特集 2016年8月9日

木の上にはコケの森が広がっている

以前、当サイトで雑草を下から見上げると森のような景色に見えるという記事が紹介された。
なるほど、虫のように小さな存在の視点に立つと、たしかに小さな草むらも広大な森に見えるものだ。

ではいっそ、もっともっとスケールを縮めて、コケの群生を見つめるとどうだろう。
もはや人間の眼ではまともに観察できないレベル、アリ目線もしくはダニ目線、あるいは微生物目線で見るコケは、それこそミニチュアの森のようだった。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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実はコケって樹木っぽい

説明する必要もないだろうが、そもそも森とはその漢字が表す通り、たくさんの木が集まった地帯のことだ。それがコケで形作られるとはどういうことか。
森っていうのは広大。構成する一本一本の木も、ほとんどの場合人より大きい。
一方のコケは…。植物の中でも最小クラスの存在。たった一本の樹木にも群落をいくつも形成できる。
疑問に思われるかもしれないが、実はコケってその株を一本ずつ見てみると、構造が意外と木っぽいのだ。もちろん種類にもよるが。
コケって、ひと株ひと株を見ると樹木っぽいものも多い。写真のような「蘚類」というグループはスギの木のようなシルエット。
それがこうして樹皮上に集合するとどうなるだろう(幹を覆っている青緑色のものは全部コケ)。
そんなコケが多数密生しているところを至近距離からマクロ撮影してみると…!
森だ!大森林の空撮(高さ2センチ)だ!
カメラのディスプレイには、まさにミニチュアの森林が映し出される。
どうよ。本当に森っぽいでしょ?
ちなみにこちらはアマゾンのジャングルを空撮したもの。見比べれば、なんとなく言いたいことは分かるでしょ?

木の上にはいろんな森が!

ここまでで、僕が言わんとしていることはおおよそ伝わったと思う。
では、ここからさっそく色々なタイプの「コケの森」を紹介していきたい。
こういうモコモコしたタイプのコケだとどういう森が作られるのか。
日当たりが良く、乾き気味の部位に茂っていたコケ森。乾燥して葉を閉じたコケたちは針葉樹のようにも見える。ところどころに荒れ地や草原も。
湿り気の残った部位のコケは葉が大きく開き、みずみずしい印象。複数のコケが折り重なるように繁茂する様は緑の鮮やかさもあって、森というより小高い丘のよう。
もちろん、コケは樹皮以外の環境にも生える。コンクリートの壁にもコケ森は茂るのだ。
平らなコンクリート上には、平野に広がる低木林のようなコケ森が遥か彼方(数十センチ先)まで広がっていた。
うっすらと緑色に染まった樹皮
カラースプレーをシュッとひと吹きしたような、立体感の無いコケだが…
超接写すると、樹皮の凹凸によって夏の山岳地帯を空撮したような表情を見せる。
こちらは北日本で多く見られるコケであるサルオガセの仲間
一本一本は細かく枝分かれしており、葉を落とした樹木にそっくり!
これが木の上に密生すると、真冬のブナ林のようなコケ森が形成される。
撮影したのは北海道の森の中。寒冷地ではコケの森まで寒々しいものになるとは興味深い。
もはやコケではないけれど、池の水面にはびこるアカウキクサも…
広大な森へと変貌する

悪い例

こんな具合に、コケの種類や生えている場所、撮り方によって、いろいろな「コケの森」を見ることができる。
しかし、コケ森コレクションを集める中であることに気付いた。やみくもにコケを撮っても森っぽくは写らないのだ。こういうのは悪い例。
明らかにコケよりスケールのデカい草や落ち葉が写り込んでしまったケース。一目でコケだとバレる。
コケが乾燥して萎びてしまっていたケース
逆に、濡れそぼっているものもNG
背景がはっきり写ってしまっているケース。これを回避するのは本当に難しい。陽射しで明暗が極端に出ているのもマイナス要素か。
これはこれでかわいらしいが、森というより花畑のようになってしまった例。
花のように見えるのは「蒴(さく)」あるいは「胞子嚢(ほうしのう)」と呼ばれる部位。蒴は胞子を放つ前はつぼみ状に口を閉じているが、胞子を放出するとこうしてチューリップのように開く。

番外:ウメノキゴケの森は「風の谷のナウシカ」っぽい

一方で、一般的にイメージされる「森」っぽく撮るのが難しいコケも存在する。
ウメやサクラの幹に生えているウメノキゴケの仲間だ。
サクラやウメの木によくこびりついているこの青白いシミ。
ウメノキゴケというコケの仲間なのだが…
あの青白いシミのようなものだ。名前は知らずとも、見たことがある人は多いだろう。
これもコケの森を形成しているのではと接写してみたところ、えらい光景が撮れてしまった。
接写するとものすごい光景が広がっている。これは…「ナウシカ」に登場する「腐海」のような禍々しさ。あるいは、よその惑星か。
ジブリ映画「風の谷のナウシカ」に出てくる「腐海」を彷彿とさせる、おどろおどろしいコケ森が広がっている。
「ナウシカ」の腐海は巨大な菌類の森らしいが、ウメノキゴケの仲間が含まれる「地衣類(コケ植物ではない)」も、実は菌類と藻類が合体した生物である。なるほど、雰囲気が似てくるのも当然なのかもしれない。
か、乾燥してひび割れている部分はどうかな…。
おおう…。この世の終わりか。
ウメノキゴケ類は葉状体というビラビラを放射状に伸ばして成長する。単体で見てもなかなかインパクトがあるが…
密集すると、やはり腐海顔負けの魔の森が。相当ヤバい瘴気を放っていそうだが、実は大気汚染に弱いデリケートな生物。この辺の設定は真逆だ。
…なんか、接写しまくっているうちにだんだんウメノキゴケが好きになってきた。
というわけで、最後は記事の本題から外れてウメノキゴケギャラリーで締めたいと思う。
木の肌を侵蝕するように葉状体を広げるウメノキゴケ。だが成長は非常に遅く、コロニーの直径は一年間で数ミリしか広がらないらしい。
ああ、ダンゴムシの赤ちゃんを歩かせたい。アレに見立てて。
ウメノキゴケの仲間は意外と種類が豊富。
色鮮やかな種類もある。が、やはりアバンギャルドな見た目であることに変わりはない。
「暗い音の無い世界で、ひとつの細胞が分かれて増えていき…」というナレーションが聴こえてきそう。

コケは小さな生物たちにとっての森

この記事では一貫して「コケの群生がまるで森のようだ」というスタンスで話をしてきたが、それは大間違いなのかもしれない。
たぶん、茂ったコケは比喩なんかではなく本物の「森」なのだ。そこに確かに暮らしている、目に見えないほど微小な生物たちにとっては。きっと、おそろしく小さなクマムシやダニといった動物たちが、手のひらほどもないコケの森の中を駆け回りながら、日々弱肉強食のサバイバルを繰り広げているに違いない。
「草むら」も「林」も「森」も「ジャングル」も、ヒトが主観で決めた概念にすぎないんだもんなあ。
クスの大木にコケとシダがそれこそ森のように茂っていた。小さな虫にとっては、まごうことなき広大なジャングルなのだろう。
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