琥珀色の戯言

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【読書感想】世界を変えた14の密約 ☆☆☆☆

世界を変えた14の密約

世界を変えた14の密約


Kindle版もあります。

世界を変えた14の密約 (文春e-book)

世界を変えた14の密約 (文春e-book)

内容紹介
私たちの日常生活を根底から変えたのが、政治家や国際事件ではなく役員室やゴルフコースやバーによって秘密裏に交わされた企業による密約(ディール)だったら?

イギリスを代表するジャーナリストが世界のタブーを徹底追及。英BBCが番組化、大反響!

【現金の消滅】
1998年、スタンフォード大学。のちのペイパル創業者達が出会い、始まった。

【熾烈な格差】
2009年、中間層消滅を予言した銀行家。富裕層OR貧困層ビジネスへと舵が切られた。

【ダイエット基準】
ダイエット関連業界の儲けのために、BMIを27から25に引き下げ、肥満人口を増やす。

【買い替え強制の罠】
1932年、電球の寿命が6カ月に決められる。アップル製品のバッテリー問題も。

【フェイクニュースの氾濫】
1981年、マードックとサッチャーが取引。有名メディアが買い取られる。


ほかにも、【投機リスク】【租税回避のカラクリ】【薬漬け】【改革されない働き方】【新自由主義の誕生】【企業の政府支配】【AIに酷使される未来】【知性の取引】【21世紀のインフラ】にまつわる密約が明らかに。


 この本の前半には、わかりやすい「密約」が出てくるのですが、後半は、「これからの社会の変化」について書かれていて、人と人、あるいは企業間の「密約」は出てこないのです。
 なんかタイトルと合わないな、と思いながら読み終えたのですが、原題は”Done: The Secret Deals that are Changing Our World”なんですね。「14」という数字は挙げられておらず、「われわれの世界を変える秘密の取引」だったんですね。

 
 この本の内容に関しては、訳者の関美和さんが「あとがき」に、こう書いておられます。

「企業の密約が世界を変えた」と言えば、ありがちな陰謀説だと思われるかもしれない。しかし、本書はそんな陰謀説を掲げてスキャンダルを暴露しようとする本ではない。むしろ、それとは正反対だ。この本は、今わたしたちをとりまくこの世界が、偶然の産物ではなく、ある意図のもとになるべくして今の形になったことを、歴史的な事実と綿密な取材に基づいてひも解いていく。本書を読めば、ばらばらに見えた点と点がつながり、目の前にある世界が違う角度で見えてくる。


(中略)


 そんな旬の著者が今問いかけるのは、ビジネスが政治を駆逐し、一握りの人たちが世界の大半の富を握り、砂時計のように中間層がなくなって砂粒が下方に収斂され、ロボットが人の仕事を奪うのではなく、人間がロボットの仕事を奪わなければ生きていけなくなるような未来の姿である。金融、食品、薬品、仕事、政治、ビジネス、テクノロジー、など、14の切り口から世界の過去と現在と未来をオムニバス形式で描いたのが、この本だ。


 こんな裏取引があった!という暴露本ではなく、ごく一握りの大金持ちや企業が、世界を支配するようになって、中間層が失われていく過程を、さまざまな切り口で描いている本なのです。

 これを読んでいて思うのは、そういう「多くの中間層や一般市民が犠牲になるかわりに、富める者たちのところに、さらにお金が集まるような仕組みが、さまざまな場所でつくられてきた」ということなんですよ。
 そして、そういうシステムを作り出した人たちは、「善意」というか、「素晴らしいアイディア」だと自画自賛していることがほとんどなのです。


 クレジットカードをはじめとする電子決済が利用できる範囲はどんどん広がっていきました。使ってみると、お釣りを受け取る手間らないし、確かに便利ではあるのです。
 その一方で、クレジットカードには「お金を使うことへの抵抗を減らす」という効果もあるのです。

 プレレック(マサチューセッツ工科大学(MIT)の神経心理学者)は、人が現金を使うときに、そんなおカネについての不合理性がどう表に出るかを知りたかった。そこで、現金で支払うときの脳の反応を、クレジットカード払いのときと比べて計測することにした。
 MITのキャンパスで500人の学生に、売り切れてしまったバスケットボールの試合のチケットを入札で競り落としてもらうことにした。学生の半分には現金を使うように指示し、残りの半分にはカードを使うように指示した。クレジットカードの入札額の方が高いだろうとは予想していたが、その金額の高さにプレレックは衝撃を受けた。クレジットカードの入札額は、平均すると現金の約2倍だった。現金の6倍の値段をつけたクレジットカードの入札者もいた。現金入札者はオカネを手放したがらなかったのに対して、カード入札者はいくらでも使っていいように感じていた。
 プレレックは言葉を失った。「ありえない、と思った。現金1ドルに対して、クレジットカードの心理的な費用はたった50セントということだからね」。その理由は、クレジットカードが痛みをまったく感じさせずに買い物の楽しみだけを与えてくれるからだ。「心の重荷をあまり感じなくなるんだ。物を買っているときには支払いのことを考えないし、支払うときにはなにを買ったか忘れているからね」


 僕は極力カードは使わないようにしているのですが、Amazonとかで買い物をしていると、店で直接お金を払ったり、カードを使うよりも、さらに財布のひもがゆるくなるというか、「ついでに」あまり使わないけれども、ちょっと安くみえるものをカートに入れることがよくあるのです。
 お金の姿が見えなくなるほど、ワンクリックで買えるほど、人は浪費しやすくなるのは間違いないと思います。
 電子決済の普及は、便利さとともに、お金の自己管理が緩くなってしまった人をたくさん生み出してもいるのです。


 また、企業の租税回避についても、ひとつの章が割かれています。

 租税回避はビジネスの世界では当たり前になっている。それが完全に合法だとしても、現実の世界に影響を与えることは間違いない。1990年代には7000億ドルがロシアから流出し、3050億ドルがサウジアラビアから、3000奥ドルがナイジェリアから流出したと言われる。途上国から流出した金額は、国家の負債が一度に返済できるほどの金額だ。イギリスでは生活保護の3件に1件が不正受給だということが大きく取りざたされ、その額は1.3兆ポンドとされる。しかし、租税回避によって取り逃がした税額は、不正受給の35倍にものぼっている。
 大勢の弁護士や会計士がこのシステムの維持に気を配り、このシステムが滞りなく機能するよう気を配っている。彼らはボーダレスが進むグローバル経済に便乗しているだけではない。ルールを書き換えて、租税回避を根本的に合法化しているのだ。
 これが一般の納税者に直接影響しなければ問題はないが、実際には影響している。イギリスとアメリカの納税者は、大企業が税金を払わないせいで高い税金を支払わされている。租税回避は資本主義に反する行為だ。そのせいで成長さなかの中小企業から不足分が搾り取られる。政府は若い企業につけを回している。
 一方で、税金を回避している企業は、自分たちの経済への貢献が理解されず、社会から軽んじられていると感じている。「金融センター」と名前を変えたタックスヘイブンを利用することが、悪いとは思っていない。
 2016年にジュネーブで開かれたオフショア税制のイベントに、わたしは講演者として招かれた。そのイベントに参加していったヘッジファンドの運用者や企業の代弁者は、自分たちが世間で悪者扱いされていることにただ困惑していた。消費者がアマゾンから安くものを受け取り、スーパーマーケットで安いトマトを買うことができるのは、企業が税金の一部を回避しているからで、消費者はその恩恵を受けているのだと彼らは説いていた。
 たしかにそうだ。消費者は知らず知らずのうちにタックスヘイブンの恩恵を受けている。ただし、恩恵といっても微々たるものだ。アマゾンで少しばかり安く本を買うことと、NHS(イギリスの国民保険サービス)や子どもの教育や大切な公共サービスや基本的なインフラへの再投資に使われるはずの莫大な税収が失われることを比べたら、わたしは本の値段が2パーセント上がるほうを選ぶ。


 個人の「脱税」は犯罪だけれど、タックスヘイブンを利用した企業の「節税」は当たり前のことになっています。
 しかしながら、それが「合法」であるとしても、大企業が手練手管を使って、税金を極力払わないようにすることは、国にとってはプラスにはならないはず。
 しかしながら、どこかの企業が「租税回避」をはじめると、それに対抗するためにライバル企業もやらないわけにはいかなくなるし、そうして減った税収は、そんな手段を持たない「ちゃんと税金を納めている人々」から、さらに搾り取ることになるのです。
 いまや、国家も、企業をつなぎとめるために、租税回避を黙認ぜざるをえなくなっているのです。その国家で重い地位にある人が、「租税回避」をしていることさえあります。


 著者は、減税(あるいは無税)によって長期的な経済成長が高まることを主張し、レーガン大統領お抱えの経済学者となったアーサー・ラッファーという経済学者に実際に会って取材しています(この本の特徴は、著者が実際にその「密約の主役」たちと会って話をしている場面が多いことなんですよ)。

 それから30年後、わたしはラッファーその人に会った。待ち合わせの場所は、彼がチェイニーやラムズフェルドと食事をしたレストランのすぐそばのバーだ。ラッファーは満面の笑みを浮かべてやってきて、早口でしゃべりまくり、熱いエネルギーをまき散らしていた。経済学者になっていなければ、トークショーの司会者にでもなれそうな勢いだった。ラムズフェルドとチェイニーが感心したわけが、わたしにもわかった。 
 ラッファーは本当に楽しい人物で、わたしとは馬が合った。40年前にあのレストランでもそうだったように、速いピッチで飲んで。ラッファーは自分の理論への批判にうれしそうに反論した。大げさに手を振り回して、自分の理論を弁護していた。そのうちに、紙ナプキンを取り出して曲線を描きはじめた。わたしはそこで割り込んだ。「いや、すごいことだと思いますよ。でもわたしが知りたいのは、どうやって逃げおおせたかってことです」
「なんだって? わたしがどうやって逃げおおせたか? すべて真実だからだよ!」
「でも、真実じゃありませんよね。減税政策のせいで、企業がオフショアに移ったじゃないですか? アメリカの製造業は破壊され、アメリカ人の半分は取り残されました。
「違うよ! 違う! 大きな間違いだ! まったく違う! わたしたちが正しいことが証明されたんだ! 金持ちはそのほかの人たちとは違うんだよ。金持ちの税率を下げれば、政府の歳入は上がるんだ。金持ちに増税すれば、社会が貧しくなる。金持ちに増税して貧乏人に金をばらまけば、世の中は貧乏人だらけになって、金持ちがいなくなる。貧乏人を金持ちにするのが目的なんだ。金持ちを貧乏にすることじゃない」
 ラッファーは自分の曲線を信じているし、政府の全員にそれを信じさせた。たしかに大企業は得をしたが、それ以外は誰も得をしなかった。タックスヘイブンは入場料を支払える会社だけが利用でき、スタートアップや個人事業主には手が届かなかった。ということはむしろ、タックスヘイブンは市場を歪めていることになる。市場を正しく機能させる役に立っているわけではない。ラッファーの主張は逆だった。
 アメリカでもヨーロッパでも、租税回避は事業活性化の方策として生まれ変わった。つまり政府が、個人は従うルールを企業は無視してもいいのだと、無言の同意を与えているようなものだった。


 こうして、世界の格差は広がっていったのです。
 「企業の租税回避のおかげで、Amazonで安く買い物ができるじゃないか」という、目先の「ちょっとお得」みたいな反論がまかり通ってしまっているんですよね。
 いや、みんな「それはおかしいだろ」と思ってはいるのだけれど、だからといって、どうしようもない、というのが実情なのでしょう。
 でも、このラッファーさんの話を読むと、「こんな人の言うことをアメリカの指導者たちは信じていたのか?」と言いたくなるのです。
 いや、信じていた、というよりは、自分たちに都合の良い話だったので、信じたフリをしていたのではなかろうか。


 この本には、企業の利益のために、さまざまな判断基準そのものが変えられてしまったことも取り上げられています。

 太り過ぎが突然問題視されるようになったのは、本物の肥満が蔓延するよりもはるか以前のことだ。1945年、ニューヨークのメトロポリタン生命保険会社の本社で働いていたルイ・ダブリンという統計家がお昼休みの最中に、上司を感心させたいと思いながら、数字に目を走らせていた。顧客の保険料の支払額を見ていると、体重が大きく影響していることに気がついた。そこで、ダブリンはひらめいた。
 契約者の体重の基準を切り下げて、それまで「太り過ぎ」に分類されていた人たちを、健康に害を及ぼす「肥満」に分類すれば、契約者が大幅に増えるはずだ。基準を変えれば、何万人という「普通」の人たちも「太り過ぎ」に分類される。
 そうやって新しく「肥満」や「太り過ぎ」になった契約者は、高い保険料を支払うことになる。体重にかかわる健康リスクが高まったと見られるからだ。ダブリンには、それを裏付ける科学的な指標が必要だった。そこで作り出したのが、身長と体重からはじき出すBMI(ボディマス指数)だった。BMIは既存の指標よりもはるかに科学的に見えたものの、実は筋肉密度と脂肪がごっちゃになっていた。BMIによると、世界最速の男ウサイン・ボルトは肥満になってしまう。
 一夜にしてアメリカ人の半数が「太り過ぎ」か「肥満」に分類され、高い保険料を支払うはめに陥った。「科学的な証拠はなにもないんです」と言うのは、ダブリンの指標を分析した調査報道記者のジョエル・グエリンだ。「ダブリンはデータを見て、25歳前後の人たちの理想的な体重を勝手に全員にあてはめただけです」


 世界は、われわれの見えないところで、ごくごく一部の人たちの都合で動いて、あるいは、動かされているのです。
 ただ、当事者にとっては「陰謀」ではなくて、「自分の素晴らしいアイディアの実現」であったり、「世の中を良くするため」だったりするんですよね。
 その素晴らしい頭脳を、もっとみんなに有意義なことに使えばいいのに、と思うのだけれども。


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