあね翔馬。
翔馬218:あぁ、またね。
(悠梨、退室)
翔馬219:ふぅ・・・んー、はぁ(ベッドの上で背伸び)。
(悠梨からのお見舞いに目を移し)・・・これなぁ、開けるタイミングが難しいんだよなぁ。
僕の開けたいときにって、そんなのもらった時に開けれなかったらいつなんだよ・・・。
看護婦63:翔馬君、開けても大丈夫かしら?
翔馬220:えっ、あっはい!
(看護婦、来室)
看護婦64:ずいぶん大きな声で話してたわね。
誰か来てた、とか?
翔馬221:いえ、独り言です・・・。
さっきまで悠梨がいたんですけどね。
看護婦65:そっ、そうなの・・・。
毎日来てくれてるみたいね・・・。
翔馬222:そうですね。悠梨には感謝しています。
看護婦66:そう・・・。
翔馬223:・・・? 戸谷さん?
看護婦67:あぁ、ごめんなさい。
夕食を持ってきたの。準備するわね。
翔馬224:あぁ、はい。
看護婦68:・・・。
翔馬225:・・・そういえば、今日折笠先生とつかまり立ちしてから歩くリハビリをしたんです。
順調に回復すれば、一週間後には病院内を歩けるようになるかもしれないって。
看護婦69:そっ、そうなの。良かったわね。
翔馬君、リハビリ頑張ってたものね。
翔馬226:はい。くれぐれも無理はしないようにって何回も言われちゃいましたけど。
看護婦70:どうしても怪我しちゃう人が多いのよ。特に今の翔馬君みたいなタイミングでね。
早く歩ける状態に戻りたいっていう気持ちは、みんな一緒だもの。
翔馬227:そうですね。始める前はよくなるのかどうかもわからなかったですけど、つかまってでも立てるようになるとやっぱり気持ち的にも、いい方向に進んでるんだなって思いますからね。
看護婦71:それも、翔馬君がリハビリにしっかり取り組んでいるからよ。
この調子なら、退院までそう時間はかからなさそうね。
翔馬228:そうなるように頑張ります!
看護婦72:ええ、その意気よ。
全く、ほかの人に見習ってほしいぐらい頑張ってくれてるわね。
意外とリハビリってやってみると辛いものなのにねぇ。
翔馬229:確かに、ある日突然歩けなくなるっていうのは結構衝撃大きいですもんね。
僕の場合、それとは別のところの問題が大きかったわけですけど。
看護婦73:人間って長い間やらなかったことは当然できなくなる生き物なのよね。
それをもと通りに戻そうとすると、できてたイメージがどうしても邪魔して嫌になるんだけど・・・。 なるほど。それもあるのかしらね。
翔馬230:それに、悠梨が毎日来てくれてるのもあると思います。
まぁ励ましてもらってるのかどうかはわかりませんけどね。
看護婦74:・・・そう。
そう、なるわよね。
翔馬231:えっ?
看護婦75:いえ、なんでもないわ。
まずは、退院に向けて一歩前進ってところかしらね。
引き続き、リハビリ頑張ってね。
翔馬232:はい、ありがとうございます。
看護婦76:じゃあね、夕食食べ終えたらまた呼んで。
(看護婦、退室)
看護婦77:・・・悠梨ちゃん。あなたはいったい何を・・・
医者103:おや、戸谷君。夕食の配膳かね?
看護婦78:先生。あの・・・翔馬君は私に、悠梨ちゃんが来てくれていると・・・。
医者104:私にもそう言っていた。彼のところに毎日来ているようだね。
看護婦79:・・・そのことについて、先生はどのように考えていますか?
医者105:どのように、というと?
看護婦80:その、本当に悠梨ちゃんは・・・
医者106:そんなことがあるわけないだろう。
悠梨は、
看護婦81:先生!悠梨ちゃんは本当に!
医者107:戸谷君!声が大きい!
ここは翔馬君の病室なんだぞ!
看護婦82:すっ、すみません・・・。
医者108:いいか、悠梨の件は聞き流すんだ。
翔馬君が今、快方に向かっていることは確かなんだ。
彼を無事に退院させ、日常に戻すことが我々の仕事なんだ。そうだろう?
看護婦83:はい・・・。
ですが、やはり今のままでは彼を退院させるのは・・・。
医者109:わかっている。だが、今はまだ彼にすべてを伝えるタイミングではない。
我々が優先すべきは、彼がリハビリを終え、生活を送るのに問題ない状態まで回復させることだ。
そのためには・・・現状を維持するしかない。
看護婦84:また、繰り返す・・・と?
医者110:・・・。
看護婦85:先生!
医者111:もう少し。もう少しだけ付き合ってくれ戸谷君。
頼む。
看護婦86:先生・・・。
医者112:・・・。
看護婦87:・・・わかりました。
私は何も言いません。今まで通り対応します。
医者113:ありがとう。
看護婦88:ナースステーションに戻ります。
そろそろ夜勤の看護師が来始める時間ですので。
医者114:あぁ、そうだな。
・・・戸谷君、ありがとう。
看護婦89:・・・先生。
医者115:なんだね?
看護婦90:本当に、悠梨ちゃんは翔馬君の病室に来てはいないんですよね?
医者116:・・・あぁ。絶対にだ。
看護婦91:わかりました。
・・・ありがとうございます。
(看護婦、ナースステーションへ移動
医者117:・・・悠梨。
翔馬233(M):夕食を終えた後、少しリハビリをしようと思ったが失敗した。
つかまらずに立つのはまだ早いようだ。
歩く練習はリハステでやるとして、病室内ではつかまらずに立つ練習をしようと思いながら目を閉じた。
医者118:うん。だいぶ良くなってきたね。翔馬君。
翔馬234:はい、だんだんふらつかなくなってきました。
バランスのとり方というか、こう・・・一連の流れに慣れてきたっていうか。
医者119:今回で三回目のリハステだが、順調に回復しているようだね。
つかまらずに立てるようになったかい?
翔馬235:そっちはもう大丈夫だと思います。
30分ぐらいなら立ったままでいられます。
医者120:そうかそうか。
この具合ならまず問題はないだろう。
今回はここまでにするけれど、次のリハビリが最後になるかもしれないね。
翔馬236:本当ですか!
医者121:あぁ。
病室からトイレまで歩いていくことも許可しよう。戸谷君には私から話しておく。
翔馬237:やったぁ!
ようやく尿瓶を卒業できるんですね!
医者122:あっはっは、そうなるな。
だが、くれぐれも気を付けて歩くようにね。あと、あくまで病室からトイレまでだ。
転んでしまって怪我をされては、またリハビリする時間が延びてしまうからね?
翔馬238:うっ・・・。
はい、気を付けます。
医者123:まぁまぁ、君の努力の結果としてトイレまで歩けるようになったことは素直に喜んでほしい。
予定通り回復してくれると私たちとしてもうれしいんだ。
よく頑張ったね、翔馬君。
翔馬239:はい、これも先生や戸谷さん、それに悠梨のおかげです。
ありがとうございます!
医者124:うっ・・・あぁ、こちらこそありがとう。
翔馬240:今日はここまで、でしたっけ?
歩けるところまで歩いてみていいですか?
医者125:あっ、あぁ。
私もついて歩いていこう。念のため、ね。
翔馬241:ありがとうございます。
医者126:・・・翔馬君。
翔馬242:ん、なんですか?
医者127:その・・・、今日も悠梨は来たのかい?
翔馬243:今日は、まだ来てないですね。
医者128:まだ・・・か。
翔馬244:毎日来てくれていますからね。
ありがたいことです。
医者129:そうだね・・・。
医者130:さぁ、病室だ。
翔馬245:やっぱりまだ怪しいところはありますね・・・。
医者131:ははは、だが、やはりトイレまでなら問題なさそうだね。
許可したのは正しかったようだ。
翔馬246:ありがとうございます。
怪我しないよう気を付けます。
医者132:うむ。よろしく頼むよ。
3日後にもう一度リハステで歩行の最終確認を行おう。
それで問題がなければ病院内の歩行を許可、そしてつかまらずに歩くリハビリに切り替えよう。
翔馬247:わかりました。
予定通り回復できるよう頑張ります。
医者133:退院がそろそろ見えてきたね、
最後まで気を抜かずに一緒に頑張っていこう。
では、失礼するよ。
翔馬248:はい。ありがとうございました。
翔馬249:ふぅ、とりあえず一歩前進・・・。
・・・退院が見えてきた、か・・・へへっ。
悠梨78:なにニヤニヤしてるのよ、気持ち悪い。
翔馬250:悠梨?いつの間に・・・。
悠梨79:まぁ、気持ちはわからないではないけれどね。
ちょっとそこまでとはいえ、歩いていいって言われたんでしょう?
これで二歳児卒業?
翔馬251:あはは、今日はいいよ。嬉しいのは事実だから。
悠梨の冗談も聞き流せるぐらいね。
悠梨80:ずいぶんご機嫌みたいね。
これなら退院までお見舞いこなくても大丈夫かしらね。
翔馬252:えっ、それはちょっと・・・。
リハビリがうまくいってるのも悠梨が毎日来てくれてるからだしさ。
悠梨81:褒めたってなにも出ないわよ。
頑張ってるのは翔馬なんだから。
翔馬253:なんか今日は先生にも悠梨にも褒められてばっかりだなぁ・・・。
悠梨82:そりゃあ、翔馬にはまだまだリハビリ続けてもらわなきゃならないんだからね。
明日からも頑張りなさいよ。
翔馬254:へいへぃ・・・皆様のためにも頑張りますよー。
悠梨83:でもまぁ、なんだかんだ言ってあと半分じゃない?
一か月ぐらいで退院できるって言われてたんでしょう?
翔馬255:んー、そうだねぇ・・・。
そうか、もうそんなに経つんだな・・・。
悠梨84:回復具合としては順調なんだから、このまま予定通りいくといいわね。
まだまだ考えなきゃいけないことも残ってるわけなんだし。
翔馬256:そろそろそっちも考えなきゃいけないタイミングかもなぁ・・・。
家借りなきゃいけないわけだしね。お金のこととかもあるし・・・。
悠梨85:そっちはまだまだ問題ばっかりね。
まぁ、こっちは一人じゃどうしようもないんじゃない?
わからないことだらけだもの。
翔馬257:まぁ考える時間は退院するまでたくさんあるからさ。
考えすぎない程度に考えておくよ。
悠梨86:まぁ、まずは歩けるようになってからだものね。
明日からも頑張りなさいよ。
翔馬258:うん、頑張るよ。
悠梨87:それじゃ今日は帰るわ。
また明日ね、翔馬。
翔馬259:今日もありがとね、悠梨。
悠梨88:えぇ、またね。
(悠梨、退室)
翔馬260:歩けるようになってもほかの問題は解決する気がしないなぁ・・・。
まぁ、そこは先生に頼るしかないか。
とりあえず、トイレ行ってこようかな。
(翔馬、ドアを開け病室の外へ。
ドア付近にいた看護婦と遭遇(翔馬の独り言に聞き耳を立てていた)。)
看護婦92:ぁっ!?翔馬君!?
翔馬261:わっ! 戸谷さん?どうしてここに?
看護婦93:えっ? あ、あぁ、別の階から戻ってくるところだったのよ。
たまたま翔馬君が喋ってる声が聞こえてきたから、その・・・何をしゃべってるのかなと思って、ね。
翔馬262:あ、すいません。いろいろ考えてたらつい大きな声で喋っちゃってたんですね・・・。
普段病室で一人だから、あんまり気にならなくなっちゃてるのかも・・・あはは。
看護婦94:それより翔馬君、病室を出てどこに行こうとしてるの?
もしかして・・・今・・・
翔馬263:先生からトイレまでなら歩いていいって言われたんで、一人で行ってみようかなーって。
看護婦95:一人で・・・あぁ、そうだったのね。
翔馬264:短い距離なら大丈夫だろうって言われたんですよ。
リハステからの帰りもできるだけつかまり立ちして戻ってきたんですけど、まだ一人だと危なかったですね。
看護婦96:そうなの。でも、これで毎回トイレに行くときにナースコールしなくても済むようになったわけね。
翔馬265:はい。リハビリもかねて一人で行くように頑張ろうと思います。
看護婦97:わかったわ。頑張ってね。
それじゃ、私はナースステーションに戻るわ。そろそろ夕食の時間だから。
翔馬266:あ、もうそんな時間ですか。
それじゃあ病室に早く戻るようにしますね。
看護婦98:そんなに早くは準備できないから急がなくても大丈夫よ。
途中で転んだりしないように。それじゃあ、またあとでね。
翔馬267:はい、またあとで。
(翔馬と別れた後に、独り言)
看護婦99:途中までは独り言じゃなかったわよね・・・。
ってことはまた悠梨ちゃんが・・・。
ダメよ、考えすぎちゃダメ。あと半月で翔馬君は退院なんだから・・・。
今度こそ・・・。
翔馬268(M):トイレに行くときは少し様子が変だったけれど、夕食を持ってきてくれたときはいつも通りの戸谷さんだった。
短い距離のつかまり立ちは問題なさそうなので、明日からはちょっとでもつかまらずに歩いてみよう。
退院した後のことは・・・まだ考えるのはやめて早く歩けるようになろう。まずはそれからだ。
目を閉じる直前、机の上の悠からもらったお見舞いが目に入ったけど、それほど気にはならなかった。
翔馬269(M):僕の短い人生の中で最も長く感じた数分が過ぎた。
伏し目がちに彼女のほうを見ると、向こうは僕のほうをまっすぐに見ていた。
彼女の表情はいつもと変わらない。ただ、その瞳はいつもより優しく見えるような気がする。
じっと見つめていた彼女の唇が動いたその時、僕の耳に届いたのは大型トラックのクラクションだった。
翔馬270:どうですか、先生。
医者134:長時間のつかまり立ちも辛くなさそうだね。
それでは、君一人で病室まで問題なく戻れたら病院内の移動を許可しよう。
もちろん、私も付き添いはするがね。
翔馬271:はい、わかりました!
医者135:おっと、その前に・・・。
君の回復具合というのも、本当のところ君自身しかわからないことだ。
おせっかいかもしれんが一応聞かせてくれ。
無理はしていないかね?
翔馬272:大丈夫だと思います・・・けど・・・。
ふらついてないですけど、無理はしてないです。
医者136:まぁ、君の性格もある程度知っているつもりだ。
嘘はつかないと思っているよ。
翔馬273:信頼してもらってるんですね!ありがとうございます。
医者137:医者と患者は信頼関係がないと続かないからね。
私は君を信頼しているよ。
翔馬274:僕もですよ。先生も戸谷さんも。
悠梨は・・・信頼とは違うかもしれないですけどね。
医者138:あっはっは、そうか・・・。
それじゃ、そろそろ戻るとしようか。
無理はしないようにね?
翔馬275:はい。気を付けて戻ってみます。
翔馬276:エレベーターは・・・長時間は無理かもしれないですね・・・。
医者139:多少揺れるからね。
エレベーターの中で倒れると焦って出ようとしないことだ。
緊急時の連絡ボタンは手を伸ばせば届く高さについているからね。
翔馬277:あ、本当だ。
こういうところまで考えられてるんですね。
医者140:・・・翔馬君。
悠梨は今でも毎日来ているのかね?
翔馬278:えっ? あぁ、はい。
相変わらず中身のない会話ですけどね。
医者141:悠梨は・・・悠梨は、元気か?
翔馬279:えっ? まぁ、元気だと思いますよ?
具合悪そうには全然見えないですけど。
医者142:そうか・・・。
翔馬君、お願いがあるんだ。
翔馬280:なんですか?
医者143:今度悠梨が来たら・・・私を・・・。
翔馬281:・・・先生を?
医者144:・・・。
翔馬282:・・・。
医者145:いや、なんでもない。すまない、忘れてくれ。
翔馬283:えっ、あ、はい・・・。
医者146:ん、着いたようだな。
一人でも大丈夫そうじゃないか。
翔馬284:あぁ・・・そうですね。
医者147:エレベーターから降りるときは気を付けるんだ。
多少揺れるからな。
翔馬285:はい。
っ・・・ふぅ。
医者148:気を付けていれば大丈夫だろう。
まだ、完全に回復したわけではないからね。慣れるまでは細かいところまで注意するんだよ。
翔馬286:はい、わかりました。
医者149:では、私はこのまま降りるよ。また回診の時に・・・
翔馬287:あっ、先生!
病院の中を歩いていいっていう話は・・・。
医者150:えっ、あぁそうだったね。すまない忘れていた・・・。
うむ、その調子なら大丈夫だろう。無理はしないように、そして今まで以上に注意すること。
エレベーターは特に、いいね?
翔馬288:はっ、はい!ありがとうございます!
医者151:それじゃあ、またあとでな翔馬君。
翔馬289:あ・・・はい。
翔馬290:お願いって何だったんだろう・・・。
そのあともなんか・・・まぁいいや。これで病院の中を歩き回れるぞぉ!
悠梨89:翔馬、今戻り?
翔馬291:あぁ、悠梨―――。
医者152:・・・ははっ、私は何を。
悠梨はもう・・・。
看護婦100:折笠先生。
医者153:っ!
あぁ、戸谷君・・・どうかしたのかね?
看護婦101:先生・・・少し、いいですか?
医者154:あぁ、かまわんが・・・。
看護婦102:できれば、医局で。
医者155:翔馬君に関することか・・・。
わかった、移動しよう。
医者156:それで、話は何だね。
看護婦103:先生、翔馬君は順調に回復しているようですね。
医者157:あぁ、今日病院内の移動を許可したところだ。
このままいけば、来週には退院も可能になるだろう。
看護婦104:そうですか・・・。
医者158:どうした、まさかそんなことを聞くためにここまで連れてきたわけではないだろう。
何かあったのか?
看護婦105:・・・(少しおびえた様子)。
医者159:戸谷君?
看護婦106:先生、本当に悠梨ちゃんは翔馬君のところには来てないんですよね。
医者160:その話か・・・。
そんなことはあり得ない。君だってわかっているだろう。
看護婦107:それはわかっています。
しかし・・・。
医者161:何が言いたいんだ。
悠梨と対面したとでもいうのかね。
看護婦108:いえ、はっきりとは・・・
先生はないですか、まるで悠梨ちゃんがいるかのような出来事が・・・。
医者162:翔馬君は悠梨が毎日来ていると思っていることは知っている。
だが、そんなことはありえない。それは私も君もはっきりとわかっていることだろう。
彼は患者で我々は医師なんだ。君の言うように患者の言うことを信じてしまっては仕事にならないだろう。
看護婦109:ですが・・・
医者163:いい加減にしたまえ!
悠梨がここに来るわけがないだろう!
悠梨は・・・悠梨は15年前に死んだんだ!
看護婦110:ぁ・・・。
医者164:私が手術を担当した!君もそれに立ち会った!
その君が、なぜ今更そんなことを私に思い出させるんだ!
看護婦111:・・・すみません。
医者165:・・・彼はあと一週間程度で退院できるだろう。
その後、多少の世話をする必要はあるだろうがそれは私が一人でやる。
君が彼と接するのはそこまでだ。どうかそれまでは、頑張ってほしい。
看護婦112:・・・わかりました。
医者166:それでは、回診に行ってくる。
君も・・・いや急ぎの仕事がなければ少し休んでもいい。
看護婦113:いえ、ナースステーションに戻ります。
時間を取ってもらってすみませんでした。
失礼します。
(看護婦、退室)
看護婦114:・・・気のせい。
本当に?いや、悠梨ちゃんはもう・・・。
でも、先生にはもうこの話はできないわね。
・・・あと一週間、これ以上何も起きないで。
あら?あれは・・・翔馬君?
医者167:・・・翔馬君が目を覚ますだけでも思い出すというのに。
悠梨・・・。
くそっ、頭を切り替えるんだ。
仕事に戻らなければ・・・。
(医者、医局を出る)
翔馬292:あっ、先生。
医者168:しょ、翔馬君!
やぁ、先ほどぶりだね。
翔馬293:えぇ。病院内を歩いていいって言われたんですぐ出てきちゃいました。
医者169:そうか。
エレベータで降りてきたのかい?
翔馬294:いえ、階段で降りてきました。
リハビリで練習したことを実際にやってみようと思って。
医者170:そうだったね。
実際に、しかも一人で歩いてみてどうだい?ふらついたり、危険を感じたりしなかったかい?
翔馬295:思ったよりも大丈夫でした。
結構慎重に歩いたせいもあるかもしれないですけどね。
医者171:ははは、そうか。
口酸っぱく無茶をしないように言ったかいがあったようだね。
しかし、リハビリが終わってすぐに下りてきたようだね。どこか行きたいところがあったのかい?
翔馬296:いえ、病室に戻ってきたら悠梨が来まして。
医者172:っ・・・。
翔馬297:先生から病院内を歩いていいっていう話をしたらじゃあ歩いてみようよっていう流れになりまして。
医者173:・・・そうか。
まぁ、あまり長い時間歩かないようにね。
まだ回復しきったわけじゃないんだ。適度に座ったりして休むことも大事だからね。
翔馬298:はい。気を付けます。
あの・・・先生。
医者174:なんだい?
翔馬299:(小声で)先生と悠梨って・・・仲悪いんですか?
さっきから全然喋らないんですけど・・・。
医者175:っ・・・!
いや・・・最近会っていなかったから、ちょっと戸惑っているのかもしれない。
や、やぁ悠梨、久しぶりだね。
悠梨90:(完全に無言)・・・。
医者176:最近、あまり会っていなかったけれど・・・元気だったかい。
悠梨91:・・・。
医者177:翔馬君のところに毎日来ているらしいね。
なかなかタイミングが合わないんだが、たまには顔ぐらい見せてくれてもいいんだぞ?
翔馬300:仕事の邪魔しちゃいけないって結構時間ずらしてくれてるんですよ悠梨も。
医者178:そうだったのか。・・・仕事ばかりの私にはもったいない、いい娘をもったな。
悠梨92:・・・そんなことないよお父さん。
医者179:悠梨!?
悠梨93:・・・。
医者180:・・・悠梨? 本当に悠梨なのか?
翔馬301:先生?どうかしたんですか?
医者181:はっ・・・いや、その・・・なんだ・・・。
久しぶりに会ったからつい他人行儀になってしまってな。
翔馬302:そんなに長いこと会ってなかったんですか?
医者182:あっ、あぁ・・・。
数年ぶり・・・だったかな・・・。
悠梨94:そうだね、お父さん。
医者183:悠梨・・・。
本当に・・・。
悠梨95:久しぶりだね、お父さん。
医者184:悠梨・・・。
悠梨96:お仕事お疲れ様。翔馬も順調に歩けるようになって、もうすぐ退院できそうだね。
医者185:あっ、あぁ。翔馬君もリハビリに前向きに取り組んでくれているし、このままいけばあと一週間ほどで退院できるようになるだろう。
悠梨97:そうなんだ。
じゃあもうちょっと翔馬には頑張ってもらわなきゃいけないね。
医者186:そうだな。
悠梨も、もう少し翔馬君に付き合ってくれるかい?
悠梨98:えぇ、翔馬が元気になるまで毎日来るわ。
医者187:そうか、ありがとう悠梨。
翔馬303:先生、そろそろ疲れてきたんでそろそろ戻りますね。
ちょっと張り切りすぎたみたいです。
医者188:えっ? あ、あぁそうか。
わかったよ。じゃあまたね、翔馬君。と・・・悠梨。
翔馬304:はい、また明日。
悠梨99:またね、お父さん。
医者189:あぁ・・・またね。
医者190:まさか・・・こんなことが・・・。
私はどうすれば・・・。
悠梨・・・。
翔馬305:はぁー・・・ただいま、っと。
悠梨100:無事帰ってこれたわね。
ちゃんと歩けるようになってきてるじゃない。
翔馬306:そうだね。でも、あと一週間で退院かぁ・・・。
そろそろ出た後のことも考えなきゃいけないなぁ・・・。
悠梨101:一難去ってまた一難、って感じね。
まぁ今まで先延ばししてきたのも翔馬なんだからちゃんと考えなさいよ?
翔馬307:正直あんまり考えたくはなかったんだよね・・・。
いきなり中学生から30歳になって、形だけとはいえ一緒に住んでた家族も家もないわけだからさ。
悠梨102:そうね・・・。
翔馬308:やりたいことがないわけじゃないけど、不安なんだよなぁ・・・。
今後どうやって、何を楽しみに生きていけばいいのかなって。
悠梨103:・・・。
翔馬309:こないだまで中学生だったのに、退院したら仕事しなきゃいけなくなるんだよ?
もう現状に慣れちゃったせいで嫌になってきたんだよ。文句を言う相手もいないんだけどさ。
悠梨104:でっ、でも、目が覚めて今日まで頑張ってきたじゃない。
退院してからも何とかなるって!一つ一つできることからさ!
翔馬310:先生や悠梨、戸谷さんにもお世話になったし、退院することで恩返しになればなぁとは思ってたんだけどさ。
実際退院してからの生活を考えると全然大変だよなぁ・・・。
悠梨105:私もそうだけど、お父さんも戸谷さんも翔馬が普通に生活できることが一番なのよ。