芝浜
1年以上もブログを放ったらかしにして何をしていたのか。ひたすら打ち続けていたのである。で、金が溶けると、入金があるまで落語を聴いていて過ごした。有り金全部負けて帰ってきたときに、上手い「芝浜」なんて聴いたら、本当に涙が出てくるよ。
(出囃子)
今は昔、淀という物書きがおりました。住まいは新宿歌舞伎町。腕のいいブン屋ではありましたが、毎月の家賃の払いもままならない。たいそう博打が好きで、稼ぎはみんな博打に消えていってしまうのです。
「ねぇ、おまえさん。起きとくれよ! 新橋のJRA図書室に調べ物に行くんだろ!」
「朝っぱらから大声出すなよ。いい気持ちで寝てたってえのに」
「あそこの図書室は昼休みがあるから、朝イチに行かなきゃ困るっていったのは、おまえさんじゃないか」
「さっきまで地下でカードを絞ってたんだから、もう少し寝かしてくれよ」
「もう! 大晦日も近いのに仕事もしないで。どうやって借金を返すんだい!」
「無けりゃ返さなきゃいいだよ。元金貸しがいうんだから間違いねえよ」
「そんなわけにもいかないだろう。さぁ、早く早く、起きとくれ!」
女房に布団を引っぺがされた淀。しぶしぶ都営地下鉄に乗って内幸町で下車します。図書室のあるビルに到着したものの、まだ開門していない。どうやら、何らかの事情で午後開館になった模様です。
「なんだ、開いてないじゃねえか。ここで開くのを待つのも何だし……」
図書室が入っているビルには、ウインズ新橋が入っている。この日は平日だが、ちょうど船橋競馬の場外発売をやっている。馬券を買う金はないが、レースでも見ようかとウインズの門をくぐります。
館内をブラブラしていると、ゴミ箱の横に落ちている1枚の馬券が目に入る。何気なく拾うと、「有馬記念3連単⑬⑥⑨170000円」とプリントされている。
「太い勝負をしてるヤツがいたもんだな。でも、惜しかったなぁ。1着は⑬のゴールドシップ。これは合ってたんだな。2着の⑥オーシャンブルーも合っている。これがなかなか拾えないんだよな。でも3着が……⑨ルーラーシップぅ!? おい、当たってるよ!」
「オレだ。早くあけてくれ」
「おまえさんかい。随分と早いじゃないか。ちょっと待って。今あけるから・・・」
オートロックを開けて、淀を見て。
「どうしたんだい……真っ青じゃないか。喧嘩でもしたのかい」
「そんなんじゃねえんだ。新橋で馬券を拾ったんだ。で、それが当たってるんだよ。見てみろ、ほれ」
二人してパソコンで有馬記念の結果を確認。たしかに3連単⑬⑥⑨24250円とある。
「17万円に242倍をかけたらいくらになるんだい? え~、あ~、頭が回らない」
「ざっと4200万円だ。今日は平日払い戻しをやってないが、明日には戻せる。これでしばらく遊んで暮らしていけらぁ。とりあえず、明日は大井の東京大賞典だろ、明後日は競輪グランプリ、大晦日は川口でオートをやって、そのまま成田からマカオだよ! とりあえず今日は、今から游玄亭行くぞ!」
次の朝。淀は布団の中。女房がいつものように起こします。。
「ねえ、おまえさん。起きとくれ……」
「おい、何だよ。いい気持ちで寝ているときは、起こすな、っていっただろう。もうちょっと寝かせてくれよ」
「何を言ってるのさ。朝だよ。今日こそ新橋に行くんだろう?」
「新橋? 調べ物なんてバカバカしくてできるか。4200万円があるじゃねえか」
「バカなこといわないで。おまえさんが働かなくて、どうやって正月を迎えるのよ。昨日の游玄亭の勘定だってまだなんだよ」
「そんなもん馬券を払い戻せば4200万円あるんだからすぐに払えるだろう」
「馬券? そんなのどこにあるのさ」
「昨日、新橋でおれが拾った当たり馬券があるじゃねえか。おめえに渡したろう」
「新橋で馬券を拾ったって? おまえさん、なにいってんだい! 昨日はどこにも行きやしないよ。一日中寝ていたじゃないか」
「なんだと。新橋に行かなかった? そんなことあるか。おれを起こして無理やり新橋に行かせたじゃねえか。でも図書室が開いてなかった。で、ウインズに行ったら有馬記念の当たり馬券を拾ったんだ。おめえに渡したんだぞ。持ってねえっていうのか!?」
「そうかい、それであんな大騒ぎをしたんだね。そんな夢を見たもんだから……。情けないね! いくら当たらないからって、当たり馬券を拾った夢を見るなんて!」
「夢?」
「そうさ。夢に決まってるじゃないか。昨日は何回も起こしたけど、おまえさんは起きなかった。お昼ごろようやく起きたと思ったら、金なら心配するな游玄亭だ!って。昨日はそんなありさまで、あんたには新橋に行く暇なかったよ」
「本当に夢かい?」
「うそだっていうのかい?」
「いや、おめえの言うとおりかもしれねえ。でも・・・本当に夢かい? 年末も近いのに、変な夢見ちゃったなあ……。するってえと何かい? 馬券を拾ったのは夢で、飲んだり食ったりしたのはホンモノかい? 情けねえな。あんな夢見るなんて。もう博打はやめる。これからは原稿に精をだす。当たり馬券は拾うもんじゃねえ。博打は借りて打つもんじゃねえ。自分の金で自分で張って当てるもんだ。やっと目が覚めたぜ」
それからというもの、淀は朝早くから夜遅くまで原稿を書き続けました。もともと腕はいい。「あまりにも締め切りに遅れすぎる」と呆れていた取引先もどんどん戻ってくる。あちこちにあった借金もすべて返済。そうして3カ月が経ちました。
そろそろ総理大臣杯がはじまろうかという3月のある日。
「ねえ、おまえさんに聞いてもらいたいことがあるの。そいでね、私の話が済むまで怒らないって約束してくれるかい」
「なんのことだかわからねえが約束するよ」「本当だね? じゃあ、この馬券を見てもらいたいの」
「第57回有馬記念、17万円。太く買ったねぇ。おまえの馬券かい?」
「違うよ。おまえさん、心当たりはないかい?」
「そういえば3カ月前、ひでえ夢みたな。夢ん中で4200万円の当たり馬券を拾ったな」
「あれは夢じゃなかったんだよ。おまえさん、本当に拾ったんだよ」
「何だと! 本当か!こんちきしょう!」
淀は女房に手をあげようとします。
「ぶつのかい? おまえさん、私の話が済むまで怒らないって約束しなかったかい」
「した。たしかに」
「あの時は、あんたのことを本当に心配したのよ。原稿書かないで、競輪だオートだマカオだって言ってただろう。おまえさんが寝ている間に、あんたのお母さんと相談したんだよ。すると、お母さんは、『この金を使えば、遅かれ早かれ手が後ろへ回る。警察に届けろ』っていうんだ。おまえさんは人がいいから、あたしの言うことを信じて、博打をやめて一生懸命商売をする決心をしてくれた。生活も回りだした。でも、おまえさんが仕事に精を出しているのを見るたびに、あたしはいつも申し訳ないと思っていた。この馬券は落とし主がいないってことで、1週間前に警察から戻ってきたんだ。腹がたつだろうね。自分の女房にだまされて……。さあ、気が済むまで、あたしを殴るなり蹴るなり好きにしておくれ」
「殴る、蹴る? とんでもねえ。偉え。おめえは偉え! この金で打ちにいってりゃ、十中八九は取られていただろう。たとえ勝っても、そのうち負けたのは間違いねえ。取引先にも愛想を尽かされてた。おふくろのいうように、手が後ろに回ってたかもしれねえ……。こうして借金もなく春を迎えられるのは、みんなおめえのおかげだぜ。あらためて心から礼をいう。ありがとよ!」
「本当に勘弁してくれるのかい。」
「勘弁するもしねえも、おめえに礼をいってるじゃねえか。」
「あたしゃ、本当にうれしいよ。今日は、お前さんに思う存分打ってもらうと思って、モナコ行きの航空券を用意しているんだ。3カ月一生懸命働いたんだ。思う存分楽しんでおくれよ」
淀と女房。タクシーに乗って成田に向かいます。
「いや、ホントによかった。打てるのが嬉しいんじゃねえぞ。二人でバカンスに行けるのがいいんだ。モナコでも、オレは打つつもりはねえ。スーツもネクタイも持ってきてねえんだから」
「え? 思う存分打っていいんだよ」
「いや、絶対に打たない」
「いったい、どうしたんだい?」
「また夢になるといけねえから」
二人を乗せたタクシーは、成田を目指して首都高から京葉道へ。
「運ちゃん、成田に行く前に船橋で降りて中山競馬場に寄ってくれ」
「中山? ああ、馬券を払い戻すんだね」
「札束を詰めるためにカラのジェラルミンケースも用意したからな」
淀と女房、二人並んで中山の平日窓口を訪れます。二人で一緒に馬券を握りしめ、目を見つめ合って、払い戻し機に馬券を入れると……。
(この投票券はお取り扱いできません)
「そうか。100万円以上だから、有人窓口扱いになるんだな。100万円戻すのはじめてだから、わからなかったぜ」
淀はインターホンを押して係員を呼びます。
「お客さん、この馬券、60日以上経ってますよ」
(幕)
(参考サイト)http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/7211/Japanese/sibahamaj.html
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