ライオンブックスのうしおそうじ
こういう本が発売されております。
●手塚治虫『おもしろブック版ライオンブックス』1巻(2008年小学館クリエイティブ、3600円+税、amazon、bk1)
「おもしろブック版ライオンブックス」とは何か。ここは手塚自身の文章から引用してみましょう。
S社の編集長のN氏は、早大文学部出身者のサルトル信者で、骨の太い編集方針を打ち出して誰からも尊敬されていた。このN氏が、あるとき、ぼくに、手塚ワンマン劇場みたいなものを月刊誌の別冊に毎月つけたらどうかと思うが、描く気はあるかと、訊いてきた。もちろん、ぼくは、ファイトを燃やし、ライオン・ブックスと銘打って読み切り漫画を毎月三十ページ前後ずつ描いた。(手塚治虫『ぼくはマンガ家』)
ライオンブックスは1956年から1957年にかけて、集英社の月刊誌「おもしろブック」の別冊付録として描かれた、本格SF短編マンガのシリーズです。
戦後日本SFというものが、まだ存在しない時代であります。早川書房「S-Fマガジン」の創刊はさらに後の1960年。戦前の海野十三以後、星新一・小松左京・筒井康隆らが登場するまで、日本SFを担っていたのはマンガ、なかでも手塚治虫でした。
その手塚が本格的SFをめざして描いたシリーズだったのですが、これがまったくウケなかったらしい。
まだろくに読者もいないSFものなどを毎月描いたのでは、一般の子供は敬遠してとびつかないのも当然といえよう。「緑の猫」「白骨船長」「狂った国境」「複眼魔人」「くろい宇宙線」といったSF短編は、ほとんど話題にもならず忘れられていった。(手塚前掲書)
ただし、のちにSF関係者から再評価されることで一般にも有名になりました。これこそ戦後日本SFのルーツであると。
手塚の文章に出てくるS社のN氏というのは、長野規のことです。長野が「少年ジャンプ」初代編集長になったとき、1971年よりジャンプ誌上で同じ「ライオンブックス」という名のシリーズを手塚治虫に描かせています。今はこちらのほうが有名かな。ふたりにとってリターンマッチのつもりだったのでしょう。
「おもしろブック版ライオンブックス」は全部で12冊ありますが、前後編が2作ありますので、全10作。ところが講談社全集版でも9作しか読めなくて、「双生児殺人事件」は欠落しています。実はこの作品、他人の手がずいぶんはいってて、しかもストーリーが破綻しているという珍作のようです。
この「双生児殺人事件」も、四月末に発売される2巻のほうに収録されるようなので、楽しみに待ちます。
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さて、今回の小学館クリエイティブ版1巻は一冊本じゃありません。筺の中にB5判の薄い別冊付録が六冊と、野口文雄による解説の小冊子が一冊。文字どおりの「復刻」ですね。ただし、おそらく紙だけは当時よりいいものを使ってるはず。
今回の第1巻、わたし読んでみてすごくびっくりかつ、うれしかったことがありまして。このライオンブックスという別冊付録、手塚治虫だけが描いてるのじゃなくて、巻末には、うしおそうじの長編マンガ「少年忠臣蔵」が連載されてるじゃないですか。
それぞれは5~9ページの短いものですが、六冊中、五冊にはうしおそうじも描いてます。この忠臣蔵、英一蝶と宝井其角の再会からお話が始まるという、堂々たる風格を持った作品です。しかも鳥瞰の江戸風景とかが見開きで描かれてて、いや、うしおそうじの絵、うまいなあ。すごくもうけた気分。
手塚のほうもうしおそうじを気にしていたはずです。「宇宙空港」の主人公の名は「鳴戸潮(なるとうしお)」ですが、これやっぱ、うしおそうじが頭にあったのじゃないかしら。
「緑の猫」のオリジナル版にも、
「換気屋です かべのうしろに装置をとりつけやす」「よし はいれ」
「なんだ あいつァ」「うしおそうじがどうとかいってた」
「うしろにそうち→うしおそうじ」というわかりにくいギャグがあります。のちの版ではこのセリフ、変更されてしまいました。
うしおそうじと手塚治虫の濃密な友人関係は、うしおそうじ『手塚治虫とボク』(2007年草思社)にも書かれていました。この本によりますと、
集英社の長野規の構想にのって大型付録『ライオンブックス』に、巻頭手塚治虫の一話完結の力作に次いで、『少年忠臣蔵』を一年ぐらい掲載したりした。
ということです。だとすると、2巻でもうしおそうじが読めるのかなあ。そうだといいなあ。
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Comments
今年は手塚治虫生誕80周年の年で、その記念イベントとしてさまざまな書籍が出版されています。この「ライオンブックス」もそのひとつとして出版されました。単行本になるたびに描き替えのある手塚作品ですが、発表当時のままで読めることは、ファンとしてはこのうえない喜びです。
Posted by: けいらく | June 14, 2008 03:35 PM
はじめまして。情報ありがとうございます。
晩年の長野さんのお宅にお邪魔していた頃、
「編集者当時の仕事で、今も持っているのはこのライオンブックスだけだよ」と
付録を見せていただいたことを思い出しました。
集英社を勇退されてからは、基本的にマンガ編集者だったことはあまり語られず
(どちらかというと避けようとされているようにも思えました)、詩人としての道をお進みだった長野さんですが、
この仕事については嬉しそうにお話くださいました。
Posted by: 星まこと | April 04, 2008 11:39 PM
こんにちは。また有益な情報をありがとうございます。私はライオンブックスをリアルタイムでよみました(へっへ)。
最近まちがってゴミに出してしまったので呆然(悄然、死に体然・ウ・ウ)としていましたが、復刻されているのなら買います。
うしおそうじの忠臣蔵をみなさん楽しみにしていらっしゃるのを、興味深くうかがいました。
このころは、小説や映画、ラジオドラマの名作がつぎつぎマンガにされていたころです。うしお忠臣蔵の一部しか知りませんが、徳川幕府は大名小名を取りつぶして幕府の台所の帳尻をあわせていたのであって、浅野はその犠牲になったのだという解説が子供マンガにしてはうがっていました。老中松平イズノカミだったかが悪役ででてきたんじゃないでしょうか。
匠ノカミの刃傷のしらせが何日もかかって、国表にとどきますが、現代ならどうか、特急こだま(新幹線にあらず)で何時間、いやそれどころか飛行機がある、羽田空港から伊丹まで何時間、それから「ハイヤー」を飛ばして合計何時間で到着するといった絵解きがあって、鉢巻をした使者が自動車に乗り込む絵があったような気がします。今から思えば斬新でした。
ライオンブックスは手塚治虫の生涯のピークの仕事ですから、読んで損はありません。ただ、10作のうち、すぐれた作品は全集に載っているでしょう。晩年の作者が書き直したのでなく、発表当時のタッチが見られるので、興趣が深いと思います。
これが当時受けなかったというのは信じられませんね。ワタシなんかタマシイが震撼された口ですから。
いまは500円のDVDで昔の名作映画がみられるようになりました。すると黒澤の「天国と地獄」とワイラーの「探偵物語」との間に、また、「天国と地獄」とハワード・ホークスの「コンドル」との間に類似点が見出されるような気がいたします。
マンガについても事情がよく似ていて、昔のマンガと今のマンガをくらべて、いっぱしのマンガ評論家を気取ることも難しくありません。こんな時代がこようとは、思いもしませんでした。
「双生児(ふたご)殺人事件」には下田警部がでてきます。舞台は「トワキ荘アパート」です。主人公は「恐怖山脈」と同一人物です。そのほかはあまり期待しないほうがいい(ごめんなさい)。
私の好きなのは「来るべき人類」「黒い宇宙線」「白骨船長」「複眼魔人」前後篇です。「宇宙空港」とその続編は発表当時の絵とストーリーに興味があります。
Posted by: しんご | April 02, 2008 06:05 PM
情報ありがとうございました。
今日三宮のジュンクにいって買ってきました。
ライオンブックスだけだと思って買う気がなかったのです。
まさか、うしおそうじのマンガが載っているなんて思ってもいませんでした。
ありがとうございました。
ついでに報告。
「描きかえられた鉄腕アトム」も同時購入。
これでようやく連載版鉄腕アトムが出そうな雰囲気になってきました。出るといいのだがなあ?
Posted by: コウスケ | March 31, 2008 11:54 AM