日毎に敵と懶惰に戦う

酒と食い物と美術と旅と横浜…などの記録。Twitterやってます @zaikabou

長岡におります


長岡の花火を見に来てます。携帯が通じないので、わざわざ持ってきたPCから。

新潟までゆらゆらと

5時過ぎ起床。今日から3日間、新潟方面に遊びに行くんだけれど、なんと母親と一緒とゆー。いや、元々、4日5日に酒蔵見学に行く予定だったので、ついでに金曜日も休んで、長岡の花火を見にいこう、と思ったのだ。で、母親にそういうことを話したら、新潟県出身の母が、下越出身なのに、長岡の花火を見たことが無い、と。連れて行け、と。えーでも、鈍行とかで行く強行軍なんですが…と言うのだけれど、新幹線で行くとあっとゆーまに着いてしまうから面白くないのでそれはそれで面白いじゃない、みたいなことを言う。そうですか。
つうわけで、最初から最後まで鈍行ではあんまりなので特急水上の特急券を入手。あと、炎天下の信濃川河川敷に何時間も座らせておくのもなあ、だったので、有料自由席を入手したのだった。あとは、寄り道しつつ、現場合わせでゆるゆると参りましょう。
というわけで5時過ぎに起きたら、なんでもっと早く起こしてくれないのだおまえは準備がすぐに出来るから良いだろうがこっちはそうはいかんのだ云々、などと言われながら、バタバタと6時過ぎに出立。渋谷経由でまずは大宮まで出る。湘南新宿ラインの車内、パナマ帽を被ってキッチリと糊のついたシャツを着た、短髪に丸メガネの青年、大正時代から抜け出してきたような人を見かけたが、キリスト教関連の何事か訴える名札のようなものを付けていたので、エホバかモルモンか。
大宮駅のエキュートで、朝飯に美味そうなサンドイッチを調達。朝からパン屋が何軒もやっているな。7時45分の特急水上に乗り込む。指定席を確保しておいたが、必要無いほどのガラ空きだった。ま、予想できたことではあるけれど、万一ということもありますからね…。一人ならなんとでもするけれど。

朝飯を食いつつ、のんびり移動。高崎、新前橋まではさほど変わり映えの無い風景が続き、新前橋から渋川にかけても、農地を開発した新興住宅地だろうか、以前よりも家が随分と増えている印象がする。渋川を過ぎ、関東平野のヘリから山へと入っていくと温泉地が見えて、あっとゆーまに水上駅。ここで9時50分発の長岡行き普通列車に乗車。平日だが青春18きっぷの時期なので、ボックスの空きが無い程度の混雑だった。列車はしばらく走るとすぐにトンネル、湯檜曽、土合を通り、トンネルを抜けて窓が外気との気温差でサッと曇ったかと思う間に土樽。新潟県は近い。

まつだいに行ってみる

さて、元々、小千谷でへぎそばを食って…それからどこに行こうかな、と思っていたのだけれど。六日町か近づく頃に、母が『ほくほく線というのに乗ってみたい。話に聞くまつだいという所に行ってみたい』ろ言い出したので、あ、そうですか、とあっさり六日町で下車。こういうのが青春18きっぷの旅の良いところで。次の直江津行きまで1時間近くあったので、懐かしい六日町の駅前をぶらぶら歩く。見事にシャッターが多い商店街。南魚沼市の中心のはずなのに…。駅前のショッピングセンターと、そしてなにより、インター側のジャスコが何もかも奪っていったのだろうか。中途半端な値段のブティックばかりが目に付く。
暫しのんびりと過ごし、12時ごろの直江津行き乗車。どこかで合宿をして、十日町に帰る幼稚園児と同道する。ほくほく線は山間地を走る高規格路線なのでトンネルが多く、母親が『もっと山の風景が見えると思ったのに…』いや、私に言われましても。20分ほどで駆け抜けてまつだい着、駅前の善屋という蕎麦屋に入る。この蕎麦屋、2004年にも一度入ったことがあったのだが、妙に綺麗に改装されていた。儲かっているのか知らん。山盛りの野菜天ぷら、舞茸天ぷらと、そばを食す。
さて、アート鑑賞であるけれど。もっと時間があれば、いろいろと見せたい面白いものもあるのだけれど、何しろ暑いし、この後に花火も控えているし、駅の周辺だけ散策することに。

これは誰々の作品で、いつもこういう作品ばかり作っている人で…とか、山道を散々進んでいって『えー、これがあ?』みたいな作品に出会ってしまう大地の芸術祭の醍醐味であるとか、これは作品じゃないよね?いや、実はこれも作品でして…的な定番トークをしたり、いろいろと話しつつ、棚田周辺をぶらぶらと歩く。昔はこういうところ、良く歩いたねー、などと言いつつ。それなりにお楽しみいただけたようで結構でした。暑い中を歩いた後は、『農舞台』にて松本秋則の作品を鑑賞。以前、横浜で見て感動したのだけれど
http://d.hatena.ne.jp/zaikabou/20060827/1156676269
その時よりも、音の間隔がのんびりしているような気がした。場所のリズムに合わせているのかもしれない。大きく開いた窓の外の山里を見ながら、いろいろな音の中に身を置くと、のんびりとした心持になってくる。これは良い。ほいで、食堂でお茶したのでした。棚田の見えるここの食堂はとても好きです。

そして長岡の花火

まつだいを出たのが15時前。十日町で飯山線に乗り換えて越後川口。2004年の中越地震の被害が一番大きかったあたり。30分の乗り換え時間、平野に近づくとまつだいよりもだいぶん暑く、冷房の効いた待合室で一休み。まつだいから我々と同じ乗り換えで長岡に向かっている西洋人一人旅が居て、なかなかマニアックな旅をしてますな。長岡の花火とか、何で知るのだろう。
中越沖地震の影響で徐行運転する電車、花火見物に向かう人で混雑する上越線で長岡へ。4時半ごろ、駅前はかなりの混雑で、弁当とおつまみ、ビールを駅の中のショッピングセンターで調達、大手大橋の袂へむかう臨時バスに乗り込む。バスを降りたのが17時20分頃。
さて、今回、確保した席(と言っても、座席が用意されているわけではないのだけれど…)は左岸。長岡駅から向かうと、信濃川を渡った対岸にあたる。対岸といっても、なにしろ日本一の信濃川の対岸であるので、川幅が広いこと広いこと。その広い川にかかる大手大橋を渡っていくと、右岸の無料観覧席に見えるのは、2時の開放から場所取りしている人たち。

川の対岸、すぐ川岸にある打ち上げ場所。

むこうに見える橋は、大手大橋の上流にある長生橋。ようやく左岸まで渡りきっても、左岸有料自由席まではまだまだ遠い。えらい距離を歩いて、たどり着いた有料自由席は、川原の平坦地は柵で区切ってあり、この中が有料です、というだけの場所だった。それでも、さすがに有料なぶんだけあって、すでに敷物を敷く余地の無い無料観覧席と違い、スペースに余裕があって、どこに場所をとればいいのか迷うほど。適当な場所に敷物を敷いて落ち着きます。まんず、有料席を確保しておいてよかった。

座った時点では、もしかしたら目の前の幕が邪魔になるかしらん?と思ったのだけれど。それは後ほど。ふふふ。暑いながらも夕方、風も吹き出してそれなりに過ごしやすくなった時間帯、さっそく買ってきたビールをあけ、枝豆を食べ、弁当を使っていれば、人も段々ふえてきて。

日も暮れてまいります。

と、このころ。なかむらさんからメールがあり、長岡に来る途中ですとのことだったのだけれど、携帯のメール、それを着信したきり、発信も着信もできなくなり。パソコンを開いてなんとかメールを送ったのだけれど、それもバッテリーが持たず…。連絡手段がまったくなくなってしまう…。ううむ。で、いよいよ打ち上げ時間。自分達の前に席取りした人たちは、自主的に横断幕を取り外してくれた。GJであります!
最初はメッセージ花火とかなんとかで、妻へ送る…。とか、そんな花火がゆるゆると。その後、長岡市長のご挨拶のアナウンスがあり、いよいよ本格的にはじまります。打ち上げ前には、いちいち、スポンサーのご紹介があるんですね。ほいで、特に大きな花火の前にはファンファーレがつくのがわかりやすい。



スポンサーには創価学会もあって、ま、当然、例の三色の花火が順繰りに上がるわけですが、一発失敗していました…。後にも先にも失敗らしい失敗は一発だけ。うーむ。クラブツーリズム提供の花火もあった。クラブツーリズムでは、5000人も見に来ているらしい。そして、この花火、見物客が一日に40万人もいるらしい。凄いですね。後半に向かって花火の規模と迫力はどんどん増して行き、本当にもう、やけっぱちで上げているんじゃないかしらん?というような派手なものも。川岸が広いので、尺玉を惜しげなく使うスターマイン、迫力があります。
8時30分に一発目の三尺玉。勿論、大きいのだけれど、音の迫力は段違いなのだけれど、打ち上げ場所はちょっと遠い。2発目の三尺玉が9時ごろにあがり、これ以上見てると駅にたどり着けなくなるので、このあたりで席を立つ。荷物をまとめて長生橋に向かい、そして長生橋にたどり着く手前で、2005年の震災復興からはじまった『フェニックス』の打ち上げ。一番迫力があった。やっぱり、いいですね、長岡の花火。

花火師のデザイン花火を見ながら長生橋を渡り(なかなか渡り終えない…)、混雑する中を駅に向かう。途中でなかむらさんからのメールを再び受け取るのだけれど、その後、再び、メールの送受信は不可能に。ううう。駅に辿りついたのは10時前。入場制限する駅に潜り込んでホームにたどり着き、22時09分の越後湯沢行き、大混雑の臨時普通列車に乗り込んだ頃には、ぐったりと疲れきっていた。
五日町の駅に15分近く遅れて到着し、駅前の『いろは亭』という宿屋へ。番頭さん、『お風呂まだ入れますので、なんでしたらご一緒にどうぞ…』って、わたしら親子です!わたしゃ若いツバメではございません。ひとっぷろ浴びて、長い一日は終わったのでありました。