2012年も明日で終わろうとしています。
今年書いたお薬関連の記事から、2012年を振り返ってみたいと思います。
1.「Gタンパク質共役型受容体の研究」ノーベル化学賞受賞
ノーベル化学賞を受賞したレフコウィッツ教授及びコビルカ教授の業績は、今年のお薬関連の話題として外すことはできません。今回、受賞の対象となった「Gタンパク質共役型受容体の研究」は、現在使われている多くの薬に共通する作用メカニズムを明らかにしたものです、また、この研究により、GPCRと呼ばれるタイプのタンパク質を標的とした薬剤の開発が飛躍的に発展しました。長年薬理学の世界にいた私にとって、この受賞は非常にうれしいものでした。
参考記事
細胞の外から中にどうやって情報が伝わるかー2012年度ノーベル化学賞薬作り職人のブログ
なんでこの業績はノーベル化学賞なんだろう。薬作り職人のブログ
2.山中伸弥教授ノーベル生理学・医学賞受賞
今年は、山中伸弥先生がノーベル生理学・医学賞を受賞し、日本中が盛り上がりました。山中先生が開発したiPS細胞は、再生医療だけでなく、薬作りの世界にとって協力なツールになると考えられています。ただし、これが薬作りを今すぐ飛躍的に進化させるか、というと、そういうわけでもないかな、と思います。今回の受賞は、医療や薬作りへの応用に対する貢献と言うよりは、「細胞のリプログラミング(体の様々な臓器の細胞を、臓器の細胞になる前の「振り出し」に戻す行為)を、遺伝子を導入するという人工的な手法で成し遂げた」という生物学的な大発見に対する受賞だと思います。
参考記事
山中伸弥教授、2012年ノーベル医学生理学賞受賞!薬作り職人のブログ
iPS細胞の利用で、新薬開発の成功率は上がるの?薬作り職人のブログ
3.ポテリジェント技術を用いた日本発抗体医薬「ポテリジオ」
協和発酵キリンが開発した「ポテリジェント技術」を利用した新薬「ポテリジオ」が発売開始となりました。ポテリジオは「再発又は難治性の CCR4 陽性の成人 T 細胞白血病リンパ腫」に対する治療薬で、リンパ腫の原因細胞である「CCR4陽性ATL細胞」を選択的に殺す作用を持ちます。ポテリジェント技術は、ガン細胞を殺す能力を格段に挙げるための技術で、日本オリジナルの技術です。今後も、同様の技術を用いた他の疾患に対する薬剤が登場することが期待されます。iPS細胞同様、日本初の技術が薬の世界を変えてくれることを規定しています。
参考記事
ガン細胞と免疫細胞をつなぐ橋ーCCR4 陽性ATL治療薬「ポテリジオ」薬作り職人のブログ
4.アルツハイマー病治療薬「バピヌズマブ」開発中止
新薬開発の中で、最も難易度が高いとされているのは「アルツハイマー病治療薬」の開発です。アルツハイマー病の進行を遅らせる薬剤は臨床で使われるようになりましたが、アルツハイマー病の進行を完全に止める薬剤は未だ存在しません。多くの製薬会社が取り組んで入るのですが、今年も良い知らせを効くことはできませんでした。アルツハイマー病治療薬の開発戦略はこれでいいの?という、根本的なところから考えなおさないといけないのかもしれません。
アルツハイマー病治療薬「バピヌズマブ」開発中止。薬作り職人のブログ
5.薬やサプリで体重を落とすということ
アメリカでは、抗肥満薬の新薬が2剤承認されました。もちろん、病的な肥満(薬でコントロールしなければ、大きなリスクがある)人に対する薬であり、普通の人がダイエット感覚で使うような薬剤ではありません。日本では開発されていないようですが、海外から輸入によって容易に入手できる薬にはなりそうです。これらの薬剤は、脳に働きかけて食欲を抑制させる作用を持ちます。病的な肥満の人には有用な薬剤ですが、無理に体重を落とす必要がない人にとっては、有用性よりも悪い面のほうが大きく出るような気がしてなりません。
一方、サプリや食品の世界でもダイエットの話題が大きく取り上げられました。
「トクホ」(特定保健用食品)の世界では、「メッツコーラ」が話題になりました。食事の際の脂肪吸収を抑え、体重増加を防ぐという商品です。「コーラでダイエット」という、普通は考えつかないようなアイデアが、メッツコーラの爆発的人気を呼びました。
また、食品の世界では「トマトの成分に脂肪燃焼作用がある」ということでトマトジュースが爆発的に売れた、というニュースもありました。
これらのサプリや食品の世界の話題においては、「体重に対する作用が、きちんと実験によって確認されているのか」「大学の研究室で行われている動物実験レベルの話を、そのままヒトに当てはめていのか」などの点が問題となりました。これは、情報の送り手側だけでなく情報の受け手側も常に気にかけておく必要性がある事柄です。
参考記事
「欲」を抑える薬。薬作り職人のブログ
抗肥満薬はダイエットに使うものではありません。薬作り職人のブログ
コーラとトクホという組み合わせは、面白いんだけど。薬作り職人のブログ
トマトジュースを買うのもいいですが。薬作り職人のブログ
6.後発医薬品・薬価改定
社会保障費の増加が問題になっている中、削減のターゲットとして常にあげられるのが「薬剤費」です。価格が安い「後発医薬品」(ジェネリック医薬品;特許が切れた薬について、他の会社が全く同じ成分・用量で製造する医薬品。開発費用がかからないので安価)の使用促進によって、薬剤費を削減しようとの動きが盛んです。もちろん、この動きは社会保障精度を維持するために必要なものです。しかし、後発医薬品を促進する分、今後開発される新薬の価値・価格についてはきちんと評価されるべきだと考えます。
参考記事
薬の値段が変わる季節。薬作り職人のブログ
「エスタブリッシュ医薬品」という名前に込められたもの。薬作り職人のブログ
おまけ(↓これは今年のエイプリルフールネタです)
新しい後発品使用促進策。薬作り職人のブログ
今年は、ブログ執筆の時間があまり取れませんでした。そんな中、ここで取り上げたニュースは「記事を書かずにはいられない」レベルのものでした。来年は、記事を書かずにはいられない「良い」ニュースが、次から次へと出てきてくれることを期待したいと思います。
Author:薬作り職人
十数年、新薬の研究に携わる研究者(薬理系)でした。2012年4月から、企画職として、新薬のアイデア作りなどの仕事に取り組むことになりました。
薬学生向けの季刊誌MILで、「名前で親しむ薬の世界」「薬作り職人の新薬開発日記」って言うコラムを連載してました。
観光地で売ってるミニ提灯集めてます。妻子持ち(2児の父)、嫁さんからぐうたら亭主と呼ばれます。
薬&提灯 詳しくは
病院でもらった薬の値段
http://kusuridukuri.cho-chin.com/
お薬の名前の由来
http://drugname.onmitsu.jp/
ミニ提灯データベース
http://kentapb.nobody.jp/
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