起業しました

タイトルの通りです。長いです。どんな会社なのかということにだけ興味があるかたは、下の方を見てください。

研究職をあきらめる理由

そもそも研究職に就きたいと思わなくなったので、「あきらめる」わけではないのですが。まあ、分かりやすさ優先で。

モチベーションが下がった

研究のモチベーションの低下が大きな理由です。厳密には論文を書くモチベーションがなくなりました。というより、最初からあったのか微妙ですが。これは修論を書いていていたころからそうです。修論を出した後、就職も考えましたが、もう少しモラトリアムを続けようと考えました。修論は初めて書いた論文なので苦労するのは当たり前です。調査や分析や議論など、論文を書くこと以外は楽しかったので、そこをクリアできればなんとかなるだろうと思いました。楽しくはなかったものの、書けないというわけでもありません。とりあえず博論さえ出してしまえば、あとはなんとかなるだろうとも考えていました。D1のころはこんな感じでした。

プログラミングがしたい

小学生ぐらいから断続的にプログラミングをしてきたものの、本格的にプログラムを書いたことはあまりありませんでした。高校生のころ、CGI全盛期だったので、Rubyで掲示板とかチャットとかを作った程度です。しかし、Rzパッケージを作ったことで、本格的なプログラムであっても複雑なことをしないといけないわけではない、ということを知りました。さらに、頼まれ仕事でAndroidアプリを作ったのですが、そのさいにJavaを勉強したことで、自分が作りたいものはたいてい作れそうだ、という自信がつきました。これがD2の話ですが、それを契機に研究職に就くにしろ付かないにしろプログラミングを生業にしようと考え始めました。

評価を受けるのが難しい

しかし、社会学者としてソフトウェアを作るというのは簡単ではありません。結論を先にいうと、どんなにすばらしいソフトウェアを作っても社会学者として正当な評価を受けることはできません。なぜならば、それを評価できる社会学者がいないからです。ソフトウェアにかぎらず、社会学のスキームで評価できることしか評価されないのです。学術界全般にいえることですが、学際的研究の難しさというのはここにあるのではないかと思います。ある意味当たり前なことでもあるのですが、私は率直に窮屈だと感じますし、私自身社会学からはみ出したことばかりやっているので、下記の苛烈な生存競争の中では不利になってしまいます。D3でこのあたりのことを真剣に考え、このまま惰性で進んでもうまくいかないだろうという結論に達しました。

学術界の将来性がない

日本の学術界は惨憺たる状況です。ポスドク問題点として認知されつつありますが、40代で非常勤講師のみというのも珍しくありません。ポストが空く/増えるペースよりポスドクが増えるペースの方が早いのです。当然の帰結として、年々繰り越しのポスドクが増えるわけで、安定したポストに就ける年齢は上昇していきます。年金の受給年齢引き上げに関して、そのうち平均寿命を超えるんじゃないかというブラックジョークがありますが、ポスドク問題はすでにそのレベルが現実的に差し迫っていると思います。
また、事業仕分けのさいの学振予算削減や非常勤講師の5年任期問題に際して、パーマネントのポストに就いている先生方のアクションがほとんどないことにも失望しました。もちろん、個々の先生を責める気はありません。まがりなりにも社会学を学んできた身ですから、学術界という社会に構造的問題があるのだということは理解しています。しかし、立場が高い人間が立場の低い人間を守らない/守れない社会が末期的であることは、社会学を学ばなくともわかります。
ちなみに優秀であれば業界の状況はさして障害になりません。上位10人とかそういうレベルの話ですが(適当ですが、社会学は規模が小さいので)。なので、自分が優秀であるという自信があるのであれば、業界がどんな状況かは関係なく、普通に努力していれば普通に就職できるでしょう。踏み越えていく屍が10人か100人かという差でしかありません。しかし、私は屍を踏み越えるのも屍になるのも嫌です。

普通に就職しない理由

ITベンチャーに就職しようかと考えていた時期もあったのですが、けっきょく止めました。

大阪には職がない

まあ、ないわけではないのですが、研究職をあきらめて就職するわけですから、研究職を目指すよりも良い選択肢でなければ意味がありません。少なくとも大阪には、そういう企業は見つかりませんでした。実はD3の前期にそういう企業を探したり実際に訪問したり人に相談したりということをしていたのですが、芳しい成果はありませんでした。ちなみに「そういう企業」がどんなのかというと、ざっくりいえば統計解析を「まともに」やってるところです。いくつかはあったのですが、その他の条件がいまいち、という感じでした。まあ、縁がなかったのでしょう。

大阪を出る気がない

出てどこに行くのかというと東京しかないわけですが。東京には、入ってみたいと思う企業もいろいろありますし、人脈もそれなりにあるのでうまくいけばどこかに潜り込めるかもしれません。しかし、私は仕事に衣食住を制限されたくありません。単なる私の価値観なので別にそれが正しいと思っているわけではありませんが。しかし、どこに住むかということは非常に重要なことだと思っています。その土地の知識や人脈は資本であると考えています。別の土地に引っ越せば、その資本のほとんどを捨てることになります。それほどのメリットが東京に行って就職することに見いだせませんでした。もっと単純で具体的なことをいえば、妻が地元企業に勤めているので、離れてどこかにいくという選択肢はそもそも最初から存在しません。それも資本のうちです。
もう一つの理由として、東京に行くと、私自身の価値が相対的に下がる、ということがあります。東京には優秀な人材が集結しているので当然です。データサイエンなんとかが盛り上がってますが、盛り上がれば盛り上がるほど競争は激しくなりますし、反対にいつまで続くブームかもわかりません。仕事中心の生活を送る気がないので、そういうのはちょっとしんどいです。

仕事より家庭優先

まず、妻が総合職でフルタイムで働いているので、私もフルタイムで働くと家庭が機能不全に陥ります(どちらがとはいいませんが家事スキルが低いので)。妻は定年まで働くと言っているので、収入的には私がそんなに稼ぐ必要はありません。なので、家庭優先でしっかり家事をしつつそれなりの収入が得られる働き方が理想です。そんなわがままを聞き入れてくれる企業はほとんどないですね。限定正社員がうまく回れるようになればそれもありかと思いますが、現時点では判断材料がありません。

起業しかなかった

こんなに長くなるとは思っていませんでしたが。ここまでの条件を勘案すると、起業以外に選択肢がありませんでした。こんな後ろ向きな起業をする人はあまりいないかもしれませんね…。しかし、3年考えて出した答えなので、最良の選択肢であるという自信はあります。「ないなら作れ」がモットーなので、自分らしくてよいのではないかと思います。
こんな経緯なので、一山当てたいとか社会的に認められたいとかそういう立派な志はありません。かぎりなく意識は低く、ローリスクローリターンでいきたいです。状況的には、「実家で小麦を作っているけど売れ残りがもったいないのでパン屋をはじめた」みたいな感じに近いです。パートでもいいけど、せっかく勉強したのでそれでなんかやろう、ということですね。

どんな会社?

Survey Hackers, LLC

土日にやっつけで作ったサイトですが(法人口座を作るのにサイトが必要らしい)。IT技術によって社会調査をサポートする会社です。複数形ですが社員は一人です。いまのところ、RzとQUESという製品があります。

Rz

おなじみ(?)Rzはもちろん今後もオープンソースで開発を続けます。どうマネタイズするのかはまだ考え中ですが、まずは一定数のユーザーを獲得するのが目標ですね。実は、R界で著名なある先生に声をかけていただき、共同で開発する計画が立ち上がっています。開発の目的は、待望の分析機能です。本決まりではないので詳細は書きませんが、どちらにしろ分析機能は今後開発する予定です。まずは打倒Rコマンダー、つぎは打倒S○SSです。

QUES

QUESとはなんなのか、ということですが。名前は初公開です。モノはいままでごく限られた関係者にしか明らかにされていませんでしたが、先日ようやく情報が解禁されました。

研究活動|総格差社会日本を読み解く調査科学 SSPプロジェクト

本研究は、階層と社会意識の関係を糸口にして、日本社会がどこへ向かって進みつつあるのかを把握することを目的とする。また、CAPI(Computer-Assisted Personal Interview)法を用い、日本の学術研究におけるCAPI調査の先駆的モデルとなることを目指す。
…
⑤ 調査手法:コンピュータ(タブレット型端末)を用いた個別聴取面接法(CAPI:Computer-Assisted Personal Interview)
…
設定標本サイズ9,000名 地点数:300地点

このCAPIのためのシステムがQUESです。クライアントサーバー型のシステムで、タブレットで質問紙調査を行い、終了後サーバーに同期させる、という単純なものです。サーバー単独でのウェブ調査も可能です。プログラム自体はそう複雑なものではないのですが、社会調査に精通していなければ学術水準の調査に耐えうるものは作れません。たぶん、日本では私しか作れません。社会調査に精通したプログラマなどというものは空想上の生き物に近いので。まともな仕様を設計して発注できる社会学者というのも空想上の生き物でしょう。
「設定標本サイズ9,000名」という部分に着目していただきたいのですが、これは空前の規模の調査です。全国調査なら普通は大きくて3000、平均的には2000前後といったところでしょうか。サンプリング理論に従えばそんな巨大サイズは不必要なのですが、小集団の特性を丹念に見ようと思うと、いくら大きくても大きすぎるということはありません。規模だけでも社会学界に衝撃を与える調査ですが、さらにCAPIでやるということなので、歴史に名を残す調査となるでしょう。この規模で、しかもタブレットを使ったCAPI調査というのは、おそらく世界でも初めてだと思います。
QUESについてはありったけの知識と技術をつぎ込んで作っているので、詳細は今後小出しにしていきたいと思います。ちなみにもちろんオープンソースです。学術ソフトウェアに野暮な制限はつけません。マネタイズはまあいろいろ考え中です。

その他

Rの講習会やったりとか、Rの導入サポートとか、そういうのもアリかな、と思っていますが、いまはとにかくQUES最優先です。億単位の予算で動いているプロジェクトなので、私の失敗で転けるとしゃれになりません。
とにかく方針としては、リスクを徹底的に排除し、コストをかけないことが第一です。金銭的にも労力的にも精神的にもです。例えばベンチャーキャピタルで何百万か融資してもらって数人雇えば普通のベンチャー企業として成り立ちますが、それは私の本懐ではありません。
起業はしたものの、うまくいかなかった、ということもありえます。パートより稼げないとか、赤字で倒産とかそういう状況なら会社をたたむことになります。その場合は、RzもQUESも開発を止めてパートに出ます。あるいは全く関係ないアプリを作ります。できればそうなりたくはないので、先生方からのお仕事の依頼をお待ちしております!

まとめ

一般的ルートからの逸脱が激しすぎて誰の参考にもならない気がしてきましたが…。長すぎると思っていろいろはしょったせいでつながりもよくないですね。すみません。簡単にいえば「研究いやになった」→「働きたくない」→「あんまり働かなくていい会社作った」ということです。今後ともよろしくお願いいたします。