焦点:就任1年黒田日銀に手応え、追加緩和なら「真の異次元」の声も

焦点:就任1年黒田日銀に手応え、追加緩和なら「真の異次元」の声も
3月19日、「異次元緩和」を主導してきた黒田東彦氏が日銀総裁に就任して、あす20日で1年。消費者物価は前年比プラス1.3%まで上昇し、目標の2%達成に黒田総裁は確かな手応えを感じているようだ。1月撮影(2014年 ロイター/Ruben Sprich)
[東京 19日 ロイター] -「異次元緩和」を主導してきた黒田東彦氏が日銀総裁に就任して、あす20日で1年となる。大規模緩和の効果とも言える円安・株高を背景に、消費者物価(除く生鮮、コアCPI)は前年比プラス1.3%まで上昇し、目標の2%達成に黒田総裁は確かな手応えを感じているようだ。
一方で市場には追加緩和期待がくすぶり続け、物価上昇テンポがどこかで頭打ちになるとの思惑もある。仮に国債購入を大幅に増額させれば、円債市場に占める日銀の存在が突出し、「真の異次元緩和」の領域に入るとの声もある。2年目の黒田日銀は、2%実現に向け正念場を迎える。
<想定超える順調な足取り>
「日銀の見通し通りとはいえ、正直、ここまで物価が上がるとは思っていなかった」――。日銀内部からは、こうした声が漏れてくる。
2009年以降、ほぼ水面下で推移していたコアCPIの前年比上昇率は、昨年6月にプラス圏へと浮上すると月を追うごとに伸び率を高め、今年1月には1.3%を記録した。
黒田体制以前も日銀は、世界の中央銀行に先駆けてゼロ金利政策や量的緩和政策を導入。白川方明・前総裁は中銀としては異例の上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(J-REIT)にまで買い入れ資産を拡大した。
だが、リーマンショックや東日本大震災など不幸が重なったこともあるが、長引く日本経済のデフレからの脱却は実現できなかった。日銀が過去の量的緩和政策の経済・物価に与える影響を限定的だったと総括していたこともあり、当の日銀内でも当初、異次元緩和の効果がどの程度あるのか、予想が難しいというムードも漂っていた。
<黒田緩和、実体経済も押し上げ>
「量的にも、質的にも、これまでとは全く次元の違う金融緩和だ」--。黒田総裁が高らかに宣言した「量的・質的金融緩和」(異次元緩和)によって、マネタリーベース(資金供給量)と長期国債の保有残高を2年間で2倍に引き上げることになった。
海外勢から「バズーカ砲」と評され、「日銀が名実ともに変わった」(外資系証券)と内外の市場参加者に対し、強烈に印象づけた。導入直後に債券市場で乱高下があったものの、夏場以降は安定感を取り戻し、年末にかけて海外勢主導の円安・株高が続くことになる。
安倍晋三政権の発足前の2012年終盤に80円を割り込んでいたドル/円相場は、異次元緩和を受けて節目となる100円を突破。歩調を合わせるように株高も進行し、9000円に満たなかった日経平均株価<.N225>は、昨年末には1万6000円台に乗せた。これまでの物価上昇には、こうした円安の進行に伴うエネルギー関連など輸入物価の上昇が大きく貢献したことは間違いない。
円安・株高は、消費者マインドや企業収益の改善などを通じて実体経済にも恩恵をもたらした。有効求人倍率は1倍を突破し、失業率も3.7%とリーマンショック前の水準に改善。安倍政権の積極的な財政政策も加わって、雇用情勢やマインドの改善を背景とした個人消費と公共投資の増加が、「内需主導」というこれまでの「外需頼み」とは違うパターンの景気回復を実現させた。
実質国内総生産(GDP)は直近の2013年10─12月期まで4四半期連続で前期比で増加。経済・物価の改善持続のカギを握る賃上げも、今年の春闘では大手企業のベースアップ(ベア)が相次いでいる。
企業に対する政府の圧力があったとはいえ、「死語」とも言われていたベアの動きが出始めたことは、「脱デフレ均衡」に向けて日本経済のムードが着実に変わりつつある証左といえる。
2013年のノーベル経済学賞を受賞した米エール大のロバート・シラー教授は、黒田緩和を政策の中核とするアベノミクスについて「日本人に自信をもたらした」(12日、都内での講演)と評価する。
<近そうで遠い2%の目標>
順風満帆にみえる「異次元緩和」だが、市場に追加緩和観測がくすぶるのはなぜか──。
1つは足元で円安の進行が止まり、円安を起点にした景気押し上げ効果の一巡に対し、一部の海外勢が懸念を示し始めたことが影響している。ある外資系証券の関係者は「円安から株高につながるメカニズムに、明らかに息切れが見える。再び、モメンタムを回復させるには、追加緩和しかない」と断言する。
こうした懸念は、データ上にも表れ始めた。消費者物価指数の先行指標のひとつである企業物価指数は、2月に前年比1.8%上昇と8カ月ぶりに2%の水準を割り込んだ。物価上昇の勢いが、鈍化しつつあるのではないかとの見方が、一部のエコノミストの間で広がりつつある。
政府内にも、コアCPIの上昇率が今年6月ごろにピークを付け、その先は横ばいか、もしくは小幅低下するのではないかと警戒する見方も出てきた。円安効果の一巡やエネルギー価格の前年比などを勘案すると、物価を押し上げるパワーが減衰するのではないかという見方だ。
さらに円安下で輸出数量が増加しないという、かつて経験したことがない現象に直面していることも、政策当局者を不安にさせているようだ。
政府・日銀は輸出数量の伸び悩みをアジアなどの外需が予想よりも弱い点に求めており、いずれ回復するとのシナリオを維持している。
だが、ある日銀OBは「この輸出の伸び悩みは想定外だ」と困惑を隠さない。企業の海外生産シフトの基調が円安になっても止まらないだけでない。黒田総裁や日銀幹部は言及を避けているが、主要な輸出産業だった電機の国際競争力の低下が響いていると、その日銀OBは指摘する。特徴的なのは、スマートフォンに使用されている半導体部品やパソコン、大型テレビなどの輸入が急増し、貿易赤字の拡大に大きな「貢献」を果たしていることだ。
その結果、何が起きるかと言えば、政府・日銀が期待しているようには「設備投資が盛り上がらず、製造業などの雇用増加が見込めない」とエコノミストのひとりは述べる。
別の外資系証券の関係者は「公共投資以外に4月以降の景気のけん引が見当たらない」と述べ、この先の景気拡大のけん引力の弱さを指摘。物価も上がらなくなると予想している。
<消費増税と追加緩和の思惑>
そこに消費増税が待ち構える。黒田総裁は、消費増税に関連した駆け込みとその反動を除けば、日本経済を大きく下押しするような現象は起きずに、7─9月期以降、景気は回復軌道に復帰するとの見解を繰り返している。
ただ、民間エコノミストの中には、増税後の消費落ち込みが長期化するリスクを注視する声が少なくないほか、ほかならぬ首相官邸周辺から、増税の副作用を心配する見方が出ている。
安倍首相の経済ブレーンのひとりで内閣官房参与の浜田宏一・米イエール大名誉教授はロイターのインタビューの中で、消費税率引き上げが日本経済に与える影響は不確実とし、日銀は夏場に公表される指標などを見極めた上で、追加金融緩和の是非を迅速に判断すべきであるとの見解を示している。
消費増税と日銀の追加緩和に関しては、政府と日銀の間で「阿吽(あうん)の呼吸」が働いているとの見方が根強くささやかれている。
昨年8月、安倍首相は消費増税を判断するために識者を集めた懇談会を開催した。ある出席者によると、その席で黒田総裁は消費増税を先送りし長期金利が急騰など「リスクが顕在化した場合の対応は難しくなる」が、増税で「景気が腰折れすれば、日銀は必要な施策を行う」と述べたという。
<いずれ到来する政策選択の分かれ道>
追加緩和の具体的な手段として、国内金融機関の間では上場投資信託(ETF)などリスク性資産との見方が多い。すでに日銀は長期国債を新規発行額の7割も買い入れているため、さすがに買い増し余地は少ないとみられている。
しかし、現行の異次元緩和の理論的支柱である岩田規久男副総裁は、ロイターとのインタビューや講演などで、量的・質的金融緩和の根幹には、資金供給量(マネタリーベース)の拡大があると強調している。
この先、大幅な資金供給量の増額を図るには、長期国債の買い入れを一段と増額させる可能性が捨てきれない。
仮に追加緩和の柱として大幅な長期国債の買い入れ増額が入った場合には「本当の意味での異次元緩和になる。銀行のポートフォリオも大幅な見直しを迫られかねない」とある大手銀関係者は警戒感を強めている。
黒田総裁は、市場に明確なメッセージを出していないが、もし、コアCPIの上昇率が1.5%程度で頭打ちが明確になった場合、日銀はどうするのか──。
1つは、大規模な追加緩和を選択し、あくまで2年で2%の目標達成に向け、政策を総動員するケースだ。黒田総裁が「ちゅうちょせず」と繰り返しているように、物価目標達成が困難と判断された場合の現時点で最も有力なシナリオといえる。
もう1つは、2年という期限を修正し、現在の異次元緩和の効果を待つという作戦がある。仮に前者をA案、後者をB案と呼ぶことにしよう。
A案には、「バズーカ黒田」健在とのイメージを内外の市場関係者に植え付け、円安・株高基調を呼び戻す効果が期待できるだろう。
しかし、長期国債をさらに買い増すなら、出口戦略を採用する際に、大きな困難を伴うという副作用を生じさせる。
また、財政ファイナンスであるとの指摘を受けるリスクも高まるだろう。したがって政府に財政再建を進める確かな証拠を明確に示してもらうということが、今までにも増して重要になってくる。
B案には、A案のような副作用が小さい半面、一段の株高を展望することもなかなか難しいという「停滞懸念」がつきまとう。
武藤敏郎・元副総裁(大和総研理事長)が5日の講演で「2年で2%の達成はハードルが高い」と指摘し、拙速に達成を目指す必要の是非を議論すべきと述べたのも、A案の副作用を心配してのことだと思われる。
また、イングランド銀の元金融政策委員で、ピーターソン国際経済研究所所長を務めるアダム・ポーゼン氏が「現段階では日銀の緩和措置は十分」「また(これ以上国債の買い入れを増やすことは)、政府(の財政政策)をやや支援し過ぎともみえる」とロイターのインタビューで答えているのも、A案に潜む財政規律を弛緩させかねない「魔力」の存在を指摘しているように見える。
一方で、リーマンショック後の悪化した財政構造と伸び悩む成長という今日的な構造問題を先進国は、共通に抱えているという問題がある。日本は、その意味でこの構造問題の最先端を走っている。そこで選択すべき政策対応について、元日銀審議委員の中原伸之氏は、やや過激とも思える表現を駆使し「先進国は成長力が鈍化しており、中央銀行が財政を支援する財政ファイナンスを続けるほかない」と述べる。
<両立しない2%目標と0.6%の長期金利>
多くの市場参加者やエコノミストは、なぜか口を閉ざしているが、「異次元緩和」とアベノミクスの前途には、2%達成時に新たな問題が待ち受けている。
それは、長期金利の上昇という難問だ。現在は、日銀の大量購入で抑制されている長期金利だが、2%の物価上昇が安定的に継続する経済になれば、リスクプレミアム等などを勘案すると、長期金利は3%台に上昇すると予想される。
3%の長期金利に今の財政は、耐えられるのかという重大な問題がある。2%達成と0・6%台の長期金利は両立しえないという「難問」と言えるだろう。
カールポッパーの著書を愛読する頭脳明晰な黒田総裁が、その前途を阻むかのように立ちふさがるいくつもの「難問」をどのように解決していくのか、その手腕が問われることになる。

竹本能文、伊藤純夫 編集:田巻一彦

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