長谷部誠

日本のサッカー選手

長谷部 誠(はせべ まこと、1984年1月18日 - )は、静岡県藤枝市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダーディフェンダー。元日本代表

長谷部 誠
名前
愛称 カイザー、メトシェラ
カタカナ ハセベ マコト
ラテン文字 HASEBE Makoto
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-01-18) 1984年1月18日(40歳)
出身地 静岡県藤枝市
身長 180cm[1]
体重 73kg[1]
選手情報
ポジション MF / DF
利き足 右足
ユース
1999-2001 日本の旗 藤枝東高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2007 日本の旗 浦和レッズ 149 (12)
2008-2013 ドイツの旗 ヴォルフスブルク 135 (5)
2013-2014 ドイツの旗 ニュルンベルク 14 (0)
2014-2024 ドイツの旗 フランクフルト 235 (2)
通算 533 (19)
代表歴2
2002-2003  日本 U-19/20
2006-2018[2] 日本の旗 日本 114 (2)
監督歴
2024- ドイツの旗 フランクフルトII(アシスタント)
2024- 日本の旗 日本(コーチングスタッフ)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年5月17日現在。
2. 2018年7月2日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

妻はモデルの佐藤ありさ

2006年から、代表引退を発表した2018年まで日本代表に選ばれ続け、キャプテンとしてワールドカップに3度出場(2010年2014年2018年)。キャプテンとして出場した代表での試合数は81試合で、日本代表歴代1位である。ブンデスリーガにおいて外国人の選手としては、クラウディオ・ピサーロに次ぐ歴代2位の出場記録保持者であり、アジア出身の選手としては歴代1位である[3]。2019年にはドイツのサッカー専門誌『kicker』選出のシーズンベスト11と、欧州サッカー連盟(UEFA)が選ぶヨーロッパリーグ(EL)の優秀選手に選出されている[4][5]

来歴

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生い立ち

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静岡県藤枝市出身、祖父が「誠」と命名[6]。青島東サッカースポーツ少年団[7]藤枝市立青島東小学校)、藤枝市立青島中学校サッカー部を経て、静岡県立藤枝東高等学校に入学[8]。2年の終わり頃からレギュラーとしてプレーした[9]U-18日本代表候補への選出と2001年の全国高校総体準優勝などの実績はあったが全国高校サッカー選手権には未出場だったことなどから[10][11] 県内2クラブ(清水エスパルスジュビロ磐田)からのオファーは無く、県選抜でのプレーを見た浦和レッズのスカウトから勧誘を受ける[11]。浦和の他には名古屋グランパス明治大学などからも勧誘を受けていた[12]

浦和レッズ

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高校卒業と同時に浦和に加入。1年目はカップ戦1試合のみの出場だったが、2年目の2003年はトップ下やボランチの選手として年間通して出場機会を得た。そして、3年目の2004年はシーズン当初こそ山瀬功治に代わってトップ下で出場していたが、シーズン中盤以降は鈴木啓太とダブルボランチを組み、浦和の2ndステージ優勝などに貢献した。この年はナビスコカップ・ニューヒーロー賞Jリーグ・ベストイレブンに選出された。

2005年から2007年の間も鈴木啓太と中盤の底でコンビを組み、レギュラーとしてJ1優勝やAFCチャンピオンズリーグ優勝をはじめとした浦和のタイトル獲得に貢献した。2005年末に初めて日本代表に選ばれたが、2006年のワールドカップの代表メンバーからは漏れてしまう。その後、イビチャ・オシムが監督を務めると日本代表に復帰したが、2007年はシーズン序盤に負傷したこともあって代表戦の出場機会はなく、同年12月に代表監督に再任した岡田武史に選ばれるまでは日本代表から遠ざかっていた。

ヴォルフスブルク

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ヴォルフスブルクでの長谷部(2008年)

2008年1月1日ドイツ・ブンデスリーガVfLヴォルフスブルクに移籍。代理人は香川真司内田篤人らと同じトーマス・クロート。2月、冬季中断明け初戦のビーレフェルト戦に後半開始から出場し、海外リーグでのデビューを移籍後早々に果たした。同年4月27日のアウェーでのレバークーゼン戦でブンデスリーガ初得点を記録。

移籍2シーズン目となる2008-09シーズンは前シーズンまでのボランチに加え、右サイドハーフ、右サイドバックでもプレー。2009年3月28日に行われた南アフリカワールドカップ・アジア最終予選バーレーン戦の試合中の故障により、優勝争いも佳境に迫ったリーグ終盤戦に一時離脱するアクシデントがあったものの、クラブのドイツ国内主要大会初優勝に貢献した。このシーズン途中に移籍してきた大久保嘉人とともに、奥寺康彦以来31年ぶりにブンデスリーガ優勝を経験した日本人となった。

9月16日UEFAチャンピオンズリーグの開幕戦であるCSKAモスクワ戦に途中出場し、日本人選手として5人目のUEFAチャンピオンズリーグ出場を果たした。また、リーグ戦では9月18日の第6節シャルケ04戦でエディン・ジェコの決勝点をアシスト、9月26日の第7節ハノーファー96戦で今季初得点を決めるなどの活躍を見せ、2009-10シーズンはリーグ戦1得点6アシストを記録する。9月30日、CLグループリーグ第2節、アウェーでのマンチェスター・ユナイテッド戦ではスタメン出場し、後半11分に絶妙なクロスでジェコの先制点をアシストした。

2011年8月19日ボルシアMG戦で2シーズンぶりとなるリーグ戦での得点を決めた。9月17日、第6節ホッフェンハイム戦では右サイドバックとして出場するも、1点ビハインドでの後半35分にGKマルヴィン・ヒッツがレッドカードで退場。チームは既に交代枠を使い切っていたため、長谷部が急遽GKを務めることになった[13]。馴れないポジションでありながら、正確なロングフィードを出したり、クロスボールにも飛び出してキャッチするなど奮闘するも、後半40分に失点し、チームは1-3で敗戦した。なお、日本人が欧州5大リーグでGKを務めるのはこれが初めてであった。2011-12シーズンは23試合に出場するも本職とは違うサイドバックでの起用がほとんどであった。

2012-13シーズンに入ると移籍志願で揉めた事で開幕から8試合連続ベンチ外という苦しい状況が続いたが、成績不振により監督のフェリックス・マガトが解任された直後の第9節デュッセルドルフ戦でリーグ戦初出場を果たすと、アシストを決めるなどチームの開幕戦以来の勝利に貢献した。その後は本職ではないが右サイドハーフとしてスタメンの座は守った。

ニュルンベルク

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2013-14シーズン開幕後、再び本職であるボランチでの出場を希望し自ら移籍を志願。2013年9月2日、1.FCニュルンベルクへの移籍が発表された[14]。契約期間は3年間。ニュルンベルクはそれまで勝利がなく、長谷部にかかる期待は大きかったが以降もチーム状況は上向かず、結局ブンデスリーガ史上初の前半戦未勝利に終わった。1月の合宿で右ひざの半月板を損傷し離脱すると[15]、2月にはチーム練習に合流するも再び同箇所を痛め帰国。2月28日に再手術を行ったことがクラブより発表された。5月11日の最終節で復帰を果たしたが、チームは不振から脱せず2部降格となった。

フランクフルト

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アイントラハト・フランクフルト時代(2019年)

2014年6月2日アイントラハト・フランクフルトと2年契約を締結[16]。2014-15シーズンは、開幕からシーズン通してボランチを務め、出場停止の1試合を除くチーム最多、自身としてもブンデスリーガ移籍後では最多となるリーグ戦33試合に出場し、チームを支え続けた。

2015-16シーズン、開幕前にトーマス・シャーフが辞任しアルミン・フェーが新監督に就任すると右サイドバックとしてプレーする機会が増加しチームも低迷[17]2016年1月30日のブンデスリーガ・第19節アウクスブルク戦に出場し、奥寺康彦に続く日本人2人目となるブンデスリーガ通算200試合出場を達成[18]。2016年3月にフェーが解任されニコ・コバチが監督の座につくと再びボランチに固定され[17]、4月30日の第32節・ダルムシュタット戦では1091日ぶりに得点をきめるなど自身も復調を見せた。チームは16位でリーグ戦を終え、古巣ニュルンベルクとの入れ替え戦に勝利し、残留を決めた。入れ替え戦2試合にフル出場したが、古巣ニュルンベルクが相手だったため、「2年前このチームが降格したときに関わっていた一選手として、心の底から本当に喜ぶという感覚が沸いてこない」と複雑な気持ちを明かしている[19]

2016-17シーズン、2016年10月28日のブンデスリーガ第9節ボルシアMG戦では3バックの中央で先発して3試合連続の無失点に抑えて以降、リベロとしての起用が増加[20]。12月20日、フランクフルトとの契約を2018年まで延長したことを発表した[21]。2017年1月27日、第18節のシャルケ戦では今季初アシストを記録。2月5日、第19節のダルムシュタット戦で今季初得点を決めた。3月5日、第25節のフライブルク戦では奥寺康彦が保持していたブンデスリーガにおいて日本人最多出場記録を更新した[22]。3月11日に行われた第24節のバイエルン・ミュンヘン戦でクリアの際にポストに激突し、左脛を6針縫合するケガを負い、さらにその後に右膝の負傷も発覚し、手術を行った[23]。この怪我の影響で以降の試合全てを欠場した。

2017-18シーズン、前シーズンの怪我や手術の影響もあり約5ヶ月間公式戦の出場は無かったが、2017年8月12日に行われたDFBポカール1回戦・エルンテブリュック戦で復帰を果たした[24]。2018年1月27日、第20節のボルシアMG戦でフランクフルトにおいて出場した試合数が100試合に到達した[25]。4月21日におこなわれた第31節のヘルタ・ベルリン戦において、57分に相手にPKを献上し先制を許した後、80分にダヴィー・ゼルケの顔面への肘打ちで一発退場となり[26][27]、24日にドイツサッカー連盟から「相手選手に対する悪質な反スポーツ行為」として4試合の出場停止処分(うち最後の1試合は執行猶予処分)を科された。この処分により、長谷部は3試合を残してリーグ戦全日程を終えることとなった[28]。5月19日、DFBポカール決勝のバイエルン・ミュンヘン戦では先発出場し、3-1で勝利に貢献して優勝カップを手にした[29]。ドイツ移籍後では、ヴォルフスブルク時代のリーグ優勝以来のタイトル獲得となった。

2018-19シーズン、2018年9月24日に行われた第4節のRBライプツィヒ戦で、3バックの中央(リベロ)で今シーズン初出場を果たす[30]。その後もリベロとしてフル出場を重ね、前半戦のリーグベストイレブンとベストCBに選出された[31]。クラブは国内リーグで上位をキープしていたが、終盤に失速し7位で終える。出場したUEFAヨーロッパリーグ(EL)では、下馬評を覆して躍進し準決勝まで進出した。今シーズンのリーグ公式ベストイレブン候補にノミネートされたが選出とはならなかったが[32]、ドイツのサッカー専門誌『kicker』で今シーズンのベストイレブンに選出された。また、UEFA公式からはELベスト4進出の貢献度を評価され、EL優秀選手にも選出された[4]

2020-21シーズン、2020年5月23日にフランクフルトは長谷部との契約を1年延長したことを発表。引退後はクラブのアドバイザーを務めることも明らかになった。6月6日、第30節の1.FSVマインツ05戦でブンデスリーガにおいてアジア人で史上最多となる309試合出場を果たした[33]。これまでこの記録を保持していた車範根は、長谷部について「高い名声を手にし、若い選手たちの手本で、根気、リーダーシップで記録を作った。記録達成を心から祝いたい」と賞賛した[34]

2021-22シーズン、2022年2月18日にフランクフルトと2027年までの新契約を締結した[35]。 ヨーロッパリーグ決勝レンジャーズ戦では、後半13分から途中出場、セバスティアン・ローデ交代後はキャプテンマークも巻いて好プレーを見せて優勝に貢献[36][37]。チームは42年ぶりの同タイトル優勝を果たした。

 
チーム最年長38歳でのプレー(2022年)。翌年リーグ歴代最年長出場ランキング入り

2022-23シーズン、チャンピオンズリーグのグループリーグ第2節、マルセイユ戦で先発し、約13期振りとなる同大会出場を果たし[38]、次節のトッテナム戦では、イングランド代表のエースでキャプテンのハリー・ケインを完全に押さえ、賞賛された[39][40]。1月28日、第17節バイエルン戦でフル出場した。これにより、フィールドプレーヤーのリーグ歴代最年長出場ランキングでトップ10入りを果たした[41]。3月21日、東京都内で会見を開き、フランクフルトとの契約を1年延長したことを発表した[42]。DFBポカール準決勝のシュトゥットガルト戦で鎌田大地の得点をアシストして決勝進出を決めたが、この39歳と105日でのアシストはポカールにおいての最年長アシスト記録となった[43]

2023-24シーズン、開幕戦のダルムシュタット戦で途中出場を果たし、クラブでの最年長出場記録を更新(39歳214日での出場)した[44]。10月8日に行われたブンデスリーガ第7節、1.FCハイデンハイム戦に途中出場し、フランクフルトでのブンデスリーガ出場229試合目となり、これでオカ・ニコロフ氏に並ぶ外国人選手の出場数でクラブ史上最多タイを記録した[45]。2024年4月17日に今季限りでの現役引退を発表した [1][46]。ドイツ1部通算384試合の出場、外国人の選手としてはロベルト・レヴァンドフスキ(ポーランド)と並んで歴代2位タイに浮上。同1位のクラウディオ・ピサーロ(490試合)には届かなかったが、アジア人選手としては歴代1位の出場記録を残した[47]

代表

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2006年1月の代表合宿、2月のアメリカ遠征の際にサッカー日本代表に初選出された。2月11日、親善試合のアメリカ戦では後半途中から出場し、持ち味であるドリブル突破や試合終了間際に見せたスルーパスなど、デビュー戦ながら存在感を示した。2月22日アジアカップ予選インド戦に先発し、後半13分に代表初得点を決めたかと思われたが、審判団の協議の結果、長谷部のシュートが巻誠一郎に当たって入っており巻の得点となった。2006年のドイツワールドカップのメンバーには選ばれなかった。イビチャ・オシムが日本代表監督に就任すると、再び代表に選出されたが、2007年以降は代表から漏れることが多くなった。

2008年5月15日岡田武史の監督就任後初めて日本代表に選出。キリンチャレンジカップ第1戦(対コートジボワール)に出場し、前半、右サイドを駆け上がっての絶妙なセンタリングで、同じく代表に復帰した玉田圭司のゴールをアシスト。1-0の勝利に大きく貢献した。以後の代表戦において、遠藤保仁とのダブルボランチを形成しレギュラーに定着する。

 
日本代表でのプレー(2009年)

2009年6月6日、ワールドカップ出場権獲得に王手をかけた南アフリカワールドカップ・アジア最終予選アウェーでのウズベキスタン戦にスタメン出場。この試合に1対0で勝利し、4大会連続4度目のW杯出場を決めた。

11月18日アジアカップ最終予選香港戦で代表初得点を挙げた。

2010年5月10日、南アフリカで開催された2010 FIFAワールドカップの日本代表メンバーに選出。岡田から長らくキャプテンを務めていた中澤佑二に代わるゲームキャプテンに指名され(チームキャプテンは川口能活)、W杯ではグループリーグ3試合と、決勝トーナメント1回戦にキャプテンとして先発出場し、日本代表のベスト16入りに貢献した。

10月8日、国際親善試合のアルゼンチン戦では、岡崎慎司の決勝点の起点となる強烈なミドルシュートを放つなど活躍し、日本代表の歴史的勝利に貢献した[48]

南アフリカW杯後に日本代表監督に就任したアルベルト・ザッケローニからも引き続きキャプテンを任され、2011年1月にカタールで開催されたアジアカップでは、全6試合にほぼフル出場し、日本代表の2大会ぶりの優勝に貢献。グループリーグのシリア戦では先制点を挙げた。

2014年6月に開催された2014 FIFAワールドカップ前には、同年2月に手術した右膝の炎症が再発し直前の親善試合ではキプロス戦以外は全て欠場。本大会では全試合スタメンで出場したが、チームはグループリーグ敗退となった。

2016年9月1日に行われた2018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選UAE戦で、日本代表史上6人目となる通算100試合出場を達成[49]

2017年3月に負った怪我や手術の影響で代表の試合にしばらく出場出来なかったが、W杯出場の懸かった8月31日のアジア最終予選・オーストラリア戦で代表復帰。キャプテンとしてフル出場を果たし、2大会連続キャプテンとしてW杯出場に貢献した[50]

2018年6月、ロシアワールドカップのメンバーに選出され、W杯3大会連続出場を果たす。ダブルボランチの一角として全試合に出場し、キャプテンとしてGL突破に貢献[51]。しかし、チームは決勝トーナメント1回戦で敗れてベスト16止まりに終わり、自身のインスタグラムにてこの大会限りでの代表引退を表明した[52]

引退後

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2024年5月24日に都内で引退会見を行なった[53]。すでにドイツでB+級ライセンスを取得しており[54]、今後は数か月間の休養を経て「フランクフルトで指導者の道へ進む」と会見で明言した[53]

同年9月からフランクフルトII(U-21)のアシスタントコーチに就任[55]。さらに、同じく9月からの2026 FIFAワールドカップ・アジア最終予選より、サッカー日本代表のコーチングスタッフに就任した。フランクフルトのコーチ職は兼任する[56]

プレースタイル

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センターハーフを本職としつつサイドでの起用にも対応する高い戦術理解力と抜群の安定感を兼ね備える[57]

浦和時代は繊細なボールタッチを持ち味とする司令塔として活躍したが、ヴォルフスブルク移籍後は中盤の攻撃的な位置や守備的な位置に加え、右サイドバックやセンターバックに入ることもできるユーティリティプレイヤーに進化[58]。持ち前のテクニックに加え、欧州仕様のフィジカルと対人プレーの強さを体得し、守備でも危険察知能力、カバーリングが成長した[59][60][61]。またファールの少ないフェアプレー精神の持ち主であり、2019-20シーズンの出場時間に対するファールの割合は353分に1ファールと2位以下に大きく差をつけブンデスリーガ1位を記録した[62][63]

ヴォルフスブルク時代に重用されたフェリックス・マガト監督からは優れたテクニックと共に語学学習能力の高さやコミュニケーション能力の高さを評価されている[64]

フランクフルト時代に長谷部を指導したニコ・コバチは「3バックの中心としても、ボランチとしても常に我々の助けとなってくれる存在だ。誠はどこで起用されても、決して不平不満を口にすることなく、常に力を出しつくす、なんでもできる、疲れ知らずの選手なんだ。ぜひ強調しておきたいのだが、彼はまさに『ソルジャー』というタイプの選手だよ」と評価している[65]

エピソード

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所属クラブ

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ユース経歴
プロ経歴

個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002 浦和 32 J1 0 0 1 0 0 0 1 0
2003 17 28 2 9 1 1 1 38 4
2004 27 5 8 2 4 2 39 9
2005 31 2 9 2 5 2 45 6
2006 32 2 6 0 4 1 42 3
2007 31 1 2 0 1 0 34 1
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2007-08 ヴォルフスブルク 13 ブンデス1部 16 1 - 1 0 17 1
2008-09 25 0 - 2 0 27 0
2009-10 24 1 - 1 0 25 1
2010-11 23 0 - 1 0 24 0
2011-12 23 1 - 1 0 24 1
2012-13 23 2 - 4 0 27 2
2013-14 1 0 - 0 0 1 0
ニュルンベルク 15 14 0 - 0 0 14 0
2014-15 フランクフルト 20 33 0 - 2 0 35 0
2015-16 32 1 - 2 0 34 1
2016-17 22 1 - 3 0 25 1
2017-18 24 0 - 5 0 29 0
2018-19 28 0 - 1 0 29 0
2019-20 23 0 - 3 0 26 0
2020-21 29 0 - 0 0 29 0
2021-22 18 0 - 1 0 19 0
2022-23 18 0 - 5 0 23 0
2023-24 8 0 - 3 0 11 0
通算 日本 J1 149 12 35 5 15 6 199 23
ドイツ ブンデス1部 384 7 - 35 0 419 7
総通算 533 19 35 5 50 6 618 30

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFCACLクラブW杯
2007 浦和 17 11 2 3 0
UEFAUEFA ELUEFA CL
2008-09 ヴォルフスブルク 13 6 1 -
2009-10 2 0 6 0
2018-19 フランクフルト 20 14 0 -
2019-20 8 0 -
2021-22 7 0 -
2022-23 - 4 0
通算 AFC 11 2 3 0
通算 UEFA 37 1 10 0

その他の国際公式戦

タイトル

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クラブ

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浦和レッズ
ヴォルフスブルク
フランクフルト

代表

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日本代表

個人

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  • Jリーグベストイレブン:2004
  • Jリーグ優秀選手賞:2004, 2005, 2006, 2007
  • Jリーグカップ ニューヒーロー賞:2004
  • キッカー誌選出「ブンデスリーガ年間ベストイレブン」: 2018-19
  • キッカー誌選出「ブンデスリーガ前半戦ベストイレブン」: 2018
  • キッカー誌選出「ブンデスリーガ前半戦ベストCB」: 2018
  • VDV ブンデスリーガベストイレブン:2019
  • UEFAヨーロッパリーグ 優秀選手:2018-19
  • アジア国際最優秀選手賞:2018
  • 外務大臣表彰:2021
  • 藤枝市民栄誉賞:2018
  • 藤枝市スポーツ栄誉顕彰:2010
  • HEROs AWARD:2018

代表歴

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2018 FIFAワールドカップ・決勝トーナメント1回戦・ベルギー戦でキャプテンとしてプレーする長谷部

出場大会

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試合数

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  • 国際Aマッチ 114試合 2得点 (2006年 - 2018年)


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2006 6 0
2007 0 0
2008 10 0
2009 11 1
2010 10 0
2011 15 1
2012 11 0
2013 14 0
2014 6 0
2015 12 0
2016 9 0
2017 2 0
2018 8 0
通算 114 2

出場

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No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦相手 結果 監督 大会
1. 2006年02月10日  サンフランシスコ   アメリカ合衆国 ●2-3 ジーコ 国際親善試合
2. 2006年02月22日  神奈川県 横浜国際総合競技場   インド ○6-0 アジアカップ予選
3. 2006年05月09日  大阪府 長居陸上競技場   ブルガリア ●1-2 キリンカップ
4. 2006年08月09日  東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場   ブラジル ○2-0 イビチャ・オシム キリンチャレンジカップ
5. 2006年10月04日  神奈川県 横浜国際総合競技場   ガーナ ●0-1 キリンチャレンジカップ
6. 2006年10月11日  バンガロール   インド ○3-0 アジアカップ予選
7. 2008年05月24日  愛知県 豊田スタジアム   コートジボワール ○1-0 岡田武史 キリンカップ
8. 2008年05月27日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   パラグアイ △0-0 キリンカップ
9. 2008年06月02日  神奈川県 横浜国際総合競技場   オマーン ○3-0 ワールドカップ予選
10. 2008年06月07日  マスカット   オマーン △1-1 ワールドカップ予選
11. 2008年06月14日  バンコク   タイ ○3-0 ワールドカップ予選
12. 2008年08月20日  北海道 札幌ドーム   ウルグアイ ●1-3 キリンチャレンジカップ
13. 2008年09月06日  マナマ   バーレーン ○3-2 ワールドカップ予選
14. 2008年10月09日  新潟県 新潟スタジアム   アラブ首長国連邦 △1-1 キリンチャレンジカップ
15. 2008年10月15日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   ウズベキスタン △1-1 ワールドカップ予選
16. 2008年11月19日  ドーハ   カタール ○3-0 ワールドカップ予選
17. 2009年02月11日  神奈川県 横浜国際総合競技場   オーストラリア △0-0 ワールドカップ予選
18. 2009年03月28日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   バーレーン ○1-0 ワールドカップ予選
19. 2009年05月27日  大阪府 長居陸上競技場   チリ ○4-0 キリンカップ
20. 2009年05月31日  東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場   ベルギー ○4-0 キリンカップ
21. 2009年06月06日  タシケント   ウズベキスタン ○1-0 ワールドカップ予選
22. 2009年09月05日  エンスヘーデ   オランダ ●0-3 国際親善試合
23. 2009年09月09日  ユトレヒト   ガーナ ○4-3 国際親善試合
24. 2009年10月08日  静岡県 静岡市清水日本平運動公園球技場   香港 ○6-0 アジアカップ予選
25. 2009年10月14日  宮城県 宮城スタジアム   トーゴ ○5-0 キリンチャレンジカップ
26. 2009年11月14日  ポート・エリザベス   南アフリカ共和国 △0-0 国際親善試合
27. 2009年11月18日  香港   香港 ○4-0 アジアカップ予選
28. 2010年03月03日  愛知県 豊田スタジアム   バーレーン ○2-0 アジアカップ予選
29. 2010年05月24日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   韓国 ●0-2 キリンチャレンジカップ
30. 2010年05月30日  グラーツ   イングランド ●1-2 国際親善試合
31. 2010年06月04日  シオン   コートジボワール ●0-2 国際親善試合
32. 2010年06月14日  ブルームフォンテーン   カメルーン ○1-0 ワールドカップ
33. 2010年06月19日  ダーバン   オランダ ●0-1 ワールドカップ
34. 2010年06月24日  ルステンブルク   デンマーク ○3-1 ワールドカップ
35. 2010年06月29日  プレトリア   パラグアイ △0-0(PK3-5) ワールドカップ
36. 2010年10月08日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   アルゼンチン ○1-0 アルベルト・ザッケローニ キリンチャレンジカップ
37. 2010年10月12日  ソウル   韓国 △0-0 国際親善試合
38. 2011年01月09日  ドーハ   ヨルダン △1-1 アジアカップ
39. 2011年01月13日  ドーハ   シリア ○2-1 アジアカップ
40. 2011年01月17日  アル・ライヤン   サウジアラビア ○5-0 アジアカップ
41. 2011年01月21日  ドーハ   カタール ○3-2 アジアカップ
42. 2011年01月25日  ドーハ   韓国 △2-2(PK3-0) アジアカップ
43. 2011年01月29日  ドーハ   オーストラリア ○1-0(延長) アジアカップ
44. 2011年06月01日  新潟県 新潟スタジアム   ペルー △0-0 キリンカップ
45. 2011年06月07日  神奈川県 横浜国際総合競技場   チェコ △0-0 キリンカップ
46. 2011年08月10日  北海道 札幌ドーム   韓国 ○3-0 キリンチャレンジカップ
47. 2011年09月02日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   北朝鮮 ○1-0 ワールドカップ予選
48. 2011年09月06日  タシケント   ウズベキスタン △1-1 ワールドカップ予選
49. 2011年10月07日  兵庫県 御崎公園球技場   ベトナム ○1-0 キリンチャレンジカップ
50. 2011年10月11日  大阪府 長居陸上競技場   タジキスタン ○8-0 ワールドカップ予選
51. 2011年11月11日  ドゥシャンベ   タジキスタン ○4-0 ワールドカップ予選
52. 2011年11月15日  平壌   北朝鮮 ●0-1 ワールドカップ予選
53. 2012年02月29日  愛知県 豊田スタジアム   ウズベキスタン ●0-1 ワールドカップ予選
54. 2012年05月23日  静岡県 静岡県小笠山総合運動公園スタジアム   アゼルバイジャン ○2-0 キリンチャレンジカップ
55. 2012年06月03日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   オマーン ○3-0 ワールドカップ予選
56. 2012年06月08日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   ヨルダン ○6-0 ワールドカップ予選
57. 2012年06月12日  ブリスベン   オーストラリア △1-1 ワールドカップ予選
58. 2012年08月15日  北海道 札幌ドーム   ベネズエラ △1-1 キリンチャレンジカップ
59. 2012年09月06日  新潟県 新潟スタジアム   アラブ首長国連邦 ○1-0 キリンチャレンジカップ
60. 2012年09月11日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   イラク ○1-0 ワールドカップ予選
61. 2012年10月12日  サンドニ   フランス ○1-0 国際親善試合
62. 2012年10月16日  ヴロツワフ   ブラジル ●0-4 国際親善試合
63. 2012年11月14日  マスカット   オマーン ○2-1 ワールドカップ予選
64. 2013年02月06日  兵庫県 御崎公園球技場   ラトビア ○3-0 キリンチャレンジカップ
65. 2013年03月22日  ドーハ   カナダ ○2-1 国際親善試合
66. 2013年03月26日  アンマン   ヨルダン ●1-2 ワールドカップ予選
67. 2013年05月30日  愛知県 豊田スタジアム   ブルガリア ●0-2 キリンチャレンジカップ
68. 2013年06月04日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   オーストラリア △1-1 ワールドカップ予選
69. 2013年06月15日  ブラジリア   ブラジル ●0-3 コンフェデレーションカップ
70. 2013年06月19日  レシフェ   イタリア ●3-4 コンフェデレーションカップ
71. 2013年08月14日  宮城県 宮城スタジアム   ウルグアイ ●2-4 キリンチャレンジカップ
72. 2013年09月06日  大阪府 長居陸上競技場   グアテマラ ○3-0 キリンチャレンジカップ
73. 2013年09月10日  神奈川県 横浜国際総合競技場   ガーナ ○3-1 キリンチャレンジカップ
74. 2013年10月11日  ノビサド   セルビア ●0-2 国際親善試合
75. 2013年10月15日  ミンスク   ベラルーシ ●0-1 国際親善試合
76. 2013年11月16日  ヘンク   オランダ △2-2 国際親善試合
77. 2013年11月19日  ブリュッセル   ベルギー ○3-2 国際親善試合
78. 2014年05月27日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   キプロス ○1-0 キリンチャレンジカップ
79. 2014年06月14日  レシフェ   コートジボワール ●1-2 ワールドカップ
80. 2014年06月19日  ナタール   ギリシャ △0-0 ワールドカップ
81. 2014年06月24日  クイアバ   コロンビア ●1-4 ワールドカップ
82. 2014年11月14日  愛知県 豊田スタジアム   ホンジュラス ○6-0 ハビエル・アギーレ キリンチャレンジカップ
83. 2014年11月18日  大阪府 長居陸上競技場   オーストラリア ○2-1 キリンチャレンジカップ
84. 2015年01月12日  ニューカッスル   パレスチナ ○4-0 アジアカップ
85. 2015年01月16日  ブリスベン   イラク ○1-0 アジアカップ
86. 2015年01月20日  メルボルン   ヨルダン ○2-0 アジアカップ
87. 2015年01月23日  シドニー   アラブ首長国連邦 △1-1(PK4-5) アジアカップ
88. 2015年03月27日  大分県 大分スポーツ公園総合競技場   チュニジア ○2-0 ヴァイッド・ハリルホジッチ キリンチャレンジカップ
89. 2015年06月11日  神奈川県 横浜国際総合競技場   イラク ○4-0 キリンチャレンジカップ
90. 2015年06月16日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   シンガポール △0-0 ワールドカップ予選
91. 2015年09月03日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   カンボジア ○3-0 ワールドカップ予選
92. 2015年09月08日  テヘラン   アフガニスタン ○6-0 ワールドカップ予選
93. 2015年10月08日  マスカット   シリア ○3-0 ワールドカップ予選
94. 2015年10月13日  テヘラン   イラン △1-1 国際親善試合
95. 2015年11月12日  シンガポール   シンガポール ○3-0 ワールドカップ予選
96. 2016年03月24日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   アフガニスタン ○5-0 ワールドカップ予選
97. 2016年03月29日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   シリア ○5-0 ワールドカップ予選
98. 2016年06月03日  愛知県 豊田スタジアム   ブルガリア ○7-2 キリンカップ
99. 2016年06月07日  大阪府 市立吹田サッカースタジアム   ボスニア・ヘルツェゴビナ ●1-2 キリンカップ
100. 2016年09月01日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   アラブ首長国連邦 ●1-2 ワールドカップ予選
101. 2016年09月06日  バンコク   タイ ○2-0 ワールドカップ予選
102. 2016年10月06日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   イラク ○2-1 ワールドカップ予選
103. 2016年10月11日  メルボルン   オーストラリア △1-1 ワールドカップ予選
104. 2016年11月15日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   サウジアラビア ○2-1 ワールドカップ予選
105. 2017年08月31日  埼玉県 埼玉スタジアム2002   オーストラリア ○2-0 ワールドカップ予選
106. 2017年11月10日  リール   ブラジル ●1-3 国際親善試合
107. 2018年03月23日  リエージュ   マリ △1-1 国際親善試合
108. 2018年03月27日  リエージュ   ウクライナ ●1-2 キリンチャレンジカップ
109. 2018年05月30日  神奈川県 横浜国際総合競技場   ガーナ ●0-2 西野朗 キリンチャレンジカップ
110. 2018年06月08日  ルガーノ   スイス ●0-2 国際親善試合
111. 2018年06月19日  サランスク   コロンビア ○2-1 ワールドカップ
112. 2018年06月24日  エカテリンブルク   セネガル △2-2 ワールドカップ
113. 2018年06月28日  ヴォルゴグラード   ポーランド ●0-1 ワールドカップ
114. 2018年07月02日  ロストフ・ナ・ドヌ   ベルギー ●2-3 ワールドカップ

ゴール

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# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2009年11月18日 香港   香港 ○4-0 AFCアジアカップ2011最終予選
2. 2011年1月13日 カタール   シリア ○2-1 AFCアジアカップ2011

指導者経歴

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  • 2024年 - フランクフルト
    • 2024年 - U-21コーチ
  • 2024年 - 日本サッカー協会
    • 2024年 - 日本代表コーチ

出演

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テレビ

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  • プーマジャパン「PUMA」 - ゲームの世界に入り込む男性「LOVE FOOTBALL」篇(2009年12月26日より)[83]
  • キリンビール 企業CM - 僕たちは、ひとりじゃない。「思いは、プレーに」篇(2011年4月15日より)[83]
  • TBSテレビ世界陸上」 - ニッポンにチカラをください。長谷部 篇(2011年5月12日より)[83]
  • キリンビール 企業CM - 僕たちは、ひとりじゃない。「思いは、プレーに」篇(2011年5月25日より。グループ出演)[83]
  • キリンビール 企業CM - 僕たちは、もっと強くなる。(2011年7月16日より。グループ出演)[83]
  • プーマジャパン「POWERCAT1.12」 - パスをつなげる人々(2011年11月12日より)[83]
  • キリンビール 企業CM - 私たちは、2011年を忘れない。(2011年12月16日より)[83]
  • キリンビバレッジ「キリン 大人のキリンレモン」- 大空翼に憧れてサッカーを始めた・新「キャプテン」篇(2012年4月10日より。漫画キャプテン翼』の主人公・大空翼とのコラボレーション[84][85]
  • フォルクスワーゲングループジャパン 企業CM - 「全方位の守り篇」「ボディがすべての基本篇」「矛盾を両立する走り篇」(2012年9月1日より)[83][86][87]
  • ニベア花王「8×4MEN」(2013年)
  • キリンビバレッジ「ボルヴィック」(2013年)
  • シチズン時計 「アテッサ」(2014)
  • 日本航空 (JAL) - 「挑戦を続ける人 長谷部誠篇」(2014年)

イメージキャラクター

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書籍

編集

脚注

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  1. ^ a b PROFILE - 長谷部誠オフィシャルウェブサイト 2015年11月12日閲覧
  2. ^ a b c “長谷部 誠”. サッカー日本代表データベース. http://www.jfootball-db.com/players_ha/makoto_hasebe.html 
  3. ^ 長谷部誠が309戦目出場で31年ぶり記録更新…ブンデス出場試合数歴代1位のアジア人に | Goal.com 日本”. www.goal.com (2020年6月6日). 2024年8月29日閲覧。
  4. ^ a b 長谷部誠、EL優秀選手に堂々選出!王者チェルシーから最多8選手”. ゲキサカ (2019年5月31日). 2019年5月31日閲覧。
  5. ^ 「ヨーロッパで第一線と肩を並べている」UEFAがEL優秀選手に長谷部誠を選出、英メディアも絶賛!! | サッカーダイジェストWeb”. www.soccerdigestweb.com. Nippon Sports Kikaku Publishing inc.. 2019年6月4日閲覧。 “「ELで国境を越えたチームとの闘いでも頻繁にリベロでプレーしていた長谷部はMFで選出された。UEFAの視点からはMFとみなされたことは興味深いが、この選出が注目に値する理由はもうひとつある。長谷部という日本人の選手が、ヨーロッパの第一線で国内、そして海外リーグの選手たちと肩を並べて競争に参加し、十分な役割を果たせることを証明しているからだ」(~中略~) ドイツ国内ではサッカー専門誌『kicker』の選ぶ今季ベスト11にも選出された長谷部。今回の選出は、ヨーロッパの舞台でもその存在が無視できないものになっている証と言えるだろう。”
  6. ^ 長谷部誠「おじいちゃん子、心を整えて飛躍」読売新聞2018年6月8日
  7. ^ a b 現在のチーム名は、青島東フットボールクラブ(青島東FC)。
  8. ^ 日本代表・長谷部の出身校、藤枝東高サッカー部・小林監督「愛される選手を育てたい」 スポーツ報知2020年4月5日
  9. ^ 広報ふじえだ2009年5月20日
  10. ^ W杯アジア地区最終予選 Jで成長の県勢がけん引中日新聞、2009年6月7日
  11. ^ a b 挑む県勢(5)浦和 長谷部誠(22)日本サッカーの新星静岡新聞、2006年5月1日
  12. ^ 長谷部誠の心が整っていない頃秘話「もう代表はいいです」と進路相談 - Sports Graphic Number 2018年7月28日
  13. ^ “緊急GK”長谷部!奮闘も1対1決められた - スポニチ 2011年9月17日
  14. ^ ニュルンベルクが長谷部と正式契約、自身もブログで報告 - ゲキサカ 2013年9月2日
  15. ^ 長谷部が半月板損傷、4~6週間離脱 - フットボールチャンネル 2014年1月16日
  16. ^ 日本代表主将・長谷部がフランクフルトに移籍 - AFPBB.com 2014年6月3日
  17. ^ a b 10年目を迎える長谷部、ブンデスリーガでの軌跡 - bundesliga.com 2016年6月15日
  18. ^ 長谷部、日本人2人目の200試合「奥寺さんには敵わない」 - bundesliga.com 2016年1月31日
  19. ^ 長谷部フランク残留決めるも「心の底から喜べない」 - 日刊スポーツ 2016年05月24日
  20. ^ 長谷部誠、リベロでのプレーに「とてもいい感覚」 - bundesliga.com 2016年11月25日
  21. ^ 長谷部誠、フランクフルトとの契約を2018年まで延長…幹部は「大事なピース」と期待 - Goal.com 2016年12月21日
  22. ^ 長谷部「普通のサッカー選手です」 - bundesliga.com 2017年3月5日
  23. ^ 長谷部、右ひざ手術で今季絶望「来季までには復帰できる」…6月代表戦にも影響 - サッカーキング 2017年3月24日
  24. ^ 長谷部誠、5カ月ぶりの公式戦 日本代表への復帰は… - AERA dot. 2017年8月18日
  25. ^ 長谷部誠、フランクフルト“100試合”出場を達成! 2018年無敗キープで暫定2位浮上 ゲキサカ(2018年1月27日)
  26. ^ PK献上&肘打ちで一発退場の長谷部誠…独メディアも辛辣評価「神経をすり減らした象徴」 Goal.com(2018年4月22日)
  27. ^ PK献上&肘打ち一発退場の長谷部誠に独メディアは辛口…コバチ監督も「起きてはいけない」  Goal.com(2018年4月23日)
  28. ^ ひじ打ちで退場の長谷部誠、執行猶予付き4試合出場停止…今季リーグ戦終了 サッカーキング(2018年4月24日)
  29. ^ フランクフルト、DFBポカール決勝でバイエルン撃破!! “ポリバレント“長谷部がタイトル獲得 ゲキサカ(2018年5月10日)
  30. ^ 長谷部誠が先発でリーグ戦初出場…フランクフルトはライプツィヒとドロー サッカーキング(2018年9月24日)
  31. ^ 長谷部誠が与えられた“前半戦ベストCB”の称号に元ドイツ代表DFも納得「評価は妥当」 Goal.com(2019年1月4日)
  32. ^ ブンデス公式ベスト11、長谷部誠は選出ならずもフランクフルトから最多の4人”. フットボールチャンネル (2019年5月25日). 2019年5月31日閲覧。
  33. ^ 長谷部誠が309戦目出場で31年ぶり記録更新…ブンデス出場試合数歴代1位のアジア人に ゲキサカ(2020年6月7日)2020年6月7日閲覧。
  34. ^ チャ・ボムグン氏「私の記録を破った長谷部、誇らしい…若い選手のお手本」”. news.yahoo (2020年5月31日). 2009.-05-31閲覧。
  35. ^ 長谷部誠がフランクフルトと2027年までの新契約締結! 選手1年+コーチングスタッフ4年の“異例”の契約へ ゲキサカ(2022年2月18日)2022年2月18日閲覧。
  36. ^ 驚異のデュエル勝率「100%」! 38歳・長谷部誠、EL決勝で圧巻のパフォーマンス”. ゲキサカ (May 19 2022). May 19 2022閲覧。
  37. ^ 「信じられない!」38歳・長谷部誠のパフォーマンスに海外記者や世界のファンが驚愕!「彼は老いないのか?」”. サッカーダイジェストWeb (May 19 2022). May 19 2022閲覧。
  38. ^ 長谷部誠、13年ぶりの欧州CL先発出場「誇りに思う」 自身のパフォーマンスにも満足「貢献できたかと」”. サンスポ (September 15 2022). October 5 2022閲覧。
  39. ^ トッテナム攻撃陣を封じた長谷部誠、現地メディアから高評価「教科書のようなパフォーマンス」”. サッカーキング (October 5 2022). October 5 2022閲覧。
  40. ^ 38歳長谷部、29歳ケインを黙らせる…独メディア「教科書のようなパフォーマンスだった”. ゲキサカ (October 5 2022). October 5 2022閲覧。
  41. ^ 長谷部誠、ブンデス歴代最年長出場トップ10入り!39歳10日でリーグ戦出場”. GOAL (January 29 2023). January 29 2023閲覧。
  42. ^ 長谷部誠 フランクフルトとの契約延長を発表「来年1月に40歳。クラブには本当に感謝」”. デイリー (March 21 2023). March 21 2023閲覧。
  43. ^ 長谷部誠が偉業達成!ポカールの最年長アシスト記録を大幅に更新!39歳と105日で鎌田大地のゴラッソをお膳立て”. サッカーダイジェスト (2023年5月4日). 2023年5月5日閲覧。
  44. ^ 長谷部誠、フランクフルトでのリーグ最年長出場選手に…地元メディアもパフォーマンス称賛”. GOAL (2023年8月21日). 2023年8月21日閲覧。
  45. ^ 長谷部誠は「レコードブレーカー」 外国籍選手でクラブ史上最多タイのリーグ出場数記録に称賛「超レジェンド」”. FOOTBALL ZONE (2023年10月12日). 2023年10月12日閲覧。
  46. ^ Inc, SEESAW GAME (2024年4月17日). “長谷部誠が今季限りで現役引退…元日本代表主将がピッチに別れ、ブンデスでは通算383試合出場”. サッカーキング. 2024年4月17日閲覧。
  47. ^ フランクフルト長谷部 子供たちと抱き合い“男泣き” 引退セレモニーで感謝「いつも応援ありがとう」(スポニチアネックス)”. Yahoo!ニュース. 2024年5月19日閲覧。
  48. ^ キャプテン・長谷部、V弾呼ぶ強烈ミドル サンスポ、2010年10月9日
  49. ^ “キャプテン長谷部が日本代表通算100試合出場! デビューから10年目の快挙”. SOCCER KING. (2016年9月1日). https://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20160901/487835.html?cx_top=ranking 2016年9月2日閲覧。 
  50. ^ 離脱の長谷部出国「無理してよかった」豪州戦の覚悟 日刊スポーツ、2017年9月4日
  51. ^ キャプテン長谷部がW杯で見せた覚悟・統率力 「0-1で黒星OK」に賭けた他力本願戦略の胸中 東洋経済、2018年06月30日
  52. ^ 長谷部主将が代表引退「ひとつの区切りつけさせて」 日刊スポーツ 2018年7月3日
  53. ^ a b サッカー元日本代表主将・長谷部誠(40)が引退会見「全く後悔してない」今後はフランクフルトで指導者の道へ | TBS NEWS DIG (1ページ)”. TBS NEWS DIG (2024年5月24日). 2024年5月24日閲覧。
  54. ^ 長谷部誠がフランクフルトU-21のアシスタントコーチに! クラブSDは「良い監督になるための条件を備えている」と太鼓判 | サッカーダイジェストWeb”. www.soccerdigestweb.com. 2024年6月4日閲覧。
  55. ^ アシスタントコーチ長谷部誠氏が現場入り!フランクフルトセカンドチームでの初日を迎える | Goal.com 日本”. www.goal.com (2024年8月28日). 2024年8月29日閲覧。
  56. ^ 長谷部誠が日本代表新コーチに就任! フランクフルトでコーチを続けながらIWで代表参加へ”. SEESAW GAME (2024年8月29日). 2024年8月29日閲覧。
  57. ^ 長谷部誠が迎えるキャリアの分岐点。「ヴォルフスブルクを去ることが最良の選択」な理由とは socer king 2012年07月16日
  58. ^ 日本人ブンデスリーガーの貢献度を測る ドイツ人記者が分析する今後の活躍指数 スポーツナビ 2013年3月6日
  59. ^ 長谷部誠 Number Web
  60. ^ 長谷部 誠 OCNスポーツ
  61. ^ 17長谷部 誠 Number Web
  62. ^ ブンデス2019/20フェアプレー選手ランキング”. キッカー日本語版 (2020年4月8日). 2020年4月9日閲覧。
  63. ^ 長谷部誠が断トツトップ!…今季ブンデスのフェアプレー選手ランキング”. サッカーキング (2020年4月9日). 2020年4月9日閲覧。
  64. ^ 長谷部誠がドイツで成功をつかんだ理由…“鬼軍曹”マガト氏が回想「最も印象的だったのは…」”. ゲキサカ. KODANSHA LTD. 2019年4月20日閲覧。 “「彼に関して最も印象に残っているのは、半年間でドイツ語を学んだことだ。自らチームの輪に入っていき、溶け込もうという努力していた。そういったところが彼の性格を象徴している」  長谷部はフランクフルトで、ニコ・コバチ前監督に引き続き、アディ・ヒュッター監督の下でもリベロ役としてプレーしているが、マガト氏は「最も適したポジション」と話す。 「もちろん日本人としての勤勉さもあったし、テクニックは非常に優れたプレーヤーだった。そして今現在、彼にとって最も適したポジションでプレーしている」”
  65. ^ ニコ・コヴァチ監督「長谷部誠はソルジャーだ」 kicker日本語版 2018年4月7日
  66. ^ a b c 山口裕起; 富田祥広 (2010年6月15日). “岡田Jの心臓・長谷部 背中押してくれた祖父に誓う活躍”. 朝日新聞 (朝日新聞社). http://www.asahi.com/worldcup/japan/TKY201006150206.html 2010年9月3日閲覧。 
  67. ^ 杉山崇 (2018年7月9日). “長谷部誠、欧州名門クラブがフロントとして争奪戦の様相…その稀有な能力とは?”. ビジネスジャーナル. サイゾー. 2018年7月9日閲覧。
  68. ^ a b Mr.Children、GUAPOオフィシャルブログ、2010年4月23日。[リンク切れ]
  69. ^ Mr.Children名曲が長谷部×翼「大人のキリンレモン」CM曲に”. ナタリー. 株式会社ナターシャ (2012年4月3日). 2018年7月14日閲覧。
  70. ^ “藤枝市、長谷部をスポーツ栄誉顕彰…市民に感動”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2010年7月3日). https://web.archive.org/web/20100704071825/http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/japan_2/news/20100702-OYT1T01338.htm 2010年7月3日閲覧。 
  71. ^ 北村正平(藤枝市長) (2010年7月12日). “「長谷部誠選手にスポーツ栄誉顕彰」授与しました”. 藤枝市長の部屋(公式ブログ). 2018年7月14日閲覧。
  72. ^ 長谷部 7万超え自著の印税全額を寄付へ”. スポニチ Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社 (2011年3月27日). 2011年3月27日閲覧。
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  74. ^ 長谷部誠選手:著書「心を整える」が100万部突破 スポーツ選手の著作で初”. MANTANWEB(まんたんウェブ). MANTAN (2011年9月15日). 2013年3月26日閲覧。
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関連項目

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外部リンク

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先代
中澤佑二
日本代表 キャプテン
2010年 - 2018年
次代
吉田麻也