大井の夕暮れも拝覧し、恒例の年末イベントもあとわずかになりました。
このブログを書いてるのはKEIRINグランプリや尾沢工房さんとの恒例麻雀の結果が出る前だけど、すでに多額のマイナス収支は決定的。そのうち約1/3を今月叩き出していて、敗北感に打ちのめされております。年末に気合いを入れてプラス収支を期待した自分が、毎年のこととはいえ、まあ虚しいったらありゃしない。
そんな折、元ラジオ大阪で現ベルガモ社長の兼田健一郎さんの訃報を聞きました。同列に語る話ではないですが、本当にショックで。
声優の宮村優子さんのラジオ「宮村優子の直球で行こう!」を担当されていて、みやむーが当時福本伸行さんの作品にハマっていたということで、編集部にタイアップの話を持ち込んできたのが兼田さんでした。
小太りでダミ声、見た目イメージ通りのコテコテな関西弁トーク。お会いして少ししてから、実は大学の先輩と同期だったことを知ってビックリ。お仕事中は本当にお世話になりました。
今さらこんな裏話を書いても怒る人はいないと思うから書いちゃいますが。当時のタイアップは、竹書房がスポンサー費を払ってCMを流す代わりに、番組でみやむーの麻雀教室をコーナー化する…という内容。101競技連盟に所属する愛澤圭次さんを先生として編集部も派遣しました。
タイアップの契約は3ヶ月。番組提供もそれで終わりのはずだったのですが、みやむーや岩田光央さんらの出演者、番組スタッフの皆さんから惜しむ声が届き、編集部としてもせっかく誌面に連載を始めたのに、すぐに終わらせるのももったいない。
「竹書房さん、ケチくさいわ~(笑)。でも愛ちゃん先生のコーナーは継続したいですし、編集部さんから記事の原稿料に上乗せする形で、愛澤さんにギャラを出してくれませんかー? スポンサー費は入りませんので」
驚きの申し出をしてくれたのは、ラジオ大阪の兼田さん側からだったと思います。
それからコーナーと誌面の連載は、番組が終了するまでの間(1年ちょっとだったかな)続きました。そのおかげで自分もスタッフさんとは仲良くさせてもらい、番組終了後に行くスタジオ近辺での打ち上げや、一緒に旅行することがどれだけ楽しかったことか。自分がご飯や一人旅によりハマるようになったのもここからでしたね。
番組の収録に兼田さんが顔を出すことはそこまで多くはなかったので、打ち上げで席をご一緒にすることはあまりなかったですが、大阪で全女のリングを借りての公開録音の際、二人でキワモノのコスプレをしたり(兼田さんが確か力士で、自分は全身白タイツw)、兼田さんの意外な趣味の話を聞いたりしたのが懐かしいです。
今年は親しかった知人が若くして亡くなることが多く、本当に切ないですね。バビィの思い出話を金ポンから依頼された直後という巡り合わせにも、個人的に驚いています。
年齢的にこれからもそういうことが増えていくとは思うし、寺内さんの弔辞の際には「俺は100まで生きるから」なんて嘯いたけど、自分自身だって来年はどうなるかわからない。
こうやってアホらしいギャンブルの負けをセコセコと書いてることがどれだけ幸せか、つくづく身に染みる年末となりました…。
兼田さんのご冥福をお祈り致します。
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