新聞休刊日の謎、あるいは非情緒的な村上春樹の疑問

 Twitter で「新聞休刊日が全紙同日休刊なのは妙だ。談合でないか」という趣旨のツイートをしたところ、かなり多くの方からコメントをいただきました。そんなに世間で関心の高い話題だとは思わなかったので、意外に思いましたが、よく考えれば身近な割に、それだけ不思議なところの多い現象なのかもしれません。

 さて、全紙が同日休刊である理由として、頂いたものの中で一番多かったのが、「複数の新聞社を取り扱っている販売店の配達員が休むため」というものでした。しかしこれは少し考えれば分かりますが、理由になっていない。配達員はシフト組んでローテーションで休めば別に同日休刊である必要はないからです。「おい A、お前今度の朝日の休刊日は悪いけど出てくれ。B を休ませるから。その代わり来週の読売の休刊日は休んでいいぞ」。実際、年中無休のコンビニやスーパーは、そういう風に当番を回している。コンビニやスーパーに出来て新聞に出来ないとしたら、それはむしろ経営努力が足りないのではないかと疑った方がいい。

 これ以外にも「販売店の機械を止めるため」とか「休刊日に部屋の模様替えをするため」という迷答もいただきました。別に輪転機が販売店に置いてあるわけではないし、何かのサーバでも置いてあるのだろうか? 休刊日ごとに販売店の人が内装を替えているというのは、ちょっと牧歌的な光景で笑みが漏れますが、これも真面目に取り上げるに値するとは思えない。

 さらに突っ込んだことを言うと、実はそもそも休刊日なんてものが必要なのかどうかも疑わしい。というのも、どうやらこれは日本にだけ見られる特有の制度のようだからです。作家の村上春樹氏がエッセイでこの問題を取り上げていますが、氏は米国では新聞休刊日を見たことがないという。

ところであの新聞休刊日というのはいったい何なんだろう? もちろん僕としては、新聞がたまに休刊したってかまわない。新聞配達の人を休ませてあげたいというのなら、休ませてあげればいい。そういう理由で新聞を休刊する国は、僕の知る限りでは日本以外にひとつもないけれど(ちなみに僕のとったいくつかのアメリカの新聞はどれも一年 365 日無休だった。どうしてでしょうね?)。
(『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』p.50)

 さて、どうしてでしょうね。米国にはなくて日本に休刊日が必要は理由は。氏はさらに、全国紙が同日に一斉に休むのはおかしい、消費者のことを考えていない、と続けます。

まったく小学生の風邪ひきじゃあるまいし、なんでみんな同じ日に仲良く休まなくちゃならないんだ。月曜日は読売が休んで、火曜日は毎日が、水曜日は朝日が休んで……、というのでいいではないですか。三越が休みなら松屋で買い物ができるという具合に。それがまっとうな自由競争であり、公正なサービスというものだと思うのだけど。これじゃ談合と言われてもしかたないだろう。

 私としては、我が意を得たり、という意見で全面賛成です。この文章を書いた後、村上氏はあちこちから批判や「忠告」を受けたそうです。しかし、氏はひるまない。むしろさらに批判の筆鋒を鋭くします。

「新聞少年をたまには休ませてあげるために」という多分にきれいごと的な理由をくっつけたかたちで(つまり情緒的に反論を排除するかたちで)、ことが運ばれているところに、僕はいささか胡散臭いものを感じないでもない。だって外国では実際に休みなしで新聞が毎日配達されているし、あっちの人が年中無休で仕事をしているとは僕にはちょっと思えない。だとしたら、日本の宅配システムのどこかに、ただすべき歪みがあるのではないか。それをただすことをあとまわしにして、「新聞少年が……」「販売店が……」という問題に置きかえて、みんなでしめしあわせるようなかっこうで(それは料金値上げの時だって同じですよね)、消費者だけに一方的に犠牲を強いるというのは、やはり筋違いではあるまいか。

 誰もが納得しそうな情緒的な言葉の裏には、何かよほど見せたくないものが隠されているのだ ―― この直観は、大人の意地悪い見方なのかもしれない。「配達員が休むために休刊日は必要なんです」と言う人たちの多くは、きっと善意からこの言葉を発しているのでしょう。でも、こうした情緒的な言葉がしばしば不都合を隠蔽するために使われるのも事実です。休刊日が必要であると考える人たちは、村上氏の非情緒的な疑問に対して、非情緒的に答えることが出来るでしょうか?

 というか、休刊日の問題を調べるために久々に彼の『朝日堂』を読んだのですが、村上氏って意外に(?)経済的にはドライな考えの持ち主だったんですね。上記の市場原理に拠って立つ歯切れのいい立論なんて、小泉元首相というか、新自由主義者のそれを髣髴とさせます。最近の反原発に対する情緒的な言葉を発する同氏とは、大分距離がある印象です。