レバレッジ・リーディング

レバレッジ・リーディング

レバレッジ・リーディング

ビジネス書を多読するためのノウハウ本ですが、昨年12月に発売され、5月にすでに7刷と、結構売れているようなので、試しに買って読んでみました。
この種のノウハウ本にありがちな浅薄な内容ではなく、至って実戦的かつ効果的な読書法が紹介されていて、参考になりました。
私の場合、どちらかというと「精読」派で、なかなか読めないという焦りを常に抱えている面がありますが、ビジネス書系統のものについては、この本で推奨されている方法を参考に、ある程度大胆にメリハリをつけて読み、精読よりもむしろ多読を目指そう、という気になりました。

塩野七生「ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック


塩野七生『ローマ人の物語』スペシャル・ガイドブック

塩野七生『ローマ人の物語』スペシャル・ガイドブック

遂に堂々完結した「ローマ人の物語」のガイドブックですが、物語の粗筋が紹介されているほか、いろいろな話題も取り上げられていて、楽しく読める内容になっています。
以前から、全巻読破しようと思いつつ、なかなか読めずに現在に至っていますが、気合いを入れ直し、きっちりと読み、その上で、まだ行ったことがないイタリアへ行ってみたい、と思いました。

性犯罪者情報を当局に提供…米SNS「マイスペース」

http://www.zakzak.co.jp/top/2007_05/t2007052227.html

同社は既に性犯罪者を識別する独自のデータベース技術を用い、有罪が確定して登録された性犯罪者数千人をサイトから削除。「犯罪者を迅速に追跡するため」として、同社が保存する情報の提供に踏み切ったという。

を読んでいて、日本とはかなり状況が異なると思ったのは、日本では基本的に非公開である前科情報について、アメリカでは、刑事公判自体が公開されていることなどを理由に、公開になじむ情報、公開されてもやむをえない情報、という取り扱いが行われている、ということでした。また、そういった考え方が、メーガン法の合憲性を支える1つの根拠にもなっているようです。
日本の場合、上記記事のような情報提供は、基本的にはあり得ませんが、ただ、捜査当局、税務当局が、このような「網羅的な」情報提供要請ということをしがちな面があるのは、日本でも同様だと思います(私の経験にも照らし)。
犯罪予防とプライバシーや通信の秘密の保護との狭間で、この種のサービス提供者・運営者は、常に難しい判断を求められるということでしょう。

尼崎の女性殺害事件、1年以上開廷できず

http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000345639.shtml

関係者によると、公判前整理手続きの適用後、裁判所、検察側、弁護側の協議はこれまでに十九回を数える。長期化したのは、事件当時のアリバイを男が主張しながら、それを裏付ける証拠の開示を拒んでいることなどが原因という。

1年以上もだらだらと公判前整理手続を続けるくらいであれば、早く公判を開き、期日間整理手続を行いながら公判を進めたほうが良いでしょうね。
「整理手続」というのは、あくまで「整理するための」手続であって、これを行えば「整理できる」手続ではない、裁判官の手腕に大きく依存する、ということを強く感じます。
当事者(検察官、弁護士)を何年もやっていると、接する人の数も膨大で、そういう中で、話を仕切る、まとめる能力というものが(もちろん個人差はありますが)ついてくるものですが、そういう経験がない、あるいは乏しいキャリア裁判官が、今後、この種の整理手続、さらには裁判員が入った評議等を、どこまで適切に運営できるか、不安は増大するばかりでしょう。

「堀江氏の実刑は当然 日本は不正に甘すぎる」 リチャード・カッツ

http://www.toyokeizai.net/online/tk/column9/index.php?kiji_no=24
http://www.toyokeizai.net/online/tk/column9/index.php?page=2&kiji_no=24

コメント欄で紹介がありました。ありがとうございます。
私自身、以前にも、

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20060605#1149513680

とコメントしたことがありますが、上記の記事にある

こうした規制強化の方向は正しい。だが、それは始まったばかりだ。実効性のあるものにするには、政府や自民党がもっと支援し、十分なスタッフと予算を提供する必要がある。

という意見には、過剰規制にわたらない限り、という限定付きですが、基本的に賛成です。
経済活動が自由化されることは正しい方向だと思いますが、そういった自由化と、適切なルール整備、ルールに反した場合のペナルティ(刑事面も含め)というものがセットになっていないと、強い者、ずるがしこい者だけが利益を得て、弱い者、善良な者が食い物にされるということになってしまうでしょう。事前規制から事後規制へ、と言い換えても良いと思います。そういった大きな流れについて、今後とも必要なお金や人を投入して行かないと、日本自体が国際的な信用を失いかねないでしょう。

女子高生と性行為の男性に無罪 名古屋簡裁「真摯な交際」 

http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070523/jkn070523018.htm

山本裁判官は判決理由で、職場のアルバイトの女子高生と2人で映画を見るなど、交際する中での性交渉だったと指摘。「単に反社会的な不倫行為だから処罰するのではなく、年齢や交際状況、時代の変化を客観的に判断する必要がある」と述べた。
山本裁判官は判決文を朗読後、「無罪判決は条例を厳格に判断した結果。法令と道徳は一致せず、道徳的に許されないと考える人も多いと思う。妻子ある立場をよく考えてほしい」と私見を男性に説明した。

「淫行」禁止規定については、最高裁判所の判例があり、

青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為

と限定解釈されていますから、真面目に交際している中での性行為、といったものは含まれません。
証拠関係がよくわかりませんが、上記のような判示から、男性側に妻子があり、いわゆる不倫関係であった、ということが、起訴にあたりかなり重視されたのではいないかと推測されます。起訴検察官は、妻子があるような男性が、女子高生とこういった関係を結ぶこと自体、「青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められない」と見たのかもしれません。
こういった関係は、なかなか微妙で奥深いものがありますから、捜査、起訴にあたっては、固定観念とか思い込みにとらわれず、幅広い証拠収集、慎重な検討が必要である、ということを示す好例のように思います。

追記(平成22年10月22日):

名古屋地判平成22年2月5日(判例時報2086号73頁以下)

上記の事件につき、国家賠償法に基づき損害賠償請求訴訟が提起され、警察官(逮捕の違法性)及び検察官(虚偽自白の取得、公訴提起の違法性)の責任が肯定され損害賠償が一部認容された(控訴)。

画像投稿サイト運営の社長ら7人、わいせつ図画陳列で逮捕

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070523-00000312-yom-soci

「画像ちゃんねる」は、2002年12月の開設以来、掲載されたわいせつ画像が約102万件、閲覧件数が昨年1年間で約7362万件に上り、国内最大規模の画像投稿サイトとして知られる。ネット掲示板の管理者を同容疑で逮捕するのは極めて異例。

容疑者らが、わいせつ画像を放置して運営を続けており、悪質と判断した。

警察から見て「悪質かどうか」という問題と、そういった行為が犯罪かどうかという問題は、分けて考える必要があります。そうしないと、日本は、以前の南アフリカ顔負けの警察国家になりかねないでしょう。
疑問として指摘できることとしては、上記のような極めて多数の投稿がある中で、管理者が、個々の投稿をどこまで認識できるか、ということです。放置、放置と言いますが、個別具体的に認識しているということが、その前提として存在しないと、そもそも「放置」とは言い難く、そういった行為が犯罪行為とは言い難いでしょう。個別具体的な認識を問うことなく、「何か違法なものがあるようだ」といった程度の認識で故意を認定し、何もしないから放置だ、犯罪だ、ということになると、この種のサービスを運営していれば、大なり小なり問題のある利用者、利用行為というものは出てきて、完全にゼロにはできないので、運営者は、皆、放置しているが故の犯罪者、ということになりかねないでしょう。犯罪かどうかは、厳密な基準に基づいて厳密に認定される必要があり、どこで明確な一線を引くか、ということが大きな問題であると思います。
日本の警察の、この種のサービスに対する対策は、

1 個々の利用者に対する取り締まりは、面倒で手間もかかり、いちいちやっていられない
2 サービス運営者、ソフト開発者(典型例はwinny)に対処させることで、最小限度の警察力で最大限度の効果を出したい
3 サービス運営者等に思い切り圧力を加え対処させるため、特に対応が好ましくない(警察から見て)者を立件し、逮捕、勾留してマスコミに大々的に報道させる、裁判所や検察庁はどうせインターネットのことはわからないし、起訴されなくても逮捕、勾留されるだけで見せしめになり警察の力を見せつけられる

という発想に基づいているのではないか、と思われます。
インターネット上で、様々な問題情報が流通することについて、それをそのまま何もせず放置して良いとは思いませんが、サービス運営者を、刑罰による威嚇の下で江戸時代の目明かし、岡っ引きのような存在に仕立て上げ、情報流通を常時監視させる、という手法は、警察国家に通じるものでもあり、旧東ドイツの「シュタージ」のような諜報機関の手法とも通じるものがあると思います。
今のところ、「児童ポルノ」「わいせつ」といった、捕まる人々に同情が集まりにくい分野で警察が着々と地ならしをしている状況ですが、こういった路線が完全に定着した曉に、対象が、権力を批判する言論、政治家の裏面をあばく報道、といった、民主主義の根幹に関わる分野に飛び火する危険性、ということを、我々は今から真剣に考えておいたほうが良いように思います。