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2024/12/14

混沌シリア情勢:穏健装うHTS、大国の思惑の中不気味な静寂、イスラエルは爆撃し放題

ISW12月12日付シリア状況図
シリアの状況図 (2024年12月12日付ISW記事「Iran Update, December 12, 2024」の状況図に筆者が加筆(日本語部分))

 先週12月8日に「中東に地殻変動:シリアの反政府勢力が躍進、アサド政権は早晩崩壊、ロシア・イランには大打撃」というブログを上げたら、その日のうちに情勢が急速展開し、旧アルカイダのヌスラ戦線だった武装勢力HTSがシリアの首都ダマスカスを陥落させ、アサド大統領はロシアに亡命、アサド政権・シリア政府は崩壊しました。本当はあのブログは12月6日夜には書いていたのですが、出張で出すのが遅れ、出したら数時間後にはダマスカス陥落のニュースが出ていました。イヤー、国際情勢って動く時は驚くほどのスピードで展開しますね。
 さて、そんなシリア情勢のフォローです。混とんとしていますが不気味な静寂です。ニュースで流れるシリアの状況では、その多くが旧アサド政権による政治犯として収容された刑務所の解放や、その刑務所での厳しい拷問や殺害された方々の遺骨の発掘など、「圧政からの解放」のムード一色ですが、それは首都ダマスカスの話です。しかし、現実は冒頭の状況図が示すように、首都ダマスカスで旧政府からHTSに政権移譲が行われているほかは、シリアの各地では、各武装勢力が群雄割拠状態であるというのが現実です。ただし、現在のような圧倒的な力がない「力の空白」状態であるにも拘らず、なぜか不気味なほど静寂な状態です。普通なら、力の空白に乗じて、群雄割拠状態の各武装勢力が旧政府の影響の残る空白地域に覇権を競って収奪するはずなんですが、なぜかそれが起きておらず、とりあえずHTSの動きを静観しているかのような静かな状況となっています。そして、虎視眈々と水面下で蠢く大国の思惑が見え隠れしています。そしてそんな中、イスラエルは「旧政府軍の武器弾薬が出回って武装勢力が対イスラエルに利用することを防ぐ」という無茶苦茶な理由で、他国の地にも拘らず好き放題に各地を空爆しています。

①首都を治めるHTSは穏健装い混とんとするも不気味な静寂
 シリア情勢の主軸は、首都ダマスカスを陥落させるとともに、速やかに前政権から権力移譲を促したHTSが握っています。HTSは、元来は元アルカイダの一派でヌスラ戦線を名乗っていた名うてのイスラム過激派武装勢力でしたが、ヌスラ戦線から看板をかけ替えて「ハヤト・タハリーム・シャーム(HTS)=シャーム解放委員会」を名乗っています。「シャーム」とは首都ダマスカスのことですから、国家の象徴的な首都の解放を目指して来た、その目標が達成された形です。HTSの総帥アブ・ムハンマド・ジャウラーニ氏は、西側メディアに対して「選挙による民主政権で国家を運営する」旨述べており、また宗派的な違いに寛容で、宗派や部族などで排他的に他グループを弾圧するなど非人道的なことはいない」と穏健さをPRしています。実際、元々支配していたシリア北西部イドリブ県で「シリア救国政府」な名称で自治していますが、そこでの統治をみるに、概ね西側メディアにPRしたことと遠くなく、ISISのようにイスラム過激派思考で無茶苦茶な排他的統治をしたり、住民や敵を残虐に殺戮したりしていません。現在、アサド政権下でシリア政府として治めていた各行政機関を、穏やかに長のすげ替えを行うものの、各行政機関の職員をパージすることなくそのまま業務を維持させ、穏やかに政権を委譲して国家運営をしようとしているところは評価できます。アラブの春にしろアフガンのタリバン政権にせよ、アホなイスラム勢力が国家を転覆させた際には、旧政府の行政機関を欲望のまま破壊・収奪して、国家としての機能は全く果たせずに、結局国家として破綻した国々がある中、現在のHTSの穏健な権力移譲で国家を存続させようとしている状況は高く評価できる、と言えましょう。更に、HTSは、一部の勢力が勝ち戦に乗じて旧政府の行政機関や施設の収奪を禁じ、また旧政府軍や警察の要員をリンチや虐待したり、宗派間暴力などを禁じており、違反者を取り締まっているとのこと。得てしてこういうところから成り上がりの新政府は短命で崩壊する端緒となるので、そういたリスクを認識しているところも評価できます。

 とはいえ、HTSの表面上の穏健さは、いまだ信用できないところも多々あります。米国や国連などはこれまでHTSをテロ組織と指定しており、米国はHTS総帥のジャウラーニ氏の首に1000万ドルの懸賞金を賭けていたほどです。一部の米国高官は「HTSはISISと密接な協力関係にある」と踏んでいます。もし、HTSがISISとは良好な関係であるとすれば、現在のシリアの「力の空白」地帯に、ほぼ壊滅に近いところまで弱体化したはずのISISが復権し、一定地域を支配し力を盛り返す好機を与えることになるかも知れません。

 それだけに、現在なぜか各武装勢力が音なしの構えで状況を静観しているのが不気味です。普通なら、これだけシリア各地の武装勢力が一定の支配地域を勝手に統治している群雄割拠状態なのですから、アサド政権の政府軍がこれまでロシアやイランの軍事支援を得て強力に支配的であったパワーバランスが敗走によって空白になったわけですから、群雄が覇権を競ってあちこちの地域獲得を図って当然なのです。しかし、なざか静観しています。トルコが支援するSNAと米国が支援するクルド人武装勢力SDFは5日間の停戦を結んで、一見平和ムードに見えます。また、SDFはHTSに対して、「新政府に従う」と「恭順」ともとれる申し入れをしたとのこと。私見ながら、これは首都ダマスカスの政治経済の中枢を押さえたHTSがどう出るかを静観しているのであって、恭順ではさらさらないと思います。また、前述のSDFとSNAの停戦も、その実態は束の間の再編成・再補給タイムで戦力を増強しているもの、と推察します。
 
②しかし虎視眈々と大国の思惑が渦巻く
 そんなシリアを、大国や周辺国は水面下で虎視眈々とそれぞれの思惑でシリアに触手を伸ばし、影響力を確保しようと競っています。そんな大国を影響力の大きい順に考察いたします。

 今回の筆頭はトルコです。
 シリア内戦中、トルコは非クルドのシリア北部の武装勢力を「シリア国民軍(SNA)」として旗を立てさせ、全力支援していました。トルコはシリアとの国境地帯に、両国政府から邪魔者扱いされるクルド人問題を抱えています。トルコから見れば、クルド人はクルド人で固まってトルコ人の風土風習になじまず異を唱え、時にテロ行為によってトルコの公序良俗を損じてきた、と映っています。同様にシリアからも歴史的にクルド人は異端な民族で、シリアの公序良俗を損ねる奴らと見られており、ずっと迫害されてきました。シリア内戦間、この迫害されたクルド人は国境を越えてトルコに逃げ込みました。その数300万人。トルコは、アサド大統領に「このクルド人を引き取れ」と交渉していました。トルコにとって大きな内政問題になっています。少し脱線いたしますと、これはイラクの北部国境のクルド人も同様で、その昔イラクのサダム・フセイン大統領がクルド人を迫害し、イラク北部のクルド人に対して化学兵器で虐殺した例がありました。要するに、トルコは反クルドが骨の髄まで染み通っています。ですから、米国が支援するクルド人武装勢力SDFとは「不倶戴天の敵」状態なのです。

 私見ながら、そのトルコが、実はHTSのバックにいます。公式には否定していますが、間違いなく現在優勢な勢力を持ち、比較的穏健な政権移譲や国家運営をしているように見えるHTSを強力にバックアップし、実は陰で指示を与えているのはトルコのエルドアン大統領です。よって、今後SDFとは絶対に良好な関係とはならず、いずれSDFを国家の敵=反政府勢力として討伐する、と推察します。しかし、今は、いち早く正当な国家の政府として国際社会に認知されようと、穏健な権力移譲をしているものと推察します。

 次いで米国です。
 シリアの内戦の間、米国は何よりもISISの打倒に力を入れましたが、その際に組んだのが各国から弾圧され孤立無援状態ながら部族の団結が強く、不屈の戦士として戦う性向のあるクルド人武装勢力でした。トルコからテロ組織とされたグループや人々も越境して加担しています。シリアの広範囲にISISが支配地域を広げたことに対して、米国は相当数の米軍特殊部隊もクルド人武装勢力の中で活動させ、「シリア防衛隊(SDF)」という看板を掲させ、シリア北部から東部でISISを打倒し、シリアでも一大勢力にまで育て上げました。しかし、シリア政府軍と対峙し、そのロシアやイランからの強力な軍事支援には手をこまねいていたところ、今回のウクライナ戦争やガザ・レバノンの紛争でロシアやイランのバックアップを失ったシリア軍が敗走し、棚からボタモチで勝った形となりました。本来なら現在の力の空白状態が大チャンス!旧政府の影響が残るもののもはや政府軍はいない無人の荒野となっシリア中央部をガンガン地域獲得できる好機なのですが、米国の指示か、静観か?攻め込みません。一つの要員としては、バイデン大統領から次期トランプ大統領への移行期なので、下手な攻勢をしてもトランプ政権になった後に梯子を外されることになりそうなので、静観しているのではないか、と推察します。トランプ氏は選挙期間中からシリアに興味も関心もない、と明言しています。間違いなく、大統領就任後、シリアの状況を米国が関心をもって関与していくことはなさそうです。イスラエルには積極関与・熱烈支援していきそうですけどね。

 そして、この地域で影響力が愕然と落ちたのがロシアとイランです。しかし、まだ影響力を及ぼすべく触手を伸ばそうとしtいます。
 ロシアは、古くは中東戦争、バッシャール・アサド前大統領の父親のハフェズ・アサド大統領の頃から、数十年にわたってシリアを支援してきました。ロシア派地中海の軍港ラタキアに海軍基地、及び近傍に空軍基地を49年の租借契約をシリア政府と結んで、地中海東側から地中海と中東を睨むロシア軍の一大軍事拠点となっていました。アラブの春を契機としたシリア内戦の間には、一時は敗走しそうだったシリア政府軍をロシア空軍の空爆で徹底的に反政府勢力を制圧し、アサド政権そのものを支えていました。しかし、ウクライナ戦争でロシア軍自身がケツに火がついて、シリアに対する軍事支援は滞りがちとなり、今回のアサド政権の末期には、ロシア軍はシリア政府軍の危機を空爆で支援することもできなくなり、その虎の威を借りて強圧的に戦えていた政府軍は一挙に敗色濃厚となりました。末期には政府軍は敗走状態。戦う意思はなく、将兵たちは我先に銃を置いて逃げ、民間人の振りをして生き延びようという状況でした。とりあえず在ダマスカスのロシア大使館に逃命してきたアサド大統領一家は匿ってやり、ロシア本国に逃げ延びさせてやったわけですが、政府軍がかくもだらしがない状態だったとは、さぞやプーチン大統領も「これまで支援してやったのに、てめえら根性を見せろ!」と地団太を踏んでいることでしょう。とは言え、数十年にわたる親ロシアの感情が少なくとも首都ダマスカスの行政府にはありますから、ロシアの水面下の巻き返しの風土は十分に残っています。恐らくは、ロシアの諜報機関が様々な手段方法でHTSの新政府に対して触手を伸ばしていると思います。執念深いプーチンは、中東で唯一意のままにできる同盟国を失うことは絶対に避けたく、引き続き中東の親ロシアの強国としてのシリアを確保したいと画策するでしょう。間違いなく、ロシアの巻き返しは今後一つの台風の目だと推察します。

 一方のイランも、アラブの春でアサド政権が危なくなって以来、イランは多くの革命防衛隊の要員をシリアに常駐させ、シリア政府を実質的に支えていました。私個人的に、アラブの春以前のシリアにはPKOで一定期間勤務したので、当時のシリアを知っていますが、当時健在であった父アサドはイランを警戒して距離を取っていました。それが息子アサド大統領は、アラブの春以降はイランにべったり態勢になりました。イランはシリア内戦でシリア政府軍を支えるために常時数百名の革命防衛隊兵士と数十億ドルに及ぶ軍事支援をしてきました。反政府軍との戦闘には、イラン革命防衛隊が子飼いで訓練を施していた(レバノンの)ヒズボラの兵士を戦場で戦わせてきました。しかし、これもガザ・レバノンの紛争がこの数ケ月の間で急激に激化したことに伴って、ヒズボラ兵士は去り、イラン革命防衛隊もイラン政府のシリア軍事支援も尻すぼみ状態となっていきました。事実上、アサド政権末期には支援しておらず、ロシアとイランの面倒見体制が尻すぼみになったことがアサド政権の命脈を細くしました。しかし、これもロシアと同様、ここ十年のイランの手厚い支援を、少なくとも首都ダマスカスの行政府の要員は有難く思っていますから、イランの諜報機関が付け入るスキは多く残っています。シーア派の住民も多いですから。必ずや、イランはHTSの新政府に対して触手を伸ばし影響力を及ぼして来ることは間違いありません。イランはシリアと長い国境を接する隣国でもあり、国民に一定数のシーア派も抱えていますから、イランとは(父アサド大統領のように一定の距離を保つことはあっても)少なくとも絶対的敵対をすることはないと推察します。

 そして、問題児イスラエルの登場です。
③そんな中、イスラエルは好き放題に旧政府軍の武器弾薬庫を爆撃
 イスラエルは、アサド政権崩壊後のシリアのどさくさに乗じて、シリア政府軍の軍事資産を無力化することを目的に、地中海の軍港ラタキア港、アル・バイダ港に停泊するシリア海軍艦隊に対し、更に、シリア国内の各地の旧政府軍の基地、武器弾薬庫、兵器工場に対して350回以上もの徹底した空爆を実施しています。イスラエルのカッツ国防相は、「イスラエル軍は『スラエル国家を脅かす戦略的能力を破壊する』ことを目指して空爆を実施している」との声明を出しています。イスラエルんびとって、一番避けたいのは新生シリアがISISやイラン・ヒズボラの強い影響を受ける反イスラエルの巣窟になることでしょう。新生シリアの行方はともかく、まずそこにある武器を潰しておきたい、ということなのでしょう。

 気持ちはわからんでもありませんが、人の国の人の土地ですよ。人様の土地に勝手に空爆するということに対する罪の意識がイスラエルには欠如しています。いくらなんでも、イスラエルとレバノンのように紛争当時国間ならまだしも、紛争当事国でない人様の領土内を勝手に空爆するなんてことが許されるわけがありません。一方でイスラエルは、新生シリアとは正常な国際関係を持つことを要望しているんだと報道で読みましたが、独善的にもほどがありますね。
 こういう独善的で活無茶苦茶な国は、国連等で決議し国際社会が経済制裁等でボコボコに痛い目に合わせるべきなのに、常に米国が安保理事会で拒否権を発動してそうした決議案を葬ってきました。今回なんて、安保理も開かれません。次期トランプ大統領も、間違いなくイスラエルを支えるでしょう。この構図は今後引き続き維持されるんでしょうね。
 
④新生シリアの展望:一部に内戦を抱えながらも新生シリアは成立するか、または、内戦再燃か。恐らく前者と推察
 HTSの新生シリアの展望はどうなるでしょうか。
 私見ながら、HTSのよる新政府は穏健な政権移譲に基づいて、徐々に国際的な認知を広げていくものと推察します。しかし、国内に各武装勢力がそれぞれの支配地域を自治している実質的に群雄割拠状態がありますから、これらを一国のガバナンスの下に入れるのは相当な時間と流血が必要だと推察します。従って、新生シリア政府は成立するでしょうが、一部に内戦を抱えながらのスタートとなり、落ち着くまでは相当な期間が必要であろうと推察します。まず何より、クルド人問題があるのですよ。新生シリアHTS政府は間違いなくトルコの影響が色濃いものとなります。トルコの反クルド主義は根深いものがあります。SDFとは容易に一緒になれないのではないかと思います。つい数年前までのタリバンを追い出したのちのアフガニスタンと同様に、国内に武装勢力が群雄割拠する中で、選挙で政権ができて政府として機能しても、国内は群雄割拠状態で、地方では各武装勢力ごとの勝手な統治が存在し、内戦も続く混沌が続きました。シリアも同様ではないか、同情しながらも推察します。あるいは、その状態が高じて、政府は有名無実状態となり、末期のアフガンのカルザイ政権のような状況で、結果的に国家は内戦再燃でズタボロ状態に至るかも知れません。恐らくは、前者でその政府の力が政府として名が体をなし、政府は機能しているが一部で内線が続く、そんな状況でも十分「御の字」というところではないでしょうか。

(参照: 2024年 12月12日付ISW記事「Iran Update, Decembet 12, 2024」、同年12月11日付BBC記事「The global players in Syria before and after Assad」、同年同日付BBC記事「Israel confirms attack on Syrian naval fleet」、同年12月9日付CNN記事「シリア反体制派HTSはISISと強力な関係 米政府高官」、同年12月8日付毎日新聞記事「シリア内戦で大規模攻勢 反体制派を率いる組織「HTS」とは?」、ほか)

(了)

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