九州日報(きゅうしゅうにっぽう)は、1887年明治20年)に玄洋社系の新聞『福陵新報』として創刊された日本の日刊新聞。福岡県を中心に九州一円で販売されていた。現在の『西日本新聞』の前身のひとつである。

九州日報
種類 日刊紙
サイズ ブランケット判

事業者 九州日報社
本社 福岡県福岡市中島町
(現・福岡市博多区中洲中島町
創刊 1887年
廃刊 1942年8月9日
前身 福陵新報
言語 日本語
特記事項:
1942年8月10日新聞統制により福岡日日新聞と合同して『西日本新聞』となる。
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歴史

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関連人物

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参考文献

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備考

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九州日報は1940年(昭和15年)に読売新聞社の傘下となって、九州に読売進出の足がかりとなったが、新聞統制で消滅した。その後は西日本新聞が読売新聞と報道協定を結ぶ形となったが、社内では、合併前の経緯から読売と親密な九州日報系と、読売と対立していた福岡日日新聞系とで、関係に温度差があり、別途福岡日日新聞系の役員・社員の主導で産業経済新聞(産経新聞)とも協力関係を築くようになった。

1964年(昭和39年)に当時読売新聞の会長だった正力松太郎の方針で北九州市で『読売新聞西部本社』を設立させ、同年9月23日から九州地域に於いての読売新聞の発行を開始し、読売は22年ぶりに九州に“再進出”を果たした。なおこの際、西日本新聞系列であった当時日本テレビ系列テレビ西日本(TNC)は読売進出に危機感を抱いた西日本新聞社(特に旧福岡日日新聞系)の影響で日本テレビ系列を離脱し、フジテレビ系列ネットチェンジしている。

関連項目

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