相模湖町
相模湖町(さがみこちょう、合併前は「さがみこまち」)は、神奈川県の町・・・だった所。2006年4月までは自治体であったが、領土拡大至上主義の相模原市に吸収合併されてからは、相模原市の自治区として存在。ただし"自治区"とは名ばかりで、実際には自治権など無いに等しく、まるで中国におけるチベット自治区や新疆ウイグル自治区のごとく、相模原市から弾圧を受けていることで知られていた。2011年にはその自治区もついに解体され「相模湖町」は消滅 した。
なお、よく山梨と混同されるが山梨県ではない。実態は山梨そのものであるが。
概要[編集]
町の四方を囲む山、谷間に広がる湖、町の中心部・駅にさえうじゃうじゃ山のように見受けられる蚊・クモ・チョウ……神奈川県の北部、50万都市八王子市の隣りで、東京(新宿)から電車で1時間ほどに位置しているとは思えない、やけに自然が豊かな町であり、その光景は、一言で言うならば「山梨」である。
八王子市からは電車で10分であり、交通の便は決して悪くはないものの、町のほとんどが山地で占められていて、平地が少ないことから、面積が約30平方キロなのに対し人口は1万人(人口密度:320人)とあまり多くない。
2006年4月には相模原市に吸収されて相模原市の一部となっている。通常、町村が吸収合併される際は、両者の経済圏が同一であったり、人の行き来があったりと、吸収する側とされる側の間に密接な繋がりがある場合がほとんどなのだが、相模湖町に限っては、隣の東京都八王子市との繋がりはあっても、相模原市との繋がりは皆無である。
というのも、相模湖町は宗主・相模原市(※ここでは、合併前の相模原市のことを指す)からは遠く離れているうえ、電車やバスなどの公共交通機関では直接向かうことができないため、町民は相模原市の中心街である橋本や相模大野等にはほとんど出向かないし、町の中心部にある駅には八王子市内の施設の広告はあっても、相模原の施設の広告は存在しない。人の交流も(市役所の職員を除いて)ほとんど無く、相模原との共通点はまるで無い。
しかし、この町はなぜか相模原市の一部である。(本来なら八王子市の一部でもおかしくないのだが。)
では何故合併したか。一説によると慢性的な赤字財政(津久井町,藤野町も)だったため借金を肩代わりして貰う先を探していた町(一時は八王子市に打診したが蹴られた)と勢力拡大して無理矢理政令市になろうとしていた相模原市の思惑が一致。健全財政だった城山町をねじ伏せ山で隔てられ文化圏の全く違う町同士が平成の大合併にかこつけて倒産回避のために逃げ込んだのが真相のようだ。事実、国からの地方交付税をホワホワしたりして糊口を凌いでいたというから、夕張市の神奈川版が起こっていたかもしれなかった。
先ほど、冒頭の「概念」の部分で「相模湖町はまるで中国におけるチベット自治区や新疆ウイグル自治区のようだ」と述べたが、この点でも、相模湖町は中国におけるチベット自治区(※北京よりインドの方がはるかに近い)や新疆ウイグル自治区(※イスラム教が根付き、北京とは程遠い)と同等の存在だと言えるだろう。
地理・交通[編集]
相模湖町の唯一の駅である相模湖駅には中央本線が通っており、この駅からは高尾・八王子、または新宿方面に向かうことが出来る。
相模湖町は仮にも相模原市の一部である。しかし、先にも述べたように、この町から相模原本土に公共交通機関で直接向かうことは出来ない。
以下は現在の相模原市の地図である。赤の枠線内が相模湖町なのだが、「Eエリア」と称された津久井四町だけ、明らかに異質なのがわかる。(※Eエリアは相模原市に吸収合併された地域で、他のエリアは旧相模原市を指す。Eエリアだけ適当に扱われている。)
地図を見るとわかるが、このEエリアの相模湖駅から相模原まで電車で出るには、中央線で八王子まで出て、そこから横浜線に乗り換えなければならず、所要時間は八王子駅に行くまでの2倍かかる。そんなことしなくても、町民の買い物や通学は八王子駅、または八王子駅の二つ手前の高尾駅で事足りているのだから(※高尾駅南口は駅ビルが並んでおり、意外に便利である。)、わざわざ電車で相模原に向かうようなドMな町民はほとんどいない。車で買い物に出る場合でも、隣の津久井町のスーパーで事足りるし、大きな買い物なら新宿に行けばいいので、(相模原の)橋本や相模大野に行く必要は見当たらない。なお、相模湖駅は電車の本数は1時間あたり2~3本(朝のラッシュ時は6本)と、神奈川県の駅にしては決して多くはないが、人口1万人の田舎町にしてはかなり多く便利な方である。
では、バスはどうか?右の相模湖駅のバス停を見てもわかるように、相模原へ向かうバスは一切見当たらない。(わざわざ峠を越えて)高尾駅や八王子に向かう便はあるのに、である。何しろ町民のほとんどが相模原に縁が無いものだから、バスが通じていないのは無理もない。
相模湖駅[編集]
人口1万人の田舎町の駅であるから、駅前にどんなシャッター商店街が広がっているかと思いきや、駅前は意外に栄えている。商店街には店が十数件、中にはおしゃれな店も見受けられ、この町が極端な車社会では無いことを物語っている。八王子に近いことからだろうか、帝京大学薬学部のキャンパスも立地しており、駅前には若者も多く見られる。
相模湖町は山梨県?東京都?[編集]
相模原市(本土)との合併騒ぎで、町の名前が神奈川県や周辺に広く知られるようになる前、かつて(神奈川県民を含む)世間でこの町は、山梨県・またはそれ以外の何か、して広く認識されてきた。
これはおそらく、相模湖町は山梨県に面してこそしていないものの、山梨から約5kmという極めて近い距離に位置していること、また、地形的に見ても極めて山梨に似ていることが影響しているのだろう。
上に神奈川県における相模湖町の場所を示した画像が掲載されていたが、見ての通り、相模湖町は「山梨」に分類されてしまっている。また、実際に現地に行った者は、さらにこの町が「山梨」だと実感することができるだろう。四方を山に囲まれ、豊かな湖が広がるこの町は、まさに「山梨」以外の何物でもない。
なお、経済的・文化的繋がりから町民は、合併では相模原市などではなく八王子市との越境合併を望んでいた。しかし、現実的には越境合併は難しいうえ、相模湖町が八王子市になった場合、相模ダムという水がめが東京都のものになってしまうため、実現しなかった。
電車で相模湖町へ[編集]
また、この町を通る鉄道や高速道路も、この町を「山梨」だと思わせる役割を果たしてきた。電車や車でこの町を通ると、「山梨」以外の何物でもないように思えてくるから不思議である。
ここでは、電車で相模湖町の唯一の駅である「相模湖駅」に向かい、さらにその先の山梨県大月市まで行ったAさんの旅日記を見てみることにしよう。
- 『東京都八王子市のほぼ西端の駅・高尾駅、まずはここから中央本線の山梨方面に向かう列車に乗ってみる。電車は高尾駅を出ると、景色は急に市街地から山岳地帯に代わり、東京都と山梨県の間に広がる山脈を長いトンネルで抜ける。国境の長いトンネルを抜けるとそこは山国であった。電車は「相模湖」駅につき、さらに「藤野」、他にも何駅か停車していき、いつしか山梨県の甲府駅に着いた。……これは後から知ったことなのだが、あの時、高尾の山脈をトンネルで抜けた先で広がっていた町、山梨では無くて神奈川だったというのだ。あの景色、あの雰囲気はとても神奈川だとは思わなかった。あれを見て誰が神奈川だと思うだろうか。いや、思わないに違いない。』
なお、東京都八王子市と相模湖町の間には山脈がはだかっており、中央本線で高尾の先を抜けるといかにも「国境」を抜けたという感じがするのに比べ、神奈川と山梨の県境には山脈も無ければ「国境」らしい物も何も無い。つまり、電車で高尾から山梨に向かった人間は、高尾と山梨の間に神奈川が存在することを知らずに、高尾と相模湖の間に広がるトンネル(山脈)を「東京と山梨の境界線」と誤解してしまうのである。
少し勘のいい人なら「相模」の名のつくこの地名に疑問を抱きそうなものだが、おそらく、町に広がるとても「相模」と呼べるものではない山国的光景を見たら、そんな疑問も吹き飛んでしまうかもしれない。それに、そもそも特急の乗客は相模湖町(相模湖駅)など気にしていない。
このような事情から、非相模湖町民が、ここを山梨だと勘違いするのはごく自然といえよう。実際、町の様子は山梨そのものなのだから。
名所(?)・景勝地など[編集]
相模湖[編集]
人工的に川をせきとめて作った湖(人工湖)で、相模湖町のシンボル。東京からわずか1時間の場所で、これだけ自然が広がる場所は珍しい。人がそれなりに来てもおかしくなさそうだが、実際にはあまりやる気の無さそうな感じである。ただし、自然は美しい。(←ここ、強調。)
美女谷温泉[編集]
小仏峠の近く、山間からさらに谷に入った場所にある温泉。
名前に"美女"が付いているから、どれだけ凄い美女がいるかと思えば……
などと過度な期待をして訪れると……
こういう(美女というにはほど遠い)おばさん、老婆ばかりで落ち込むのが関の山だから、注意が必要である。期待してはいけない。
実際、山深く、美女というよりも老婆(妖怪)が出てきそうな場所にある。
その他[編集]
- 城山(小仏城山)
- さがみ湖リゾート プレジャーフォレスト(旧:相模湖ピクニックランド)
相模原市役所による弾圧[編集]
相模湖町(であった所)は、合併によって相模原市に吸収された他の3つの町(藤野町、津久井町、城山町)と同じく、相模原政府から弾圧を受けている。弾圧はいろいろ行われているが、大きいのはやはり同化政策であろう。
かつて、相模湖町が自治体だった頃は、町独自のホームページを持つことができ、外部に観光・移住情報など自分の町についてアピールしたり、町民に公共サービスやイベントの告知などを行うことが出来たが、相模原の一部と化し、ホームページを持つことを禁止されてからは、それも出来なくなり、不便になり、政治的に相模原に飲み込まれつつある。なお、町の名前はかつて「さがみこまち」であったが、合併後はわざわざ「さがみこちょう」に改められている。(神奈川県内では規則上「○○町」(自治体)の「町」の部分は全て「まち」と読む。)これも相模原市には何かの狙いがあるのだろう。
一応、自治区として認められていたり、地域自治区広報誌の発行が認められるなどしているが、あくまで形式的であり、自治権などほとんど無いに等しいし、広報誌も町の外部では手に入れることができない。
なおその「地域自治区」は2011年に廃止され、また隣接する旧藤野町や津久井町との境にあった標識も無くなり、旧相模湖町はもはや旧藤野・旧津久井・旧城山と完全にちゃんぽんになり、事実上解体されてしまった。もうそこに一つの独立した町があったことなどよそから来た人には知る由も無いだろう。地図上からも名前が消えてしまったし。さよなら相模湖町。フォーエバー相模湖町。合掌。
2014年2月の関東甲信豪雪では[編集]
2014年2月、東日本の太平洋側一帯では二度に渡り豪雪が降った。これらの豪雪は、新潟の山間部など日本海側地方一帯では決してそれほど珍しい積雪量ではなかったが、日本海側と違って、元々冬季の降水量自体が極端に少ない太平洋側地方、特に山梨や埼玉西部では未だかつてその地で経験したことの無いものであった。
山梨・埼玉西部においては観測史上初となる豪雪により、交通が長期間にわたりマヒし家に閉じ込められ、家屋・農業用施設も多数損壊する大災害となった。山梨での二度目の積雪は甲府盆地でも1mを超える積雪を記録。山梨で気象観測を始めたのは約120年前であるから、少なくとも過去120年は起きていない非常事態であり、山梨でのこのような豪雪は120年どころかおそらく何百年何千年ぶりの出来事であろう。激甚災害となったのも無理はない。
なおこの2014年2月豪雪における二度目の積雪では、神奈川県横浜市では30cm程度の積雪を記録、神奈川県相模原市の中央区でも30cm程度であった。山梨県では1mを超える積雪を記録したが、相模原市緑区の相模湖町でも1mの積雪を記録した。
やっぱり相模湖町は「山梨」なのである。
少なくとも、決して『相模原市』ではないのだ。
関連項目[編集]
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相模原市 : | 中央区 | 緑区 (相模湖町) | 南区 |
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湘南 : | 鎌倉市 | 平塚市 | 藤沢市 | 茅ヶ崎市 | 寒川町 |
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