久元 喜造ブログ

2024年12月13日
から 久元喜造

『野生動物は「やさしさ」だけで守れるか』


神戸市は、里山における生物多様性の保全に取り組んできました。
国とも連携をとり、神戸市北区の里地里山が、生物多様性の保全が図られている区域として、環境省より「自然共生サイト」に認定されました。
同時に、生物多様性の保全に資する地域であるOECMとして、国連が管理する国際データベースに、日本で初めて登録されました。

生物多様性を守るためには、人間と野生生物との関係を探っていく必要があります。
本書は、そのような関係性を考える上で格好の材料を提供してくれます。
「人と生きものの関係に正解はない」という立場から、各地の取組み、そして葛藤が紹介されます。
小坪遊さんをはじめ朝日新聞社「取材チーム」の取材力が光ります。

数多くの事例の中で考えさせられたのは、大阪府茨木市を流れる大正川での取組みでした。
この川には、フナやナマズ、エビなどいろいろな生き物が棲んでおり、レッドリストで準絶滅危惧種とされているニホンイシガメもいます。
大正川で活動するみなさんは、ニホンイシガメをもとにいた場所に放し、条件付特定外来生物のアカミミガメは駆除し、クサガメを少し離れた下流で放しています。
それは、なぜか。
かつて在来種と考えられていたクサガメは、現在では外来種と考えられています。
クサガメはニホンイシガメとの交雑の危険があり、駆除も考えられます。
しかし、古くから暮らして来たクサガメの駆除には理解が得られにくいと感じられる一方、同じ場所に放流することは交雑を促す恐れがあり、大正川におけるニホンイシガメの絶滅につながると考えられるからです。

ほかの事例からも、人間と野生生物との共存に関し、多くの示唆ををいただきました。


2024年12月7日
から 久元喜造

神戸空港から世界の各都市へ


神戸空港では、国際チャーター便就航と発着枠の拡大を念頭に、2025年4月18日には、第2ターミナルの開業が予定されています。
先日の12月4日、大韓航空、ベトジェットエアに続き、台湾のスターラックス航空の就航計画が発表されました。(写真)
神戸市との共同記者会見で、劉允富・最高戦略責任者から、神戸=台北(桃園)線を週3便、神戸=台中線を週7便、合計週10便を運航する計画が表明されました。
大韓航空が就航する仁川空港、スターラックス航空が就航する台北(桃園)空港には、世界各国から数多くの国際線が就航しています。
神戸空港は、実質的に国際空港となり、神戸は、仁川、台北を通じて世界の各都市とつながることになります。
これからも他の航空会社から神戸空港就航が表明されることが想定され、神戸空港が関西空港を補完する役割は一層大きくなります。
大阪・関西万博とその後を見据えた、インバウンド誘客にも弾みがつくことになります。

想い起こせば、高校1年の春休み、1970年3月から4月にかけて、作文の懸賞金でいただいた10万円を使い、独りで台湾各地を旅行したことがありました。
沖縄から船で基隆に上陸し、台北、台中、台南、高雄、花蓮などの都市を回りました。
先住民族が暮らす山奥の集落に入ると、私を呼び止めて昼食をご馳走してくださる家族もいました。
台北、台中の屋台の喧騒、市場の祭りの様子も、鮮明に覚えています。

韓国に初めて行ったのは、旧自治省で国際交流を担当していたときで、韓国の地方制度担当幹部との地方自治制度に関する意見交換を含め、何回か訪れました。
ソウルの繁華街とともに、山中のお寺の静寂も印象に残っています。


2024年12月1日
から 久元喜造

旧波賀町の想い出


兵庫県は、五国からなる大県です。
日本海、瀬戸内海、そして太平洋に面している都道府県は、兵庫県だけです。
振り返れば、中学校のときは、鈴蘭台、藍那の山の中を探索し、田圃の畔を歩き、池で鮒を釣ったりして、楽しい毎日を送りました。
高校に入ると、県内を旅したり、夏休みには独りで民宿に滞在したりして過ごしました。
高1の夏休み、当時の波賀町(現在は宍粟市)の音水湖畔の民宿に泊まり、ボート遊びや水泳をして楽しみました。
引原ダムの対岸まで泳いで往復しましたが、湖面の表面は普通でも、足が少し深いところを掻くと、驚くほど冷たく、ぞっとしたことを覚えています。

次の年の夏休みは、波賀町のさらに山奥の道谷(どうだに)の民宿に逗留しました。
山村なのに刺身もあり、結構なご馳走を出して歓待してくれました。
ご主人は毎晩、熱燗を次ぎながら、よく政治談議をされていました。
息子さんは私より一つ年下で、県立山崎高校に在学中でした。
村祭りもありましたが、少し寂しい雰囲気で、過疎が進行していることがわかりました。

波賀町に行くときは、山陽電車の姫路駅前にある神姫バスセンターから、山崎行のバスに乗りました。
バスセンターは、ものすごく混雑していました。
バスの車窓から播州平野の田園風景を眺めるのは、心が和むひとときでした。
白いサギが田んぼの上を舞っていました。

夏休み以外にも、週末を利用して西紀町(当時)など県内各地に出かけました。
兵庫県は美しい自然に恵まれ、さまざまな顔をした素晴らしい県であることを、折に触れて感じました。
私は子供の頃から、神戸市民であるとともに、兵庫県民であることに誇りを感じてきたのだと、いま改めて思います。


2024年11月23日
から 久元喜造

隈研吾『日本の建築』


日本を代表する建築家の一人、隈研吾氏が日本の建築について語ります。
私は建築の素人ですが、神戸市はとくに近年、かなり多くの建物をつくってきたこともあり、建築については関心を持ってきました。
ごく一部しか理解できませんでしたが、興味深く読みました。

建築、そして建築家の世界が、論争に満ちていることがよく分かりました。
それは、冒頭のブルーノ・タウト(1880 – 1938)のモダニズム批判からいきなり始まります。
タウトは、ワイマール共和国で労働者のための重合住宅の建設に携わりますが、ヒトラー政権から危険視され、来日します。
当時一世を風靡していたコルビュジェのモダニズム建築を批判していたタウトは、日本の地で、自らの建築思想を開化させる可能性を見出したのでした。

本書の中で折に触れて出てくるのが、吉田五十八(1894 – 1974)と村野藤吾(1891 – 1984)との対立軸です。
吉田は、第4期の歌舞伎座の建築に関わりますが、村野が大阪・難波の駅前にデザインした新歌舞伎座は、吉田への真正面からの批判であったと、著者は指摘します。
対立軸は、関西と関東との間にも及びます。
村野は、東の「大きな建築」を批判して、美しさや機能性という西欧の伝統的な評価基準の上位に、「品がいい、悪い」という、もうひとつの評価基準を提示したと、著者は指摘します。
この「品」をめぐる批判に対して関東が提示した新基準が「粋」であったという視点も、興味深いものでした。

戦後日本建築最大の論争であったとされる「伝統論争」が、吉村順三、そして、東京都庁を設計した丹下健三らの間で激しく闘われたことも、本書で初めて知りました。


2024年11月9日
から 久元喜造

山内マリコ『マリリン・トールド・ミー』


神戸の中心街・栄町通りを一本南に入った通りのビルの5階に、書店「1003 -センサン-」があります。
明るい雰囲気のこじんまりした書店です。
古書のほかに新刊もあり、店主の独自の視点で書籍が選択されていることが分かります。
平積みになっている新刊書の中に本書を見つけました。
帯にはこうあります。
「友達なし、恋人なし、お金なし。
コロナ禍で家から出られない一人暮らしの大学生・瀬戸杏奈。
ある晩、彼女に伝説のハリウッドスターから電話がかかってきて――!?。」

自分には向いていないような気もしましたが、これまで読んだ山内マリコさんの小説はどれも面白かったので、買って読み始めました。
シングルマザーに育てられた瀬戸杏奈が主人公。
お互いを思い遣る親子の会話には、じんと来ます。
コロナ禍の中での孤独と不安。
3年生になってやっと教室での授業が始まり、彼女は、ジェンダー社会論Ⅳ・松島ゼミに参加します。
マリリンとの電話で彼女の素顔の一端に触れた瀬戸杏奈は、ゼミ生たちと次第に自信を持って議論を交わすようになります。
松島ゼミでのやり取りは、いろいろな意味で興味深かったです。
そして卒業論文「セックス・シンボルからフェミニスト・アイコンへ マリリン・モンローの闘い」を書き上げます。

就活全滅の彼女が着目したのは、ワーキングホリデーでした。
ワーホリ発信型YouTuberを貪り見た彼女は、ママから背中を押してもらい、オーストラリアへと旅立ちます。
2024年・春、瀬戸杏奈は、豪州の農場にいました。
豪州で苦労する日本の若者の情報に接していたこともあり(2024年8月16日のブログ)、豪州での彼女の平安を祈りながら読了しました。


2024年11月1日
から 久元喜造

神戸市広報紙「都心・三宮再整備」


振り返れば、2013年10月、私にとり最初の神戸市長選挙で、都心の再生と三宮再整備を公約に掲げました。
市長に就任してすぐに作業に着手し、市民のみなさんと対話フォーラムを開催するとともに、神戸の都心の「未来の姿」検討委員会で議論を開始しました。
このような経過を経て、2015年9月、「神戸の都心の未来の姿・将来ビジョン」三宮周辺地区の「再整備基本構想」を策定しました。
神戸の玄関口である三宮を見違えるような駅前にしたい、そして三宮、ウォーターフロントを含む都心を、神戸の歴史を大切にしながら活性化したいという思いからでした。
三宮の駅前には、大阪の梅田周辺のような広大な未利用地はなく、一つひとつの施設を動かしながら再開発する手法を取る必要があり、初めから時間がかかることは覚悟の上でのスタートでした。

9年余りの歳月が流れ、今月号の神戸市広報紙では都心・三宮再整備の特集が組まれています。
かなり再整備の姿が見えてきました。
2021年月には、神戸三宮阪急ビルとサンキタ広場が開業し、サンキタ通りも昭和レトロの雰囲気を残しながらリニューアルされました。
2022年には、ビジネス街にある磯上公園内に磯上体育館がオープン、2023年には、東遊園地も見違えるように再整備されました。
今後も再整備の工事が続きます。
2027年には、西日本最大級のバスターミナル、大ホール、三宮図書館などが入る雲井通5丁目開発事業が完成する予定で、翌2028年には、神戸市役所本庁舎2号館再整備事業、さらに翌2029年には、JR三ノ宮新駅ビルの完成と続きます。
ほぼ予定どおり進んでおり、関係者のみなさんに感謝申し上げます。


2024年10月24日
から 久元喜造

岩尾俊平『世界は経営でできている』


よく売れている新書だそうです。
目次を開くと、「〇〇は経営からできている」の〇〇に、日常、貧乏、家庭、恋愛、勉強、虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独、 老後、芸術、科学、歴史、人生の17の文字が入ります。
要するに、どんなことでも「経営」という言葉で説明できるということなのでしょう。
それでは著者が言う「経営」とは、何なのか。
冒頭、「ここでいう経営はいわゆる企業経営やお金儲けを指していない」と断りを入れ、「この本は経営概念そのものを変化させる書であり、日常に潜む経営がもたらす悲喜劇の博物誌でもある」と宣言されます。
「経営」をキーワードに、「不条理と不合理」から抜け出すヒントを読者に与えてくれる本なのだと、勝手に理解して読み始めました。

よく引用されているのは、「組織の上層部は無能だらけになる」理由です。
現代の官僚制組織においては、「複数の職階において求められる能力はそれぞれ異な」ります。
すると、「特定の職階では優秀だったが次の職階では優秀でない人」が多数いることになり、「さらに上位の職階に進まずに適性のない職階にとどまることにな」るのです。

日はまた暮れる:すべての人が、知らず知らずのうちに無意味な仕事を作る」も面白かったです。
激安品を血眼になって探す時間分の給料の方が、激安品によって節約される経費よりも高いと。
確かに。
私も、ある自治体で予算査定に関わったとき、年末の日曜日に、報酬単価の庁内バランスについて延々と議論が行われていたことがありました。
その議論の結果、査定によって削減されたのは、72万円。
全員の給料と時間外勤務手当の方が多いかもしれない、と内心呟いたのでした。


2024年10月18日
から 久元喜造

松永K三蔵『バリ山行』


文藝春秋9月特別号に収められていた芥川賞受賞作、松永K三蔵『バリ山行』を読みました。
建物の外装修繕を専門とする会社に転職して2年の30代男性社員、波多が主人公です。
飲み会など会社の付き合いを極力避けてきた波多でしたが、同僚に誘われるまま六甲山登山に参加します。
社内登山グループは正式な登山部となり、波多もウェアや道具に凝り始め、登山に熱を入れ始めます。
そこに、職人気質で職場で孤立している妻鹿が参加します。
妻鹿は、あえて登山路を外れる難易度の高いルートを選びます。
抜け道の場所やその地形を熟知しているのか、微かな踏み跡から入って藪の径を辿り、手品のようにまた登山道に抜けてみせるのでした。

波多はやがて妻鹿に付き従い、「バリ山行」にのめり込むようになります。
「バリ山行」-「通常の登山道でない道を行く。破線ルートと呼ばれる熟練者向きの難易度の高いルートや廃道」を辿る登山です。
「切り立った岩場。・・・水の流れる岩に取り付き、僅かな窪みに足先を掛けて伸びあがる。両手で樹の幹に掴まりながらスパイクで土を削って斜面を攀じ登る」。
「激しく水の落ちる音。やがて峪の先に水を散らして落下する大滝が現れ」ます。
西山大滝です。
落下の危険に何度も遭遇し、上等の登山服がボロボロになるまで「バリ山行」に挑んだ主人公がたどり着いた境地とは・・・

六甲山中が舞台と言っても良い小説です。
六甲山中には自分が知らない荒々しい世界があると、何となく想像していましたが、読み進むにつれ、未知の世界がリアルな光景として次々に現れ出てきます。
物凄い迫力です。
改めて、神戸の山が秘めている魅力とパワーに近づくことができた読書体験でした。


2024年10月9日
から 久元喜造

『光と風と夢 街角の記憶を歩く』


帯に、「兵庫県内の失われた「時」を求めて」とあります。
海港都市、旧軍都、城下町、温泉街、工場地帯、人工島、そしてサバービア(郊外の光と影)・・・
文は、樋口大祐さんと加藤正文さん、写真は、三津山朋彦氏です。
県内各地の過去と今が、美しい文章と写真で描かれます。

栄町通、新港地区、三宮・元町界隈など神戸の風景も数多く登場します。
それらの中で、とりわけ印象に残ったのは、神戸駅の夜の光景。
「夢の終点と起点」と名付けられた樋口さんの文章でした。
「宵の時分、神戸駅の山側広場を湊川神社方面に歩いてから駅舎をふり向くと、鉄筋コンクリートタイル張りの正面玄関の上に、ライトアップされた窓や時計、KOBE STATIONの文字のプレートなどが視界に飛び込んでくる」。
「闇の中に浮かび出た蜃気楼のよう」に「不思議な印象は、幾重にも修羅をくぐり抜けてきた神戸の近代史の不思議さと通じているのかもしれない」。
明治政府は、大阪・神戸間の終着駅をこの地につくり、北に隣接する楠木正成の墓碑跡に、湊川神社を創建しました。
やがて多聞通が開通し、神社正面から駅に至る街路には大黒座などの芝居小屋が立地し、明治期の神戸芸能の揺籃をなすようになったことを、本書で初めて知りました。
神戸駅は、人々の別れや悲しみの場所でもありました。

私が子供の頃、神戸駅界隈には沢山のお店があり、とても賑わっていました。
今年、神戸・大阪間の鉄道開設150年記念行事がJR西日本さんの主催で行われたとき、お祝いの挨拶の中で、少しだけ当時の記憶に触れました。
神戸駅が歩んできた歴史を大切にしながら、神戸駅前の再整備に取り組んでいきたいと考えています。

 


2024年10月3日
から 久元喜造

宇野重規『実験の民主主義』


新しい時代には、新しい政治学が必要である」。
トクヴィルのこの言葉から始まります。
アメリカのデモクラシー』は以前に読んだことがあり(2016年6月12日のブログ)」、ある種の親近感を持ちながら読み始めました。
本書では、民主主義の考察に関する関心が選挙に向かいがちであるとの反省に立ち、「あえて行政権、あるいは執行権における民主主義の可能性について踏み込んで論じ」られます。
選挙で選ばれ、行政権の一翼を担っている自分にとり、とても興味のある視点です。

「第3章 行政府を民主化する」は、とても新鮮な内容を含んでおり、「官僚や公務員を人間に戻す」という指摘にはとりわけ共感を覚えました。
トクヴィルが感銘を受けた米国のタウンシップでは、普通の市民が「自由に援け合い」ながら、自分たちの課題を解決しようとしていました。
本書は、このようなありようを現代において再現できるかと問いかけ、DXを有効に活用し、公務員がファシリテーターとして直接つながる方向性を提示します。
神戸市が数年前から試みている「地域貢献応援制度」は、職員のみなさんに地域社会の中で市民として活動し、そこから得られる経験を職員としての仕事に反映してもらうことを狙いとしています。
それぞれの行政分野のプロである神戸市職員が、普通の市民としての経験を積み、市民のためにより良い仕事をしてほしいという願いを込めています。

民主主義に到達点はなく、日々進歩するテクノロジーを活用しながら、さまざまな「実験」を通じて進化していく営みであることを再認識することができました。
「実験」の舞台として、神戸市のような基礎自治体が最適であることは確かです。