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ベガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ベガ[1]
Vega[2][3]
スピッツァー宇宙望遠鏡で撮影されたベガ。こと座で最も明るい星である。
スピッツァー宇宙望遠鏡で撮影されたベガ。こと座で最も明るい星である。
仮符号・別名 こと座α星[4]
星座 こと座
見かけの等級 (mv) 0.03[4]
-0.02 - 0.07(変光)[5]
変光星型 たて座δ型[4](DSCTC)[5]
位置
元期:J2000.0[4]
赤経 (RA, α)  18h 36m 56.33635s[4]
赤緯 (Dec, δ) +38° 47′ 01.2802″[4]
赤方偏移 -0.000046[4]
視線速度 (Rv) -13.9km/s[4]
固有運動 (μ) 赤経: 200.94 ミリ秒/年[4]
赤緯: 286.23 ミリ秒/年[4]
年周視差 (π) 130.23 ± 0.36ミリ秒[4]
(誤差0.3%)
距離 25.04 ± 0.07 光年[注 1]
(7.68 ± 0.02 パーセク[注 1]
絶対等級 (MV) 0.6[注 2]
ベガの位置
物理的性質
半径 2.73 R
質量 2.6 M
自転速度 274 km/s
自転周期 12.5 時間
スペクトル分類 A0V[4]
光度 51 L
表面温度 9,300 K
色指数 (B-V) 0.00[6]
色指数 (U-B) -0.01[6]
金属量 63%(太陽比)
年齢 3.5 ×108
他のカタログでの名称
織女星, 織姫星,
こと座3番星[4]
BD +38 3238[4], FK5 699[4]
HD 172167[4], HIP 91262[4]
HR 7001[4], SAO 67174[4]
LTT15486[4]
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ベガ[7]ヴェガ[8][1]: Vega[注 3])は、こと座α星こと座で最も明るい恒星で全天21の1等星の1つ。七夕おりひめ星(織女星(しょくじょせい))としてよく知られている[9]わし座アルタイルはくちょう座デネブとともに、夏の大三角を形成している。

特徴

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太陽とベガの大きさの比較。高速で自転している影響で潰れた楕円体となっている。

0.19日の周期で僅かに変光するたて座δ型変光星である。変光範囲が0.01等 - 0.04等と小さいため、眼視観測では変光はわからない。2003年には、惑星系が形成されつつあることが分かった。この惑星系は太陽系に近似のものである可能性がある。2006年には、自転周期が12.5時間という高速で自転しており、その速さは遠心力でベガが自壊する速度の94%に達していることが判明した。このため、極付近と赤道付近では大きな温度差が生じている。地球の歳差運動により、およそ12,000年後には、地球から見て北半球天頂に位置し、北極星となる。

惑星系

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ベガの惑星[10]
名称
(恒星に近い順)
質量 軌道長半径
天文単位
公転周期
()
軌道離心率 軌道傾斜角 半径
b (未確認) ≥21.9±5.1 M 0.04555±0.00053 2.42977±0.00016 0.25±0.15
塵円盤 86—815 au 6.2?°

2021年に、ベガの10年間のスペクトルを分析した論文により、ベガの周囲を公転する公転周期が2.43日間の信号の候補を検出したと発表した。統計的には、誤検出の可能性は1%にすぎないと推定されている[10]。信号の振幅によると下限質量21.9±5.1 M地球質量)となるが、地球から観測してベガ自体が6.2°斜めに自転していることを考慮すると、惑星もその面に位置を合わせ実際の質量は203±47 Mとなる[10]。その他、80±21 M(6.2°の傾きで740±190 M)と解釈できる、周期が196.4+1.6
−1.9
日の弱い信号も検出された。しかし利用可能なデータからは、この周期の惑星が存在する確実な証拠は得られなかったと結論付けられている[10]

名称

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固有名のベガ (Vega) は、この星のアラビアでの呼び名「アン=ナスル・アル=ワーキア[注 4]( النسر الواقع (DMG: an-nasr al-wāqiʿ / ALA-LC: al-nasr al-wāqiʿ )」の「ワーキア」に由来する[11]。このアラビア名は、「ナスル」が “鷲”、「ワーキア」が “降りている” で、 全体で “降りている鷲”、すなわち “(木の枝や巣に) 止まっている鷲” という意味である[12][13]。「ワーキア」wāqiʿ は動詞「ワカア」waqaʿa の能動分詞(英語などの現在分詞に相当)で、「ワカア」の基本の意味は “落ちる” であるが、鳥についていう場合には “(木や地面、あるいは巣に) 降りる、止まる; 降りている、止まっている” という意味となる[注 5] 。しかしヨーロッパでは、そのような意味をもたないラテン語の動詞「カドー」cadō の現在(能動)分詞を使った「ウルトゥル・カデンス」 Vultur cadens(“落ちる鷲”)という翻訳名が古くからあり[注 6][15]、“(獲物に向かって)急降下する鷲”と解釈されてきたようである[注 7]。日本でも、これまでその解釈が受け入れられてきた[8]

Vega は古くは Wega と綴られた[注 8]。Vega という綴りは『アルフォンソ表』Tabulae Alphonsinae (13世紀) の16世紀の印刷本に現れる (15世紀の版ではWega)[20][注 9]。 その後も Wega は使い続けられていて、ドイツ語では現在でも Wega である。なお、ヨーロッパでは Vega/Wega/Vultur cadens 以外にも、Alwega, Annazel alvuaza など、誤記や誤読も含め、さまざまな語形や綴りが存在していた[11][21]

ラテン語での発音は、通常は古典ラテン語(ローマ時代の文語ラテン語)の発音に従って表記するが、Vega は中世あるいは近代ラテン語で、しかも外来語であるので、「ウェ(ー)ガ」(古典)、「ヴェガ」(中世・近代)、「ウェーガ」(アラビア語や Wega という別綴りを考慮) など、さまざまな表記があり得る。

Wega については、W(ダブルV)の文字は、ラテン語のVの発音が [w] から [v] に変わった後に、英語に存在した [w] 音を表すためにヨーロッパで生まれたものであるので、「ウェガ」と表記すべきであろうが、現代のドイツ語では「ヴェーガ」、フランス語 (Wéga) では「ヴェガ」と発音される。

アラビアでは、こと座 α 星「降りている鷲」と わし座 α 星「飛んでいる鷲」(アルタイル)[注 10]を対のものとして捉え、「2つの鷲星」(「アン=ナスラーン」 النسران an-nasrān / al-nasrān)と呼んだ[22][23][注 11]。そして、それぞれの近くにある2個の星(こと座 ε, ζ と わし座 β, γ)を鷲の翼に見立て、こと座の3個は三角形に並んでいるので「翼を閉じている」、わし座の3個は一直線に並んでいるので「翼を広げている」と見なした[23][24]。本来は、3個のまとまりではなく、ベガとアルタイルが単独で「鷲」と呼ばれていたようである[16][注 12]

この星の名前「降りている鷲」は、アラビアではプトレマイオス星座の「こと座」の名前として使われることもあった[注 13]

ギリシャでも、プトレマイオスの『アルマゲスト』の恒星表に、この星の名前として、星座名と同じ「リュラー」 Λύρα Lyrā [注 14]が挙げられている[25]

ローマでは、このギリシャ語をラテン語化した「リュラ」Lyra、および別のギリシャ語に由来する「フィデース」Fides[注 15]という言葉が「こと座」の名前として使われているが[26]、星座ではなくこの星だけを指す用法があったかは分からない。

ヨーロッパでは、コペルニクスの『天球回転論』(ラテン語) の星表に、この星の名として、星座名と同じ「リュラ」と、「フィディクラ」Fidicula[注 16]が挙げられている[27]

英語やドイツ語には、リュラをハープに置き換えた「ハープ・スター」 Harp Star, 「ハルフェンシュテルン」Harfenstern (“ハープ星”) という呼び名もある。

メソポタミアでは、この星はアッカド語で「ラマッス」Lamassu [dLAMMA] (“守護女神ランマ”) と呼ばれたようである[28]

日本では、中国の伝説に由来する「織姫(おりひめ)」や「織姫星(おりひめぼし)」、あるいは「織女(しょくじょ)」や「織女星(しょくじょせい)」という名で呼んでいる。「彦星(ひこぼし)」(わし座のアルタイル)、「すばる」(おうし座のプレアデス星団)とともに、現在も広く使われている数少ない和名の一つである。また、「梶の葉姫」という異名もある[29]

中国でも、「織女」あるいは「織女星」といえば一般には こと座 α 星を指すが[30]、中国の伝統的天文学では、「織女」は こと座 α, ε, ζ の3星からなる星官(中国固有の星座)の名前であって、こと座 α 星は「織女一」(“織女の第1星”) という[30][31]

国際天文学連合の恒星の固有名に関するワーキンググループは、2016年6月30日、Vega をこと座α星の固有名として正式に認証した[3]

脚注

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注釈

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  1. ^ a b パーセクは1 ÷ 年周視差(秒)より計算、光年は1÷年周視差(秒)×3.2615638より計算
  2. ^ 視等級 + 5 + 5×log(年周視差(秒))より計算。小数第1位まで表記
  3. ^ 英語発音: [ˈviːgə] ヴィーガまたは[ˈvɡə] ヴェィガ
  4. ^ 続けて読むときの発音は「アンスルルワーキア」(太字下線部分にアクセント)。これに基づく表記「アン=ナスル・ル=ワーキア」や、定冠詞を省略した表記「ナスル・ワーキア」などもある。また、「ワーキア」は「ワーキウ」とも。
  5. ^ 代表的な古典アラビア語辞典『リサーヌル=アラブ』 Lisān al-ʿarab や現代の辞典『ムンジド』al-Munǧid fī l-luġa wa-l-ʿālam (1975年版、2005年版で確認) などのほか、 J. G. Hava, Al-Faraid Arabic English Dictionary にも、そのことが明記されている。
  6. ^ Vultur cadens という名前は12-14世紀のラテン語写本に現れており[14]、12世紀にアラビア語訳から翻訳されて16世紀に出版されたプトレマイオス『アルマゲスト』のラテン語訳 (Almagestum Cl. Ptolemei, Venezia 1515, fol.79v) や、ケプラーの『ルードルフ表』(J. Kepler, Tabulae Rudolphinae, Ulm 1627, p.106) にも見られる。
  7. ^ 星名研究の権威であるクーニチュも der (herab-)stürzende Adler “急降下する鷲”[11][16], der fallende Adler “落ちる鷲”[17]としている。
  8. ^ Wega は10-11世紀のラテン語写本に現れており[18][19]、ヨーロッパに入ったアラビアの星名のうちでも最も古いものの1つである。
  9. ^ なお、Veiga, Vuegega などの綴りが13世紀の写本にある[19]
  10. ^ アラビア語では「アン=ナスル・アッ=ターイル」 النسر الطائر an-nasr aṭ-ṭāʾir / al-nasr al-ṭāʾir.
  11. ^ 「ナスラーン」nasrān は「ナスル」nasr の双数形。
  12. ^ イブン=クタイバやスーフィーの記述でも、最初に単独の星の名前として述べた後に、付随する2個の星に触れている。
  13. ^ 例えば、バッターニーの『サービー・ジージュ』 az-Zīǧ aṣ-ṣābiʾ (“サービア教徒のジージュ”) の星表に見られる(C. A. Nallino (ed.), Al-Battānī sive Albatenii Opus astronomicum, Milano, 1899-1907 の Pars 3 (アラビア語原文), p.248 および Pars 2 (ラテン語訳), p.148)。
  14. ^ リュラー(リュラ、リラ)は、亀の甲羅を使った、竪琴の一種。
  15. ^ フィデースはリュラーやキタラーなどの弦楽器を広く指す言葉。
  16. ^ フィディクラ fidicula はフィデース fides の縮小形。“小さな弦楽器”という意味。

出典

[編集]
  1. ^ a b 原恵『星座の神話 - 星座史と星名の意味』(新装改訂版第4刷)恒星社厚生閣、2007年2月28日、163頁。ISBN 978-4-7699-0825-8 
  2. ^ Kunitzsch, Paul; Smart, Tim (2006). A Dictionary of Modern star Names: A Short Guide to 254 Star Names and Their Derivations. Sky Pub. Corp.. pp. 43-44. ISBN 978-1-931559-44-7 
  3. ^ a b Mamajek, Eric E.. “IAU Catalog of Star Names”. 国際天文学連合. 2023年7月13日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t SIMBAD Astronomical Database”. Results for NAME VEGA. 2013年1月15日閲覧。
  5. ^ a b GCVS”. Results for alf Lyr. 2015年10月12日閲覧。
  6. ^ a b 輝星星表第5版
  7. ^ おもな恒星の名前”. こよみ用語解説. 国立天文台. 2018年11月14日閲覧。
  8. ^ a b 近藤二郎『星の名前のはじまり』誠文堂新光社、2012年8月30日、128頁。ISBN 978-4-416-21283-7 
  9. ^ ベガ」『日本大百科全書(ニッポニカ)』https://kotobank.jp/word/%E3%83%99%E3%82%ACコトバンクより2023年7月13日閲覧 
  10. ^ a b c d Hurt, Spencer A. et al. (2021-03-02). “A Decade of Radial-velocity Monitoring of Vega and New Limits on the Presence of Planets”. The Astronomical Journal (American Astronomical Society) 161 (4): 157. Bibcode2021AJ....161..157H. doi:10.3847/1538-3881/abdec8. ISSN 0004-6256. 
  11. ^ a b c Kunitzsch 1959, pp. 81, 218.
  12. ^ Encyclopaedia of Islam, 2nd ed., Vol.7, Leiden 1993 の"NASR" の項(p.1012b-1015a) のうちの 1014b。
  13. ^ 鈴木孝典(東海大学教養教育センター)「スーフィーの『星座の書』」『科学史の散歩道』[1](2007年9月25日閲覧、現在はリンク切れ)。
  14. ^ Kunitzsch 1966, p. Typ XII.
  15. ^ Kunitzsch 1966.
  16. ^ a b Kunitzsch 1961, p. 87.
  17. ^ Kunitzsch 1966, p. 18.
  18. ^ Kunitzsch 1959, p. 81.
  19. ^ a b Kunitzsch 1966, p. Typ III.
  20. ^ Kunitzsch 1959, p. 218.
  21. ^ Kunitzsch 1966, p. 90.
  22. ^ Kunitzsch 1961, p. 21.
  23. ^ a b Ibn Qutayba, Kitāb al-anwāʾ, Haidarābād: Dāʾirat al-Maʿārif al-ʿUṯmāniyya, 1956, p.151.
  24. ^ ʿAbd ar-Raḥmān aṣ-Ṣūfī (1954). Kitāb ṣuwar al-kawākib. Haidarābād: Dāʾirat al-Maʿārif al-ʿUṯmāniyya. pp. 67-69 
  25. ^ J. L. Heiberg (ed.), Claudii Ptolemaei opera quae extant omnia, Vol. I, Syntax mathematica, Leipzig: Teubner 1898-1903 の Pars II, p.56; プトレマイオス(藪内清訳)『アルマゲスト』〔フランス語訳からの重訳〕、恒星社厚生閣、新版1982年 (初版1949, 58年)、326頁。
  26. ^ Ch. T. Lewis and Ch. Short, A Latin Dictionary, Oxford: Clarendon Press 1879 の "lyra" および "fides" の項。
  27. ^ コペルニクス 著、高橋憲一 訳『天球回転論』みすず書房、2017年。 
  28. ^ E. Reiner and D. Pingree, Babylonian Planetary Omens: Part Two, Enūma Anu Enlil Tablets 50–51, Malibu California: Undena Publications 1981, p.7; -- H. Hunger and D. Pingree, Astral Sciences in Mesopotamia, Leiden/Boston/Köln: Brill 1999, p.273; -- H. Hunger and J. Steele, The Babylonian Astronomical Compendium MUL.APIN, London and New York: Routledge 2019, p.240 (Index).
  29. ^ 新村出 編『広辞苑』(第六版)岩波書店、2008年1月11日、523頁。 
  30. ^ a b 羅竹風 (主編)、漢語大詞典編輯委員会・漢語大詞典編纂処 (編)『漢語大詞典』上海辞書出版社/漢語大詞典出版社 1986-1994年 の「織女星」および「織女」の項。
  31. ^ 陳遵嬀『中国天文学史』上海人民出版社 1986-89年、351, 659頁。

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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