彼女とはトモダチだけど、彼女に彼氏がいることは、ボクはちゃんと知っていた。だから、ボクは、ずっと彼女の「いいトモダチ」でいたいと思っていた。金曜の夜。ボクはいつものように、はてなで過ごしていると、ボクの携帯が鳴った。番号は彼女。なんだろう。ボクが電話にでると、彼女はただ、あなたの声がききたかった。そういったきり、だまっている。耳を澄ますと、泣いているようだ。ボクは携帯を手にしたまま、ずっと黙っていた。彼女が泣きやむまでボクはそばにいようと思った。遠くで電車の通る音が聞こえた。時計のデジタルが一秒ずつ、時を刻む。「創作はてな」です。もしよろしければ、続きをお願いします。

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id:ElekiBrain No.6

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 どうして、僕なんだ。午前2時を回り、もう電車の音さえ聞こえなくなった時間に、彼女は電話をかけてきた。ひたすら彼女がすすり泣く声が聞こえる。僕はどうすることもできなかった。もし、チャラチャラした男だったら、適当な慰めの言葉をちりばめながら、彼女を泣きやむのを待つのだろう。だけど、僕にはそれができなかった。彼女への想いがそうさせていた。僕は彼女が好きなのだ。

 ひとしきり泣いた後、彼女はやっとしゃべれるようになり、あのね、あのね、と繰り返し受話器の前で繰り返した。嗚咽が止まらないらしい。それでも、やっといつもの平静さを取り戻すと、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。

「彼に……フラレたの」

 あなたの声が聞きたい、というから、何だと思ったら、そういうことだったのか。僕は複雑な心境になった。泣いているということは、当たり前だけど彼女の気持ちはまだ彼にあるんだ。僕は何も言うことができず、ただ黙って受話器を耳に当てていることしかできなかった。

「何か……言ってよ」

 彼女は突然要求した。いつもこのペースなのだ。むしろ、いつもよりもおとなしいとさえいえる。

「いや、ごめん。彼はなんて言ってるの?」

彼女はそこでまた泣き出してしまった。その後、何を言っているのか聞き取ることすらできず、彼女はヒステリーを起こして勝手に電話を切ってしまった。

 僕は思い切りへこんだ。




 翌日朝起きると、僕はいつもの通学路を自転車で飛ばした。坂道の向こう側に平野が広がり、空は突き抜けるように青い。下り坂を一挙に走り抜けると、両端にある住宅街の並木が、ものすごい勢いで流れてゆく。登校中の小学生の黄色い帽子がまぶしい。いつもこうやって、僕は坂道を風を切りながら一挙に下りる。朝の楽しみの一つだ。両親からは危ないから坂道は手で押してゆけと言われていたが、そんなことは全くお構いなしにスピードを上げてゆく。そうこうするうちに、我が校の制服を着た一団が見えてきた。中にはカップルで登校する奴らもいる。僕の中で彼らはちょっとした敵だ。さらに坂を下り、カーブにさしかかった。ここから道が急に狭くなる。僕はいつものように華麗なコーナリングでそのカーブをくぐり抜けると――彼女がいた。

 ブレーキを押したが、間に合わない。僕の自転車は横滑りし、転倒。彼女の足下へと転がり込んだ。早朝スライディングをぶちかまされた彼女はオーバーリアクションで転倒し、鞄の中から教科書やら携帯が転がった。僕の鞄は自転車のカゴから坂道を転がり、車が一台その上を通り過ぎた。グシャ。ああ、なんという音だろう、セニョール。しかし、スクラップになった鞄を呆然と見つめる僕の背後から、彼女の怒号が飛んだ。

「ちゃんと前みなよ!」

 びくっときて僕は振り返る。そこには、端正な顔立ちの彼女がいた。鼻は高く、目は愛らしてとても大きい。小顔で、背は小さくかわいい。僕は怒られているのにもかかわらず、少しドキッとした。

「ああ、ほら、鞄傷ついちゃったじゃない」

 彼女が鞄を拾うのを見て、僕は慌てて彼女の荷物を拾った。手に持ちきれなかったので、いくつか胸に抱えながら回収していると、ふと先ほど派手に飛んだ携帯が落ちているのに気がついた。これを見て、スケベ心が出ない男はいない。僕は勝手な解釈をしながら、彼女の死角になっているのをいいことに、ぱっと携帯を見た。そこには[質問一覧]と書かれた部分と[ようこそKokoroさん]と書かれた部分だけが見えた。電源が入ったままだった。僕はばれないようにその“Kokoro”というスペルを暗記した。そして、一瞬で携帯を閉じて、彼女の鞄にそっと入れた。ついでに胸に抱えていた諸々の教科書も丁寧に入れてゆく。そうこうするうちに、散らばっていた全ての内容物の回収に成功し、彼女は言った。

「鞄はもういいけど、今度愚痴をたっぷり聞いてもらうからね」

 彼女の視線は大変厳しかった。

「あの、鞄の弁償はいいの?」

「だって、あんたお金持ってないでしょ? 愚痴で勘弁してあげる」

 彼女はそういうと携帯を取り出し、颯爽と身を翻して坂道を下っていった。

「カッコイイ……」

 僕はしばらくぼんやりしていたが、あれって、“はてな”だよな、そう思った。そして、ぼんやりしている僕を尻目に、僕の鞄の上を、トラックが通り過ぎた。グシャ!。

 そりゃないぜ、セニョール。




 放課後僕は急いで家へと帰った。携帯料金を定額にしていない僕にとって、通信費用は馬鹿にならない。お帰り、と言った母の声がドップラー効果で遅れるほど早く、僕は寝室への階段を大急ぎで登った。3段ずつぶっ飛ばして登る中、親指を突き指したが、そんな痛みはみじんも感じない。僕は二階の部屋のドアを開け、早速PCのスイッチを入れた。

「ビル、起動はもっと早めがいいぜ」

 ビルゲイツ本人に決して届かない、偉そうな注文をつぶやきながら、僕はデスクトップが表示されるのを待った。“ようこそ”という画面が現れて、しばらくしてからデスクトップが現れた。

「イィッエス!」

 ぐっと親指を突き立てて少しアメリカナイズな雰囲気で親指を立てる。

 早速ブラウザを起動して、http://q.hatena.ne.jp/をブックマークから読み込む。何を隠そう、僕も「はてな」ユーザーなのだ。

 YouTubeやはてブは放っておき、ひとまず質問一覧から今日の質問を見た。ノゥ。彼女の質問が全く分からなーい。僕は変なガイジンになりながら、必死に探すが、それでも彼女らしきIDは見つからない。Kokoro、Kokoro……。そうか、質問しているとは限らない。もしかすると、回答メインかも。あらぬ考えが浮かんだが、僕はそんなことでくじけることはなかった。

「ふふ、甘いな。『はてな』でID検索が用意されてなくても、探し当てる方法があるのさ」

 僕はおもむろに自分の回答履歴を開き、URL欄のID名の部分だけを書き換えた。

http://q.hatena.ne.jp/HayYouBruce/answerlist → http://q.hatena.ne.jp/Kokoro/answerlist

ちなみに、僕のIDはHayYouBruceだ。まさか、現役高校生の“はてな”ユーザーのID名が左とんぺいだとは誰も思うまい。

ブラウザの読み込み表示がクルクルと回り、やがて画面が表示された。

「あった!」

 まるで宝物を発見したかのようだった。そこには彼女の回答履歴と質問履歴が所狭しと列挙されている。僕はしばらく彼女の回答をいくつか見て回った。彼女の性格は非常に几帳面で、そして手厳しかった。まるでネットと普段の性格を使い分けていない彼女を見て、僕は思わず吹き出してしまった。

 しかし、色々と見て回るうちに、なんだかとても悪いことをしている気分に次第に変わっていった。僕のテンションは急激に下がり、マウスからそっと手を離した。

 しばらくテンションを下げっぱなしのまま、腕組みをして考えた。これではまるでクラッカー(※悪さをするプログラマー)と一緒だ。しばらく考え事をしていて、というよりも、あまりに興奮していて気がつかなかったが、立ったまま作業していたのに気がつき、僕は椅子を引いてどっかと腰掛けた。思案は続く。しばらくすると、頭上に豆電球が光った。

 そうだ、質問なら見てもいいよな。

 僕は意気揚々と彼女の質問履歴から、答えたい質問を探した。


[部屋を綺麗に整頓する方法について探しています。URLだけでなく、一言添えられていると嬉しいです]

[昨日、彼が家へくると言い出しました。そこで、料理を出したいと思います。男の人が好きなレシピは何ですか?]


 質問内容は、僕の上がりかけたテンションを再び下げるには十分の破壊力だった。“彼”という単語が僕の心をかき乱したが、僕はフーンと一丁前に余裕のフリをしながら、比較的新しい質問を閲覧してゆく。その中に、その質問はあった。


[昨日彼にフラレました。私の回答履歴から、性格上の問題を教えてください]


 彼女の質問履歴には珍しく、“いわし”での質問だった。いわしでは彼女を擁護する人間が大半だった。しかし、一部でこんな声があった。


■ あの内容では Nasunoheta

 [きついと思います。]


■ 正直言って Deash

 [糞回答者かなと。僕的にはね]


彼女は回答拒否をしていないようだった。昨晩は彼女らしくもなくヒステリックな感じだったが、普段は今朝の態度のように、怒っていても冷静な対処ができる。だから、別段回答を拒否をしないことは容易に想像できたし、きっと反論もしないだろう。しかし、僕は違った。頭に血が上ってゆくのが分かった。そいつらの暴言をまるで自分のことのように感じながら、僕は無我夢中で反論を開始した。


■ 正直言って Deash

[糞回答者かなと。俺的にはね]

 ┃

 ┗■ よく回答履歴を読んでみると分かるけど HayYouBruce

  [あなたの方がひどい回答してますよね?]

   ┃

   ┗■ ソースは? Deash

    [どこのことを言われているのでしょうかww]

     ┃

     ┗■ 何かにつけて「ソースは?」ってやつ、ごろごろいますね HayYouBruce

      [ワロタ]

       ┃

       ┗■ ご本人様ですかね。サブアカ? 乙w Deash

        [ワロタ]

        ┃

        ┗■ 乙はおまえだろ、暇人が HayYouBruce

         [いい加減にしろ]

          ┃

          ┗■ 釣れた Deash

           [wwwww]


 しまった。思いっきり釣られてしまった。もう弁解は効かなかった。その後、彼女からのアナウンスがコメントに入る。

「別にいわしを立てたいと思います。冷静にご回答くださった皆様には感謝いたします」

 アウチ!。

 僕はそのままキーボードに突っ伏した。見る人が見たら、しゅーしゅーと煙が出ているに違いない。特に荒れたことに関して触れられていないのが余計に痛かった。

しばらくそのままフリーズしていると、下にいる母親から呼び声がかかった。

「あんた、お友達から電話よ」

 かなりへこんでいた僕は母からの呼びかけに対し、適当に返した。

「今大変だからぁー、後にしてぇー」

 しかし、母親の次の一言で僕の目の色が変わった。

「七瀬さんからよー」

 フリーズから瞬時に再起動すると、僕のシステムは一挙に復帰した。七瀬、とは彼女の名前。この間、「名字と名前がわかりにくい名前だね」、って少しからかったら、彼女に軽くこづかれた。そんなつまらないことを思いだし、ニヤニヤしながら、僕は大急ぎで階段を下り、台所の前でにやけた顔をわざとだるそうな顔に変形させた。

「なに、誰から電話って?」

「七瀬さんから」

 再び顔がにやけそうになる。ここはぐっと我慢だ。悟られてはならない。だらりと電話の前に向かい、受話器を取った。

「はいもしもし、何で携帯に電話しなかったの?」

「いや、なんとなく」

 彼女が口ごもった。

「実はね、今日おじゃましようと思って」

 ホワイ?

「用事あんの?」

「いや、ないよ。ああ、それでここに電話したんだ」

「そうそう」

「鞄の件?」

「違うよ」

 しばらく話し合った後、彼女は電話を切った。僕はあえてだるそうなフリをしながら台所を出た。しかし、そこからの勢いが違った。何段もの階段をぶっ飛ばしながら一挙に部屋に到達すると、目の前に転がるエロいグッズをすぐさま窓の外に設けた特設ボックスに放り込んだ。後ろは裏山、窓の外に緊急避難用の箱が用意してあるとは、お釈迦様でも思うめえ。もちろん裏山からこの部屋の生態をウォッチングされていたら一巻の終わりだが。

 部屋も汚かった。普段の数十倍の負荷を体にかけながら、僕はすさまじいスピードで部屋を片付けてゆく。完全にオーバークロックだ。冷却機能が欲しいくらいに。

 しかし、時間がなかった。三分の一ほどしか部屋は片付かず、下から母の声がした。

「あら、いらっしゃい」

 普段はよく聞き取れない下からの声が、いつもより鮮明に聞こえる。まずい、タイム・イズ・オーバー。僕はせめて呼吸を整えようと、窓越しに裏山の新鮮な空気を思い切り吸い込んで――むせた。ゴホゴホやっていると後ろから声がする。

「あんたなに初っぱなからむせてんの」

 ぎょっとして振り返った。しまった、咳の音で階段を上ってくる音が聞こえなかった。なかなかの手練れよ、あっぱれ。そこには彼女が立っていた。チェックのスカートと、ブレザーの姿からして、学校から直にここまできたことが分かる。

「あー、きったなーい」

 ありきたりな台詞で彼女は部屋を眺めた。

「普通もうちょっと掃除しない? 女の子くるんだから」

「いや、掃除したんだ。だから埃でむせてたんだよ」

 おれもかなりのもんだ。状況を利用してむせた理由を瞬時に思いつく。

「そう、タバコでも吸ってたのかと思ったよ」

 彼女は部屋の隅にあるベッドに腰掛けると、対角線上にあるPCを見た。まずい、またしてもやってしまった。いまログインしているところを見られたらどうなるか、容易に想像がつく。僕はなにげにPCに近づき、「ああこれね、うっとうしいから消すね」

と言ってさりげない仕草でログアウトした。瞬時にGoogleのトップページへ飛ばす。

「良かったら使っていいよ」

 何という機転の良さ。何一つ苦し紛れなところを感じさせない、素晴らしい対応だ。

「いや、いいよ、ネットやりにきたんじゃないし」

 彼女の顔がなんだか哀しそうな表情をしていることに気がついた。

「私、なんで嫌われちゃったんだろ」

 ぽつりとつぶやいて、彼女はうつむいた。僕と彼女の中で時間が止まった。僕はどうすることもできなかった。昨日の電話と同じように。どうすることもできずに重苦しい気持ちのまま、PCの前で僕はいたたまれず言ってしまった。

「あの、さっきもやってたんだけど、“はてな”ってところで聞いてみるといいよ」

 馬鹿、この状態でそんな慰め方があるか。しかも、何というか、答えは見え透いている。

「うん、知ってるよ。私も使ってる」

 彼女の声が震え始めているのが分かった。

「みんな、そんなに私は悪くないって」

 ついに彼女は泣き出した。そういえば、新しく彼女が立てると言った“いわし”を見ていない。僕は少しそのことが気になったが、とりあえず彼女の横までゆくと、ベッドに腰掛けた。気の利いたやつなら、ここで肩に手を回すんだろうか。彼女は肩を揺らして泣いている。十分も経った頃だろうか。ひとしきり泣いた後、彼女はゆっくりと、とてもゆっくりと僕の方へと倒れ込んだ。

「抱いてよ」

 あまりにもマンガ展開な状況に僕はひたすらうろたえた。彼女はしなだれかかったまま、僕の腕にほほを寄せている。そのまま硬直してしまった僕だったが、しばらくしてなぜか冷静になっている自分に気がついた。

「七瀬は、俺のこと好き?」

 答えは早かった。彼女の眉間にしわが寄り、ポロポロと涙を流しながら首を横に振った。

やめてくれよ、こっちが泣きそうだ。僕は知らず知らずの間に、涙を流していた。彼女も再び声を出して泣き出した。どうしようもなかった。

「いく、じ、なし」

 嗚咽で声がとぎれとぎれになっていた。彼女は涙でぼろぼろの顔で立ち上がると、部屋を出て行ってしまった。僕は追いかけることも、声をかけることも、避難することもできなかった。彼女の態度が悔しかった。どうにもできない自分に腹が立った。彼女をフッた男が憎かった。ごちゃ混ぜの感情が怒りに代わり、僕は勢いで外の避難所にあるエロ関連のグッズを裏山に投げ捨てた。

「あの娘がいなきゃ、こんなもんいるかよ!!」

言ってる意味が分からなかった。あの娘がいてもそのグッズはだめだろ。僕は自分を茶化してみたが、ごちゃ混ぜの感情がそれを押しつぶした。涙は止まらなかった。

「あらごめんなさい、なんのおかまいもできないで」

下から母の声が聞こえた。




 それから、彼女からの電話はなかった。登校途中にもできるだけ顔を合わせたくなく、僕は自転車通学をやめた。家に帰ってからは、しばらくネット自体を控えていた。そもそも繋ぐ気にすらなれない。そんな毎日をしばらく送り、一週間ほど経った後、僕はやっと“はてな”にログインした。だらだらと質問に答え、そして、そのたびにお叱りを受けた。

「だいたい、そんな書き方するから変な答えになっちまうんだろうが」

 この発言は回答者としては最低のマナーだ。そんなことは分かっていた。十分に調べ上げた後、それでも遺漏がないかをチェックする、そんな以前の僕の答え方とは明らかに違い、今はいい加減な答え方だった。“いわし”では、「あの人どうしたんでしょうかね」、とか、「前はあんな感じじゃなかったのに」、などという書き込みがあった。そもそも、質問内容が回答拒否に関する趣味が悪いものだったが、今の僕には十分こたえた。

「何人から拒否られてんだろ」

 脱力感が襲い、キーボードにそのまま突っ伏した。あの時とは違って、このタイミングで電話がかかってくることもない。しばらくして起き上がると、モニターに

「ggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggg」

 と打ち込まれていた。今度からキーボードは外してうつぶせになろう。ぼんやりと考えながら、そのうっとうしい文字列を消去した。そして、今日の締めとして、とりあえず最後に一問、真剣に答えて今日は寝よう、そう思った。

 適当な質問を見繕おうとしたが、久しぶりに、“注目の人力検索”の項目から質問を選ぶことにした。トップページに移ると、そこにはこんな質問あった。


[彼にフラレた勢いで、私はある人と関係を持とうとしました。その人は私の気持ちを聞いた上で、抱こうとはしませんでした。その人にはとても悪いことをしたと思っています。どうやって謝ればいいのでしょうか]


 僕の目が嬉々と輝いた。質問者の名前はもちろん“Kokoro”。すぐさまその質問ページへジャンプし、オープンされている回答内容を見た。残りは2件。チェックする時間もあまりない。まして人気の質問である。僕の目はサーチエンジンと化し、すさまじい綿密さと勢いで、各回答者の回答を読み上げた。もちろん、それに対するレスも見逃さなかった。

 チェック終了。僕は瞬時にスクロールバーを下方向へと引っ張ると、“この質問に回答する”をクリックした。


[Kokoroさま、今までの内容を拝見する限りでは、きっとその人は怒っても、怨んでもないと思います。一緒に泣き出したんですよね? だとしたら、その人はきっとあなたのことを好きだったんだと思います。本当に好きでなくては、そのシチュチュエーションで泣けません。少なくとも僕はそうです。もし宜しければ、もう一度お電話してみたらいかがでしょう]


なんという図々しさ。我ながら顔から火が出る内容だったが。そのままよく確認した上で送信した。すぐに返信が着いた。


[ありがとうございます。そうですか。怒ってないのですかね。

>きっと好きだった

そうかも知れません。でも、うっすらそれを気づいていたんです。自分勝手だったと思います。

>シチュチュエーション

あの、ごめんなさい。吹き出してしまいました。少し元気になりました。ありがとう]


 僕は画面に顔を近づけて注視した。ノウ!!


[シュチュエーション → シチュチュエーション]


「恥ずかしい!」

「これは酷い」

 どんなに自分につっこみを入れても、恥ずかしさは消えない。例えるなら、フルチンで逆さづりに遭い、その上で「この部分がコイツの顔で下の部分はコイツのケツだ」と全く逆の説明を観衆に向かってされるよりも屈辱的だ。どうすりゃいいんだ。

 しかしその後の文面を読んで、僕は和んだ。

「ありがとう」

 ――いえ、こちらこそ。




 それから僕の気分は少し良くなった。だけど、彼女からの電話はなかった。僕はしばらくやめていた自転車通学をまた始めることにした。いつもの一面青色に染まった坂道を猛スピードで下る。心が晴れやかだった。彼女に会っても、元気よく挨拶できそうだった。

そして、あのカーブを曲がり、直線コースに入った。背中が見えた。見慣れた愛らしい背中、ちょこちょこと歩いてゆくその背中に僕は声をかけた。

「おはよ!」

 そのまま通り過ぎてゆく。振り返りたい気持ちはそのままに、僕は学校へと自転車を走らせた。なにか、浮ついた気分だった。




 いつも家に帰ると、僕は彼女の質問に答えるのが日課になっていた。恋愛のみならず、趣味の音楽とか、映画の話、彼女の全ての質問に答えるうちに、僕は彼女“Kokoro”に覚えられるようになっていた。


■ 面白い方ですね kokoro

[ID名の HayYouBruce は、どう言う意味なんですか? ブルースがお好きなんですか]

 ┃

 ┗■ いえいえ、そういうわけではないですよ HayYouBruce

 [詳しくはこちらをhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GHZM]

   ┃

   ┗■ ブルースじゃないですか(笑) kokoro

    [左とんぺいって(笑)。なんかニッチなところを……]

     ┃

     ┗■ 再放送されてた西遊記、見ました? HayYouBruce

      [やっぱ西田ですよねー]

      ┃

      ┗■ そうそう、絶対西田! kokoro

       [あの味は彼しか出せないと思います。とんぺいでは……]


 楽しい。ひたすら楽しい。だけど、一歩現実に戻ると、僕は彼女と気軽にはなせる状況じゃなかった。それを考えると、少しテンションが下がった。しばらくして、携帯が鳴った。僕はベッドに置いてあった携帯をすくい上げるように取ると、携帯を開きながらPCのある場所へと戻った。番号は彼女からだった。僕は着うたが鳴っている間に出なければいけないと思い、瞬時にボタンを押してしまった。しまった、心の準備ができていない。心臓が瞬時に早鐘を打つのが分かった。

「もしもし」

 なぜか慎重になった。そのことが伝わってしまったのか、

「なあに? もしかして架空請求か何かかと思ったの?」

 とつっこみが入った。画面に目をやると、


┗■ そうそう、絶対西田! kokoro

 [あの味は彼しか出せないと思います。とんぺいでは……]

 ┃

 ┗■ 今日はもう終わりますね kokoro

  [明日いわしでお会いしましょう]


と書かれていた。僕は今更ながら、七瀬と“kokoro”が同一人物であることを再確認した。

「この間は、ごめん」

 謝り方がまるで侍のようだ。いつものはきはきした感じに戻っているのを見て、僕は安心した。

「結局私の身勝手だったよ。そう思う」

「いや、僕の方こそなんだかみっともない姿を見せちゃって」

 いやいやこちらの方こそ、いや、それをいうならこちらの方こそ、といういやらしい押収になるのを避けてか、二人ともそのまま黙ってしまった。

「そういや、今日の再放送見た? 西遊記」

 言った瞬間しまったと思った。緩すぎる。あまりにも緩すぎる。今の俺は HayYouBruceじゃないんだ。

「うん、見たよ」

 意外にも、彼女の反応は淡泊なものだった。

「フィルムぼろぼろだけど、面白いね。マチャアキって昔あんなに動けてたんだねー。今じゃ想像できない」

 僕はほっと胸をなで下ろした。どういう訳か、彼女の中で引っかかるものはなかったらしい。その後、僕らはつまらない話に終始して、夜深くまで笑いあった。




 翌日僕は、ある決心をしていた。夕暮れ時、僕は彼女に電話をした。不思議と、今までのどの瞬間よりも落ち着いていた。話したいことがある、家にきてくれないか、そんな内容だったと思う。彼女は二つ返事でOKし、部屋は普段のありのままの状態にしておくことにした。PCの電源も入れておく。そして“はてな”にログインして、質問に答え始めた。

 何十分も経った頃だろうか。彼女は部屋にやってきた。

 入り口に入るなり、彼女はまた言った。

「うわーきったない。それも前以上。ちょっと、明かりくらい付けなさいよ」

 PCの明かりだけでぼんやりと部屋が照らされているのは、そりゃ不気味だろう。だけど、これがいつもの僕の姿だ。はてなにログインして、答えて、部屋は汚れてて、それが僕だ。


[最近亡くなった猫のことについて質問です。猫の葬儀はどのくらいが相場でしょうか。また死んでしまった猫の魂はどこへゆきますか? 詳しい霊能者さんなどいらっしゃいましたら、教えてください]


[お答えします。亡くなった猫の相場は――また、亡くなった猫の魂は、その筋の方によると――]


僕は今、 HayYouBruce だ。彼女は明かりを付けると、返事のない僕を尻目にベッドに腰掛けた。パチパチとキーボードを打つ音が部屋に響く。

「キー、打つの早いね」

「うん。もう長いからね」

僕は短めに返事を返し、彼女を背に、“はてな”の質問に答え続けた。

「“はてな”面白いよね」

彼女はぽつりと言った。

「うん」

 僕はまた素っ気ない返事を返した。

 そして、パチパチという音が早くなり、バチバチという音に代わり始める頃、僕は彼女に話し始めた。

「実はさ、僕の今日までの成果を見てもらおうと思って」

「なんの?」

「“はてな”の」

 彼女はそれから黙ったままだった。またしても部屋にバチバチという音だけが響く。やがて、その音が止み、僕は送信ボタンを押して、椅子の背もたれにもたれかかった。

「知ってるよ」

 彼女が唐突に言った。僕は思わず後ろを振り向いた。彼女は今まで見たこともないような、優しい微笑みを浮かべていた。

「しちゅちゅえーしょん」

 言いづらそうに彼女はその単語を口にして、僕の目をいたずらっぽく見つめた。僕は思わず絶句した。何が起こっているのか、訳が分からなかった。

「いいよね、西田の方が」

 クスクスと彼女は笑った。僕の脳裏に、あのスマートにGoogleのページを開いた瞬間が浮かんだ。ログアウトし、瞬時にGoogleにURLを飛ばしたあの日のことを。

良かったら使っていいよ、なんて言いながら。

「あのね、知ってたの。いつも応援してくれてありがとう。ヘイ・ユー・ブルースさん」

 全てが氷解してゆく気がした。適当に付けた名前が、こんなに印象深いものになるなんて、最初から予測できただろうか。いや絶対に予測できなかったと思う。

 その後僕らは談笑し、つまらない話で盛り上がった。




 翌日僕らは“はてな”に同時刻にログインした。携帯を首と肩に挟み込みながら、まるで受付のオペレータみたく、電話口で七瀬の状況を確かめながら、ログインする。彼女も同じようにログインし、ある“いわし”を立てた。立てたのは僕、そして、彼女がは最初のツリーを作った。


[ご意見はこの下に連ねていってください]


そして、質問の内容はこうだ。


[僕たち、“はてな”を通してつきあうようになりました。こんな奇跡的なエピソードがあるなんて、最初は信じていませんでした。だけど、今は奇跡を信じます]












おしまい。

id:aoi_ringo

最高です。

何度も何度も笑いました。

本当にありがとうございました。

2006/10/21 19:54:56

その他の回答6件)

id:sun5sun No.1

回答回数358ベストアンサー獲得回数7

ポイント30pt

本当は今すぐにでもかけつけて抱きしめたかった。

今から会おうといいたかった。

手を握ってあげたかった。

ささえてあげたかった。

しかしボクはしなかった。

彼女の幸せを願う。

それだけがボクに出来ることだった。

彼女はボクの声を聞きたくとも、求めている相手はボクではないこと。

ガンバレ。

ボクは心でそうつぶやいた。

自分へと、彼女へと。

id:aoi_ringo

うまいですね。

さわやかで切ない気持ちがしました。

ありがとうございました。

2006/10/21 19:38:55
id:kurupira No.2

回答回数2369ベストアンサー獲得回数10

ポイント10pt

しばらくすると彼女が言った。

「彼氏に振られたんだ・・・」

少し間を置いて

「そう」

とボクは妙に落ち着いて返答した。

id:aoi_ringo

この展開も静かでいいですね。

ありがとうございました。

2006/10/21 19:39:37
id:jyouseki No.3

回答回数5251ベストアンサー獲得回数38

ポイント40pt

彼女はいつまでも泣き止まなかった。

ボクは最小限のことだけ聞いた。

「一体どうしたんだい?」

「彼と別れたの・・・」

「なぜ?」

「彼が『他に好きな人ができた』って言うから・・・」

「今どこにいる?」

「もうあなたの家の近くまで来てる」

「わかった、今から迎えにいくから」

ボクはすぐに家を飛び出した。

遠くに彼女が見えた。

泣きじゃくっている。

「とにかく落ち着いて」

ボクはとても困った。

おくてのボクにとって、こんな出来事は初めてだったからだ。

ふと、思いついたことがあった。

(そうだ、確かはてなに人生相談ってあったよな)

「まあ、とにかく家に来て」

ボクがパソコンを操作するのを彼女は「こんなときに何を」とでも言いたそうな顔で見ている。

「ここで相談できるよ」

「そんなの恥ずかしくてできない」

「大丈夫、個人情報はわからないから」


何とか今日は彼女を安心させることができた。

僅かなお金で大勢の人からアドバイスがもらえるサイトがあることを、彼女はとても感嘆していた。

id:aoi_ringo

すごくたのしかった。

ありがとうございました。

2006/10/21 19:40:49
id:komeke No.4

回答回数193ベストアンサー獲得回数16

ポイント30pt

彼女が落ち着くまで、ボクも黙っていた。

どれぐらい時間が経っただろうか。

電話の向こうの彼女の呼吸が整い始めた気配を感じた。


「大丈夫?寒くない?」

「うん、大丈夫。」


電話の向こうから聞こえる音は、

いつのまにか電車の音から虫の音に変わっていた。

ちゃんと秋は深まっているんだ・・・。


「今ね、ちょうどはてなをやっていたんだよ。」

「はてな?」

「そう。はてな。ここに来るとね、不思議と心が落ち着くんだよ。」

「どうして?」

「はてなには、小さな、沢山の物語があるんだよ。

そしてその物語は自由で、無限に広がるんだ。」


ボクは一番のお気に入りの質問と回答を彼女に話して聞かせた。


「素敵ね。」

「だろう?だけどね、この話には別の続きもあるんだよ。」


そして、ボクはまた別の回答者の回答を話して聞かせた。


「これもさっきのとは違う素敵さがあるわ。」

「だろう?物語は自分で作れるんだよ。もちろん、自分の物語もね。」

「私も作ってみたいわ。私にも出来るかしら?」

「もちろんだよ!」


「ありがとう。あなたと話が出来てよかったわ。」


彼女は自分のことを何一つ話さなかったし、

また、ボクも彼女に何があったのか聞かなかった。


でも、明らかに彼女の声は明るく、元気になっていた。

これからきっと彼女は彼女自身で自分の物語を作っていくのだろう。

どんな物語だろうか。

ボクには分からないが、一つだけ、確かに分かる事がある。

それは間違いなく幸せな物語に違いない。

id:aoi_ringo

ここでも「はてな」が引用されています。

全く想定外でしたが、うれしかったです。

ありがとうございました。

2006/10/21 19:42:51
id:TomCat No.5

回答回数5402ベストアンサー獲得回数215

ポイント30pt

「・・・・あの・・・・、ごめんね」

長い沈黙の後、彼女が言った。

 

「な、なにが?」

私は答えた。

 

ごめんね、無駄な時間使わせちゃって、と電話の向こうの彼女が言う。とんでもない、君のためなら僕は、と言おうとして言葉を飲んだ。

 

電話を持つ彼女の手が震えている。見えないけれど、きっとそうに違いない。何があったのかは、だいたい見当が付く。くそっ、自分なら絶対に彼女をこんなふうに泣かせたりしないのに。そう思うと、別の意味で私の電話を握る手が震えてくる。

 

こんな時に何も出来ない自分が情けない。泣くか。そうだ、私も泣こう・・・・。つう、と熱い物が頬を伝う。また長い時間が過ぎていった。

 

「Skype使える?」

私は長い沈黙に耐えきれず、口火を切った。

「う、うん」

「電話代、かかっちゃうからさ、切り替えよう」

「うん」

 

すぐに彼女から接続があった。メディアが変わると雰囲気も変わる。ちょっと彼女の声が明るくなった。

 

「あたしが電話する前、何してたの?」

「ネットで、はてな」

「はてな?」

「うん。何か困ったことや知りたいことがある時に質問を書き込んどくと、誰かがそれを見て答えてくれるんだ」

「ふーん。人生相談なんかも出来るの?」

「うん。多いよ。みんな真面目に考えて、真剣に答えてくれる」

「へえ。今度あたしも何か聞いてみようかな」

 

ちょっと、はてな談義で盛り上がる。

──そう。私はいつも、あそこで救われているんだ。泣きたい時に思いっきり泣かせてくれる胸。そういうのを、はてなは私に貸してくれる。男にだって、そういう時ってあるんだよ。

 

・・・・と。そうか。女の彼女ならなおさらだ。彼女には今、泣ける胸が必要なんだ。今夜は私が彼女の「はてな」になろう。邪念がスーッと引いていった。

 

色んな話しをした。他愛のない話しを、とりとめもなく続けた。もう時間は深夜の3時を回っていた。

 

「大変、もうこんな時間!!」

彼女が驚いたように声を上げた。

「ごめんね、ごめんね、明日お仕事・・・・」

「いいよ、夜更かしは慣れてるし。それより君は?」

「うーん・・・・、もう寝ないと・・・・」

「じゃ、寝ようか」

「う、うん・・・・」

 

そしてまた、彼女の声が途絶えた。泣いている。また、声をひそめて、静かに、しかし激しく泣いている。私は言った。

 

「今夜はこのまま、つないだままで寝よう」

「え?」

「そのままヘッドセットを机の上に置いてさ。僕たち、つながったままで眠るんだ。きっと同じ夢が見られる」

「う、うん!」

彼女の声が、また少し明るくなった。

 

そのあと、また少しとりとめのない話しをして、それじゃおやすみ、とヘッドセットを置いた。部屋の灯りを消して、傍らのベッドに潜り込む。時々モデムのランプが点滅する。あれは彼女の部屋につながる信号の灯り。あれは彼女の部屋から届く信号の灯り。ちかちか。ちかちか。やがて私は眠りに就いた。

 

翌朝、PCを見ると、ありがとうと一言、インスタントメッセージが残されていた。彼女がこれからどうなるのか、それは私には分からない。でもひとつだけ分かること。それは、私の気持ちだ。

 

これからも、いつでも私は彼女の「はてな」になる。それだけは、私の決意として確かなものになっていた。ありがとうポイント、1Pゲット。今朝の彼女の笑顔が爽やかだといいなと願いつつ、私はコーヒーを淹れた。

 

さあ、次の問題は、私のこの恋心だ。まだまだこれは叶わぬ恋率100%。困ったな。どうしよう。そうだ。はてなで聞いてみるか。

id:aoi_ringo

偶然です。一斉オープンですから全く偶然です。

こんなふうにはてなを引用していただいてうれしいです。ありがとうございました。

2006/10/21 19:45:11
id:ElekiBrain No.6

回答回数255ベストアンサー獲得回数15ここでベストアンサー

ポイント100pt

 どうして、僕なんだ。午前2時を回り、もう電車の音さえ聞こえなくなった時間に、彼女は電話をかけてきた。ひたすら彼女がすすり泣く声が聞こえる。僕はどうすることもできなかった。もし、チャラチャラした男だったら、適当な慰めの言葉をちりばめながら、彼女を泣きやむのを待つのだろう。だけど、僕にはそれができなかった。彼女への想いがそうさせていた。僕は彼女が好きなのだ。

 ひとしきり泣いた後、彼女はやっとしゃべれるようになり、あのね、あのね、と繰り返し受話器の前で繰り返した。嗚咽が止まらないらしい。それでも、やっといつもの平静さを取り戻すと、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。

「彼に……フラレたの」

 あなたの声が聞きたい、というから、何だと思ったら、そういうことだったのか。僕は複雑な心境になった。泣いているということは、当たり前だけど彼女の気持ちはまだ彼にあるんだ。僕は何も言うことができず、ただ黙って受話器を耳に当てていることしかできなかった。

「何か……言ってよ」

 彼女は突然要求した。いつもこのペースなのだ。むしろ、いつもよりもおとなしいとさえいえる。

「いや、ごめん。彼はなんて言ってるの?」

彼女はそこでまた泣き出してしまった。その後、何を言っているのか聞き取ることすらできず、彼女はヒステリーを起こして勝手に電話を切ってしまった。

 僕は思い切りへこんだ。




 翌日朝起きると、僕はいつもの通学路を自転車で飛ばした。坂道の向こう側に平野が広がり、空は突き抜けるように青い。下り坂を一挙に走り抜けると、両端にある住宅街の並木が、ものすごい勢いで流れてゆく。登校中の小学生の黄色い帽子がまぶしい。いつもこうやって、僕は坂道を風を切りながら一挙に下りる。朝の楽しみの一つだ。両親からは危ないから坂道は手で押してゆけと言われていたが、そんなことは全くお構いなしにスピードを上げてゆく。そうこうするうちに、我が校の制服を着た一団が見えてきた。中にはカップルで登校する奴らもいる。僕の中で彼らはちょっとした敵だ。さらに坂を下り、カーブにさしかかった。ここから道が急に狭くなる。僕はいつものように華麗なコーナリングでそのカーブをくぐり抜けると――彼女がいた。

 ブレーキを押したが、間に合わない。僕の自転車は横滑りし、転倒。彼女の足下へと転がり込んだ。早朝スライディングをぶちかまされた彼女はオーバーリアクションで転倒し、鞄の中から教科書やら携帯が転がった。僕の鞄は自転車のカゴから坂道を転がり、車が一台その上を通り過ぎた。グシャ。ああ、なんという音だろう、セニョール。しかし、スクラップになった鞄を呆然と見つめる僕の背後から、彼女の怒号が飛んだ。

「ちゃんと前みなよ!」

 びくっときて僕は振り返る。そこには、端正な顔立ちの彼女がいた。鼻は高く、目は愛らしてとても大きい。小顔で、背は小さくかわいい。僕は怒られているのにもかかわらず、少しドキッとした。

「ああ、ほら、鞄傷ついちゃったじゃない」

 彼女が鞄を拾うのを見て、僕は慌てて彼女の荷物を拾った。手に持ちきれなかったので、いくつか胸に抱えながら回収していると、ふと先ほど派手に飛んだ携帯が落ちているのに気がついた。これを見て、スケベ心が出ない男はいない。僕は勝手な解釈をしながら、彼女の死角になっているのをいいことに、ぱっと携帯を見た。そこには[質問一覧]と書かれた部分と[ようこそKokoroさん]と書かれた部分だけが見えた。電源が入ったままだった。僕はばれないようにその“Kokoro”というスペルを暗記した。そして、一瞬で携帯を閉じて、彼女の鞄にそっと入れた。ついでに胸に抱えていた諸々の教科書も丁寧に入れてゆく。そうこうするうちに、散らばっていた全ての内容物の回収に成功し、彼女は言った。

「鞄はもういいけど、今度愚痴をたっぷり聞いてもらうからね」

 彼女の視線は大変厳しかった。

「あの、鞄の弁償はいいの?」

「だって、あんたお金持ってないでしょ? 愚痴で勘弁してあげる」

 彼女はそういうと携帯を取り出し、颯爽と身を翻して坂道を下っていった。

「カッコイイ……」

 僕はしばらくぼんやりしていたが、あれって、“はてな”だよな、そう思った。そして、ぼんやりしている僕を尻目に、僕の鞄の上を、トラックが通り過ぎた。グシャ!。

 そりゃないぜ、セニョール。




 放課後僕は急いで家へと帰った。携帯料金を定額にしていない僕にとって、通信費用は馬鹿にならない。お帰り、と言った母の声がドップラー効果で遅れるほど早く、僕は寝室への階段を大急ぎで登った。3段ずつぶっ飛ばして登る中、親指を突き指したが、そんな痛みはみじんも感じない。僕は二階の部屋のドアを開け、早速PCのスイッチを入れた。

「ビル、起動はもっと早めがいいぜ」

 ビルゲイツ本人に決して届かない、偉そうな注文をつぶやきながら、僕はデスクトップが表示されるのを待った。“ようこそ”という画面が現れて、しばらくしてからデスクトップが現れた。

「イィッエス!」

 ぐっと親指を突き立てて少しアメリカナイズな雰囲気で親指を立てる。

 早速ブラウザを起動して、http://q.hatena.ne.jp/をブックマークから読み込む。何を隠そう、僕も「はてな」ユーザーなのだ。

 YouTubeやはてブは放っておき、ひとまず質問一覧から今日の質問を見た。ノゥ。彼女の質問が全く分からなーい。僕は変なガイジンになりながら、必死に探すが、それでも彼女らしきIDは見つからない。Kokoro、Kokoro……。そうか、質問しているとは限らない。もしかすると、回答メインかも。あらぬ考えが浮かんだが、僕はそんなことでくじけることはなかった。

「ふふ、甘いな。『はてな』でID検索が用意されてなくても、探し当てる方法があるのさ」

 僕はおもむろに自分の回答履歴を開き、URL欄のID名の部分だけを書き換えた。

http://q.hatena.ne.jp/HayYouBruce/answerlist → http://q.hatena.ne.jp/Kokoro/answerlist

ちなみに、僕のIDはHayYouBruceだ。まさか、現役高校生の“はてな”ユーザーのID名が左とんぺいだとは誰も思うまい。

ブラウザの読み込み表示がクルクルと回り、やがて画面が表示された。

「あった!」

 まるで宝物を発見したかのようだった。そこには彼女の回答履歴と質問履歴が所狭しと列挙されている。僕はしばらく彼女の回答をいくつか見て回った。彼女の性格は非常に几帳面で、そして手厳しかった。まるでネットと普段の性格を使い分けていない彼女を見て、僕は思わず吹き出してしまった。

 しかし、色々と見て回るうちに、なんだかとても悪いことをしている気分に次第に変わっていった。僕のテンションは急激に下がり、マウスからそっと手を離した。

 しばらくテンションを下げっぱなしのまま、腕組みをして考えた。これではまるでクラッカー(※悪さをするプログラマー)と一緒だ。しばらく考え事をしていて、というよりも、あまりに興奮していて気がつかなかったが、立ったまま作業していたのに気がつき、僕は椅子を引いてどっかと腰掛けた。思案は続く。しばらくすると、頭上に豆電球が光った。

 そうだ、質問なら見てもいいよな。

 僕は意気揚々と彼女の質問履歴から、答えたい質問を探した。


[部屋を綺麗に整頓する方法について探しています。URLだけでなく、一言添えられていると嬉しいです]

[昨日、彼が家へくると言い出しました。そこで、料理を出したいと思います。男の人が好きなレシピは何ですか?]


 質問内容は、僕の上がりかけたテンションを再び下げるには十分の破壊力だった。“彼”という単語が僕の心をかき乱したが、僕はフーンと一丁前に余裕のフリをしながら、比較的新しい質問を閲覧してゆく。その中に、その質問はあった。


[昨日彼にフラレました。私の回答履歴から、性格上の問題を教えてください]


 彼女の質問履歴には珍しく、“いわし”での質問だった。いわしでは彼女を擁護する人間が大半だった。しかし、一部でこんな声があった。


■ あの内容では Nasunoheta

 [きついと思います。]


■ 正直言って Deash

 [糞回答者かなと。僕的にはね]


彼女は回答拒否をしていないようだった。昨晩は彼女らしくもなくヒステリックな感じだったが、普段は今朝の態度のように、怒っていても冷静な対処ができる。だから、別段回答を拒否をしないことは容易に想像できたし、きっと反論もしないだろう。しかし、僕は違った。頭に血が上ってゆくのが分かった。そいつらの暴言をまるで自分のことのように感じながら、僕は無我夢中で反論を開始した。


■ 正直言って Deash

[糞回答者かなと。俺的にはね]

 ┃

 ┗■ よく回答履歴を読んでみると分かるけど HayYouBruce

  [あなたの方がひどい回答してますよね?]

   ┃

   ┗■ ソースは? Deash

    [どこのことを言われているのでしょうかww]

     ┃

     ┗■ 何かにつけて「ソースは?」ってやつ、ごろごろいますね HayYouBruce

      [ワロタ]

       ┃

       ┗■ ご本人様ですかね。サブアカ? 乙w Deash

        [ワロタ]

        ┃

        ┗■ 乙はおまえだろ、暇人が HayYouBruce

         [いい加減にしろ]

          ┃

          ┗■ 釣れた Deash

           [wwwww]


 しまった。思いっきり釣られてしまった。もう弁解は効かなかった。その後、彼女からのアナウンスがコメントに入る。

「別にいわしを立てたいと思います。冷静にご回答くださった皆様には感謝いたします」

 アウチ!。

 僕はそのままキーボードに突っ伏した。見る人が見たら、しゅーしゅーと煙が出ているに違いない。特に荒れたことに関して触れられていないのが余計に痛かった。

しばらくそのままフリーズしていると、下にいる母親から呼び声がかかった。

「あんた、お友達から電話よ」

 かなりへこんでいた僕は母からの呼びかけに対し、適当に返した。

「今大変だからぁー、後にしてぇー」

 しかし、母親の次の一言で僕の目の色が変わった。

「七瀬さんからよー」

 フリーズから瞬時に再起動すると、僕のシステムは一挙に復帰した。七瀬、とは彼女の名前。この間、「名字と名前がわかりにくい名前だね」、って少しからかったら、彼女に軽くこづかれた。そんなつまらないことを思いだし、ニヤニヤしながら、僕は大急ぎで階段を下り、台所の前でにやけた顔をわざとだるそうな顔に変形させた。

「なに、誰から電話って?」

「七瀬さんから」

 再び顔がにやけそうになる。ここはぐっと我慢だ。悟られてはならない。だらりと電話の前に向かい、受話器を取った。

「はいもしもし、何で携帯に電話しなかったの?」

「いや、なんとなく」

 彼女が口ごもった。

「実はね、今日おじゃましようと思って」

 ホワイ?

「用事あんの?」

「いや、ないよ。ああ、それでここに電話したんだ」

「そうそう」

「鞄の件?」

「違うよ」

 しばらく話し合った後、彼女は電話を切った。僕はあえてだるそうなフリをしながら台所を出た。しかし、そこからの勢いが違った。何段もの階段をぶっ飛ばしながら一挙に部屋に到達すると、目の前に転がるエロいグッズをすぐさま窓の外に設けた特設ボックスに放り込んだ。後ろは裏山、窓の外に緊急避難用の箱が用意してあるとは、お釈迦様でも思うめえ。もちろん裏山からこの部屋の生態をウォッチングされていたら一巻の終わりだが。

 部屋も汚かった。普段の数十倍の負荷を体にかけながら、僕はすさまじいスピードで部屋を片付けてゆく。完全にオーバークロックだ。冷却機能が欲しいくらいに。

 しかし、時間がなかった。三分の一ほどしか部屋は片付かず、下から母の声がした。

「あら、いらっしゃい」

 普段はよく聞き取れない下からの声が、いつもより鮮明に聞こえる。まずい、タイム・イズ・オーバー。僕はせめて呼吸を整えようと、窓越しに裏山の新鮮な空気を思い切り吸い込んで――むせた。ゴホゴホやっていると後ろから声がする。

「あんたなに初っぱなからむせてんの」

 ぎょっとして振り返った。しまった、咳の音で階段を上ってくる音が聞こえなかった。なかなかの手練れよ、あっぱれ。そこには彼女が立っていた。チェックのスカートと、ブレザーの姿からして、学校から直にここまできたことが分かる。

「あー、きったなーい」

 ありきたりな台詞で彼女は部屋を眺めた。

「普通もうちょっと掃除しない? 女の子くるんだから」

「いや、掃除したんだ。だから埃でむせてたんだよ」

 おれもかなりのもんだ。状況を利用してむせた理由を瞬時に思いつく。

「そう、タバコでも吸ってたのかと思ったよ」

 彼女は部屋の隅にあるベッドに腰掛けると、対角線上にあるPCを見た。まずい、またしてもやってしまった。いまログインしているところを見られたらどうなるか、容易に想像がつく。僕はなにげにPCに近づき、「ああこれね、うっとうしいから消すね」

と言ってさりげない仕草でログアウトした。瞬時にGoogleのトップページへ飛ばす。

「良かったら使っていいよ」

 何という機転の良さ。何一つ苦し紛れなところを感じさせない、素晴らしい対応だ。

「いや、いいよ、ネットやりにきたんじゃないし」

 彼女の顔がなんだか哀しそうな表情をしていることに気がついた。

「私、なんで嫌われちゃったんだろ」

 ぽつりとつぶやいて、彼女はうつむいた。僕と彼女の中で時間が止まった。僕はどうすることもできなかった。昨日の電話と同じように。どうすることもできずに重苦しい気持ちのまま、PCの前で僕はいたたまれず言ってしまった。

「あの、さっきもやってたんだけど、“はてな”ってところで聞いてみるといいよ」

 馬鹿、この状態でそんな慰め方があるか。しかも、何というか、答えは見え透いている。

「うん、知ってるよ。私も使ってる」

 彼女の声が震え始めているのが分かった。

「みんな、そんなに私は悪くないって」

 ついに彼女は泣き出した。そういえば、新しく彼女が立てると言った“いわし”を見ていない。僕は少しそのことが気になったが、とりあえず彼女の横までゆくと、ベッドに腰掛けた。気の利いたやつなら、ここで肩に手を回すんだろうか。彼女は肩を揺らして泣いている。十分も経った頃だろうか。ひとしきり泣いた後、彼女はゆっくりと、とてもゆっくりと僕の方へと倒れ込んだ。

「抱いてよ」

 あまりにもマンガ展開な状況に僕はひたすらうろたえた。彼女はしなだれかかったまま、僕の腕にほほを寄せている。そのまま硬直してしまった僕だったが、しばらくしてなぜか冷静になっている自分に気がついた。

「七瀬は、俺のこと好き?」

 答えは早かった。彼女の眉間にしわが寄り、ポロポロと涙を流しながら首を横に振った。

やめてくれよ、こっちが泣きそうだ。僕は知らず知らずの間に、涙を流していた。彼女も再び声を出して泣き出した。どうしようもなかった。

「いく、じ、なし」

 嗚咽で声がとぎれとぎれになっていた。彼女は涙でぼろぼろの顔で立ち上がると、部屋を出て行ってしまった。僕は追いかけることも、声をかけることも、避難することもできなかった。彼女の態度が悔しかった。どうにもできない自分に腹が立った。彼女をフッた男が憎かった。ごちゃ混ぜの感情が怒りに代わり、僕は勢いで外の避難所にあるエロ関連のグッズを裏山に投げ捨てた。

「あの娘がいなきゃ、こんなもんいるかよ!!」

言ってる意味が分からなかった。あの娘がいてもそのグッズはだめだろ。僕は自分を茶化してみたが、ごちゃ混ぜの感情がそれを押しつぶした。涙は止まらなかった。

「あらごめんなさい、なんのおかまいもできないで」

下から母の声が聞こえた。




 それから、彼女からの電話はなかった。登校途中にもできるだけ顔を合わせたくなく、僕は自転車通学をやめた。家に帰ってからは、しばらくネット自体を控えていた。そもそも繋ぐ気にすらなれない。そんな毎日をしばらく送り、一週間ほど経った後、僕はやっと“はてな”にログインした。だらだらと質問に答え、そして、そのたびにお叱りを受けた。

「だいたい、そんな書き方するから変な答えになっちまうんだろうが」

 この発言は回答者としては最低のマナーだ。そんなことは分かっていた。十分に調べ上げた後、それでも遺漏がないかをチェックする、そんな以前の僕の答え方とは明らかに違い、今はいい加減な答え方だった。“いわし”では、「あの人どうしたんでしょうかね」、とか、「前はあんな感じじゃなかったのに」、などという書き込みがあった。そもそも、質問内容が回答拒否に関する趣味が悪いものだったが、今の僕には十分こたえた。

「何人から拒否られてんだろ」

 脱力感が襲い、キーボードにそのまま突っ伏した。あの時とは違って、このタイミングで電話がかかってくることもない。しばらくして起き上がると、モニターに

「ggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggg」

 と打ち込まれていた。今度からキーボードは外してうつぶせになろう。ぼんやりと考えながら、そのうっとうしい文字列を消去した。そして、今日の締めとして、とりあえず最後に一問、真剣に答えて今日は寝よう、そう思った。

 適当な質問を見繕おうとしたが、久しぶりに、“注目の人力検索”の項目から質問を選ぶことにした。トップページに移ると、そこにはこんな質問あった。


[彼にフラレた勢いで、私はある人と関係を持とうとしました。その人は私の気持ちを聞いた上で、抱こうとはしませんでした。その人にはとても悪いことをしたと思っています。どうやって謝ればいいのでしょうか]


 僕の目が嬉々と輝いた。質問者の名前はもちろん“Kokoro”。すぐさまその質問ページへジャンプし、オープンされている回答内容を見た。残りは2件。チェックする時間もあまりない。まして人気の質問である。僕の目はサーチエンジンと化し、すさまじい綿密さと勢いで、各回答者の回答を読み上げた。もちろん、それに対するレスも見逃さなかった。

 チェック終了。僕は瞬時にスクロールバーを下方向へと引っ張ると、“この質問に回答する”をクリックした。


[Kokoroさま、今までの内容を拝見する限りでは、きっとその人は怒っても、怨んでもないと思います。一緒に泣き出したんですよね? だとしたら、その人はきっとあなたのことを好きだったんだと思います。本当に好きでなくては、そのシチュチュエーションで泣けません。少なくとも僕はそうです。もし宜しければ、もう一度お電話してみたらいかがでしょう]


なんという図々しさ。我ながら顔から火が出る内容だったが。そのままよく確認した上で送信した。すぐに返信が着いた。


[ありがとうございます。そうですか。怒ってないのですかね。

>きっと好きだった

そうかも知れません。でも、うっすらそれを気づいていたんです。自分勝手だったと思います。

>シチュチュエーション

あの、ごめんなさい。吹き出してしまいました。少し元気になりました。ありがとう]


 僕は画面に顔を近づけて注視した。ノウ!!


[シュチュエーション → シチュチュエーション]


「恥ずかしい!」

「これは酷い」

 どんなに自分につっこみを入れても、恥ずかしさは消えない。例えるなら、フルチンで逆さづりに遭い、その上で「この部分がコイツの顔で下の部分はコイツのケツだ」と全く逆の説明を観衆に向かってされるよりも屈辱的だ。どうすりゃいいんだ。

 しかしその後の文面を読んで、僕は和んだ。

「ありがとう」

 ――いえ、こちらこそ。




 それから僕の気分は少し良くなった。だけど、彼女からの電話はなかった。僕はしばらくやめていた自転車通学をまた始めることにした。いつもの一面青色に染まった坂道を猛スピードで下る。心が晴れやかだった。彼女に会っても、元気よく挨拶できそうだった。

そして、あのカーブを曲がり、直線コースに入った。背中が見えた。見慣れた愛らしい背中、ちょこちょこと歩いてゆくその背中に僕は声をかけた。

「おはよ!」

 そのまま通り過ぎてゆく。振り返りたい気持ちはそのままに、僕は学校へと自転車を走らせた。なにか、浮ついた気分だった。




 いつも家に帰ると、僕は彼女の質問に答えるのが日課になっていた。恋愛のみならず、趣味の音楽とか、映画の話、彼女の全ての質問に答えるうちに、僕は彼女“Kokoro”に覚えられるようになっていた。


■ 面白い方ですね kokoro

[ID名の HayYouBruce は、どう言う意味なんですか? ブルースがお好きなんですか]

 ┃

 ┗■ いえいえ、そういうわけではないですよ HayYouBruce

 [詳しくはこちらをhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GHZM]

   ┃

   ┗■ ブルースじゃないですか(笑) kokoro

    [左とんぺいって(笑)。なんかニッチなところを……]

     ┃

     ┗■ 再放送されてた西遊記、見ました? HayYouBruce

      [やっぱ西田ですよねー]

      ┃

      ┗■ そうそう、絶対西田! kokoro

       [あの味は彼しか出せないと思います。とんぺいでは……]


 楽しい。ひたすら楽しい。だけど、一歩現実に戻ると、僕は彼女と気軽にはなせる状況じゃなかった。それを考えると、少しテンションが下がった。しばらくして、携帯が鳴った。僕はベッドに置いてあった携帯をすくい上げるように取ると、携帯を開きながらPCのある場所へと戻った。番号は彼女からだった。僕は着うたが鳴っている間に出なければいけないと思い、瞬時にボタンを押してしまった。しまった、心の準備ができていない。心臓が瞬時に早鐘を打つのが分かった。

「もしもし」

 なぜか慎重になった。そのことが伝わってしまったのか、

「なあに? もしかして架空請求か何かかと思ったの?」

 とつっこみが入った。画面に目をやると、


┗■ そうそう、絶対西田! kokoro

 [あの味は彼しか出せないと思います。とんぺいでは……]

 ┃

 ┗■ 今日はもう終わりますね kokoro

  [明日いわしでお会いしましょう]


と書かれていた。僕は今更ながら、七瀬と“kokoro”が同一人物であることを再確認した。

「この間は、ごめん」

 謝り方がまるで侍のようだ。いつものはきはきした感じに戻っているのを見て、僕は安心した。

「結局私の身勝手だったよ。そう思う」

「いや、僕の方こそなんだかみっともない姿を見せちゃって」

 いやいやこちらの方こそ、いや、それをいうならこちらの方こそ、といういやらしい押収になるのを避けてか、二人ともそのまま黙ってしまった。

「そういや、今日の再放送見た? 西遊記」

 言った瞬間しまったと思った。緩すぎる。あまりにも緩すぎる。今の俺は HayYouBruceじゃないんだ。

「うん、見たよ」

 意外にも、彼女の反応は淡泊なものだった。

「フィルムぼろぼろだけど、面白いね。マチャアキって昔あんなに動けてたんだねー。今じゃ想像できない」

 僕はほっと胸をなで下ろした。どういう訳か、彼女の中で引っかかるものはなかったらしい。その後、僕らはつまらない話に終始して、夜深くまで笑いあった。




 翌日僕は、ある決心をしていた。夕暮れ時、僕は彼女に電話をした。不思議と、今までのどの瞬間よりも落ち着いていた。話したいことがある、家にきてくれないか、そんな内容だったと思う。彼女は二つ返事でOKし、部屋は普段のありのままの状態にしておくことにした。PCの電源も入れておく。そして“はてな”にログインして、質問に答え始めた。

 何十分も経った頃だろうか。彼女は部屋にやってきた。

 入り口に入るなり、彼女はまた言った。

「うわーきったない。それも前以上。ちょっと、明かりくらい付けなさいよ」

 PCの明かりだけでぼんやりと部屋が照らされているのは、そりゃ不気味だろう。だけど、これがいつもの僕の姿だ。はてなにログインして、答えて、部屋は汚れてて、それが僕だ。


[最近亡くなった猫のことについて質問です。猫の葬儀はどのくらいが相場でしょうか。また死んでしまった猫の魂はどこへゆきますか? 詳しい霊能者さんなどいらっしゃいましたら、教えてください]


[お答えします。亡くなった猫の相場は――また、亡くなった猫の魂は、その筋の方によると――]


僕は今、 HayYouBruce だ。彼女は明かりを付けると、返事のない僕を尻目にベッドに腰掛けた。パチパチとキーボードを打つ音が部屋に響く。

「キー、打つの早いね」

「うん。もう長いからね」

僕は短めに返事を返し、彼女を背に、“はてな”の質問に答え続けた。

「“はてな”面白いよね」

彼女はぽつりと言った。

「うん」

 僕はまた素っ気ない返事を返した。

 そして、パチパチという音が早くなり、バチバチという音に代わり始める頃、僕は彼女に話し始めた。

「実はさ、僕の今日までの成果を見てもらおうと思って」

「なんの?」

「“はてな”の」

 彼女はそれから黙ったままだった。またしても部屋にバチバチという音だけが響く。やがて、その音が止み、僕は送信ボタンを押して、椅子の背もたれにもたれかかった。

「知ってるよ」

 彼女が唐突に言った。僕は思わず後ろを振り向いた。彼女は今まで見たこともないような、優しい微笑みを浮かべていた。

「しちゅちゅえーしょん」

 言いづらそうに彼女はその単語を口にして、僕の目をいたずらっぽく見つめた。僕は思わず絶句した。何が起こっているのか、訳が分からなかった。

「いいよね、西田の方が」

 クスクスと彼女は笑った。僕の脳裏に、あのスマートにGoogleのページを開いた瞬間が浮かんだ。ログアウトし、瞬時にGoogleにURLを飛ばしたあの日のことを。

良かったら使っていいよ、なんて言いながら。

「あのね、知ってたの。いつも応援してくれてありがとう。ヘイ・ユー・ブルースさん」

 全てが氷解してゆく気がした。適当に付けた名前が、こんなに印象深いものになるなんて、最初から予測できただろうか。いや絶対に予測できなかったと思う。

 その後僕らは談笑し、つまらない話で盛り上がった。




 翌日僕らは“はてな”に同時刻にログインした。携帯を首と肩に挟み込みながら、まるで受付のオペレータみたく、電話口で七瀬の状況を確かめながら、ログインする。彼女も同じようにログインし、ある“いわし”を立てた。立てたのは僕、そして、彼女がは最初のツリーを作った。


[ご意見はこの下に連ねていってください]


そして、質問の内容はこうだ。


[僕たち、“はてな”を通してつきあうようになりました。こんな奇跡的なエピソードがあるなんて、最初は信じていませんでした。だけど、今は奇跡を信じます]












おしまい。

id:aoi_ringo

最高です。

何度も何度も笑いました。

本当にありがとうございました。

2006/10/21 19:54:56
id:kumonoyouni No.7

回答回数612ベストアンサー獲得回数131

ポイント10pt

「恋のため息」


時折訪れる静けさは僕の鼓動を電話越しに伝えそうになってしまう。

今、僕の目の前に彼女がいたら、思わず抱きしめてしまうかもしれない。



どれだけ恋を重ねようとも声にならない。

どれだけ愛を受けようとも言葉に綴れない。

この息苦しさも、このせつなさも、この愛おしさも・・・

この気持ちを形にすることなんてできやしない。

そんなため息が部屋を満がたす頃、また朝がやってくる・・・



「夕立」~ブルーマウンテンにまつわるもう一つの物語


降りしきる雨の中、僕の声が彼女に届くはずもなく

目の前には無情にも踏み切りが行く手を阻み、

僕のはやる気持ちと裏腹に通過していく電車のスピードはあまりにスローモーションで

これがドラマなら微笑む彼女がきっとそこに立っているはずなのに

僕の視線の先に地面を転がる真っ赤な傘はあまりにリアルで・・・


僕の肩が震えているのは、ずぶ濡れになった体が寒いからじゃなくて

彼女との別れがこの夕立のようにあまりに突然だったからで

あの軒先で揺れる てるてる坊主もその時の僕達には全く効果なくて

それでも夕立はやっぱり通り雨で・・・


僕は相変わらず雨男だけどあの日以来夕立だけは会うことがない


そして全ての物語は繋がっていく・・・

http://q.hatena.ne.jp/1161083734


後書き

時間の都合上、書きかけたものの、端折ってしまいました。

もう少しいっぱい書きたかったのですが、、、、ごめんなさい。

お詫びといっては何ですが、全ての物語を繋げていくのも面白いかと思いはじめてこんな形にしてみました。

また時間があれば、続編を書ければと思っています。

それでは皆さんの投稿も楽しみにしています(^-^)


では、では

id:aoi_ringo

ありがとうございました。

2006/10/21 19:57:02
  • id:TomCat
    いやー、ElekiBrainさんの大作、面白かったです。ネットを介して展開される青春像。ちょっと「ものすごい勢いで痴漢に間違えられたスレ」の2ヶ月あまりの興奮がよみがえりました。
  • id:ElekiBrain
    ElekiBrain 2006/10/21 20:20:09
    TomCatさん 
     すんません。やっぱアレとかぶってますよね……。しかしそのまま押し切りました。小細工は良くないと思いまして。読んでくれてありがとうございます。
     全てを受け入れるわけではないですが、今では2ちゃん文化に対してはかなり寛容です。文章や内容も多分、そんな印象を受けたかと思います。


     そして、aoi_ringoさん、いるか賞が久しぶりで、思わずデスクトップ前でガッツポーズしてしまいました。本当にありがとうございます。
  • id:aoi_ringo
    いえいえ、わたしは、ツボがずれているかもしれませんが、ビルゲイツネタが良かったです。こちらはMacintoshの前で何度も何カ所も笑いました。
    わたしの質問、どちらかというと、きれいな作品が集まりますが、どうか、気にせずに、独特の世界をこれからも楽しみにしています。ありがとうございました。

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