■long tailと検索エンジンマーケティング
最近、long tail(長いしっぽ)というマーケティング用語が頻繁に使われるようになってきた。英語圏の雑誌やブログ、ネット掲示板でこの単語を見ない日はないというほどだ。
long tailというのは簡単に言えば、多くの小さなニッチ市場がたくさん存在すれば、それは少数の巨大市場を凌駕することになるという考え方である。かつては非主流やアングラ、インディーズ系だった商品が、今ではベストセラーや大ヒット商品と肩を並べるほどのマーケットシェアを持つようになりつつある。
long tailはインターネットの特性を生かしたマーケティング理論で、3つの基本的なコンセプトからなっている。
- マスからニッチへのシフト。
- 供給過多経済――要するに商品棚がいつも商品であふれているという状態で何が起きるか。
- 数多くの小さなマーケットが集まると、巨大市場に成り得るということ。
パレートの法則という言葉を知っているだろうか。「全商品の中のわずか20%の商品が、売上の80%を作り出す」という法則だ。別名「80対20の法則」「8:2の法則」とも呼ばれている。つまり商品のラインナップのうち売れるのは20%しかなく、残りの80%は売れない。しかし逆に売上ベースで見ると、全体の売上の80%は、売れた20%の製品がたたき出すという法則だ。
ところがlong tailは、このパレートの法則を崩しつつある。売れないはずの80%の製品が、今や売れるようになってきているのだ。特にこの傾向は、倉庫に在庫を持つ必要のないデジタルコンテンツで顕著になりつつある。
ClickZ Networkの記事は、ブログのRSS配信や最新の検索エンジンなどのテクノロジーが登場してきたことで、消費者がニッチなコンテンツや製品を探しやすい環境が生まれてきていると指摘している。大ヒットやベストセラーの時代はすでに終わりに近づいており、これからの世の中は、消費者個人の願望に合わせてパーソナルなメディアや商品が形作られるようになるというのだ。
インターネットの登場によって時間と距離の障壁はどんどん小さくなっていき、デジタルコンテンツにおいては倉庫のコストもほとんど存在しない。おまけに強力な検索エンジンも次々と誕生してきた。そして電子メールやメーリングリスト、掲示板、インスタントメッセンジャー、ブログといった安価な(もしくは無料の)コミュニケーションツールがいくらでも使えるようになった。本当の意味での新しい経済が生まれつつあるのかもしれない。
米Wired誌のクリス・アンダーソン(Chris Anderson)編集長がそのものずばり、「The Long Tail」と題した素晴らしい記事を書いている。この中で彼は、long tailについて「メディア・エンターテインメント産業におけるニューエコノミーの最良のモデルであり、そしてそのパワーを最大限に発揮する初めてのケースとなるだろう」と書いている。消費者の選択する先が目につきやすい大ヒット作だけではなくなり、無限の商品の中から自分の好きなものを選択するようになることで、本当に消費者が求めているものは何かということがピュアに理解されるようになる。カタログのトップページだけでなく、カタログの商品リストの奥の方まで消費者が読み込むようになる。以前はタワーレコードやツタヤ、大型書店の棚に大きくディスプレイしてある商品ばかり注目されていたが、これからはそうしたことが徐々になくなっていく。
そして消費者がそういう行動を取るようになると、ますます好みは細分化されていく。今までの踏みならした道から外れて自分の好みの世界に没入していくことで、消費者の好みはますますメインストリームから外れていく――アンダーソン編集長の記事は、そんなふうに展開されている。
Yahoo!日本法人は最近、レーベルゲートと組んで音楽の配信サービスを開始させた。Yahoo!によれば、7万曲がダウンロードできるという。これなんかは「medium tail」(中間ぐらいの長さのしっぽ)と言えるかもしれない。long tailと言えないのは、曲数が7万曲では少なすぎるからだ。せめて50万曲ぐらいがなければ、本当のニッチマーケットが実現できるとは言いがたい。もっともYahoo!はいずれ、そのぐらいの規模にしていこうと考えているだろう。競争相手のiTunesは、公式サイトの数字によれば、100万曲以上を提供しているからだ。
あるブロガーの言い方に従えば、「われわれはいま、フォード自動車的な大量生産経済の終焉を目の当たりにしつつあるのかもしれない」ということだ。どんな色でも構わない、君の好きな色をゲットすればいいんだよ、ということである。
このlong tailの考え方は、検索エンジンマーケティングに当てはめるとどうなるのだろうか。
たぶんこの概念を理解している人は日本にはたくさんいるはずだが、まだ未見の人のために簡単に説明しておこう。下の図を見てほしい。
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“long tail”と検索エンジンの関係 |
灰色の領域は、メインストリームを意味している。この領域では、ブランド名やその商品を検索する際に一般的に使われるような類の検索キーワードが用いられ、右側の領域よりもずっと大きなトラフィックがある。でもこの領域は、他のサイトも同じ検索キーワードを利用したりするから、キーワードの競合が生じることが多い。
一方右側の青い領域に入ると、キーワードの数がどんどん増えていくため、右に行けば行くほど青い領域の面積も大きくなっていき、灰色の領域よりも面積が大きくなってしまうこともある。つまりこれがlong tailだ。右に引っ張れば引っ張るほど、サイトへのトラフィックも大きくしていくことが可能なのである。
Overtureのビジネスは、long tailのマーケティングをうまく利用している。グラフ上で右に行けば行くほど、キーワードの落札金額も安くなっていき、long tailマーケティングに熟達している広告主は、安い値段でしっぽの先っちょをうまく利用することができる。一方、Google AdWordsもlong tailマーケティングを利用しているが、検索キーワードのクリック率が0.5%を切ると広告が削除される仕組みになっているため、Overtureとはこの「しっぽの本当の先っちょ」の部分が少し異なっている。
long tailのコンセプトは、このサイトを見るとわかりやすい。英語圏で使われている86,800のキーワードを利用順にグラフィカルに並べており、「長いしっぽ」という言葉の意味が視覚的に理解できる。
■URL
ClickZ Networkの記事(英文)
http://www.clickz.com/experts/brand/buzz/article.php/3484151
米Wired誌の記事(英文)
http://www.wired.com/wired/archive/12.10/tail.html
WORDCOUNT(英文)
http://www.wordcount.org/
■Web分析協会が設立される
Web Analytics Association(WAA)という団体が設立された。
WAAは非営利団体で、ベンダーやエンドユーザー、コンサルタントなどWeb分析に関わる人たちが参加している。Web分析というのは、サイトを訪れた人たちがどのように行動し、どのようにナビゲートしてどう情報を得ているのかということを追跡し、分析する手法だ。電子メールマーケティングやオンラインショッピングシステムに対する消費者の反応も、調査テーマのひとつになっている。
WAAの目的は、次のようなものだという。
- Web分析が直面している法的な問題への理解を深める。
- 専門家レベルの教育プログラムを開発し、市場に対する啓発を行なう。
- 各地域に特有の問題を考える。
- 流行やベストプラクティス、ウェブ分析業界の課題などについての情報提供。
- Web分析テクノロジの技術開発支援。
WAAの第1回会議は6月、サンタバーバラで開かれる。われわれとしてもこの団体がどうなっていくのかをウォッチして、成功を収めるようだったら、日本支部の設立を考えなければいけない。今後日本でも必要になってくる組織だと思う。
前にこの連載でも取り上げたクリック詐欺についても、気になるところだ。WAAがこの問題にどのような見解を持ち、どう対策を考えていくのかについても注視していきたい。
■URL
Web Analytics Association(英文)
http://www.webanalyticsassociation.org/
■ちょっとした補足
次のサーチエンジンオーバードライブのイベントについて、そろそろ準備を始めようかと思っている。どんな内容がいいだろう? もしよければ、[email protected]までご意見をいただけると嬉しい。
(2005/03/04)
【著者プロフィール】 |
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・文=ジェフ・ルート(Jeff Root)
ECジャパン株式会社のSEOチーフスペシャリスト。日本には出たり入ったりで早や10年。メールアドレスは「[email protected]」。日本語もOKなので、気軽にメールをくれると嬉しい。 |
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・翻訳=佐々木俊尚
元全国紙社会部記者。その後コンピュータ雑誌に移籍し、現在は独立してフリージャーナリスト。築42年の古い家で、犬と彼女と暮らす。ホームページはこちら。 |
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