現役ピアニスト・ランキング20
以前からずっとやりたかった『現役ピアニスト・ランキング』を、今夜はやってみたいと思います。「現役」にこだわったのは、「いまでも聴ける可能性がある(生きている)」というところにこだわったからです。中にはピアニストとしては第一線を退いてしまった人もいますが、クラシック音楽史に名を残すようなピアノの名手が「いまでも健在である」というのは、とてもありがたいし、嬉しいことです。
≪選定のポイント≫
・2012年2月5日現在で存命中のピアニストから選ぶ。
・順位はつけず、現役ピアニストのトップ20名を選んだ。
・現在、演奏活動をしているかどうかは問わない。引退してしまった人、指揮者になってしまった人を除外していくと、対象者が少なくなってしまう。
・売れているか、テクニックは高いか、高い音楽性を持っているか、カリスマ性はあるか、などの基準をもとに、筆者の好みも加えながら、できるだけ公平に選ぶ。
・推薦CDはその人の推薦盤であると同時に、全部揃えても、曲ができるだけ重ならないように、ピアノの名盤を選んだ。
それでは、やっていきましょうか。
◇ ◇ ◇
1.マルタ・アルゲリッチ(1941-)
まずはこの人。アルゼンチンのブエノスアイレス生まれ。1965年のショパン国際コンクールで優勝を飾る。テクニックは圧倒的、カリスマ性も他に並ぶものはなく、現役最高のピアニストの一人である。気まぐれな理由によるキャンセルも多いが、絶好調のときは、手が付けられない。曲がアルゲリッチに奉仕するかのように、新しい一面を見せてくれる。アルゲリッチ2世の候補が何人も登場したが、誰一人として本家の足元にも及ばない。文句なしに、歴史上の偉大なピアニストのリストに1ページを加える、偉大なピアニストの一人である。

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- 発売日: 2008/01/23
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2.マウリツィオ・ポリーニ(1942-)
イタリアのミラノ出身。ポリーニは、ショパン国際コンクール優勝の後、表舞台から姿を消し、地道な研鑽の道に入る。世界的に最も権威のあるコンクーの優勝者である。現在だったらそんな「金になる」若者を放っておかないだろう。しかし、その選択が間違っていなかったことは、現在のキャリアが証明している。テクニックはロボットのように完璧で、感情を殺した、怜悧な演奏を特徴とする。完璧な演奏を求める姿勢、演奏にかける情熱には凄味があり、その凄味は巨匠となった現在でも健在である。

- アーティスト: ポリーニ(マウリツィオ),ショパン
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- 発売日: 2008/01/23
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3.ダニエル・バレンボイム(1942-)
アルゼンチンのブエノスアイレス出身。いまもっとも「巨匠」という言葉が似合う音楽家だ。音楽的センスに恵まれ、ポストにも恵まれていて、仕事にも恵まれている。ピアノと指揮を、アクセルとブレーキのように、どちらも欠かすことのできないもののように、双方を高いレベルでこなし続けている。推薦盤のモーツァルトでは弾き振りをしている。現在、バレンボイム以外には、ベルリン・フィルを弾き振りするような音楽家など見当たらない。

- アーティスト: バレンボイム(ダニエル),モーツァルト,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
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4.アルフレッド・ブレンデル(1931-)
チェコ出身。例えるなら、「巨匠」や「天才」ではなく、「大家」。演奏は丁寧でいたって真面目。派手さがないので流して聴くと分かりにくいが、積極的に聴いてみると、ごまかしのなさ、真摯さ、曲の陰影を描き出す繊細なタッチ、非常に丁寧に音楽を作っていることがわかる。日本では、若かったり、テクニックが抜群に優れていたり、音楽以外でのカリスマ性があったりすると、人気が出る傾向があるが、ブレンデルはそうしたものと無縁の位置にいる音楽家だと思う。私たちは無意識に自分の生まれた国の土壌と文化をベースに聴くことが多いが、そうしたものを白紙にして聴いてみることで、大変偉大なピアニストだということがわかる。残念ながら演奏の第一線からは引退してしまった。

- アーティスト: Academy of St Martin in the Fields,Joseph Haydn,Wolfgang Amadeus Mozart,Neville Marriner,Charles Mackerras,Scottish Chamber Orchestra,Alfred Brendel
- 出版社/メーカー: Philips
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5.ウラジミール・アシュケナージ(1937-)
「ロシアのピアニスト」枠で選定。アシュケナージは体格も小柄であり、ピアニストとしては手も小さいと言われるが、その分、小回りのきくタッチと、色彩豊かな音色、神経が行き届いた情緒的な表現によって人気があるピアニストで、ポリーニやアルゲリッチと肩を並べる存在である。テクニック、人気ともに現代を代表するピアニストであり、好きな人はたまらなく好きなピアニストらしい。N響の音楽監督を務めたことから、日本とのかかわりも深いが、ピアニストとしては第一線を退いている。

- アーティスト: アシュケナージ(ウラディーミル),ラフマニノフ,ハイティンク(ベルナルト),アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
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- 発売日: 1995/04/21
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6.マレイ・ペライア(1947-)
「アメリカのピアニスト」枠で選定。アメリカのニューヨーク出身。繊細なテクニック、詩的な表現力を特徴とする。彼を特徴づけるとすればバッハだ。彼の闘病中に出会ったとされるバッハは、常人には到達できない領域にある。音楽をする悦びに溢れていて、音楽の中に神を見い出そうとする真摯さに打たれる。

- アーティスト: ペライア(マレイ),バッハ
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7.マリア・ジョアオ・ピリス(1944-)
ポルトガルのリスボン出身。ピリスは、女性ピアニストらしい鋭敏なインスピレーションと繊細でリリカルな表現力に、女性ピアニストらしくない骨太な構成力が同居する優れたピアニストだ。もともとモーツァルトやシューベルトで優れた演奏を残していたが、ヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイと共演したヴァイオリン・ソナタで、新境地を開拓した。

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8.ワレリー・アファナシエフ(1947-)
ロシアのモスクワ生まれ。「異才」、「鬼才」、というと、ポゴレリチとかファジル・サイが思い浮かぶが、それらの元祖とも言える存在。詩人で小説家でもある。ドイツものをレパートリーの中心に置いており、音楽作りでは、緩やかに設定されたテンポから見えてくる、出口の見えない袋小路に陥ったような、壮大なスケール感が見事である。

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9.内田光子(1948-)
日本人で唯一の選定。1980年代のモーツァルト、1990年代のシューベルト、そして21世紀に入ってからのベートーヴェンと、年を重ねるごとに凄味を増している。曲の暗部をわしづかみにするかのような表現力が際立っており、最近ずっとインターナショナルな活躍の途上にある。この年代のピアニストとしてはいま全盛期を聴ける数少ない存在かもしれない。

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10.パスカル・ロジェ(1951-)
フランスのパリ出身。お洒落で優雅なフランチ・ピア二ズムを今につたえる数少ない存在。彼が演奏するサティは唯一無二の傑作である。

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11.アンドラーシュ・シフ(1953-)
ハンガリーのブダペスト生まれ。バッハ、シューベルト、ベートーヴェンを得意とする。抜群のテクニックと冷静で頭脳的な楽譜の読みからもたらせる、説得力に満ちたドイツ音楽が聴きどころ。音色もはものすごく透明感がありながら、テクニックのあるピアニストにありがちな「音楽を早めに流す」というところがないので、美しい音を堪能できる。

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12.クリスティアン・ツィマーマン(1956-)
ポーランド出身。透明感のある、クリスタルのような音色と、傑出したテクニックが特徴だ。ツィマーマンを現役最高のピアニストに挙げるファンも数多い。企画力も素晴らしく、ビジネスマンとしても才覚がある。現在、売れっ子のひとりであり、様々な才能をバランスよく備えた音楽家だと思う。

- アーティスト: ツィマーマン(クリスティアン),ラヴェル,ブーレーズ(ピエール),クリーヴランド管弦楽団,ロンドン交響楽団
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13.ミハイル・プレトニョフ(1957-)
プレトニョフは指揮者としての活躍が目覚ましいが、ピアニストとして傑出している。モーツァルトのピアノ・ソナタはまるでモーツァルト自身のように自由自在で面白かった。ベートーヴェンのコンチェルトでもやりたい放題。形式に収まりきれない才能が爆発している。しかしそのスタイルは自由奔放のようでいてかなり綿密に効果を計算されている。プレトニョフと言えば、数年前にタイで児童への性的暴行容疑で逮捕されたという衝撃的で残念なニュースもあった*1。

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14.ジャン=マルク・ルイサダ(1958-)
チュニジア生まれだが、「フランス」枠のピアニストと認識されている。愉悦に富んだタッチにフランスのエスプリが漂う。ショパンならワルツが素晴らしいが、その他の作曲家にも積極的に演奏し、様々な企画にも取り組み、縦横無尽の活躍ぶりが光る。

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15.イーヴォ・ポゴレリチ(1958-)
旧ユーゴスラビアのベオグラード出身。ショパン・コンクールで、ポゴレリチの落選に抗議してアルゲリッチが審査員を降りたというエピソードがすべてを物語る。デビューから異端の目で見られた彼は、よく知られた曲の違った面を真実として描き出す、異界を知るピアニストだ。

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16.イェフィム・ブロンフマン(1958-)
旧ソ連、ウズベキスタンのタシケント生まれ。地味な存在かもしれないが、現在のクラシック音楽シーンの中心にいる売れっ子ピアニストの一人。テクニックは一流、というかものすごく巧い。ウズベキスタンに生まれ、イスラエルに移住し、アメリカで喝采を浴びた。

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17.ダン・タイ・ソン(1958-)
ベトナムのハノイ生まれ。史上初めてショパン・コンクールを制したアジア人は、日本人でも中国人でもインド人でもなく、ベトナム人のダン・タイ・ソンだった。この年のショパン・コンクールは、ポゴレリチが落選し、アルゲリッチが審査員を辞任するという事件があったコンクールである。美しく抒情的な音色と理知的なアプローチが最大の特徴で、その美点はショパンやラフマニノフなどの泣きのメロディーで発揮される。

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18.ファジル・サイ(1970-)
『鬼才、天才、ファジル・サイ』なんてキャッチコピーで知られるように、ジャンルを超えてボーダーレスに活躍する破格の才能を持ったピアニスト。クラシック音楽で「ライブハウスで客を熱狂させる」なんていう日が来るかもしれない。

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19.エフゲニー・キーシン(1971-)
まだずいぶん若いのにキャリアは既に巨匠クラス。若い頃はやせ細っていたが、いまはだいぶ恰幅も良くなった。演奏も実に堂々としている。テクニック、音、テンポのとり方、既に巨匠の風格があり、現役最高のピアニストに最も近い存在である。

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20.ラファウ・ブレハッチ(1985-)
今後どう化けるかもわからない、まだ20代の若いピアニストをここに挙げるのは趣旨に反しているかもしれないが、挙げないわけにいかない桁外れの才能を持ったピアニストである。例えるなら「真打」登場という感じで、私たちの前に突然現れたピアニストという感じがする。非常にテクニックが高いのに、ひけらかしやあざとさや嫌味を感じさせない控えめなスタイルで、音色はいぶし銀のように、艶のあるものだ。ブレハッチについては過去に書いてきたので、よろしければ、そちらも参照していただきたい(→【ブレハッチのショパン・コンクール・ライブ】→【ラファウ・ブレハッチのリサイタル・アルバム】)。

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ほかの候補としては、ラドゥ・ルプー、コヴァセヴィチ、ブルーノ・ゲルバー、ロラン・エマール、シプリアン・カツァリス、エレーヌ・グリモー、レイフ・オヴェ・アンスネス、ニコライ・ルガンスキー、マルカンドレ・アムランなどがいた。ルガンスキーのラフマニノフのピアノ協奏曲集のCDは圧巻だったし、アムランもテクニックという点で言うと、若いときのポリーニ以上かもしれない。
また、クラシック音楽の新興国でもあり、勢いのある中国の象徴的存在として、ラン・ランを挙げてみたら面白いかとも思ったが、その代わりに誰を落とすか考えると、悩んだ。上のリストの20人を挙げてみて、自分としては納得してしまったので、ちょっと取り換える気は出てこない。
*1:のちに告訴取り下げにより釈放されている