第一線の美容家として華々しく活躍してきた川邉サチコさん。しかし、長いキャリアの中で美容の世界から離れたことが二度ある。そのうち1回目は自分の限界を思い知るような大きな経験だった――。
川邉サチコさん
撮影=小林久井/近藤スタジオ

大人が堂々とカッコよくいられる文化を

川邉サチコさんは、56歳のときに自宅兼仕事場として東京・渋谷に「川邉サチコ美容研究所(現KAWABE. LAB)をオープンする。一流のヘアメイクとして、熱気にあふれる世界中の現場を飛び回るクリエイティブな環境に喜びを感じていたはずだが、いつしか「そうではない働き方もあるのではないか」と思うようになっていった。

「いつもあちこち飛び回って刺激的な日々を送ることに疲れてしまって。もっと腰を落ち着けて1カ所で仕事をしたほうが、いいものができるのではないか――」

連載「Over80 50年働いてきました」はこちら
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そんなぼんやりした気持ちを後押ししたのが、実母との同居だった。50歳のときに父が急死し、ひとりになった母と別世帯で同居をすることにした。仕事場を自宅にすることで「いつもそばにいてくれる」と母も安心するようになった。

研究所をオープンするにあたって掲げたコンセプトは、「大人のトータルビューティ」だ。そのきっかけは、仕事場を構えた渋谷という街にあった。若者の街ともてはやされていた渋谷では、中高年女性が肩身を狭そうにして歩いていたのだ。

ずらりと並ぶ化粧品の数々
撮影=小林久井/近藤スタジオ

「ヨーロッパでは高齢者も、堂々としていますよね。おばさんやおばあさんが、みんなカッコいい。そんなふうに大人がカッコいい国にならないと、文化って成熟していかないもの。だからこそ、中高年の女性にもっと自信をもってほしいと思うようになりました」

今でこそ、シニア世代の大人の女性のおしゃれが注目されているが、川邉さんは30年前から「大人のカッコよさ」にフォーカスしてきたのだ。