自己啓発本はなぜ流行るのか?

この前の続き。BRUTUS1月号で面白かったもうひとつの記事は速水健朗さんの自己啓発本ブームを取り上げたもの。


BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号 [雑誌]

BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号 [雑誌]


記事によれば、昨今の自己啓発本ブームは1990年代のアメリカで始まったものである。資本主義のグローバル化、金融中心化の影響を受けて、アメリカの中流層の多くがリストラによって下流層へ転落し、格差が拡大した。そんな彼らが頼ったのが宗教であった。90年代以降、メガチャーチと呼ばれる超大型教会が急増し、仕事や生活を奪われつつある人々に対し、「信じれば救われる」といったわかりやすい教義を掲げることで、多くの信者を獲得した。これらメガチャーチには「宗教保守」が多く、ブッシュ共和党のアフガン・イラク戦争を強烈に支持したことでも知られる。
◆メガチャーチについて http://www.mapbinder.com/Map/World/USA/Info/MegaChurch.html


メガチャーチが掲げる「信じれば救われる」という教義=ポジティブ思考のルーツは、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』(1937)であると速水はいう。この本は、願望は考えるだけで叶うというもので、カルヴァン主義の現世利益を願ってはならないという重苦しい教えの反動から生まれた民間信仰である。この「思考(願い)は現実化する」という信仰は、現代の自己啓発本ブームの中でも最もメジャーなもののひとつ(ポップ心理学)になっている。


思考は現実化する―アクション・マニュアル、索引つき

思考は現実化する―アクション・マニュアル、索引つき


そんなアメリカの「ポジティブ思考」が日本に本格的に輸入されたのは、デフレ不況、非正規雇用の拡大という局面を迎えた90年代末のこと。ポジティブ思考は、不況下において人々の不安が高まっている時期に浸透しやすい。そもそもナポレオン・ヒルが流行した30年代は世界恐慌後の不況の最中であったという。

つまり、ここ20年間の自己啓発本ブームの背景には、長期不況、格差拡大、失業率の増加など社会不安の高まりがあったということが分かる。さらにそのルーツがアメリカの宗教右派、さらには厳格なプロテスタンティズムの反動から生まれた民間信仰であるということ、つまり自己啓発とはすなわち「宗教」であるということも分かる。


自己啓発本は「あなたの人生がうまくいかないのは、努力が足りないからではない。成功者だけが知る成功の秘訣をあなたが知らないだけだ」と説く。つまり「努力せよ」ではなく、「成功の秘訣さえ知れば簡単に人生を変えられる」と教える。速水によれば、ほとんどの自己啓発本は以下の3タイプに分類される。


1)願えば叶う。
2)習慣を変えれば人生が変わる。
3)隠された潜在能力を掘り起こそう。


1)「願えば叶う」パターンで2007年にヒットしたのが、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』。この本は、プラトン、ガリレオ、アインシュタインなど過去の成功者たちが、ある共通の「秘密」を知っていたという内容。その秘密とは「引き寄せの法則」と呼ばれるもので、似たもの同士が引き寄せあい、未来について抱く思考が未来を創造する(=「思考は現実化する」!)という法則である。
このパターンを踏襲しているのが、「手帳に夢を記入する」というワタミの渡邉美樹『夢に日付を!』や、熊谷正寿『一冊の手帳で夢は必ず叶う』などの啓発書。手帳と啓発書をセットにして売り出すことで、双方の売上アップを実現するというビジネスにしてしまうあたりはさすが。


ザ・シークレット

ザ・シークレット

夢に日付を! ~夢実現の手帳術~

夢に日付を! ~夢実現の手帳術~

一冊の手帳で夢は必ずかなう - なりたい自分になるシンプルな方法

一冊の手帳で夢は必ずかなう - なりたい自分になるシンプルな方法


2)「習慣を変えれば人生が変わる」の代表は、スティーブン・R・コーヴィの『7つの習慣』。96年の刊行以来、今でも版を重ねるロングセラーになっているという。このパターンでの最近のヒットは、昨年流行した『新・片づけ術、「断捨離」』や『夢をかなえる「そうじ力」』などの「お掃除系」なのだという。興味深い。この分野のカリスマは、イエローハットの創業社長、鍵山秀三郎氏の『掃除道』。トイレ掃除を続けると真人間になるという宗教(信仰)だそうだ。自己啓発本ではないが、昨年ヒットした「トイレの神様」もこの系統に含めてよいのだろう。


7つの習慣-成功には原則があった!

7つの習慣-成功には原則があった!

新・片づけ術「断捨離」

新・片づけ術「断捨離」

人生カンタンリセット!夢をかなえる「そうじ力」

人生カンタンリセット!夢をかなえる「そうじ力」


3)「隠された潜在能力を掘り起こそう」の近年の代表は、勝間和代だろう。『無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法』や『勝間和代のビジネス頭を創る7つのフレーム』など。さらに「速読術」や「レバレッジ勉強法」、「Google活用術」なども近年の流行のひとつだ。情報処理業界を中心として、いかに作業を簡便かつ効率よく行うかを主眼とした仕事術を「ライフハック」というが、このライフハックに自己啓発的なメッセージをブレンドさせたものがヒットしやすい傾向にあるようだ。


無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法

無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法

レバレッジ勉強法

レバレッジ勉強法


このようなポジティブ思考が商品化され、ビジネス書の棚を占拠するようになったのは、たかだかここ10年のことであると速水氏はいう。なぜここまで自己啓発本が人気を呼ぶのかといえば、それはこうした本が知識ではなく「高揚感」を提供してくれる効果があるからだと速水氏は分析する。しかし、「賢い消費者ならポジティブ思考が一瞬のカンフル剤でしかないことにも気づくべきである」とも。

先にも書いたように、自己啓発のもともとのルーツは「宗教」にある。社会の不安感が高まれば、人々は安心を得ようとして、一瞬の高揚感にすがりつく。しかしその高揚感は持続しない。それゆえ、ヒット本に飽きたころに新種の自己啓発本が出てくると、自己啓発的な人々はまたそれに飛びつく。こうして同じような自己啓発本が手をかえ品をかえながら出版され、そのたびごとにそれなりのヒットを生むことになる。このような薬物依存的な構造が、ここ10年の自己啓発本ブームを支えているということなのだろう。

裏をかえせば、ついつい自己啓発本を買ってしまうビジネスマンや主婦たちは、普段からそれに呼応する不安や不満を日々の生活のなかに感じているということではあるまいか。昨今の不安定な国内・世界情勢から察するに、もうしばらく自己啓発本ブームの波は続きそうである。