青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない シナリオ考察+レビュー

青春ブタ野郎はゆめみる少女とハツコイ少女の夢を見ない。
原作第6巻・第7巻より、牧之原翔子が運命を変えようとするエピソード。

シナリオ考察



レビューの前に、曖昧になりがちな時系列と、いくつかの前提を整理しておく。

「現在」とはいつか



「将来のスケジュール」になにを書けばいいのか悩んでいる、小学4年生の牧之原翔子。彼女がいるのが、この世界での「現在」である。
(でかでかと「3年前」などとテロップが出るせいで混乱しがち……!)

そして、TV版全13話からこの劇場版まで含めたすべての出来事は、「小学生の翔子」が発症した思春期症候群によって行われている「未来シミュレーション」である。
(TV版4~6話で、プチデビル後輩・古賀朋絵に発現したのと同質のもの)

それを踏まえた上で、まずは「牧之原翔子が二人いる理由」を考える。

なぜ牧之原翔子が二人いるのか、考察その1



翔子が二人いるのと、過去や未来を行ったり来たりするのは、異なる現象である。
(翔子は思春期症候群を同時に二つ発現していたと考えて構わない)

「中学生の翔子」は、「小学生の翔子がシミュレーションした、3年後の自分」。
「大学生の翔子」は、「中学生の翔子の6年後」であり、その世界線での彼女の確定した未来である。
(中学生の翔子がシミュレーションしたわけではない)

大学生の翔子と中学生の翔子と同時に存在しているのは、小学生の翔子の思春期症候群による現象である。
イメージとしては、ロジカルウィッチ・双葉理央に発現した「分離」と同じ性質のもの。
双葉理央流・トンデモ特殊相対性理論によると、こういうことになるようである。

「大人になることを拒んだ翔子ちゃんは、自分の時計の針をいつも必死に止めようとしていたんだと思う。
 その結果、彼女の見る世界は本当にゆっくりになって、すべてがスローモーションで動くようになっていたとしたら。
 その世界のことを、大人になりたい翔子ちゃんや私たちがいるこの世界から見た場合――相対的にどうなると思う?」


オトナ翔子の存在を、作中ではイメージしやすく「未来からやってきた」と描写していたが、厳密に言えば少し違う。オトナ翔子は決してタイムスリップして来たわけではないからだ。
オトナ翔子は、残された時間が減っていくことを恐れる小学生の翔子が無意識下で生み出した、「時間を使わずにオトナになった自分」である。
そのため、中学生の翔子(=未来シミュレーション中の小学生の翔子)は、大学生の自分の存在を知らないし、彼女がどういう意図を持っているのかも知らないのである。

「高校生になりたい、大学生になりたい、大人になりたい――ここにいる私は、そんな風に思いながら生きている、小さな私が思い描いた夢の姿なんだと思います」


5つの世界線



世界線を何度も移動するせいで混乱しがちだけれど、この作品にも今がどの世界線なのかわかるアイテム「ダイバージェンス・メーター」が存在する。
それが、中学生翔子ちゃんの持っている「将来のスケジュール」である。

世界線A:3年前~12月24日(咲太死亡エンド)

<将来のスケジュール>
 ・現在
 ・小学校を卒業
 ・中学校を卒業


中学校を卒業するまで生きていられるかわからない「小学生の翔子」によって行われている未来シミュレーション、パターンその1。
TV版全13話も、この世界線での出来事。

この世界の原点は、12月9日。
咲太に入院していることを知られた翔子が、「三大好きな言葉」を教えてもらうイベントが、すべてのきっかけである。

「ある人が言ってたよ、「ありがとう」と「がんばったね」と「大好き」が、三大好きな言葉だってさ。
 だから、牧之原さんはもっと甘えていいと思うよ」


この「ある人」は、牧之原翔子ではない。
高校生の翔子が中学生の咲太にこの話をしていた過去回想が入っているせいで、まるでオトナ翔子から聞いた話を中学生の翔子に伝えたように見えるが、それはミスリードである。

中学生の翔子は、この話を聞かせてもらったことをきっかけに、「優しい人」になろうと決意する。
このとき、オトナ翔子が中学生の咲太にこの話をする過去が「作られた」のだ。

この未来では、咲太と麻衣はイルミネーションを見に行く途中で事故に遭う。
結果、咲太は死亡し、翔子は生存する。
この未来を変えるべく「オトナの翔子」が行動を重ねるにつれ、「将来のスケジュール」が埋まっていった。

<将来のスケジュール>
 ・現在
 ・小学校を卒業
 ・中学校を卒業
 ・海の見える高校に入学!
 ・運命の男の子との出会い
 ・元気に高校を卒業!
 ・大学に入学
 ・運命の男の子と再会
 ・思い切って告白
 ・クリスマスイブに大事なデートの約束をする


世界線X:12月24日~28日(麻衣死亡エンド)


世界線Aの12月24日、ICUに入りながらも必死で生きようとする翔子の姿に心変わりした咲太が、翔子を選び、自分を犠牲にしようとした未来。
結果的には、咲太を諦めきれなかった麻衣が犠牲になり、翔子は生存する。

しかし、これは究極の二択を選びきれなかった咲太が「思春期症候群」によってシミュレーションした未来だった。
この世界線は「小学生の翔子」にとってイレギュラーではあったが、結局は未来シミュレーションの一貫。
「オトナ翔子」の介入によって、シミュレーションは終了する。


世界線B:12月24日~12月31日(翔子死亡エンド)


世界線Xから世界線Aへ戻った咲太が、自分を助けることで、誰も事故に遭わなくなる未来。
この世界線でなら咲太と麻衣が幸せになれることがわかった「小学生の翔子」が、シミュレーションを終えて確定させようとした未来。

事故直後(この世界線に入った瞬間)にオトナ翔子の姿が消えたことから、翔子はドナーが見つからずに病死すると思われる。
自分の未来を諦めたことで、彼女の「将来のスケジュール」は白紙になる。

<将来のスケジュール>
 ・現在
 ・小学校を卒業
 ・中学校を卒業
 ・海の見える高校に入学!
 ・運命の男の子との出会い
 ・元気に高校を卒業!
 ・大学に入学
 ・運命の男の子と再会
 ・思い切って告白
 ・クリスマスイブに大事なデートの約束をする


世界線C:12月31日


「未来シミュレーション」を終わらせた「小学生の翔子」は、咲太と麻衣の幸せのため、自分の死を受け入れる。
中学生で死んでしまう未来には「オトナの翔子」は存在しない。それは「オトナの翔子」を生み出していた思春期症候群が治ったことを意味する。
それと同時に、すべての世界線での「オトナの翔子」の記憶が「小学生の翔子」に引き継がれ、その成長した未来としての「中学生の翔子」も、その記憶を持つようになる。

自分の存在が咲太を悲しませる原因になっていたと思った翔子が、咲太と麻衣の未来を祈りながら、咲太と出会わない世界線へと歩むことを決意した未来。

<将来のスケジュール>
 「ありがとう」「がんばったね」「大好き」を大切にして生きていく
 いつか、やさしい人になりたいです


世界線D:グランドエンド


翔子が咲太と出会わなかった未来。

咲太は、翔子と出会った世界線を「夢」に見た影響で、峰ヶ原高校に入学。数々の「おかしな出来事」に巻き込まれながらも、麻衣と結ばれる。
麻衣は、ドナーを待つ少女をテーマにした映画を、不思議な使命感を持って熱演。その映画は世間に大きな影響を与える。
ドナー活動が活発になった結果、翔子にもドナーが見つかり、移植手術を受けた彼女は、七里ヶ浜で咲太と再会する。

<将来のスケジュール>
 ・現在
 ・小学校を卒業
 ・中学校を卒業
 ・高校へ入学したら やりたいことを見つける
  (あたらしいことをはじめる!)
 ・大学生になったら 世界中を見て回りたいです
 ・暑いときは北のほうへ行って 寒くなったら南の島へ行って…
 ・そんな風に私は 人生をおうかしたいと思います!


シナリオレビュー



「誰か」になろうとした少女:牧之原翔子


誰か
誰か
誰かたすけて
アニメ「彼女と彼女の猫」より


重い病を患い、未来を恐れながら、それでも未来を切望していた少女。
心のなかで、彼女は何度助けを求めたことだろう。
しかし、猫を飼いたいなどという些細な希望すら口に出せない彼女が、そんな泣き言を言うはずもなかった。

それなのに、彼女にはいるはずのなかった「誰か」が現れる。
優しくなれる方法を教えてくれた人。
不安でいっぱいのときに、毎日お見舞いに来てくれる人。
「ありがとう」と「がんばったね」と「大好き」を伝えたい人。
そして、気がついた時には、彼女は本当に助けられていたのだ。その人の未来を引き換えにして。

私はなぜ生きているのか?
彼女には、その答えがはっきりとわかっていた。

「私の人生にも、決して大きな夢や希望はありませんでした。それでも、私は自分の人生に意味を見つけられました。
 私はね、咲太くん――人生って、優しくなるためにあるんだと思っています」
アニメ「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」12話より


なぜ牧之原翔子が二人いるのか、考察その2



「オトナの翔子」が現れる理由。その原点に立ち返ると、彼女は必ず「咲太を助けるため」に登場する。
妹の花楓を助けられなかった無力感に打ちひしがれていたとき。
妹のかえでが消えてしまい、再び絶望に囚われたとき。
そして、今回現れたのは、咲太が死ぬ未来を変えるためだ。

かえでがいなくなってしまったとき、仕事のせいで自分が咲太を支えられなかったことについて、麻衣はこう心情を吐露していた。

「咲太に誰かの支えが必要だったのはちゃんとわかってた。それが私じゃなかったのが、ちょっとショックだったの」
アニメ「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」13話より


オトナの翔子が生まれたのは、小さな翔子が未来を恐れていたからではない。
咲太の「誰か」になるために生まれたのだ。

逃げない自己犠牲



咲太に幸せになってほしいから、自分を犠牲にしようとする翔子。
翔子の努力を無駄にしたくないから、自分を犠牲にしようとする咲太。
咲太のいない未来が耐えられないから、自分を犠牲にしようとする麻衣。

これらの自己犠牲は確かに優しさではあるが、「逃げ」でもある。
大切な人を傷つけたくないから、自分を犠牲にして終わりにしようとする。
その生き方は優しいけれど、強くはない。

「本当に優しいなら、本当に同情があるなら、本当に好きなら、本当に愛があるなら……しっかり私を傷つけることができるはずだわ」
ゲーム「はるまで、くるる。」静夏ルートより


けれど、翔子の最後の選択は違う。
すべてをやり直し、運命の人と出会わないという「自己犠牲」を貫こうとすると同時に、あるかどうかもわからない未来に、自分の力だけで立ち向かうことも決意するのだ。
彼女の生き方は、優しくて、そして強い。

同じ意味で、麻衣も強い女の子だった。
彼女は本当に優しくて、本当に咲太が好きで、本当に愛していたのだ。最初から翔子を犠牲にして、自分を選んでほしいと言っていたのだから。

「だから一緒に背負う。翔子ちゃんの命を。だから、生きることを背負うから――お願いだからずっとこのまま一緒にいて! クリスマスが終わるまで私のそばにいて……! 電車に乗って行けるところまで行ってよ!」


結局、強くなれなかったのは咲太だけだった。
けれど、皆が強く生きられたのも、咲太の優しさに違いない。
それもまたヒーローの条件なのかもしれない。

総評



今作は、翔子のエピソードでもあると同時に、咲太のエピソードでもあった。
TV版での咲太は(おるすばん妹を除き)ヒロインたちの抱えた問題を解決していくヒーローだったけれど、自分を取り巻く問題を解決しようとあがく今回の咲太は、ヒーローではなかった。
スレつつもカッコいい咲太を気に入っていたので、それは少し残念。

替わりに、麻衣さんの株が急上昇。
本当に、私たちが思っているよりもずっと咲太を好きだった麻衣さんの強さには、感動しました。
逃避行に誘ってくるシーンね!

欠点は、SF要素がわかりづらい点。
解説してくれるのが双葉しかおらず、その双葉が今回のエピソードの全体像を把握していないので、適切な解説がされないのはしょうがないのかもしれないけど。
ただ、それにしても、ナンチャッテ特殊相対性理論で語る「未来にたどり着いた」の解説は、すごくイメージしづらい。
「オトナ翔子は過去に戻らない」「オトナ翔子は他の世界線に移動しない」の縛りでタイムラインを作るの、ものすごく大変でした!
せっかく世界線をわかりやすくするアイテム「将来のスケジュール」があるのだから、もっとわかりやすい形で使ってほしかった。

あと、TV版ではぜんぜんスポットが当たっていなかった、梓川花楓の「おるすばん妹」のエピローグになってたりするかも……という期待もあったのだけれど、相変わらず妹ちゃんはお兄ちゃんに対してフラットな妹ちゃんでした。残念

私の評価は、★3・良作評価。
もし、この作品での「運命づけられた死を回避するために、主人公たちが足掻く」というストーリーに惹かれたなら、「シュタインズ・ゲート」がオススメ。
「運命の人の幸せのため、過去を変える決意を秘めた翔子さん」に惹かれたなら、「輪るピングドラム」がオススメです。
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