さようなら、ナッツ
今日の未明、愛犬「ナッツ」が息を引き取りました。今月1日に15歳になったばかりでした。2001年10月にわが家に来たので11年半、一緒に暮らしたことになります。私は根っからの動物好きではありませんが、結婚生活16年のううち11年半ですので、家族を失ったような気がします。
今月の1日から7日まで、妻と娘は実家のある千葉に帰省をしていて、練成会の運営の合間を縫って、朝晩、散歩をしました。(老犬なので1回の散歩は5分もすれば充分)練成会中はスピーカーを入れていましたので、起床放送から就寝放送まで全部聞いていたので、聞いた真理の言葉は相当の量になります。(家族は練成会があるとスピーカーで聞いていますので、10ヶ月間、聞いていました)
そもそも、練成道場の寮でペットを飼うことは禁止されていますが、老犬でもあり、引き取ってくれる人もいないため、特別に許可を頂いて飼っていました。家内と娘の留守中(2日か3日)ナッツの夢を見ました。私がナッツを抱いて、指の爪を切っている夢です。とても嬉しそうにしていました。私がナッツの夢を見ることはとても珍しいことですので不思議な感じがしました。
妻が不在の間、メールのやりとりをしましたが、私は意識していなかったのですが、メールの中でナッツのことに触れていることがいつもより多かった、と妻は話していました。妻の不在中、ナッツはずっと元気でしたし、食欲も旺盛で、うんこもしっかりとしていましたから、特に気にかかることはなかったのですが、今思えば、私の潜在意識は、分かっていたのではないかと思います。
恐らく、ナッツの「念」は夢に出てきた時点で霊界に昇っていて、妻と娘が帰ってくるのを待ってくれていたのではないかと思います。また、練成中で忙しくしている私の手を煩わせないように配慮してくれたのだと思います。生前、元気ではありましたが、決して存在を主張せず、家族3人で話をしているときが一番幸せそうに、いびきをかいて寝ていることが多かった犬でしたから、3人が揃うのを待ってくれていたと思います。ちなみにナッツは、ハワイ駐在時はハワイに、そして今回も長崎に付いてきました。
9日は朝から調子が悪く、妻が獣医に連れて行ったら、肝臓の状態が相当悪いとのこと。前日まではほとんど自覚症状はなかったからとても驚きました。時間が経つにつれて呼吸が荒くなり、息をするのが大変そうで、食べ物も受け付けなくなりました。それでも娘がスプーンでご飯を口元に持っていくと少しは口にしましたが。娘が生まれて、病院から家に来た日には、家の中を走り回り、ワンワン吠えて大騒ぎして歓迎をしていたのを昨日のように思い出します。
夜になってぐったりとするようになり、今日(10日)の未明、午前3時頃、大好きだった家族3人の会話の中で静かに息を引き取りました。ちなみに4月10日は「無相円相一切相の神示」が天降った日。同神示は、「『死は無い』と言うのは肉体のことではない。現に肉体細胞は刻々死滅し流転(るてん)している。生き通しであるのは、斯くならしめている『生命』のみである。『生命』のみが吾れであり汝であり、そのほかに吾れも汝もないのである」などと、生命の不死について説かれている神示です。何か暗示的なものを感じます。
人が沢山来ると喜んで家の中を走り回って興奮してお客さんにおしっこをかけてしまったこと、誌友会の参加者に混じって座布団の上に座り、それに気付いた参加者が大笑いしたこと、ハワイに連れて行ったとき、移動や検査その他で丸1日ぶりに現地で会ったとき、目尻を下げて喜んでいたこと、たまに好物の卵掛けご飯をあげたとき、食べ終わってから尻尾を振ってお礼にきたこと……思い出は尽きませんが、家族の一員として過ごした日々に感謝して、霊界で幸せに暮らせるようにお祈りしたいと思います。
写真は今年1月、日向ぼっこをしているところを撮ったものです。
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