歩兵第71連隊(ほへいだい71れんたい、歩兵第七十一聯隊)は、大日本帝国陸軍の連隊のひとつ。
- 5月8日 - 軍旗拝受
- 7月21日 - 広島市字西町の元歩兵第41連隊兵営に移転[2]。
- 5月 - ノモンハン事件のため出動
- 7月24日 - 長野連隊長が戦傷
- 8月26日 - 森田連隊長が戦死
- 8月30日 - 軍旗奉焼、ソ連軍に対し総攻撃を実施するがほとんどが戦死する
- 9月16日 - 停戦協定が成立
- 10月30日 - 軍旗を再度拝受する。その後チチハルや免渡河に駐屯する
- 8月 - 第4師団から第25師団に所属変更、佳木斯に集結
- 9月 - 錦州に移駐
- 11月 - 林口県に移駐
- 12月 - フィリピンマニラに上陸 サン・ファビアン海岸に鹿児島県歩兵第71連隊昭和57年3月16日と刻まれた「慰霊之碑」がある。
- 4月 - 連隊主力はバギオに移動、アメリカ軍と交戦
- 6月 - プロク山カバヤ高地に集結
- 8月 - 終戦
- 9月13日 - アメリカ軍に投降する
歴代の連隊長
(特記ない限り陸軍大佐)
代 |
氏名 |
在任期間 |
備考
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第一次
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1 |
及部盛種 |
1907.10.22 - 1912.12.10 |
中佐、大佐昇進
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2 |
足立亀治 |
1912.12.10 - 1915.8.10 |
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3 |
岡本茂若 |
1915.8.10 - 1916.8.18 |
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4 |
梅田岩樹 |
1916.8.18 - |
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5 |
馬場鎮江 |
1920.8.10 - 1923.8.6[3] |
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6 |
中島虎吉 |
1923.8.6 - 1925.5.1 |
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第二次
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1 |
岡本徳三 |
1938.4.23 - |
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2 |
長野栄二 |
1939.7.6 - |
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3 |
森田徹 |
1939.8.2 - 8.26 |
戦死
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4 |
白浜重任 |
1939.9.5 - |
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5 |
根岸四 |
1942.8.1 - |
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6 |
二木栄蔵 |
1944.8.23 - |
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末 |
林安男 |
1945.4.12 - 7.20 |
戦死
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- ^ 『官報』第7311号、明治40年11月9日。
- ^ 『官報』第7522号、明治41年7月23日。
- ^ 『官報』第3306号、大正12年8月7日。
- 『日本陸軍連隊総覧 歩兵編(別冊歴史読本)』新人物往来社、1990年。
- 外山操・森松俊夫編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。
- 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
- 『官報』