山田祥平のRe:config.sys

ビッグデータに死ねと言われた東急

 バラエティやニュースといった情報番組、そして、オリンピックのライブまで、あらゆるところにSNSが露出している。果たしてこれらの発言は万民の声を代表したものだといえるのか。

声なき民の声とは

 MicrosoftのPower BI for Office 365は、Excelを使えるなら誰でもビッグデータを使えるようにするというチャレンジだ。言わばビッグデータの民主化で、現場の社員が気軽にビッグデータを活用できるようにしようというのがMicrosoftからの提案だ。ビジネスの課題をITを使って解決していくには、昨日まで捨てていたデータを活用することが求められると同社はいう。だからこそ、誰もが使えるExcelをビッグデータの入り口にし、出口にもすることで、現場の最前線にいる社員がビッグデータを活用できるようにする。ちなみに、今、Excelを使えるユーザーは全世界に1B、すなわち、10億人いるのだそうだ。その10億人がビッグデータを分析することで、今まで見えなかった何かが見え、聞こえなかった何かが聞こえてくる。

駅の地下化と百貨店

 Power BI for Office 365の早期ユーザーの1つが東急百貨店だ。

 東急百貨店は東急電鉄の完全子会社で、いわゆる電鉄系の百貨店として知られる。特に渋谷は同百貨店の本拠地といってもいい。

 その東急電鉄が、東京・渋谷駅周辺の再開発にともない、東京メトロ副都心線との相互直通運転を開始するにあたり、東横線の渋谷駅を地下に潜らせたのは記憶に新しい。昨年(2013年)の3月16日のことなので、もうそろそろ1年が経つことになる。

 東横線渋谷駅の地下化によって、渋谷駅周辺は大混乱に陥った。乗降客の動線が一変したのだから当たり前だ。渋谷は地下鉄の駅が3Fにあるというただでさえ複雑な構造のターミナルだ。そこで、東急百貨店は、電車を降りたらすぐデパートという電鉄系百貨店ならではの利便性を捨て去ってしまったのだ。考えようによっては東京メトロ百貨店になってしまったといってもいい。

 さらに、今なお開発は続いていて、東横線渋谷駅、JR山手線、京王電鉄井の頭線渋谷駅、東京メトロ銀座駅を結ぶ連絡通路はまさに迷宮状態だ。通路道順は覚えればそれで済むのだが、何しろ遠い。

 東横線利用客の中には、もう渋谷で下車しての買い物をあきらめ、渋谷駅では降りずに、そのまま副都心線に入り、2つ先の新宿三丁目駅まで行って、駅直結の伊勢丹百貨店で買い物をするようになったという話も聞こえてくる。

失われた売り場

 東横線渋谷駅の地下化に伴い、渋谷地区の東急百貨店は、駅からちょっと離れた本店、そして駅至近だった東横店西館、南館、東館のうち、もっとも古い建物である東館が閉館した。東館は1~7Fの売り場があったが、それらが西館、南館に集約されている。つまり、ほぼ3分の1の売り場スペースが減少したわけだ。

 ビッグデータとして、SNSのデータを分析していた東急百貨店は、東横線渋谷駅の地下化に伴う不便について、「東急死ね!」といった声が多くあることに気がついたという。乱暴なようだが、Microsoftの開催した記者会見で、ゲストとして登壇した東急百貨店営業政策室の須崎直哉氏の口から出た実際の言葉だ。

 素人考えでは、そんなの十分に想定内じゃないかとも思うのだが、とりあえずは、利用客の生の声を目の当たりにして、その不便は十分に実感できたという。

 ビッグデータがなければ気がつくのが遅れてしまっただろうと特筆すべきトピックスとしては、閉館した東館7Fのベビー・子供服/おもちゃ売り場がなくなったことによる影響だ。

 SNSのビッグデータを分析することで、そこに東急百貨店の魅力の1つが集約されていたことも明らかになったという。このことは、売り上げデータなどだけでは気がつきにくい。なくなった売り場なのだから、売り上げがゼロになるのは当たり前だ。ゼロには何を乗じてもゼロだ。だからこそ、何かを足さなければならない。そのことに気がついた東急百貨店としてはいちはやくこの不便を解消するために動き始めているそうだ。もちろん、駅から離れた東急本店には子供服売り場は今もある。だが、駅のすぐそばで買えた子供服を買いに行くにはちょっと遠すぎる。

 渋谷を通り過ぎて新宿まで行ってしまうのは、駅至近の電鉄系百貨店ならではの利便を捨てたからだけではなく、買いたい子供服が売られなくなってしまったからなのだという事実が影響していることに気がついたというのだ。

 もし、ビッグデータを分析していなければ、その対処に動き始めるタイミングは、もっともっと遅くなっていたかもしれないと須崎氏はいう。だから、東急百貨店東横店に子供服売り場が戻ってくるのは、そう遠い話ではなさそうだ。

SNSとビッグデータ

 このように、SNSのビッグデータ活用は、さまざまなマーケティングに使われるようになってきている。

 コンシューマ側の立場から言うと、想いがあれば、Twitterでつぶやくだけで、それを汲んでもらえる可能性が出てきた。まさにソーシャルな時代を象徴する事例であるともいえる。

 今までは届かなかった声が、届くようになるという点で、SNSは重要なコミュニケーションツールだといえる。例え、フォロワーが数人しかいなくても、思ったことをつぶやいておくのは重要だ。その声を聞いているのは、フォロワーだけではないからだ。その声はビッグデータの一部となって、新しい何かが起こるきっかけになるかもしれない。

 けれども、ビッグデータを分析する側は、Twitterで発言するような層は、社会全体のごくわずかなのだということも忘れてはならない。声なき声は明らかに存在するに違いないのだが、それはビッグデータがどんなに巨大なデータであったとしても、そこには含まれないのだ。

 これまで、ビッグデータは、いわゆるデータサイエンティストのような特殊なスキルを持った層によって分析されてきたという。もちろん、それでは気がつかないことがたくさんある。彼らはビジネスのプロフェッショナルではないからだ。

 だからこそ、それをMicrosoftのいうビッグデータの民主化により、より現場に近いところにいるスタッフやマネージャーがビッグデータを分析できるようにすることで、新たなマーケティング手法を生み、それが新たなビジネスチャンスを生むというわけだ。

 「私、打ちますわよ」というのは小説家のすがやみつるさんが、普通の主婦が、当時ホームページと呼ばれた自分のWebに、個人的な意見をどんどん書き込むようになってきている現象をレポートしたときのタイトルとして記憶している。今ならさしずめ「私つぶやきますわよ」ということになる。Twitterの140文字という制限は、一気に発信するという気負いの必要な行為のハードルを下げたが、今なお、それは、特定少数の偏った声であることには間違いない。

 POSデータは店にきて買い物をしてくれる客のことは教えてくれても、店に来ない客の論理を語らない。同様につぶやかない層の声はビッグデータとしてつぶやきがどれほど可視化されても見えないのだ。ソーシャルは決して社会をそのまま反映した縮図ではないことを忘れてはならない。

(山田 祥平)