特集2023.07

AIの進化と雇用・労使関係
技術の導入と労使関係のかかわり
AIが芸能分野の仕事を奪うリスク
「作品の価値を忘れないで」

2023/07/12
AIが、さまざまな著作物のデータを自動で読み込み、合成した作品を生成することで、クリエイターの仕事が奪われる可能性がある。現場では危機感が高まっている。当事者団体の代表者に聞いた。
森崎 めぐみ 一般社団法人・日本芸能従事者協会

権利侵害が不安94%

規制なきAIの広がりが、芸術分野の仕事を奪うかもしれない。そうした懸念が高まっている。AIが、クリエイターの作品や表現を学習し、合成することで、仕事を代替するという懸念だ。

俳優や音楽家、声優、映画監督、美術装飾など、さまざまな芸能従事者が加入する一般社団法人・日本芸能従事者協会(会員約5万2000人)は今年5月、記者会見を開き、規制されないAI活用の実態に警鐘を鳴らした。

同協会代表理事の森崎めぐみさんは、記者会見でAIが芸能・芸能従事者の仕事に及ぼす影響を紹介した。例えば、▼俳優では、2日間の撮影で、姿形や動きがデータ化され、どんな年齢・性別でも合成可能になっている▼声優では、数時間で声色をスキャンされ、合成化したものが商品化されている▼スタントマンでは、モーションキャプチャーで動きをスキャンされ、合成化される──などだ。森崎さんは、「放置すれば、表現者の仕事がなくなる」と危機感をあらわにした。

また、同協会は今年5月、「AIリテラシーに関する全クリエイターのアンケート」を実施し、その結果を翌月に公表した。調査はインターネットで行われ、「すべての業種のクリエイター」を対象に回答を呼び掛け、2万6891件の回答があった。森崎さんは、「回答数が多く驚いた」と話す。

調査によると、「AIの推進で自身の仕事が減少する心配」が「ある」と答えた人は58.5%となり、「ない」の16.4%を大きく上回った。多くのクリエイターが、仕事の減少などを心配している実態が浮かび上がった。

次に「AIによる権利侵害などの弊害に不安」が「ある」と答えた人は93.8%に上り、回答者のほとんどが、AIによる権利侵害などに不安を感じていることがわかった(グラフ1)。

「どんな不安があるのか」を複数回答で聞いたところ、「勝手に利用される」が最も多く91.9%、次いで「権利がなくなる」64%、「技術が奪われる」62.5%、「やる気が削がれる」59.6%などが上位項目として上がった。「報酬が安くなる」は51.1%、「仕事が減る」は50.5%、だった(グラフ2)。

グラフ1 AIによる権利侵害などの弊害に不安がありますか
一般社団法人日本芸能従事者協会
「AIリテラシーに関する全クリエイターのアンケート」(2023年)
グラフ2 どんな不安がありますか? (複数回答可)
一般社団法人日本芸能従事者協会
「AIリテラシーに関する全クリエイターのアンケート」(2023年)

AIの学習データに無断使用

同調査では、自身の作品等が実際にAIに使われた事例を記述回答で聞いた。2612件に上る回答が寄せられ、▼イラストや漫画、声、文章、顔、翻訳などを学習された▼盗作された──といった被害を訴える回答や、児童ポルノ、アダルトなどに利用されたという権利侵害を訴える回答が多く寄せられた。

具体的な回答記述としては、「生成AIの学習元の転載サイトに大量に載せられていた」「イラストをAIで盗作され、さらには無断で集中学習モデルをつくられて海外のサイトでばらまかれている」のように、自身の作品がAIの学習元データとして無断で利用されている実態を訴える回答が寄せられた。

こうした実態に対して、「自身の公開した作品を既に生成AIに組み込まれている可能性があります。学習内容の秘匿やブラックボックス状態では侵害の確認すらできません」というように、データ利用の不透明性を訴える回答もあった。

また、「知人のイラストレーターの話ですが、よく似た画風をAIが作成するようになり収入が顕著に減っています」というように、自身の収入や仕事に実際に影響が出ているという回答も寄せられた。

法規制を訴える声

さらに調査では、AI利用に関する国などの求める規制のあり方などについても聞いた。その結果、5657人が法整備・法規制を求め、3907人が学習の禁止・商業利用の規制などを求めた。

具体的には、「特に学習データまわりなど、著作者が権利を侵害されぬよう法整備を急いでほしい」「権利を侵害された場合の対応窓口を作ってほしい」のように法規制や対応窓口を求める回答や、「AI出力のもととなる素材の著作権者に対し、まっとうな対価が支払われることを望みます」のように報酬の仕組みの整備を求める回答も寄せられた。

調査では、AIに著作権等を侵害された場合、どこに苦情を申し立てるかを聞いたところ(複数回答)、デジタル庁が49%、文化庁が41.4%だったが、「わからない」も45.9%に上った。

森崎さんは、「芸能従事者にはフリーランスが多く、そもそも契約関係で立場の弱い人もたくさんいます。別の調査では、契約を結んでいない人がほとんどという実態が明らかになっています。フリーランス新法の成立も踏まえ、芸能従事者の権利保障をしっかり訴えていく必要があると感じています」と強調する。

正当な対価を

アメリカでは今年5月、全米脚本家組合(WGA)が、ドラマの脚本づくりなどを巡って、ストライキに突入した。組合は、AIをあくまで補助的なツールとして使い、AIに脚本を書かせないようにすることなどを訴えている。こうした問題は日本でも起こり得る。

日本では、2018年に著作権法が改正された(30条の4)。この改正では、AIが文章や画像を学習する際、営利・非営利を問わず著作物を使用できるようになったと説明されており(読売新聞5月16日、https://www.yomiuri.co.jp/national/20230516-OYT1T50023/)、著作権侵害の恐れを指摘する声が強まった。そうした声を受け、政府は今年6月、新たな知的財産推進計画を決め、AIの普及で「クリエイターの創作活動に影響が及ぶ懸念」があると明記し、AIが「著作権者の利益を不当に害する場合」についての対策を検討するとした(読売新聞6月14日社説)。しかし、2018年に改正した著作権法の改正部分は変更しないといい、効果が疑問視されている。

こうした現状に対して、日本芸能従事者協会は今年5月、国際産別労組UNIと連帯して、「AIの急速な出現に関する連帯声明」を公表した。

この声明では、AIで製作されたコンテンツが急増しているとした上で、こうした動きが芸能従事者の権利が保護されることなく進められていると指摘。その上で、「日本政府に、AIの利用に対して人間中心設計の強固な措置と実施を規定するための、必要な法的保護を導入するように強く求める」とした。

また、6月上旬には、前述した調査で寄せられた被害の実例と要望を反映した要望書を内閣府、経産省、文化庁に提出した。この中では、▼著作権法上の表現者が出演、創作、制作したコンテンツの学習の禁止▼実演家が発する演技や声などを実演家の人格に帰属する権利と定義し、実演家の利益を侵害しないこと▼許諾のないAI生成コンテンツの販売禁止▼学習や生成を拒否する手だての開発とそれに関する整備▼著作権法第30条の4における著作者の利益を不当に害することとなる場合の明確化──などを要請した。

AIが芸能従事者の仕事を脅かす現状について森崎さんは、こう訴える。

「芸術作品をつくるためには、時間やお金がかかります。AI活用の議論では、そのことが忘れられがちです。アーティストが労力を割いてつくった作品が、正当な対価を支払われることなく利用されると、作品をつくり続けることができなくなります。その結果、表現する人がいなくなり、技能の伝承も難しくなります。人が技術を磨いて生み出すのが芸術です。その価値を忘れないでほしいです」

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