邯鄲の枕

備忘録

元・紀伊國屋書店店員から見た、渋谷店の「本当は女子にこんな文庫を読んで欲しいのだ」フェア炎上

新年あけましておめでとうございます。

 

正月早々に紀伊國屋書店 渋谷店が燃えていた。

どうやら渋谷店が行っていた「本当は女子にこんな文庫を読んで欲しいのだ」フェアが炎上のうえ、フェア撤去と相成ったようです。

 

元・紀伊國屋書店の店員としての視点から今回の出来事について考えてみました。

 

炎上の経緯などはざっくりとですが下記のまとめ参照


紀伊國屋書店の「本当は女子にこんな文庫を読んで欲しいのだ」フェアがプチ炎上し光速で終了 - NAVER まとめ

 

 

上記のツイートに添付されたフェアの画像からフェアの概要を掴んでみたいと思います。

 

まずはフェアの企画趣旨が記されたヘッダーの文章を全文引用してみました。

「文庫女子」*1という言葉をご存知でしょうか?

 

書店に最も足を運んでくれる20代~30代の女性に、もっと文庫を読んでもらいたい!という思いをもってこの秋スタートしたばかりの企画なのですが、

悲しいかな、正直、ラインナップがいまいちというか……

 

もっと女性に力強くアピール出来る本が在るハズだ!と、

当店文庫チームが、女子の意見を一切聞かずに勝手にセレクトしちゃいました。

 

電車内で、喫茶店で、それこそ、ハチ公前で、

 

こんな文庫を読んでる女性がいたら、それは、まぁ好きになっちゃうよな、という本ばかり選んでみました。各々の作品のPOPにも是非ご注目ください。

 

2015年、文庫本をカバンに忍ばせるのが、ホントにおしゃれピープルの最新トレンドになるかはハッキリいって解りませんが、東野圭吾と村上春樹しか知らないっていうのは、やっぱりちょっと勿体無い気がするのです。

 

そして、”是非ご注目ください”という各々の作品のPOPに目を向けると、写真では以下のようなPOPが添えられている

SFに理解のある女性は100%モテ

オシャレ女子なら北欧ミステリでしょ。

 

ざっと判別できるフェアの概要はこんなところ。

 

冒頭から「文庫女子」フェアのラインナップに対して”悲しいかな、正直、ラインナップがいまいちというか……”と切り捨ててます。インディペンデントな書店であれば取次・出版社提案の企画に対してアンチテーゼを示す事も書店のアイデンティティとして問題ないと思いますが、チェーン店であれば、仮に担当者がそう思っていたとしても、「文庫女子」へのアンチテーゼとしてではなく、そういったネガティブな文言を使わない「文庫女子」のオルタナティブとしての提案があるべき姿勢だと思います。

(そもそも「文庫女子」自体の企画に対する批判もありますが、ここではそれには触れません。また、自分も取次・出版社のフェア企画には疑問を持つものも少なくありません。)

”各々の作品のPOPにも是非ご注目ください”というくだりと併せて、全体的にナルシスティックで、マスターベーション的な姿勢がありありと窺われますが、果てには

”こんな文庫を読んでる女性がいたら、それは、まぁ好きになっちゃうよな、という本ばかり選んでみました。”と謳っておきながら、POPでは”SFに理解のある女性は100%モテ”と主客転倒してしまっている文言と鎮火用に投下したツイート

における”他意はなく、男女別なく面白い本をお勧めしたい”という一文からはフェアの趣旨に関する一貫性の欠片もなく、なんとも雑過ぎる企画だったと思います。

 

小売業の売場における提案は「共感のシェア」が基本だと自分は考えますので、女性に限定して提案(=共感してもらう)をするのであれば、当然女性の意見は必要ではないでしょうか。

このフェアの趣旨であった「本当は女子にこんな文庫を読んで欲しいのだ」という言葉自体からは、共感して欲しいというより、ただ自分の個人的な願望の吐露にしか聞こえてきません。

そういったテーマで書籍を紹介したいのであれば売場では無く個人のブログで紹介するべき類のものだと思います。

売場は商売をする場所であり、ただの願望を具現化する場所ではないからです。

 

そして多くの批判の対象になっている”東野圭吾と村上春樹しか知らないっていうのは、やっぱりちょっと勿体無い気がするのです”という一文もまた、配慮に欠けてますね。

仮に「東野圭吾と村上春樹しか知らない」人がこの文章を読んで、紹介されている本を手に取ると本気で思ってるのでしょうか?

「東野圭吾と村上春樹」を「J-POP」や「ハリウッド」に置き換え可能な、よくある視点からのマス批判的な文章です。この文章からは”やっぱりちょっと勿体無い気がするのです”という末尾の表現も含めて担当者の衒学的とも言える姿勢がよく出ていると思います。

 

また、気になったのはPOPですが、文体やレイアウトなどヴィレッジヴァンガードさんを意識したようなのPOPだと推測されますが、下記のまとめを見る限り、ヴィレッジヴァンガードさんのPOPは他人を傷つけたり、不快にさせたりするような文言はありません。


ヴィレッジヴァンガードのカオスなPOP鑑賞会会場はこちら - NAVER まとめ

今回の渋谷店のPOPはヴィレッジヴァンガードさんのPOPを表層的になぞっただけの稚拙なPOPですね。

 

紀伊國屋書店では、自分の知る限り、特にPOPの作成においてはガイドラインは存在していません。また仮にあったとしてもそれを店員に周知させているような事もありません。

故にPOPの文言などは作成者のリテラシーに委ねられているのですが、「紀伊國屋書店」のロゴが入ったPOPカードを使ってPOPを作成するという事の意味に配慮が欲しかったと思います。

 

今回は「プチ炎上」とも言われているように企業の炎上案件としては比較的、小規模なものだった事もあるかと思いますが、Twitterでの謝罪を担当者(おそらくは社員もしくはアソシエイトと呼ばれるアルバイト)に行わせている事も問題かと思います。

 

炎上とは当事者以外の野次馬からも(それが正当な批判であっても)マウントポジションから言葉のグーパンチを浴びせかけられるものです。(もちろんこのエントリもその一つです)

確かに担当者は思慮の浅さからくる失敗を犯しましたが、必要以上に責められるべきではないと考えます。

ですので、ユーザーへの真摯な姿勢という意味でも、失敗を犯した担当者を守るという意味でも少なくとも店長クラスの責任ある立場の人間が対応してしかるべきだったのではないでしょうか。

 

テン年代はスマートフォンとSNSの普及によって、誰もが発信できる環境を手にしている年代です。たとえ、限られた空間で行われている事でも、そこに人がいる限り全世界に向けて扉は開かれていますので、今回のような案件はまた発生する可能性は決して低くはありません。したがって企業の側もその事を踏まえて、リテラシーを高める必要があると思います。

 

今回のフェアの担当の方にはこの失敗は大きな糧になったと思いますので、萎縮する事なく、思慮深く、どんどん本を紹介して欲しいと思います。

 

紀伊國屋書店を含め、書店チェーンはPOS売上げデータを基にした金太郎飴みたいな品揃えになっているように感じます。

売れているものは勿論必要ですが、それならばamazonや楽天ブックスで事足ります。

本好きの自分がリアル書店に期待するのは偶然の出会いと、いい目利きによって紹介された本との出会いです。

”いい目利き”とは決して「お前らこんな本知らないだろ?」ではなくて「これ面白かったから読んでみてよ」が聞きたいのです。

 

最後に自分が信頼する目利きによる書評を一冊紹介したいと思います。

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)

 

お亡くなりになりましたが、ロシア語通訳でエッセイスト、小説家の米原万里さんによる書評集。書評としてだけでなく読み物としても面白い。彼女のもつ豊富な知識が機知に富んだ文章に打ちのめされます。スマホは近くに置いているとポチポチやっちゃいそうなので、要注意です。

 

また自分が本件を知るきっかけとなったid:pokonan さんのエントリはとても面白いです。おすすめされている本も面白そうです、「海賊女王」「ゆうじょこう」気になりますね。


「文庫女子」フェアが色々ひどすぎた - 田舎で底辺暮らし

 

*1:「文庫女子」とは書店取次のトーハンと出版社12社によるF1層(20~34歳の女性)向けの連動企画。出版社12社と連動し、第1回「文庫女子」フェア開催 - TOHAN website