ameriTRAM(アメリトラム)は、日本の鉄道車両メーカーである近畿車輛が開発した路面電車車両の名称。アメリカ合衆国向けに設計された超低床電車で、架線が設置されていない区間でも充電池に貯めた電気で走行可能な部分架線レスシステム「e-Brid」を搭載する。2010年の量産先行車製造当初はLFX-300と呼ばれていた[1][2][3][4][8][9][10]

ameriTRAM
LFX-300
DARTライトレールで試験走行中の"ameriTRAM"(2011年撮影)
基本情報
製造所 近畿車輛
製造年 2010年
製造数 1両(3車体連接車)
主要諸元
軌間 1,435 mm
電気方式 直流750 V
架空電車線方式
最高運転速度 80 km/h
起動加速度 1.3 m/s2
減速度(常用) 1.3 m/s2
減速度(非常) 2.3 m/s2
車両定員 営業先行車 106人
3車体連接車 115人(着席28人)
5車体連接車 150人(着席62人)
7車体連接車 190人(着席96人)
(乗車密度4人/m2時)
車両重量 3車体連接車 32 t
5車体連接車 48 t
7車体連接車 64 t
全長 3車体連接車 20,000 mm
5車体連接車 30,000 mm
7車体連接車 40,000 mm
全幅 2,460 mm - 2,650 mm
全高 3,800 mm
床面高さ 350 mm
車輪径 600 mm
固定軸距 1,800 mm
台車中心間距離 10,800 mm
発電機 静止型インバータ(SIV、28kVA)
主電動機 三相誘導電動機(208V、60Hz)
主電動機出力 120 kw
出力 営業先行車 480 kw
制御方式 VVVFインバータ制御IGBT素子)
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ油圧式ディスクブレーキ電磁吸着ブレーキ
備考 主要数値は[1][2][3][4][5][6][7]に基づく。
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開発までの経緯

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ボストンマサチューセッツ湾交通局向けの電車1986年に製造して以降、近畿車輛アメリカ合衆国における路面電車・ライトレール向け車両市場において高いシェアを維持し続けていた。その中でも特に多く製造されていたのは、両端の動力台車を除いた車内の70%が低床構造である部分超低床電車であった。一方、アメリカにおけるライトレールやストリートカー[注釈 1]は需要と共に増加の一途をたどる一方、都市の景観保護や地上設備の簡素化のため一部区間で架線の設置を避ける、環境に優しい省エネ化を目指すなど車両や施設に関する要望も多様化を見せ始めていた。そこで近畿車輛はアメリカの現地子会社である近畿車輛アメリカと共に新機軸の車両を開発した。これがameriTRAMである[1][2][12][13]

概要

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構造

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営業先行車として製造された最初の車両は動力台車を有する先頭車体(A車、B車)が台車がないフローティング構造の中間車体(C車)を挟み込む3車体連接式となっており、顧客の要望に応じて5車体、7車体に編成を伸ばす事も可能である。台車を4軸独立車輪方式とする事で先頭車体も低床化され、車内の全て(100%)が低床構造となっている[2][6]

車内の座席配置は先頭車体がクロスシート、中間車体がロングシートとなっており、中間車体の腰掛下部には後述のリチウムイオン充電池が搭載されている。乗降扉はプラグドアで、先頭車体は片開き、中間車体は両開きである[2]

アメリカにおける厳しい安全基準に適合させるため、ニュージャージー・トランジット向け車両フェニックス向け車両と同様、専用アルミ形材の連続壁面座屈を利用する衝撃吸収構造が車端台枠の長手方向に直並列に配置されている。また、充電池を搭載する関係から冷却のための通気口が中間車体下部に存在するが、台枠や構体の形状に工夫を加える事で強度が確保されている[2]

先に述べた通り、100%低床構造を実現させるため台車(電動台車)は車軸が無い4軸独立車輪を用いられる。主電動機は1台車につき2基搭載され、制動装置として油圧式ディスクブレーキと非常用の電磁吸着ブレーキが設置される。また、2次ばね装置として油圧サスペンションを使用する事で床面高さの正確な制御が可能となっているほか、エアコンプレッサーが省略され機器構造の簡素化が実現している。制御装置補助電源装置空調装置などの電気機器は屋根上に設置されている[3][12]

e-Brid

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ameriTRAM最大の特徴である「e-Brid」は、主要機器として電動機、制御装置、補助電源装置に加えリチウムイオン充電池と充放電制御装置を搭載した、架線がない区間でも走行可能な部分架線レスシステムである。電化区間では集電装置(シングルアーム式パンタグラフ)から給電された電力が制御装置や補助電源装置に加え、充放電制御装置により降圧された上でリチウムイオン充電池へと流れ充電が行われる一方、非電化区間(架線レス区間)では充電池に蓄積された電気が接触器を介して制御装置や補助電源装置へと流れる。制動装置に回生ブレーキを搭載しており、満充電時を除いて回収した電力は充電池へ蓄えられる。これにより、AmeriTRAMは充電池を用いて最大8 kmまで走行可能である[2][3][12][8]

この充電池モジュールにはジーエス・ユアサコーポレーションと近畿車輛が共同で開発を手掛けた「LIM30H-8A」形が用いられ、中間車体に左右12個づつ、計24個が搭載されている。モジュール外装部品に絶縁性が高い樹脂材料を用いることで小型化・軽量化が実現している他、強制冷却方式に対応しており効率的な空冷が可能となっている。また電池監視装置が搭載されており、全セル電圧やモジュール温度などの情報は充電器や車両管理システムへ逐一送信される。モジュールの主な仕様は以下の通りである[9][13]

LIM30H-8A リチウムイオン充電池
公称電圧 28.8V
動作電圧範囲 23.2-33.2V
公称容量 30Ah
連続通電電流 100A
最大許容電流 600A
重量 20kg

試験走行

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2010年に試作車となる3車体連接車が完成し、まず同年5月から日本の近畿車輛工場内の試験線を用いた試験走行が実施された。翌2011年1月ノースカロライナ州シャーロットで公開が行われて以降はダラスシンシナティワシントンD.C.など各都市で展示やデモンストレーション走行が実施された。これらを始め興味を示した都市は複数存在したが、最終的には後述する他企業の超低床電車が導入されており、2019年の時点で"AmeriTRAM"の量産およびアメリカ合衆国の都市への導入は行われていない[3][4][5][8][14]

関連形式

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脚注

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注釈

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  1. ^ 都心と郊外を結ぶライトレール(Light Rail)に対し、併用軌道を主体とし都心を走る従来の路面電車は"ストリートカー"(Streetcar)と呼ばれている[11]

出典

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  1. ^ a b c 米谷弘 2011, p. 42.
  2. ^ a b c d e f g 米谷弘 2011, p. 43.
  3. ^ a b c d e 米谷弘 2011, p. 44.
  4. ^ a b c 架線があってもなくても走行可能な、リチウムイオン蓄電池駆動100%低床LRV営業先行車が完成”. 近畿車輛 (2010年7月21日). 2019年12月24日閲覧。
  5. ^ a b William C. Vantuono (2011年4月1日). “Suppliers eye market for ‘hybrid’ streetcars”. Railway Age. 2010年7月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年12月24日閲覧。
  6. ^ a b ameriTRAMTM Specifications”. Kinki Sharyo. 2019年12月24日閲覧。
  7. ^ フリーランス・プロダクツ 2016, p. 52.
  8. ^ a b c LFX-300 Ameritram hybrid streetcar unveiled in Charlotte”. Railway Gazette (2011年1月21日). 2019年12月24日閲覧。
  9. ^ a b 鉄道用リチウムイオン電池「LIM30H-8A」を活用したシステム ~近畿車輛株式会社殿開発の米国向け次世代型LRV営業先行車「LFX-300」に搭載決定~”. ジーエス・ユアサコーポレーション (2010年8月18日). 2019年12月24日閲覧。
  10. ^ Karol Wach (2011年1月24日). “LFX-300 – hybrydowy tramwaj w Charlotte” (ポーランド語). InfoTram. 2019年12月24日閲覧。
  11. ^ 宇都宮浄人; 服部重敬 (2010-12-16). LRT-次世代型路面電車とまちづくり-. 交通ブックス. 成山堂書店. pp. 148. ISBN 978-4425761814 
  12. ^ a b c d フリーランス・プロダクツ 2016, p. 41.
  13. ^ a b c 宮坂正太郎 (2011年11月11日). “次世代路面電車は「架線レス」 電池車両が商用段階に”. 日本経済新聞. 2019年12月24日閲覧。
  14. ^ a b Liberty Streetcars”. Brookville Equipment Corporation. 2019年12月24日閲覧。
  15. ^ フリーランス・プロダクツ 2016, p. 37.
  16. ^ 近畿車輛殿開発の「Smart BEST」に当社製リチウムイオン電池が採用”. ジーエス・ユアサコーポレーション (2012年12月20日). 2019年12月24日閲覧。
  17. ^ フリーランス・プロダクツ 2016, p. 40.
  18. ^ 小笠正道バッテリー搭載型電車の展開」『GS Yuasa Technical Report』第8巻第1号、ジーエス・ユアサコーポレーション、2011年6月、2-15頁、2019年12月24日閲覧 
  19. ^ Seattle accelerates its light rail plans”. Tramways & Urban Transit (2016年8月22日). 2019年10月18日閲覧。

参考資料

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  • フリーランス・プロダクツ「ハイブリッド大全」『鉄道ファン』第56巻第1号、2016年1月1日、6-53頁、ASIN B00MFPV23C 

外部リンク

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