箱根駅伝、青学躍進の陰に“理詰め”の体幹トレーニング【後編】
体幹の“インナーユニット”強化で効率的な走りが実現
松尾直俊=フィットネスライター
2015年1月の箱根駅伝で歴代記録を塗り替える成績で優勝した青山学院大学駅伝チームは、同年10月の出雲全日本選抜駅伝でも優勝。そして周囲から「連勝間違いなし」との期待の声が上がる中で出場した同11月の全日本大学駅伝選手権は、およそ1分の僅差で東洋大学に敗れて2位。それでも大躍進したことは間違いない。前編に続き、この青学駅伝チームの成長の一翼を担ったフィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏に、その秘密を聞いた。併せて一般ランナーもぜひ取り入れたい、最先端のエクササイズの一部を紹介する。
「今まで自分が関わったアスリートやチームの勝利に感動して泣いたことはありましたが、11月の全日本選手権の時のように、負けたことが悔しくて涙が出たのは初めてでした。各区間を走った選手の記録は、決して悪くないんですよ。でも、これが駅伝の難しさでもあり、面白さでもあるのだと思います」(中野さん)
各区間のほんのわずかな遅れが重なり、最終的な差として現れてしまうのが駅伝という競技の特性だ。それをいかに縮めたり、引き離したりしてタスキをつなぐかを考えながら、個々の選手は自分の持てる力の限り走る。そんな姿に心が動かされるから、人は箱根駅伝の中継に釘付けになってしまうのだろう。
僅差の2位に悔し涙
くしくも敗れた全日本選手権で、青学は8区間中、4区の久保田、5区の下田の両選手が区間新記録を更新。序盤に快走した東洋大に5区で追いついたが、終盤の6~8区で振り切られてしまった。それだけに悔しさが強いのだろう。
「普段通りの力が出せれば、多少の遅れは次の選手で挽回できると思うんですが、“勝って当たり前”というプレッシャーが焦りにつながって、力が入り過ぎてしまったのかもしれません。無駄な力が入るとエネルギーロスにつながりますからね。そのために、コアトレーニングで高めてきた効率の良い筋肉の使い方が、微妙にずれてしまったのかもしれないですね」(中野さん)。
長距離を走る上ではコア、すなわち体幹の深層部にある筋肉で体を安定させて、肩甲骨を使った腕振りで生まれたパワーを、効率的に下肢へ伝えて推進力に変換するのが理想だ。そうすれば、無駄な力を使わずにスムーズに走ることができるので疲れも少ない。つまり体力を温存させながら、一定のランニングスピードを維持することができるのだ。
無駄なく走るには、体幹の強化と肩甲骨周りの柔軟性が重要
「初めて青学の選手たちを見て思ったのが、意外と肩甲骨周りが硬いなということでした。体幹も一見安定しているように見えるが、実は体の内側の筋肉でなく、外側の筋肉の『外骨格筋』だけで体の軸を固定している。そのうえ、腕振りや足運びも同じように、外骨格筋に頼って動かしているから、ロスが多くて息が上がってしまうし、動きもぎこちなくなってしまうんです」(中野さん)。
これは一般ランナーにも同じことが言える。ランニングというと、どうしても意識が下半身ばかりに集中してしまう。しかし体幹部を安定させ、走行中の体の軸が前後左右にブレないようにした上で、肩甲骨周辺の可動性を高めてやると、長距離を走るためのエネルギーを効率よく使うことができるようになるのだ。
「体幹と肩甲骨を有効に使う走り方を身につけるには、走る練習に入る前の準備運動(動的ストレッチ)と補強運動(体幹の筋力トレーニング)が大きな役目を果たすことになります。体幹が安定せず、かつ肩関節の動きが滑らかでない状態で、走る練習ばかりすると故障にもつながってしまうんです。これまでの大学陸上界全体に言えることですが、準備運動にアキレス腱伸ばしなどの静的ストレッチをやって、補強運動に腕立て伏せや腹筋運動などを行うといった、一種の“儀式”としてのエクササイズになっていたんです。明確に何の目的で、どこを鍛えているのかといった意識が低かった。だから弱い部分に負担がかかって、能力が高いのにケガに泣く選手も多かったのだと思います」(中野さん)
中野は論理立てた説明とメニューで、選手たちに意識改革をさせた。
「走る、特に長距離のための体幹トレーニングは、動きが小さく負荷も低く感じるものが多いですから、最初は“本当にこれでいいの?”と思った選手もいたようです(笑)。しかし、夏合宿の少し前になると、明らかにフォームに違いが出てきたことが、誰の目にも分かるようになりました」(中野さん)
中野が青学チームへ提供したトレーニングは、個々の選手の走力とチームとしてのレベルアップにつながった。実際は選手の体形や体の出来具合によってメニューがそれぞれに微妙に違う、まさにパーソナルなものだが、一般ランナーにも応用できる青学トレーニングのほんの一部を紹介していこう。