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アラブにおける結婚と婚前交渉、「付き合う」という水準、内面化された第三者

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 ダハブの9/26の日記で、ロクデナシのツアー屋の男が「結婚しないでセックスするのは日本の文化なのだろう?」と言ってきたことを書きました。この時、反論しつつ、何か空回りしているような、すれ違っている感覚があったのですが、それについて考えていて気づいたことがあります。

 エジプト人というより広義のアラブ人の一部、特にベドウィン出身で定住化後あまり世代を経ていないようなタイプの人々には、「婚前交渉が許される=乱交」という発想があるのではないでしょうか。つまり、いわゆる「付き合う」という状態がうまく認識できていないのです。
 これだけなら「『付き合う』という習慣に慣れていないのだから当たり前だろう」で終わってしまうのですが、もう少し続きがあります。

 現在の日本でも欧米でも、婚前交渉はかつてのように強く非難される対象ではありません。もちろん結婚が「推奨」されますし、地域や社会階層による差もありますが、一定の責任さえ負えるなら、それ自体としては著しい「悪」ではない、というとらえ方がかなり一般化していると言えるでしょう。
 だからといって、「誰でもどこでもいつでも」セックスするかというと、普通はそんなことはありません。一定の「手続き」や継続的な人間関係があった上で性行為に至るのであり、つまり「付き合う」状態があった上で、性的な関係が持たれます。
 これは言わば準結婚的状態ですが、結婚と異なるのは、信仰や公的権力といった「第三者」の審級が不可視化されている点です。「第三者」の審級が存在しないのではありません。深く内面化されているため、具体的な形象を持たなくても、二者関係の中で「準結婚的」関係が保てているのです。
 しかし、一部のアラブ人は、この「第三者」の審級の不可視化、という状態がうまくイメージできていないように見えます。「結婚」といった、明示的な「第三者」の審級がないと、いわゆる先進国の人々とは比較にならないくらい、無秩序へと一転してしまう傾向が強い、ということです。「結婚」でないなら、即「乱交」という具合です。

 これは非常に重要なポイントで、古典的な議論でも「アラブ人は面子を重視し、人前で恥をかくことを極端に嫌う一方、人目がなくなると平気で非道を行う」といったことがよく指摘されてきました。大昔の話ではなく、実際にこれに近いことはわたし自身が無数に経験しています。
 「世間様の目」がなくなることで羽目を外す、というのはアラブ人に限りませんが、アラブ人には特にその傾向が強いように見えます。つまり、「第三者」の審級は明示的でなければならず、明示的な第三者がいない、とは、即無秩序に結びつく、ということです。

 これは「付き合う」という状態がイメージできないことと、まったくパラレルです。「付き合う」状態には、明示的な第三者が介入していませんが、内面化された第三者が機能しているため、無秩序ではありません。婚前交渉を容認するからといって、乱交状態に陥るわけではありません。

 またこれは、彼らの社会で信仰アイデンティティが非常に強く機能していることとも、並行的です。「こんなに信仰熱心なのだから、さぞ倫理的なのだろう」と思っていると、そういう人はもちろんいるものの、平気で嘘をついた上「アッラーだけが真理を知っている」などとのたまうムスリムが沢山います。「そんな口をきいて神様が怖くないのだろうか」と不思議に思うのですが、彼らの中では、大衆の面前で恥とならなければ、それはアッラーにも届かないのです。

 もちろん、これは極めて大雑把な傾向分析で、アラブ人にも色々いるし、エジプトだけでも「世界の縮図」と言って良いほどの多様性が見られます。インターナショナル・マインドを持ったエジプト人と、ローカルな人々では、まるで別人種です。いわゆる先進国の人々と変わらない思考様式をする人々も大勢いますし、また伝統的な社会にどっぷりつかっていても、わたしたちの倫理基準に合致し、それどころかはるかに倫理的で敬虔な人々もちゃんと存在します。
 ですから、単なる無知・無教養による蒙昧については横に分けて考えてあげる必要がありますが、わたしたちの基準で言うところの「すごく良い人」で、かつ無知無教養ではない人が、人目がなくなった途端に豹変する、という我が目を疑うような状況があるのも事実です。ド田舎や貧民街のローカルが、わたしたちの理解を越える行動を取っていても驚くことはありませんが、他の面では非常に洗練されて見える人が、「突然人が変わる」と、本当に度肝を抜かれます。
 個人差・階級差・地域差がより重要なのは言うまでもありませんが、同時に、長い長い歴史の中で涵養されてきた人類学的遺産というものが、どんな民族にもあります。非常に大雑把ですが、アラブ人には、「第三者」の審級というものが明示的に要求される場合が多い、くらいは言えるのではないでしょうか。

 念のためですが、これが事実だとしても、先進国的な価値観をもって「アラブ人は始末に負えない、信仰なんて形だけだ」というのは早計です。そう判断させているわたしたちの倫理観自体もまた、別の特殊な環境で涵養されてきたものにすぎないからです。
 特に日本は、非常に特殊な均質性と箱庭的閉鎖性を、長い歴史にわたって維持してきた国です。こういう環境では、仮に人目がなくてもちょっとした噂が命取りになりますし、逃げても逃げる先が限られています。昔のアラブのような、広大な砂漠で出たとこ勝負をしなければならない環境とは、まったく違います。
 もちろん、「アラブ=砂漠」というのは、まったく間違った見方です。イスラームが生まれ育ったのも都市文化の中でですし(ハディースでもベドウィンがよくバカにされている)、都市の中では日本以上に密で固定的な人間関係があります。
 しかし、その都市から一歩外に出ると砂漠が広がっているのも事実で、日本のような「どこにでも人が住める」環境とは違います。都市と都市の隔絶度合いははるかに過酷で、この砂漠の過酷さを目にしてしまうと、日本は田舎も含めて日本全体が一つの都市なのではないか、と思えてくるくらいです。
 そしてアラブの都市とは、商業を中心とした交易ポイント、つまり他者との出会いの場であり、都市内部の文化においても、「外交」の占めるポジションが非常に重い世界です。価値観を共有しないはるか彼方からやって来た商人同士が、コミュニケーションを図らなければならなかったのです。
 こうした「外交」においては、共通の基盤を作る、という作業から始めなければなりませんし、細部まで規則を共有しようなどと考えていたら、いつまで経っても話ができません。そういう世界で、「アッラーという大枠だけがあり、細かいところは出たとこ勝負で決着をつける」「その場で勝てなければ、騙される方が間抜け」「過ぎたことは許し、リセットしてやり直す」という倫理観が広まっていったのは、当たり前のことに見えます。
 実際、現在のエジプトでも、相手を前にしたその場で決着をつけられなければ、「ボクラ=明日」は永遠にやってきません。すべてを「今ここの現場」で勝負しなければなりません。
 彼らの思考単位は基本的に「一日」で、次の日になると、偉大な寛大さをもって非礼を許している一方、教えたことも忘れていて一からやり直しになる、ということがよくあります。別に彼らがダメなわけではなく(日本人からはどうしたって「ダメ」に見えますが)、それが彼らなりの秩序維持の方法なのです。

 もし明示的な第三者が必要なら、第三者を立てれば良いだけの話です。明示的な信仰が重んじられ、結婚の形式が重視され、婚前の男女が「二人きり」になることが厳しく咎められる、そうした社会が維持されているうちは、文字通りの第三者が常に介入しているわけで、別に問題はありません。
 そうした環境に慣れてきた人たちが、いきなり「内面化された第三者」を当然視するシステムに移行しようとしても、スムーズにいかないのは当たり前です。また、別に無理に移行する必要もありません。結果としてうまく行っていれば、それはそれで問題ないのですし、この移行を「進歩」ととらえるなら、それもまたバイアスにすぎません。
 実際、「人前であること」を重視する倫理意識がプラスに働いている場面にも非常に良く出会います。アラブ人が「これでもか」というくらい客をもてなし、時に客の取り合いで喧嘩になるくらいなのは、その表れの一部でしょう。「名誉のためなら死をもいとわない」面子へのこだわりがあります。

 現代の世界には、かつてのアラブの砂漠よりはるかに遠くの人々と、「外交」しなければならない状況があります。つまり、世界の果てから内面化された「第三者」を前提とする人々がやってきて、交渉しなければならない、という場面もあるわけです。
 「外交」的要素の大きい文化が、「外交」的要素の小さい文化と、「外交」的に出会っているのですから、前者の基準に合わせる方が理にかなっている面もあります。一方、現代の世界は、かつてのようにバラバラに隔絶されているわけではなく、密に連携しあって成立しています。つまり、「外交」的要素の小さい、都市内部、あるいは箱庭内部の一つの共同体のような面が拡大しています。
 要するに、「大きくバラバラな世界」な要素と、「小さく均質な世界」の要素が同時に拡大していっているわけで、一概にどっちの基準を使う、とは単純化できません。
 「グローバルで均質な世界」を前提にビジネスをしているエジプト人には、せめて欧米流のやり方に合わせて欲しい、と個人的には思うこともありますが(笑)、そんなグローバリズムの恩恵には少しも預れず、搾取される一方の人々にまでこちらの価値観を押し付けるのは、無理というものです。

 とりあえず、エジプトで普通に日々を送ろうとするなら、「第三者」の審級を極力明示的にするよう心がけておいた方が、平和に過ごせます。日本人の多くが共有している不可視化された「第三者」などを信じても、ただ疲れるだけです。

馬とラクダ禁止の看板(ダハブ)
馬とラクダ禁止の看板(ダハブ) posted by (C)ほじょこ
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テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. アラブにおける結婚と婚前交渉、「付き合う」という水準、内面化された第三者|2009/09/30(水) 08:07:48|
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Author:ほじょこ
アラビア語修行にエジプト留学して帰国。翻訳やっています。お問い合わせは下のフォームから御気軽に。