静岡の街から
働く私の静岡時代〜株式会社江﨑新聞店〜
充実すぎるサポートに夢をみたくなる
静岡市葵区にある株式会社江﨑新聞店は今年で107年目を迎える新聞販売店だ。
近年、経営上の効率の良さから配達員のアルバイト化が進む中でも、江﨑新聞店では昔ながらの「一人の社員が一つの区域を担当」するシステムを採用している。
担当区域における「配達」「営業」「集金」の全てを、社員1人が行うのだ。
夜中2時半からの配達、自らの配達エリアに1000世帯を抱える営業、銀行マンのように1円まであわせる集金……。アルバイトではなく、正社員が行うのにはそれだけの理由がある。
「新聞配達を目的化するのではなく、自分自身の人生を豊かにする“手段”として考えれば、こんなに学びの多い仕事はない。大きな意味で言えば、江﨑新聞店は“器”であり、“手段”です。このツールを使って、どれだけ自分の可能性を広げられるか、他にはない強烈な修行の場になる」
江﨑新聞店の江﨑和明社長は、新聞配達の仕事は社会に出たばかりの若者たちが学ぶには最高の場面だと語る。

3年前にはじめた江﨑新聞店の人材育成システム「CC職」
江﨑新聞店には、「CC職」と言われる独自の新卒採用・育成プログラムがある。入社3年後のキャリアアップ、独立支援を前提として、配達・集金・営業の3方向からCommunity・Connect・Coordinateの3Cを体現し、自己成長を実現する正社員を育成するというものだ。
驚くことに、3年間勤続した社員には独立支援金として100万円が支給される(※独立せずとも支給される)。さらに、社員による会社への積み立て支援制度があり、月々の給料から8600円を積み立てるともう百万円、さらに17400円を積み立てればもう100万円、合計300万円を手にすることができる。
「『夢を叶える力』というのはとてもシンプルで『資金』と『能力』なんですよ。よく『成長』と言われるけど、『成長』というのは体験や理念の上にあって、あくまで結果です。大事なのは成長して何をやるか、何をやるかを決めた時にどうしたらその夢に近づくことができるか。その時に必要になるのは決定的にこの『資金』と『能力』なんですよ」
CC職の発起人である江﨑新聞店の江﨑和明社長は、他企業ではあまり直接言われない、けれど社会に出たばかりの若い世代にとって必要な生き抜く力の実現を支援したいと語る。

10年前、江﨑社長が社長の立場になった時に大きなテーマが2つあったと言います。それが人材育成とグループ経営です。
「新聞業はこれからも残っていく仕事ではあるけど、マーケットとしてはなかなか今までのようにはいかない。国内のサービス業はみんな少子高齢化の影響を受けますし、メディアの変換期である今を乗り越えいくには新聞を中心としたグループ体制をつくらなければならないと感じていました」
江﨑新聞店には、静岡オリコミ、静活という映画の会社、そして新聞コンビニ卸業を行う静岡ソクバイなどのグループ会社がある。静岡ソクバイは、江﨑社長が33歳の時に立ち上げた会社だ。コンビニが世の中に一斉に普及したときに、新聞の売り先として新たに開拓した。
さらに近年も牛乳や乳製品などの健康食品宅配サービスを開始。牛乳配達は折込広告の企画・制作などを手がける静岡オリコミが担当し、江﨑新聞店は営業を行っている。グループ会社が互いの強みを生かし連携することで、顧客の健全な生活まで目を向け、地域の安心・安全をより高めていくことが狙いだ。
「従来どおり新聞配達により防犯・防災を喚起する一方で、健康食品で地域の方々の健康を支えていきたい」というのは営業部課長の望月和明さん。人々の暮らしに寄り添う宅配の新しい価値を生み出すことが出来たらと話す。

「いくら地域の安心・安全を考えても、まずはお客さんが健康でなければ意味がない。本社の健康食品宅配サービスは、そういう考え方からはじまりました。いま流通業界では、お客さんまでラストワンマイルという、なかなか越えられない壁があるんです。配送員不足で、ワンマイルがどこもうまくいっていないんですよ。江崎新聞店は、その壁を乗り越えたい。そのためにも、今後、ひとりひとりの配達員がお客さんの自宅地域を知り尽くしたプロになれば良いと思うんです」
新聞配達と牛乳宅配。一見すると何のつながりもなく感じる業務だが、江崎新聞店は創業100年の実績と地域との信頼関係を活かすことで、「宅配」という仕事に新しい価値を上乗せし続けている。
「新しい事業をはじめてもお客さんが快く受けいれてくれるのは、先代の配達員たちが新聞をしっかり届けて、お代もいただいて、お客さんに感謝してもらうという循環を崩さなかったからだと思います。区域社員がお客さんと接していることで、グループの特徴も十分に活かせる事業となりました」

こうした新聞中心のグループ形成と表裏一体とされるのが「人材育成」だ。新聞の現場をタフに切り抜けることができ、そして新聞をベースにして映画の興行や広告、コンビニへの売り込みなどを展開できる人材が必要になる。
このCC職という新卒採用・育成プログラムは、そうした大きな意味でのメディア販売、今後のグループ展開を見込んだ上で「どのような形であれば新卒を育てることができるかを意識し、組み立てたものだと言う。
「モルモットになってくれ」と社長に言われた
この人材育成システムの「0期生」として昨年3月に3年間の育成期間を修了した三島裕司さん。実は入社一ヶ月前までは新聞販売店で働くことになるとは思っていなかったそうです。
「僕は学生の頃からずっとパイロットになりたかったんです。ずっとそれ一本で目指してきたんですが、夢破れてしまって。そんな時に見つけたのが江﨑新聞店のHPでした。ちょうどCC職がはじまった頃で、そこに何か面白い縁みたいなものを感じましたね」
——縁、というと?
「江﨑新聞店の初代の鋹兵衛さんも最初はパイロットになりたかったそうです。不思議な縁を感じましたし、実際に社長との面談で「モルモットになってくれ」と言われたんですけど、前例にないことにチャレンジするのもなかなか面白いなと思いました」
さらに、他の会社であればそれなりに明確な目的がある人が入社するようにと絞られている中で、江﨑新聞店の「入ってから見つければいい」というスタンスにも惹かれたそうだ。

江﨑新聞店の3年間の研修は、3年で「経営者としての能力」を身につけることが目標だ。1年目、2年目、3年目それぞれに、「一人前の社会人としての能力を習得」、「店のリーダーとしての能力を習得」、「経営者としての能力を習得」というテーマが設けられている。日々の配達の仕事をする傍ら、月に一度、社長や幹部が同席する会議があり、経営者の視点を学ぶそうだ。
「まずスピード感が違います。おそらく他社で言えば3年目というのはまだまだ新人というか、覚えている仕事も1年目とそれほど変わらないと思います。一方で僕たちは他業種の社長の講演を聞かせてもらうなど、2年目や3年目は特に濃い期間を過ごしました」
プログラム修了から3ヶ月、「今でもそう思う」と振り返る三島さんに前述の他業種の社長講演について詳しく聞くと、小売業や飲食業、設備業など、0期生のメンバーが関心のある分野で活躍する現役の社長を呼び、「この仕事を君たちが始めるなら」、つまり「社外」の仕事をテーマに経営を学んだそうだ。
新聞配達員が“全く関係のない社外”の仕事を研修で学ぶ理由
もともとCC職という仕組みをつくった背景の一つに「サービス業における3年以内の離職率」がある。
「業種によって差はあれど、サービス業における3年以内の離職率はだいたい半分くらい。そうであれば逆に、その3年間を自分自身の可能性を広げるのに思い切り使ってほしい」
その思いは江﨑社長の実体験がベースになっているそうだ。
「僕は大学を卒業後、静岡新聞社に入りました。そこで出会った結婚相手が江﨑新聞店の娘さんだったんです。結婚を機に、入社1年半で辞めることになって、24歳のときに新聞配達の世界に入らせてもらいました。一つの会社で一生勤めるつもりでいても、人生何が起きるか分かりませんからね」
この3年、0期生を見守ってきた江﨑社長も、0期生である三島さん自身も、まずは土台ができたと手応えを感じている。
なかでも、三島さんが印象に残っているのは3年目にシンガポール行った海外研修。研修では、現地の銀行で働く20代後半の若手スタッフと交流。日本語、英語、マレーシア語、中国語など語学が堪能で、その上、江﨑新聞店から依頼していた「日本の新聞業」をテーマとしたレポートを易々と書いてきたそうだ。
三島さん「とにかく人も町も成長している雰囲気を体で味わってきました。その時に、これから未来で戦うべき相手はこっちにいるんだと感じましたね。もっともっと勉強して、色々な経験を積んでいかないとという気持ちになりました」
江﨑社長「まさに受け止めてくれた通りの話で、彼らが戦う相手というのは、間接的には企業対企業の戦いなんですけど、今はどんな企業も世界とつながっています。視点を大きくすると、日本の、この静岡で行っている我々の商売も、実はこのままのパッケージでバンコクにもっていけるんじゃないかとかね」
日本の戸別配達のレベルが実はとても高いレベルだと体感したことは、会社側が0期生、次代に伝えたいこと経営意識であり、視点を大きく変えるきっかけになった。

人材育成システムに、児童心理学が関係している?
江﨑社長「余談ですが、実はCC職のプログラムの組み立てには児童心理学が応用されているんですよ」
江﨑社長は過去に静岡大学付属幼稚園の評議員を務めていたこともあり、当時、幼稚園のプログラムづくりに関わったそう。
おさらいですが、江﨑新聞店のCC職のプログラムは、1年目は「1人前の社会人としての能力を習得」、2年目は「店のリーダーとしての能力を習得」、3年目は「経営者としての能力を習得」というもの。それぞれ体力、理性、人格の3つで能力アップを図る。
江﨑社長「これはね、幼稚園の目標で言うと、1年目は『元気に園に通える体になりましょう』、2年目は『先生の言うことを聞けるようになりましょう』、3年目は『お友達と一緒に遊べるようになりましょう』ということです。素晴らしいと思わない?僕ね、人間の成長のすべてが入っていると思った」
人並みの仕事ができるというのは1年目に必要で、次はそれを導く視点や言語化する力が必要になる。自分自身をコントロールするという意味でも不可欠な力だ。そしてそれらがその人自身の人格を形成していき、後々には一つの組織を率いていくような経営者となる。
「社会人も一緒だよね」と話す江﨑社長の言葉に、取材陣も視界がまたひとつクリアになった。

江﨑新聞店パンフレットより

体力・理性・人格+「江﨑新聞店にしかないもの」
一方で、体力・理性・人格はどの仕事にも必要で、それらを成長させる構造はどの仕事にもある。しかし、江﨑新聞店には他の仕事と決定的に違う要素が2つあるそうです。
「まず地域とともにあること。抽象的な概念のコミュニティではなくて、何丁目のどこそこのおばちゃんだとか、完全に顔がみえるコミュニティと直面する。もう一つは新聞というメディアをベースとしていること。僕らの売っている新聞というのは、社会常識そのものであり、それ自体がものすごく強力な中身なんです」
例えば、新聞に掲載されたことで社会的生命を絶たれることがある。もちろんインターネットにも流れているけれど、ネットニュースのベースはすべて新聞の取材だ。江﨑社長も日経新聞などを見ながら経営戦略を組み立てているため、新聞に掲載された情報が間違っていたら会社が倒産してしまいかねない。それほどメディアを売るということは人や組織の人生を左右し得る強力なものなのだ。
そんな体力・理性・人格の3要素に、「一対一の地域の関係」「メディアそのものを扱うこと」を掛け合わせる形で、3倍速の成長を促していくのが江﨑新聞店という会社だ。
「この3年間の育成プログラムは成功だったなと思っています。新聞の仕事の持つ厳しさとか、お客さんや仲間との密度の濃いやり取りとかが、彼ら0期生の土台をしっかりとつくってくれた。次は、会社の中枢を目指すようなミドルマネジメント、新規事業に挑戦できるような人材に引き上げられるか、CC職の次の3年がまた大きなテーマです。僕自身も楽しみにしています」
挑戦できる環境だからこそ“わがまま”が言える人
当初は新聞販売店に勤めるとは思っておらず、大きな目的も言えなかったという三島さん。はじめは「どうして新卒の子が新聞配達を?」と地域住民の方から聞かれることもあり、自身が思う新聞配達の面白さを伝えられなかったり、固定観念のない新卒だから変えられることを形にできなかったりと悩む時期もあったと言う。そんな三島さんがCC職の0期生として最初の3年を修了した今思うことは、「わがままを言って、いろいろなことに挑戦したい」ということだそうです。
三島さん「どんな仕事であっても作業と考えてしまうと退屈な部分が大半を占めてしまう。単純そうに見える新聞配達・営業の仕事にもマーケティングや企画力が必要です。入社3年間で経営者の視点まで経験させてもらえるので、どんどんわがままを言って、自分で仮説を立てて挑戦していきたいですし、そういうわがままを言えるような人と働きたいですね」
江﨑社長「わがままだったと思うね(笑)。当時はわがままを貫き通す土台がまだ弱かったものだから、これからが楽しみですね」
三島さん「これからは貫き通したいと思います。今後は新聞業界も大きく変わって行くだろうし、変わらざるをえなくなってくる。だからこそ、やはり今までのやり方に縛られずに考えられるようにしたいです」
——江﨑社長はどのような人と働きたいですか?
「人ってね、『選ばれる、流される人』か『選ばれる、立ち向かう人』か、2種類しかないと思う。僕はやはり人生の主人公は君たち自身だと思っている。自分で選ぶ側に立ちたいという人を求めますね。何になりたいか分からなくてもいい。でも、わからないまま、なんとなく周りに流されるようにして生活して、3年経っても特に成長もない。そういう時に限ってリストラがあるとかね。そういう人生を送ってもらいたくない。だったら、自分の人生の主人公は自分だと、若い時期の時間を使って全力挙げて能力を高めて、いざという時の資金も貯めて、次の道をその体験の中から作りあげていこうと、そういう主体的な人に出会いたい」
「そうして3年経った時に、“どこにでも行けるし、なんでも出来るんだけど、この会社面白そうだからもう少し社長、付き合いますよ”というような人と仕事したい」と話す江﨑社長の表情は0期生はじめ、次の人材がどう育っていくのか楽しみだと言わんばかりの笑みだった。流されるように仕事を考えるのではなく、「自分」という人間とそのキャリア形成を考え、サポートする環境が江﨑新聞店には整えられている(了)
▷本インタビューの終わりに。
〜就活や仕事について考える全ての人へ〜
「どんな会社に入るよりも、ずっと大事なことはたくさんあります。たとえば誰と暮らすのかとか、ほんとうは何を目指すのかとか。そういう人生の重大な選択は、実は二十代前半の今ではなく、数年あとの三十前後に起きるものです。右に行くか左に行くか、人生の岐路に立つその時、あなたは決められる力をもっているか。夢の実現に耐えぬける基盤をもっているのか。私はその決断のとき、流されるのではなく敢然と立ち向かえる人財を育ててみたい。そしてその時、やっぱりこの社長と仕事してみたい、この会社でやってみたいとふたたび選ばれる企業グループでありたいと思っています」
――江﨑新聞店HPより 江﨑社長からのメッセージ
株式会社 江﨑新聞店 | |
創業 | 1909年 |
従業員数 | 360人 |
事業内容 | 静岡市葵区駿河区全域(一部山間地は除く)の新聞・配達 | 職種 | 営業 | 仕事内容 | 新聞配達・集金・営業 | 給与 | 大卒・大学院卒入社後6ヶ月 月給21万円(※ 期間終了後は固定給月給22万〜27万円) |
問い合わせ | http://www.ezakinet.co.jp/ |
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Updated:2016年05月13日 静岡の街から