第二回 池田氏と小飼氏のIPv6論争


なんとなく、無駄に延焼しているような気がする一件だが、元々はこの対話が発端だったようだ。


私にとってIPv6は、使おうと思えばいつでも使えるが、いつ使う気になるのか分からないといった存在だが、ことのついでにと少し検索していたら、こんなものが。


あら。ちなみにこれは昨年の4月末のものである。もしかして年中行事?


なんでこうなるかというと、池田氏は基本的にIPv6関連に国の予算を投入することについて疑問視、というかはっきり反対されているからである。で、新年度が始まり何か動きがある→不要論を書く→小飼氏が反論する、という具合だ。このままだと季節の風物詩化する恐れがある。初夏の季語とか。



もっとも池田氏のIPv6(に税金を使うこと)不要論というのは、ここ二年ほどのものではなくて、例えば2001年の時点で既に以下のような論文を発表されている。


論旨は一貫していて、おおざっぱにまとめると以下の通りである。

  1. 現状で、IPv4のアドレス空間の利用率はまだまだ低い。
  2. NATなどの技術の発展により、当初見込みよりIPv4の寿命は長くなっている。
  3. 最短でも2020年くらいまでは心配ない。
  4. アドレスの配分を工夫すればもっともつ。
  5. 最悪枯渇する日が来てもずいぶん先だから、今からIPv6を準備しても、使わないうちに時代遅れになっている可能性が高い。
  6. そんなものに税金を投入するのは無駄になる恐れが強い。
  7. やめれ。


2007年大会、つまり今回の対話では、池田氏が上記4のアドレスの配分についてオークションによる市場化を提案されたわけだ。対して、小飼氏はネットワークの構成の変更はそんなに簡単なものではない→IPv6に移行した方が安上がりと主張されている。


2006年大会、つまり昨年の対話では、池田氏がIPv6の仕様がRFC化されてから8年たったのに全然普及が進んでいないのは、つまり不要だからだ、と主張。これは上記5の話題だろうか。これに対して小飼氏はIPv4の普及だって四半世紀かかったのだから、8年くらいで諦めるのは早いと主張されている。


ざっくり言ってしまうと、御両氏の意見の違いは要するにこの問題に割り当てるタイムスケールの違いではないかと思える。池田氏はまだまだIPv4はもつし、もたせるための手段はこれだと提案し、小飼氏はそれでもいつか限界が来るし、無理に引き延ばそうとすると高くつく、と主張されているわけだ。


であれば、やはりここはいっそこのまま季節の風物詩化していただいて、向こう10年とか20年のスパンで毎年こうした対話を繰り返していただくと、大変ありがたい。なんとなく風向きが変わってきましたねえとか、いやいやまだまだですなあとか、傍で見ている素人には非常に教育的である。





ところで、池田氏の主眼、すなわちIPv6に税金を投入するな、というか、この手の技術発展は市場に任せて政府は介入するなについてだが、こちらについてはIPv6のある意味での生みの親である村井純先生の以下の発言が気になった。

次に、最後まで残ったメンバーが勤務する会社や組織に「彼らを2年間WIDEプロジェクトのために貸してください」とお願いして回りました。結局、8年間も続いてしまったのですが・・・。そして、エース級のエンジニアをオフィスに閉じ込めて、他のことをするのを一切禁止し、これまでの経験を生かし、新しい最強のIPv6プロトコルスタックを一から作り始めました。これがKAMEプロジェクトの原型です。


国からの資金が必要だったのは、むしろこの期間だったのではないかという気がするし、たぶんこの時期であれば小額ですんだだろうと思えるのだが、その反面、この時期に税金のひもがついていたら、船頭多くしてKAMEは竜宮に帰れなかったのではないかとも思える。ああ、Σの亡霊よ。


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