『植物はそこまで知っている』 植物は考えない人間である

2013年4月22日 印刷向け表示
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植物はそこまで知っている ---感覚に満ちた世界に生きる植物たち
作者:ダニエル・チャモヴィッツ
出版社:河出書房新社
発売日:2013-04-17
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人間は考える葦である

フランスの哲学者・自然科学者パスカルの有名な言葉である。人間が「考える」葦であるということは、葦は「考えない」ということなのだろう。確かに、脳を持たない植物である葦が、人間のような思考を持たないことは疑いの余地がない。

それでは、考えを持たない植物は、世界をどのように見て、感じているのだろうか。そもそも植物に視覚や嗅覚などの、ヒトの五感のような感覚は存在するのだろうか。本書では、植物がどの様に感覚を検知し、処理しているのかがヒトの感覚と対比されながら語られる。徹底的な観察とひらめきだけが頼りだったダーウィンの時代から、遺伝子分析や宇宙実験までを用いた現代までの植物研究を概観していくことで、著者ダニエル・チャモヴィッツは植物にとって感覚がどのような意味を持つのかを明らかにしていく。

遺伝学で博士号を取得したチャモヴィッツは、イェール大学でのポスドク中のある発見をきっかけに、「植物とヒトの生物としての類似性」を研究テーマに選んだ。その発見とは、植物が光の有無を判断するために必要となる遺伝子群の発見である。遺伝子群の発見そのものよりもチャモヴィッツを驚かせたのは、それと同じ遺伝子群がヒトのDNAの一部を構成しているという事実であった。そのとき、彼はこう思ったという。

植物と動物の遺伝子は、それほど違わないのではないか

植物が「見る」、「匂いを嗅ぐ」というのはあくまで比喩であり、植物の過度な擬人化には注意が必要だ。「クラシックを聴かせると、フルーツがより甘くなった」という類の話はときにメディアで大きな話題になるが、科学的根拠がない場合が多い(音楽と植物の関係は、本書の第四章でも詳しく説明されている)。そのため、著者はプロローグで、「もしあなたが、植物も人間も同じだという主張を探しているのなら、どうかほかをあたってほしい。」と注意を促し、本書があくまで学術研究の成果をもとにした本であることを強調している。

本書では多数の先行研究が参照されているが、著者は縦横無尽に広がるトピックを簡潔に凝縮することに成功している。原注や訳者あとがきを除けば、そのボリュームは167ページしかない。価格も1,680円に抑えられているので、翻訳もののサイエンスノンフィクションを敬遠していた人も手に取り易いはずだ。

本書が最初に取り上げるテーマは、「視覚」である。植物は何を見ているかと問われると、返答に窮するかもしれない。そもそも、そのように考えたことなどないのではないか。しかし、植物が日当たりの良い方向へ、その身を曲げていくこと(この性質を屈光性という)は、誰もが知っている。やはり、植物も光を「見て」、それに反応しているのだ。

それでは、目を持たない植物はどの部分で光を「見て」いるのだろうか。この謎を解いたのは、あのチャールズ・ダーウィンとその息子である。ダーウィン父子は、非常にシンプルな実験で、植物が光を感知する部位を明らかにした。あなたなら、どのような実験系でこの謎に挑むだろう。ダーウィン父子は、以下のような5種類のイネ科の植物の苗を用意した。

a 何もしない場合の屈光性を調べるための苗。

b 先端を切り取った苗。

c 先端に遮光性のキャップをかぶせた苗。

d 先端に透明ガラス性のキャップをかぶせた苗。

e 中央部を社交性の管で覆った苗。

果たして、苗(a)は離れたところに置かれたガス灯の方に屈曲していた。そして、苗(d)、苗(e)も光の方へ曲がったが、苗(b)、苗(c)は曲がることはなかった。このことから、植物の苗の先端部が光を感知していることが明らかになった。苗(d)を用意したのが、この実験のミソではないかと思う。このおかげで、苗の先端が熱ではなく光に反応していることがより明示的になるからだ。本書ではこの他にも、なるほどと膝を打ちたくなるほどよく考えられた実験で明らかにされる、植物の実態が数多く紹介されている。

20世紀に入ると、植物に人工的に光を「見せる」ことでその開花時期をコントロールしようという試みが始められ、様々な成果があがった。例えば、日の短い間は開花しないアイリスに、夜中に赤色光を当てると見事な花を咲かせることなどが明らかになっていた。

そして、1950年代初期のアメリカ農務省で驚くべき発見がなされた。赤色光を当てたアイリスに遠赤色光(赤色光よりもやや波長が長い)を当てると、その花は咲かなくなったのだ。遠赤色光の後に再び赤色光を当てると花が咲いたことから、赤色光と遠赤色光が、あたかも開花スイッチのオン・オフの役割を果たしていることが分かった。この発見は、「フィトクロム」と呼ばれる光受容体の発見へとつながっていく。ところで、なぜ赤色光がオンで遠赤色光がオフなのかは、自然の中のどの様な場面でこの2つの光が現れるかを考えれば、心地よいほど整合的に説明できる。

視覚以外にも、植物には驚くべき知覚能力がある。例えば、毛虫の襲撃により傷を受けたヤナギは、匂いで周りの木々に敵の存在を伝えることができる。エピジェネティックな変化によって、環境異変の記憶を子孫に伝えることもできる。ただし、いまのところ植物が「音楽」を聞いて、反応するという科学的証拠はないという。

共通点などなさそうな、植物とヒトとを比較することによって初めて見えてくるヒトの特徴というものもあるようだ。メンデルがエンドウを研究することによって、生物全体を貫く遺伝の法則を明らかにしたことを考えれば、それは何も意外なことではないのかもしれない。植物は世界をどのように知覚しているのか、ヒトは情報をどのように処理しているのか、生命は環境とどのようにコミュニケーションしているのか。センスオブワンダーに満ちた問いである。

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ひとの目、驚異の進化: 4つの凄い視覚能力があるわけ
作者:マーク チャンギージー
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ヒトの目がどのように進化して、現在のような能力を獲得したのかを斬新な切り口で明らかにしていく。著者の大胆な仮説提案能力とそれを説得させる論理展開に、最後まで興奮しっぱなしの一冊。レビューはこちら

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様々な邪悪な植物を取り上げた一冊。成毛眞によるレビューはこちら。「トイレに置いておいて、1項目ずつ読」むのに最適なようだ。

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