DRMフリーへの流れがAppleのDRMによるiPod/iTunes支配を延命する?

Steve Jobsがデジタル音楽配信業界にDRMフリーの流れを起こしたと考えている人も多いが、個人的には逆の考えを持っている。ただ、ともすると電波チックな妄想なので、あくまでも以下のお話は私の妄想であることをご了承くださいな。

前のエントリで予告したとおり、Steve JobsがDRMフリーを唱導しつつ、いかにしてDRMによるデバイス/ストア体制を維持していくことを考えているか、というお話。結局のところ、DRMによって最大の利益を得たのはAppleであり、最大の損失を被ったのはユーザである。以前、Steve Jobsが発表した「Thoughts on Music」という声明を見たときから、なぜ彼は自らのデバイス/ストア体制の根幹であるDRM不要論を言い出したのかが疑問であった。もちろんその時点で既に、AppleによるDRMを利用した独占状態が相当非難され、訴訟や立法の問題にまでなっていたが、DRMフリーという選択だけが唯一の選択肢だったわけではない。DRMフリー以外にも、FairPlaywを公開し相互互換性(interoperability)による解決、Open DRMというコンセンサスによる解決があったのだが、彼の選んだのはDRMフリーだった。少なくとも、いずれかの道を選択し、オープンにせざるを得ない状況が待っているのだ。

私はそこにAppleの狡猾さがあるなぁと思う。DRM不要論を叫び、実際にEMIとのDRMフリーでの提携を結んだことで、彼はDRMによるデバイス/ストア支配の批判から逃れることができる。私はDRMフリーを望んでいる、FairPlayをいつだって解除する用意がある、でもそれはコンテンツプロバイダ次第だ、ということになる。そしてAmazonがEMIと提携するに至って、完全にDRM問題はコンテンツプロバイダがDRMを解除するか否かという問題になった。そこでの選択肢には、Open DRMも互換性もない。DRMed or DRM-Free、それだけ。

しかし、私が狡猾だと思うのはそこではない。そしてここからが私の妄想。これまで頑なにDRMによる保護を求めてきたEMIを除く他のメジャーレーベルがいつDRM解除に踏み切るかということを考えてみて欲しい。そして、それが達成されるまで、Appleは大手を振ってFairPlayによる独占を維持することができるということも。たとえOpen DRMや互換性を求められたとしても、DRMを維持すること自体に反対するというスタンスを持ってすれば、いかようにでも体裁を整えられる。

そんなわけで、結局のところはDRMフリーへの道は、DRMによる支配体制の時間稼ぎを最大にする、という側面もあるのではないかと考えているわけです。ただ、DRMフリーの流れは望ましいことであり、そうなっていって欲しいとも思う。いくら批判的に見ても、Appleの選択が間違いだということができないのが、Appleの本当に狡猾なところかなぁと思ってみたり。

以下は、このように思うまでの経緯を書き綴ってみた(むしろ、以下の分を先に書いたわけだが)。時間がある人には読んでいただきいな。

時計の針を昨年の夏あたりに戻してみるとする。このころ何があったかというとフランスにおいて、Apple(とSony)に対して、DRM技術の公開を義務づける法律が成立せんとしていた。独自のDRMを利用してデバイス/ストアの囲い込みを行うことは消費者の不利益だ、ということである。AppleのDRM技術FairPlayを公開することで、デバイス間の互換性を保証することを義務付け、それによってユーザは全てのデバイスでiTunesから購入された楽曲を再生することができる、という寸法である。

結果的には、この法案はDRM技術の公開に関する条項が削除されることとなった。Appleにとってフランスは居心地の悪い場所にはなったものの、それでもこれまでどおりの営業を続けることができた。とはいえ、これもぎりぎりの話であって、Appleはこの問題の解決に相当尽力したことだろう。(このフランスでのFairPlay DRM公開法の顛末に関する記事はこちら。)

フランスでの危機を回避したとはいえ、依然としてAppleの危機は去ってはいなかった。局地的な危機としてフランスでのDRM公開問題があったけれど、一方でRIAAやIFPI、デバイス業界、サービスプロバイダなどを巻き込む大きな動きもあった。それはフランスでの一件とそれほど異なるものではなく、Appleも含めた音楽産業全体としてOpen DRMを利用し、デバイスによってサービスを制限しないように、サービスによってデバイスを制限しないようにしつつ、DRMで楽曲を保護しましょう、という流れが形成されつつあった。

Apple以外の大半のサービスプロバイダ、デバイスベンダーはデジタル配信業界で相当なビハインドを食っていたわけで、必然的に市場を縮小されたコンテンツプロバイダも得られていたかもしれない利益を減らしていたわけだ。彼らの思惑としては、DRMを維持しつつ、DRMによるAppleの独占状態を打破したい、といったところだろうか。そのために残されていた選択肢は、Sun Microsystemsの提供するオープンソースのDRM「Project DReaM」の導入と、フランスで失敗したFairPlay技術の公開の2つであった。

ただ、FairPlayの公開に対しては、自社のセキュリティ的な面から公開を拒否していたAppleに、公開を強制できるほどの根拠があるわけでもなく、一方でOpen DRMを採用することでデバイス/サービス間で相互互換性を持つことができるとしても、Appleはそれにのるわけでもない。業界全体としてのコンセンサスも取れてはいなかった。

しかし、それでもAppleへの包囲網は狭まりつつあった。Open DRMは実装されれば、Appleの行為は独禁法にでも引っかかりかねない。さらに言えば、このまま行けば確実にAppleはユーザの目に自由の敵として写ってしまう。当時から既にDRMフリーでの配信を求める声もあった。

そんな状況でAppleが取り得た選択肢は2つ。Open DRMかDRMフリーかという2つの道であった。そのどちらがAppleにとってより多くの利益をもたらすか、むしろ利益を減らさずに済むか、ということだろうか。

そうして選択されたのがDRMフリーの道ではないかと。これはアクロバットみたいなもので、一気に形成を逆転できた。これまでDRMの恩恵を最も甘受してきたAppleが、一躍ユーザの味方に見えてしまうのだ。あたかも巨人(風車)に立ち向かうドンキホーテのように。

これによって、DRMを取り巻く構図は一変する。これまではDRMを利用してデバイス/ストアの支配を行っているAppleをどうにかしようという音楽業界 vs Appleという構図から、DRMによってユーザを縛ることの是非を問うDRMed vs DRM Freeという構図に変わってしまった。

この構図の中では、Appleは「あくまでもDRMフリーを望んでいるのだけれども、コンテンツプロバイダに要求されて仕方なくDRMを施しているのであって、本当はDRMフリーでの配信に移行したい」、という建前でFairPlay DRMによる囲い込みを続行できる。たとえ、Open DRMへの参加を呼びかけら得たとしても、AppleはDRMフリーを目指しているのであり、Open DRMであろうとなんであろうとそれは排除されるべきだ、とかなんとか格好いいことを言っていれば体裁は保てる。FairPlayを施していることは、コンテンツプロバイダのせいにすればいい。

しかし、いくら建前であっても、口先だけでは信憑性は薄い。ネゴシエーションの基本中の基本であるが、嘘をつくときには本当のことを混ぜろ、という鉄則がある。となれば、1つくらいは本当に実現する必要がある。それがEMIとの提携ではないかと。もちろん、メジャーレーベル以外でも良かったのだろうけれど、それがEMIであったことが、よりAppleのスタンスを本物っぽく見せているのだろう。効果は抜群だ。

そして一昨日のAmazonとEMIの提携である。これがAppleの、Steve Jobsの勝利を確実なものにした。なぜなら、もはや差し迫ったOpen DRMの道はなくなったのである。音楽産業に残されたレールは、MP3への早期の適応か、緩やかな移行か、である。しばらくインターバルを置いての再度のOpen DRMという道もあるかもしれないが、そうできる保証はどこにもない。

さて、こうなると次の展開、ともすればDRM問題の全ての責任は、完全にコンテンツプロバイダの側にゆだねられることになる。つまり、Warner、Universal、Sony BMGがいつDRMを捨てるか、ということ。これまでかたくなにDRMを維持しようとしてきたわけだけれども、DRMフリーという既成事実を作られてしまった以上、DRMという選択肢は取りがたいものとなった。DRMに固執することへの圧力は今後高まっていくだろうし、そして閉鎖的なコンテンツ提供によって市場を自ら狭める結果にもなる。Amazonという巨大なマーケットを逃すことほどもったいないことはない。しかし、DRMを捨てるのは・・。という葛藤が長引けば長引くほど、Steve Jobsは笑いが止まらないだろう。

その間ずっと、AppleによるiPod/iTunes体制は続くのである。EMIは逃したとしても、4大メジャーのうち3つのレーベルを利用できるのだ。それだけでも十分だろう。どのみち、オープンなデバイス/ストアは避けられなかったのである。その中で最大限に利益を上げる方法を選んだ結果が、この状態ということなんだろうか。

この期に及んでも目先のことしか考えられず、DRMにしがみつくのあればもはやつける薬もない。いつまでもSteve Jobsの手のひらで踊っていればいい。DRMにこだわっている限り、Steveの手のひらを右往左往しているだけかもしれない。

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