数学はプロセスが9割
痛いニュース(ノ∀`):答は合ってるのに×。先生どうして?「数学で大切なのはプロセスだ。答なんてただの数字でしかない」
これについて「先を読む頭脳」に非常に良い問題があったので引用してみる。
いま、「0→2」、「5←2」という関係が成り立っています。
このとき、「0□5」の□には、←か→のどちらが入るか答えなさい。
この問題は、矢印が数の大小関係をあらわしているとすれば→となる。しかし、数字を指の数としてジャンケン勝敗表として考えれば答えは←となる。ここで言いたいことは、どちらが正解ということではなく、事柄を「理解」するということは、表現されているモノを自分が持っている知識に対応させて、その基準で考えていかないとなしえないということだ。
私は数学しかできなかった人間なので(大学もセンター+数学一科目入試)この考え方が数学の考え方なのかすべての科目に当てはまるものなのかはわからないが、人は、ある事柄を「理解」するときその事柄を自分が既に持っている知識に照らして何らかのマッチングを取って「解釈」するものだと思っている。だから、テストというものは「答えを出す」ものではなく、与えられた問題から自分の知識から最適な情報を取り出しそれをいかに当てはめることができるかだと思っている。この問題はあの公式を当てはめればいいんだと気づいたら8割がた正解で、あとの2割は計算力で正解を算出するだけだ。
答えだけを知りたければググればいい。インターネットという膨大なデータベースから、Googleの素晴らしいアルゴリズムが与えられた条件に従い最適な情報を見つけてきてくれる。しかし、人間の頭脳はそんな検索はできない。知識というデータベースをどのように構築するか、与えられた問題を解決するために必要な知識をどのように取り出すか、取り出した知識をどのように使うか、…こんなことまで考えている人はいないだろうけど、きっとそんなことだと思う。
先の問題も、答えには何の意味はない。問題と自分の知識とをどのようにして結び付けたか、上記の例でいうGoogleのアルゴリズムの部分を精錬していくことが、数学のおもしろいところの一つだと思う。数学の考え方とは、インターネットにおけるGoogleのアルゴリズムみたいなものとまで言うのはちょっと大げさかもしれないが。
そういえば、私もサイト論を書いてきた中でいくつか質問を出してきた。そしてすべてにおいて、その質問に答えることよりも、答えるときに何を考えたかが大事だと言い続けてきた。元記事でいう「数学で大切なのはプロセスだ。答なんてただの数字でしかない」という考え方が染み付いてしまった私には、人が作った問題はすべてその意図を汲み取る癖がついてしまったのかもしれない。それを生徒に伝えるにはどうしたらよいか。生徒に問題を作らせることも、一つの答えになるのではないかと私は思う。
<まとめ>
問題を見たら、まず解いてみる。
次に、出題者はどうしてその問題を出したか考えてみる。
最後に、自分は何を考えてその問題を解いたのか思い返してみよう。
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コメント
理解とは、「ある条件のもとに成り立つ」という風に解釈することでしょうか。例えば、地球上でりんごは落ちる。宇宙でりんごは落ちない。条件により物事に変化が起こる。それを区別することが、私は理解することだと考えています。
投稿: rihaku | 2006.11.02 02:59