体をくねらせて滑らかに這うヘビの驚くべき秘密が明らかになった。ウロコの表面が極めて薄い潤滑油でコーティングされていたのだ。
この発見は、12月9日付の「Journal of the Royal Society Interface」誌で発表された。研究論文によると、コーティングの厚さはわずか数ナノメートルで、人間の髪の毛の直径の数万分の1しかないという。ヘビの不気味な滑らかさを見事に解明しただけでなく、新しい工業用潤滑剤やコーティング剤のヒントとなり、ヘビ型ロボットのデザイン改良にもつながると期待される。
米アトランタ動物園の爬虫類・両生類学者であるジョー・メンデルソン氏は、「田舎のお祭りで、油を塗ってぬるぬるにしたブタを捕まえるコンテストがあるでしょう? この研究は、それと同じようにヘビが自分の体に油を塗っていると言っているのです」と説明する。なお、メンデルソン氏は今回の研究には参加していない。
油にまみれたぬるぬるのヘビという考え自体も面白いが、今回の発見は、ヘビが体をくねらせてさまざまな場所を移動できる理由との関係でも重要だ。なにしろヘビは、足もないのに木に登り、灼熱の砂漠を走り、泳ぎ、木から木へ「飛び移る」こともできるのだ。(参考記事:「UFOのように飛ぶトビヘビ」、「ヘビの木登りは「安全第一」))
何百万年におよぶ進化の結果、ヘビの体のいちばん外側のウロコがこれほど優れたものになっていなければ、驚くべき動作のどれ1つとしてできなかったはずだ。
ヘビのウロコには、一目瞭然であるにもかかわらず、長年説明がつかなかった特徴がある。腹側のウロコは、背側のウロコに比べてはるかにすべすべで滑らかなのだ。
障害物につっかえないようにする必要があることを考えれば、進むために必要な最低限の「足がかり」があるとはいえ、腹側のウロコがすべすべで滑らかなのはさして不思議なことではない。
けれども、科学者が高解像度顕微鏡で調べてみても、腹側のウロコと背側のウロコの構造に違いはなかった。ということは、何らかの物質がウロコの表面をコーティングして滑りやすくしていることになる。それはどんな物質だろう?
極薄のコーティング
米オレゴン州立大学の化学工学者ジョー・バイオ氏は、ドイツのマックス・プランク高分子研究所のトビアス・ヴァイドナー氏との共同研究チームを率いて、カリフォルニアキングヘビ(Lampropeltis californiae)の脱皮殻を念入りに調べた。
彼らはヘビの皮の表面のすみずみまでレーザーを照射して、ウロコの表面分子がレーザー光線をどのように反射・散乱するかを調べた。この技術は通常、マイクロエレクトロニクス部品の検査に用いるものだ。
「ふつうならこんなことはしません」とバイオ氏は言う。「私たちがヘビのウロコを持ち込むのを見た物理学者たちは、『いったい何をするつもりなんだ?』と内心で思ったことでしょう」
観察の結果を他のテストの結果と組み合わせたところ、極薄の脂質(生体内で脂肪の形で存在する炭化水素鎖)の層がヘビのウロコをコーティングしていることが明らかになった。(参考記事:「ガラガラヘビの動き、ロボットに応用へ」)
さらに、キングヘビは腹側と背側で別々の潤滑油を使っているようだった。ヘビの腹側のウロコをコーティングする脂質は、背側よりはるかに滑らかで整然とした層を作っている。研究チームによると、プロの技術者にもこれほど巧妙なコーティングはできないという。
気づかれなかった理由
ヘビたちは昔から体に油を塗っていたのに、人間はなぜ気づかなかったのだろう?
ナメクジが潤滑剤を分泌して通り道を滑らかにし、濡れた跡を残していくのとは違い、ヘビの潤滑油はウロコの表面からはがれず、耐久性のある滑らかな層を作っている。この層は、私たちの関節の動きを滑らかに保つ構造によく似ている。
ヘビの潤滑油はぬぐい取ることができないため、ヘビを扱う人々もこの油の存在に気づかなかった。
カリフォルニアキングヘビは、ほかのヘビと特に違ったところはないため、研究チームは、ほかの多くの種類のヘビにも同じことが言えるかもしれないと考えている。
バイオ氏によると、ヘビの種類によって潤滑油の成分は違っているかもしれないという。
研究チームは、人工材料にも同じようなコーティングをする可能性に期待している。(参考記事:「 自然に学ぶ設計思想 バイオミメティクス」)
例えば、研究室で同じような潤滑剤を作ることができれば、レスキューロボットをもっと活躍させることができ、次世代の塗料の改良にも役立つだろう。(参考記事:「生きものの「巧妙な体」をロボットに活かす」)
「自然は長い歳月をかけてこのしくみを作り出しました」とヴァイドナー氏。「私たちは、その小さな秘密を解き明かしていきたいのです」