■山田祥平のRe:config.sys■
世の中にあるディスプレイのサイズはさまざまであり、その解像度もまたさまざまだ。にもかかわらず、ほとんどのGUIは、まちまちなスクリーンに同じ量の情報を表示しようとする。その結果、表示が小さすぎて情報そのものを読み取ることが困難になるような弊害が出てくる。
●OSのデフォルト解像度を考えるアップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏が亡くなった。
世の中のGUIの源流はパロアルトのPARCにあり、PARCはAltoによって未来をつくったと思っている。その流れの1つがWindowsになり、もう1つがMac OSとして、今、ぼくらの暮らしに溶け込んでいる。そのMac OSさらにはiOSの開発に際して、大きな影響を与えた人物がジョブズ氏だということに異論を唱える方はいないと思う。彼はPARCがつくった未来を生きたのだ。
ジョブズ氏のプレゼンテーションの評価は高いが、近年の彼のプレゼンで、たとえば、小さなディスプレイを見るときに、老眼鏡をつけたりはずしたりしているのを見て、ちょっとした親近感を感じたことを覚えている。やはり、GUIの神様といってもいいほどの、この人でも寄る年波には勝てないんだろうなと思っていた。
そもそも、多彩なサイズ、そして解像度のスクリーンに、同じだけの情報を表示しようとするとどうしても無理が出てくる。その上、視力は人それぞれだし、好みもある。それに、最近では、操作するのが指先なのか、マウスやパッドで移動させるポインタなのかでも求められるものは違ってくる。
たとえば、Windowsの場合、デフォルトで想定されているのは96dpiだ。1インチあたりに96個のピクセルがあることを前提にGUIが考えられている。たとえばフルHD解像度は、1,920×1,080ピクセルなので、三平方の定理によって、その対角線上のピクセルを計算すると、
(1,920^2+1,080^2)の平方根=2202.90717...
となり、対角線上には約2,202個のピクセルが並ぶ。これを96dpiに当てはめると、約23型のディスプレイを使ったときに、OSが想定したサイズで個々のオブジェクトを見ることができる。ぼくは、普段仕事場で1,600×1,200ピクセルの20型ディスプレイをWindowsデフォルトで使っているので、同様に計算すると、ほぼ想定値で、それぞれのオブジェクトを見ていることになる。
一方、今、この原稿を書いているのは12.1型のスクリーンを持つノートPCなのだが、その解像度は1,280×800なので、計算すると対角線のピクセル数は約1,509個となる。つまり、本当なら、96dpiで表示するためには15.5型のディスプレイが必要になる。だから、表示を30%ほど拡大すればいいということがわかる。もし、興味があればこの計算をしてみて、今、自分が使っているディスプレイサイズに応じたスケーリングを試してみてほしい。Windowsの作り手は、ユーザーがWindowsを、どう見て欲しいと思っているのかを、なんとなく想像できるはずだ。
サイズの異なるディスプレイに、同じ情報量を映し出すということが一般化してしまったのは、映画やTVの画面がそうだったからだろう。当たり前の話だが、小さなスクリーンではそこに映る光景は小さいし、大きなスクリーンでは大きく映る。これらに映し出されるコンテンツそのものは、スクリーンのサイズを規定していないし、スクリーンが小さいからといって、情報を省略することもできない。携帯電話のワンセグ機能で4型程度のスクリーンでも、50型の液晶テレビでも、同じ内容が表示されなければコンテンツは成立しない。
●ディスプレイサイズとDPIコンピュータのGUIはちょっと違う。ディスプレイのサイズに応じて、表示される内容が異なってもかまわない。でも、今の状況はそうはなっていない。本当なら、たくさんの情報を表示させたければ大きなディスプレイを使うべきなのだが、小さなサイズでも高い解像度を持つディスプレイデバイスが主流になった結果、TVや映画と同じように、スクリーンサイズを無視し、解像度だけに注目して、解像度が同じなら、同じ量の情報を映し出そうとするようになってしまった。
Windowsデスクトップを右クリックし、メニューから「画面の解像度」を実行すると、ディスプレイ表示の変更のための画面に遷移する。ここでコマンドリンク「テキストやその他の項目の大きさの変更」をクリックすると、カスタム値を指定して自分の好きなスケーリングでWindowsを使うことができる。12.1型WXGAディスプレイの場合なら、130%にスケーリングすれば、ほぼデフォルト値で使えるようになるはずだ。
画面の表示が細かくてつらいと嘆く前に、適切なスケーリングに設定すればいいのだが、普通のユーザーは、なかなかこの設定にたどりつけない。仮に、デスクトップの右クリックで、画面の解像度の変更メニューを見つけたとしても、解像度自体を変更し、本来の高解像度スクリーンの特性を生かし切れていないことも少なくないと聞く。
プラグ・アンド・プレイはデバイスの性能を最大限に発揮できるようにはしたが、デバイスの向こう側には人がいることを、ちょっと置いてきてしまっているのかもしれない。
●マルチタッチとマルチディスプレイWindowsは、その出自を考えると、マウスを使って操作されることを前提にしている。だから、96dpiというデフォルト解像度で使った場合でも、マウスポインタでの操作にはちょうどよくても、マルチタッチディスプレイなどで、指のサイズに対してボタンや各種コントロールのサイズが小さすぎて操作がしづらいと感じるに違いない。だからこそ新しいシェルが必要だし、アプリについても、適切なサイズ感のコントロールオブジェクトが求められるはずだ。
Windows 8では、タイルを使ったGUIで、指でもマウスポインタでも支障なく操作できることを目指しているようだが、本来的な意味で、それでいいのかという疑問も残る。仮に今後、4K解像度のディスプレイなどが一般化したときに、対応していけるのだろうかと心配にもなる。
iPhoneとiPadの関係のように、想定されるディスプレイサイズが2種類しかないような場合は、それぞれに最適化したコントロールでGUIを作れるが、どんなディスプレイが接続されるのか分からない場合も多いのだから、そろそろきちんとした約束事を決めておかないと、ユーザー体験が損なわれてしまう結果を招く。
また、PCのディスプレイは1台であるとは限らない。複数台のディスプレイを使うマルチディスプレイ環境もあるからだ。そして、それらのディスプレイがすべて同じサイズで同じ解像度を持つとは限らない。でも、OSから各ディスプレイを見たときに、その物理的なサイズを考慮することは為されていない。それに、ノートPCに大きな外付けディスプレイを接続するときにも困る。このあたりの不便に関しても、そろそろ解決策が見いだせてもいいんじゃないだろうか。
●ジョブズ氏の遺した宿題ジョブズ氏は、このあたりの問題を、いったいどう考えていたんだろうか。iPadとiPhoneの中間に相当する7型程度のデバイスは中途半端だと言っていたそうだが、異なるスクリーンサイズをスマートに解決する方法を彼のセンスで提案してほしかったし、その実装を見たかったなとも思う。
スクリーンのサイズと解像度、そして、それに向き合う人との距離。それぞれに応じてGUIを構成する要素の最適サイズは異なる。
百花繚乱のノートPC、そして、スマートフォン。目の前にある多彩なスクリーンサイズと解像度。この問題は早めに解決しておかないと、将来ややこしいことになりそうだ。それがGUIの神様の遺したぼくたちのための宿題なんだろう。
スティーブ・ジョブズ氏の訃報を聞き、こんなことを考えながら1日を過ごした。彼の死を悼み、謹んで哀悼の意を表したい。