2016年 07月 17日
トルコのクーデターはなぜ失敗したのか |
今日の横浜北部はどんよりとした曇り空です。まだ梅雨は明けないのでしょうか。
さて、今回のトルコでのクーデター未遂事件に関して、デビュー作で『クーデター入門』を書いている本ブログでも同じみのルトワックが、さっそくフォーリン・ポリシー誌に興味深い記事を掲載しておりましたので、その要訳を。
===
トルコのクーデターはなぜ失敗したのか
by エドワード・ルトワック
「軍事クーデター成功のためのルール」の第2条は、実行に参加しない機動部隊(これには当然だが戦闘機の飛行大隊なども含む)は、動員不可能の状態にしておくか、介入してくるには遠すぎる場所に置いておくべきである、というものだ(サウジアラビアの陸軍の部隊が首都から遥か離れた場所に配置されているのは、まさにそのような理由からだ)。
ところが今回のトルコのクーデター計画者たちは、実行に参加しない(戦車、ヘリ、そして戦闘機)部隊を活動不能にしておくことができなかったのであり、いざ実行段階になると、逆に軍の内部からの反発を強めることになってしまったのだ。
ところがこのような事実は、はじめから意味がなかったのかもしれない。なぜなら彼らはすでに、このルールの第1条である「まず最初に政府のトップを奪取(もしくは少なくとも殺害)すること」を守れなかったからだ。
トルコのレジェップ・エルドアン大統領は、クーデターが始まってから支持者たちに向かって軍事クーデターに抵抗することを呼びかけており、最初はiPhoneを使いながら、そして次にイスタンブール空港での会見をテレビ中継によって行っている。
この会見においてかなり皮肉だったのは、彼が近代世俗国家としてのトルコの建国の父であるケマル・アタチュルクの公式肖像画の下で語っていたということだ。なぜならエルドアンが政治活動を始めてからの最大の目標は、この世俗国家を、様々な方法で「イスラム系国家」につくりかえることだからだ。
この「方法」には、世俗系の学校を閉鎖することによって生徒たちをイスラム系の学校に入学させることや、アルコールの禁止の増加、そして多くの場所――これには以前はキリスト教の教会であった場所や、つい最近まで頭に被るスカーフ禁止だった大学のキャンパス内も含む――でモスクを建設しまくっていることなどが挙げられる。
クーデターに反対するために街に繰り出してきた群衆を映し出したテレビの画像は、実に様々なことを教えてくれるものであった。まず彼らは口ひげを蓄えた男たちだけ(世俗的なトルコ人は口ひげを嫌うものだ)であり、女性は誰ひとりとして目にすることはできなかった。さらに、彼らの唱えていたスローガンは愛国的なものではなく、イスラム的なものであったことが挙げられる。彼らは「アラーは偉大なり」と叫びつつイスラム教の信仰告白を行ったのである。
それと同じくらい皮肉的なのは、アメリカのオバマ大統領、ドイツのメルケル首相、そしてEUの外相になると見込まれているフェデリカ・モゲリーニらが、「民主制度」の名の元にエルドアン大統領の支持をすぐに表明したことだ。
ところがエルドアン自身はトルコの壊れやすそうな民主制度を破壊するためにあらゆることを行っている張本人であり、彼を批判したジャーナリストの逮捕の指示から、トルコ最大の新聞であるザマン紙の占領から閉鎖、そしてドイツやイタリアのような象徴的な存在で権限は首相にある大統領制度であったにもかかわらず、アメリカやフランスの大統領のように権限を持ちはじめたことまで含まれる。
自らが主導する公正発展党(AKP)は議会で憲法改正に必要な数の議席をもっていないため、エルドアンは、忠実だったが奴隷とはいえなかったアフメト・ダウトオールの代わりに、まさに奴隷のように充実なビナリ・ユルドゥルムを首相にすげかえており、さらには憲法下の秩序をつくりかえるべく、1000部屋以上もある宮殿で、自らが主催する閣議を開催するようになっている。
ちなみにこの宮殿は、法的な根拠もなく自然公園の中に建てられ、その建造費の出処も不明確なまま数百億ドルにのぼり、広さも30キロ四方(ホワイトハウスは約5キロ四方)ある。
このようなことは、極貧状態から億万長者にまで上り詰めたと言われるエルドアンにとっては、いわば「通常運転」である。検察側がエルドアンの息子のからむ汚職事件を捜査中に何億ドルもの現金を発見したことがあったが、この捜査に関係していた350人の警察官や検察官は、突然職を解雇されることになった。
トルコのイスラム化にしか興味のないエルドアンの党の支持者たちは、民主的な原則や法的義務というものに価値を見出していないようであり、エルドアンとその息子たちが巨万の富をためこむことは自然だと認識しているようなのだ。
エルドアンは、トルコの直面するあらゆる問題――これには自らが始めたクルドとの戦争を含む――を外国(アメリカや国内のクルド人)のせいにするのだが、支持者たちは彼の言葉を積極的に信じている。これはアメリカに住むトルコの宗教指導者で、以前は共闘していたフェトフッラー・ギュレンが自分に対してテロを行っているという荒唐無稽な非難を行った時も同じであった。
エルドアンは前述した汚職捜査のときもギュレンが「法律戦」を行っていると非難したことがあるし、今回のクーデターではギュレンとその支持者たちが軍事クーデターを仕掛けたと非難している。
もちろんこれにはいくらかの真実が含まれているのかもしれないが、トルコ軍の幹部たちにはそもそもギュレンの働きかけがいらないほど、エルドアンやAKPの支持者たちがアタテュルクの築いた世俗国家を崩壊させていることを非難している。
また、シリア国内のスンニ過激派を支援して、それがいまやトルコ国内に入り込んできていて自爆テロを行っていることや、去年から無神経な政治的理由によってクルドに対して戦争を再開したことについてもエルドアンを批判している。この戦争では毎日兵士の命がうばわれており、トルコという国家の生き残りもおびやかすことになっているからだ(クルド人は実施的にトルコ東部の省内の多数派である)。
クーデターの計画者たちは、非協力的な指揮官たちをしっかりと拘束できていれば、わざわざ軍の大多数の兵士たちを導入する必要はなかった。初期段階で成功すれば、彼らも勝ち馬に乗るかたちでいずれクーデターに協力するはずだからだ。
ところがトルコ軍のトップの指揮官たちはクーデターを計画せず、それにも参加しなかったのであり、これはフルシ・アカル将軍を含むほんの数人しか勾留されなかったことからもわかる。
現時点で判明しているのは、おそらく軍内部の関係者は2000人以下ということだ。彼らはイスタンブールの街に出てきたエルドアン大統領の支持者たちの圧倒的な数には勝てなかったのだ。
トルコの野党もすべて今回のクーデターには反対しているが、彼らはエルドアンの寛容的な態度に油断してはならない。独裁体制への動きは今後も続くであろうし、さらにそれが加速することもありえる。他のイスラム系の国々と同じように、トルコでも選挙の結果はそれなりに尊重されるだろうが、民主制そのものは尊重されない。
===
個人的に「さすがルトワック」と感じるは、クーデターの手順や原則から分析しているのではなくて、さらにトルコの国内事情を細かく解説しながら書いていることでしょうか。
ただし真骨頂は、やはり私が「中国4.0」を解説したこのCDでも詳しく触れているように、これらの事象の中に生じるパラドックスや皮肉を見つける視点の鋭さかもしれません。
ルトワックは最近になって英語版の「クーデター入門」の新板を出したわけですが、私もいずれ近いうちにこれを翻訳できればと考えております。
▼~あなたは本当の「孫子」を知らない~
「奥山真司の『真説 孫子解読』CD」
▼~これまでのクラウゼヴィッツ解説本はすべて処分して結構です。~
「奥山真司の現代のクラウゼビッツ『戦争論』講座CD」
▼奴隷の人生からの脱却のために
「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから!
▼奥山真司の地政学講座
※詳細はこちらから↓
http://www.realist.jp/geopolitics.html
http://ch.nicovideo.jp/strategy2/live
https://www.youtube.com/user/TheStandardJournal
さて、今回のトルコでのクーデター未遂事件に関して、デビュー作で『クーデター入門』を書いている本ブログでも同じみのルトワックが、さっそくフォーリン・ポリシー誌に興味深い記事を掲載しておりましたので、その要訳を。
===
トルコのクーデターはなぜ失敗したのか
by エドワード・ルトワック
「軍事クーデター成功のためのルール」の第2条は、実行に参加しない機動部隊(これには当然だが戦闘機の飛行大隊なども含む)は、動員不可能の状態にしておくか、介入してくるには遠すぎる場所に置いておくべきである、というものだ(サウジアラビアの陸軍の部隊が首都から遥か離れた場所に配置されているのは、まさにそのような理由からだ)。
ところが今回のトルコのクーデター計画者たちは、実行に参加しない(戦車、ヘリ、そして戦闘機)部隊を活動不能にしておくことができなかったのであり、いざ実行段階になると、逆に軍の内部からの反発を強めることになってしまったのだ。
ところがこのような事実は、はじめから意味がなかったのかもしれない。なぜなら彼らはすでに、このルールの第1条である「まず最初に政府のトップを奪取(もしくは少なくとも殺害)すること」を守れなかったからだ。
トルコのレジェップ・エルドアン大統領は、クーデターが始まってから支持者たちに向かって軍事クーデターに抵抗することを呼びかけており、最初はiPhoneを使いながら、そして次にイスタンブール空港での会見をテレビ中継によって行っている。
この会見においてかなり皮肉だったのは、彼が近代世俗国家としてのトルコの建国の父であるケマル・アタチュルクの公式肖像画の下で語っていたということだ。なぜならエルドアンが政治活動を始めてからの最大の目標は、この世俗国家を、様々な方法で「イスラム系国家」につくりかえることだからだ。
この「方法」には、世俗系の学校を閉鎖することによって生徒たちをイスラム系の学校に入学させることや、アルコールの禁止の増加、そして多くの場所――これには以前はキリスト教の教会であった場所や、つい最近まで頭に被るスカーフ禁止だった大学のキャンパス内も含む――でモスクを建設しまくっていることなどが挙げられる。
クーデターに反対するために街に繰り出してきた群衆を映し出したテレビの画像は、実に様々なことを教えてくれるものであった。まず彼らは口ひげを蓄えた男たちだけ(世俗的なトルコ人は口ひげを嫌うものだ)であり、女性は誰ひとりとして目にすることはできなかった。さらに、彼らの唱えていたスローガンは愛国的なものではなく、イスラム的なものであったことが挙げられる。彼らは「アラーは偉大なり」と叫びつつイスラム教の信仰告白を行ったのである。
それと同じくらい皮肉的なのは、アメリカのオバマ大統領、ドイツのメルケル首相、そしてEUの外相になると見込まれているフェデリカ・モゲリーニらが、「民主制度」の名の元にエルドアン大統領の支持をすぐに表明したことだ。
ところがエルドアン自身はトルコの壊れやすそうな民主制度を破壊するためにあらゆることを行っている張本人であり、彼を批判したジャーナリストの逮捕の指示から、トルコ最大の新聞であるザマン紙の占領から閉鎖、そしてドイツやイタリアのような象徴的な存在で権限は首相にある大統領制度であったにもかかわらず、アメリカやフランスの大統領のように権限を持ちはじめたことまで含まれる。
自らが主導する公正発展党(AKP)は議会で憲法改正に必要な数の議席をもっていないため、エルドアンは、忠実だったが奴隷とはいえなかったアフメト・ダウトオールの代わりに、まさに奴隷のように充実なビナリ・ユルドゥルムを首相にすげかえており、さらには憲法下の秩序をつくりかえるべく、1000部屋以上もある宮殿で、自らが主催する閣議を開催するようになっている。
ちなみにこの宮殿は、法的な根拠もなく自然公園の中に建てられ、その建造費の出処も不明確なまま数百億ドルにのぼり、広さも30キロ四方(ホワイトハウスは約5キロ四方)ある。
このようなことは、極貧状態から億万長者にまで上り詰めたと言われるエルドアンにとっては、いわば「通常運転」である。検察側がエルドアンの息子のからむ汚職事件を捜査中に何億ドルもの現金を発見したことがあったが、この捜査に関係していた350人の警察官や検察官は、突然職を解雇されることになった。
トルコのイスラム化にしか興味のないエルドアンの党の支持者たちは、民主的な原則や法的義務というものに価値を見出していないようであり、エルドアンとその息子たちが巨万の富をためこむことは自然だと認識しているようなのだ。
エルドアンは、トルコの直面するあらゆる問題――これには自らが始めたクルドとの戦争を含む――を外国(アメリカや国内のクルド人)のせいにするのだが、支持者たちは彼の言葉を積極的に信じている。これはアメリカに住むトルコの宗教指導者で、以前は共闘していたフェトフッラー・ギュレンが自分に対してテロを行っているという荒唐無稽な非難を行った時も同じであった。
エルドアンは前述した汚職捜査のときもギュレンが「法律戦」を行っていると非難したことがあるし、今回のクーデターではギュレンとその支持者たちが軍事クーデターを仕掛けたと非難している。
もちろんこれにはいくらかの真実が含まれているのかもしれないが、トルコ軍の幹部たちにはそもそもギュレンの働きかけがいらないほど、エルドアンやAKPの支持者たちがアタテュルクの築いた世俗国家を崩壊させていることを非難している。
また、シリア国内のスンニ過激派を支援して、それがいまやトルコ国内に入り込んできていて自爆テロを行っていることや、去年から無神経な政治的理由によってクルドに対して戦争を再開したことについてもエルドアンを批判している。この戦争では毎日兵士の命がうばわれており、トルコという国家の生き残りもおびやかすことになっているからだ(クルド人は実施的にトルコ東部の省内の多数派である)。
クーデターの計画者たちは、非協力的な指揮官たちをしっかりと拘束できていれば、わざわざ軍の大多数の兵士たちを導入する必要はなかった。初期段階で成功すれば、彼らも勝ち馬に乗るかたちでいずれクーデターに協力するはずだからだ。
ところがトルコ軍のトップの指揮官たちはクーデターを計画せず、それにも参加しなかったのであり、これはフルシ・アカル将軍を含むほんの数人しか勾留されなかったことからもわかる。
現時点で判明しているのは、おそらく軍内部の関係者は2000人以下ということだ。彼らはイスタンブールの街に出てきたエルドアン大統領の支持者たちの圧倒的な数には勝てなかったのだ。
トルコの野党もすべて今回のクーデターには反対しているが、彼らはエルドアンの寛容的な態度に油断してはならない。独裁体制への動きは今後も続くであろうし、さらにそれが加速することもありえる。他のイスラム系の国々と同じように、トルコでも選挙の結果はそれなりに尊重されるだろうが、民主制そのものは尊重されない。
===
個人的に「さすがルトワック」と感じるは、クーデターの手順や原則から分析しているのではなくて、さらにトルコの国内事情を細かく解説しながら書いていることでしょうか。
ただし真骨頂は、やはり私が「中国4.0」を解説したこのCDでも詳しく触れているように、これらの事象の中に生じるパラドックスや皮肉を見つける視点の鋭さかもしれません。
ルトワックは最近になって英語版の「クーデター入門」の新板を出したわけですが、私もいずれ近いうちにこれを翻訳できればと考えております。
▼~あなたは本当の「孫子」を知らない~
「奥山真司の『真説 孫子解読』CD」
▼~これまでのクラウゼヴィッツ解説本はすべて処分して結構です。~
「奥山真司の現代のクラウゼビッツ『戦争論』講座CD」
▼奴隷の人生からの脱却のために
「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから!
▼奥山真司の地政学講座
※詳細はこちらから↓
http://www.realist.jp/geopolitics.html
http://ch.nicovideo.jp/strategy2/live
https://www.youtube.com/user/TheStandardJournal
by masa_the_man
| 2016-07-17 12:13
| 日記