魅惑の会話劇『子供はわかってあげない』
登場人物がみんなしゃべりっぱなし。しかもこれが楽しい楽しい。
●田島列島『子供はわかってあげない』上下巻(2014年講談社、各630円+税、amazon)
タイトルはもちろんトリュフォーの映画「大人は判ってくれない」のもじり。
マンガというのは小さな物語の集積からできている。これに気づいたのは比較的最近のことです。かつては自分もよくわかってなかった。ひとつひとつの小さな物語、それぞれのシーンをいかにしておもしろく見せるか。
それはハデなアクションかもしれません。登場人物のキザな身ぶりとセリフかもしれません。しかし本書では、登場人物のダイアログ。モノローグじゃなくて会話。これがどれもこれもすげー。本書では勢いのあるダイアログこそ、物語を牽引する力です。
主人公は高校二年、水泳部のサクタさん(♀)。(1)サクタさんが生き別れの父を捜す話。(2)新興宗教団体での現金盗難事件。(3)サクタさんと書道部のモジくんの恋バナ。この三つの物語が同時進行します。
(2)のミステリ趣向もおもしろい。(1)はなかなか感動的。(3)はあまりに甘酸っぱくて読者が身もだえしてしまう。しかしそれぞれのシーンで、登場人物たちがかわす会話がもう、楽しくて楽しくて。
マンガでは登場人物が何もしゃべらないシーンが存在します。それはそれで必要。本書にもあります。
しかしそれ以上に本書の登場人物たちは饒舌。しかも彼らの会話がすばらしい。以下引用。だれがしゃべってるかはあえて書きません。
「先生さよならー」
「ハイさよなら」
「さよ おなら」
「先生 セミのぬけがらあげる」
「あーありがと」
「先生 セミのぬけがら食ったことある!?」
「ないよ……?」
「大人になったら食べていいんだって」
「俺はまだ16だから…」
「なんだー」
「サクタさん 何してんの…?」
「え 気づいてたの」
「視界のスミに入ってたよ」
「DVD返しに来たんだよ」
「スゴイねもじくん 先生出来んだ」
「人は教わったことなら教えられるんだよ」
「ずっとやってんの先生? 夏休みだけ?」
「じーちゃんが夏バテでダウンしたんでその間だけ」
「暑いから中入りな」
「じゃ臨時の先生なんだ」
「そーだよ悲しいだろ」
「なんで悲しいのさ」
「俺がどんなにHP削ってもあいつらは大人になったら ぼーくのこと忘れてしーまうだろ♪ と思ったらさ 悲しいな♪っと」
「手伝おうかー?」
「いい いい 大丈夫」
「…そーだね」
「忘れちゃうんだろうねえ」
「でも もしもじせんせーのこと忘れても もじせんせーから教わったことを忘れない子はいるんじゃないの したらその子の書く字にもじくんが残るじゃん」
以下会話はえんえんと続きます。
漫才のようなおちゃらけた会話の中に挟み込まれた含蓄ある言葉。さらさら読めるようでひっかかってしようがありません。
マンガはストーリー、キャラクター、絵だけじゃないんだ。それ以外にも、これほどダイアログで楽しめる作品があろうとは。
ステキなダイアログは、キャラクターの魅力を引き立てる。エピソードを輝かせる。それもあって本書は傑作となりました。
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