今ニコニコ動画はどうなっているのか――β臭からプロ志向へ

現在のニコニコを代表するキーワードといえば、やはり「アイマス」、「東方」、「初音ミク(VOCALOID)」の3つが代表格になるだろう。2ちゃんやパー速でやる夫スレが流行っているように、やはりニコニコにおいてもキャラクターベースのコンテンツは強い。
しかし、今日紹介したいのは、そうしたキャラクターベースのコミュニケーションの陰に埋もれている「歌ってみた」カテゴリに含まれている動画群である。ニコニコにおいてもすでに棲み分けがかなりの程度進んでいる(たとえばゲーム実況は全て追うけど東方には全く興味がないなど)ので、「歌ってみた」に関しても「詳しい人は詳しいけど知らない人は全く知らない」という状況が出来上がっている。
けど、「歌ってみた」をこよなく愛する私としては、Jや雌豚、よっぺいや赤飯といった素晴らしい歌い手たちが存在を知られることなく埋もれてしまうような未来は避けたいので、ちょっくらここでお薦め動画を紹介して、「歌ってみた」に興味がないニコラーをも引き込んでしまおうという次第である。

「歌ってみた」の現状におけるキーワードは間違いなく「β臭」と「プロ志向」である。そもそもニコニコ動画は、もともと完全に「ネタ」を基盤にしたコミュニケーションメディアだった。それもオリジナルのネタを投下するわけではなく、もともとある作品を改変することに比重が置かれていたというのが私の認識である。そこでは高度な技術を用いたMAD動画であっても、「才能の無駄遣い」というタグに回収され、ネタに回収されるという事態が生じていた。それを端的に表す言葉が「β臭」である。この言葉はβの時代に出来たものではなく、あとになって(正確なことはわからないが、一年前くらいに出来たイメージである)初期のネタに満ちていた時代を懐かしむ意味合いで作られた。代表的な動画として『テニスの王子様』のミュージカル動画である「アイツこそがテニスの王子様」を挙げておこう。この動画が特異な点は、MADでもなんでもないミュージカル動画に、ニコラーたちが空耳を駆使しての弾幕を貼り付けることで圧倒的なネタ性を発揮していたことにある。そこではまさに、ユーザーがコメントをつけることでつまらない動画が面白くなるというニコニコ本来の精神が体現されていた。

ところが、ある時期からβ臭は次第にナリを潜めていくことになる。その原因は明らかだ。運営が著作権を重視し、抵触するアニメや音楽を用いた動画を次々と削除する姿勢を見せたことで、「もともとある素材をいじってのネタ的コミュニケーション」がとれなくなってしまったのだ。ニコニコが一番楽しかったのは「らき☆すた」が見れた時代だという声をちょくちょく耳にするが、それは至極当然のことなのである。そもそものニコニコ動画の面白さは、それ自体がテレビを中心とした他のメディアに対する二次的なメディアとして機能していた点にある。つまり、テレビが一次的情報をユーザーに伝え、それを知った上でニコラーがコメントや弾幕を貼り付けることによって二次的情報としてのMADが作られていたわけだ。この方式は非常にコミュニケーション効率が良い。一定の知識を共有した人間たちが同じ動画を見てコメントをつけるのならば、その意味も理解されやすくなるというのは当然のことだ。

しかし、一次情報としてのアニメや音楽が使用できなくなると、ニコラーは情報を共有していない状態でコミュニケーションをとらなければならなくなる。これではニコニコ動画の存在意義がない。そこで機能した素材が上述した「アイマス」「東方」「VOCALOID」といったコンテンツである。外部から情報が入ってこないなら、自分たちで一次情報を作ってネタにしちゃえばいいじゃん!という発想である。多少堅苦しい言い方をすれば「大きな物語が提供されないところに擬似物語を捏造してのコミュニケーションを図る」ということになる。

この新方式はそれなりの成功を収めた。動画の再生数や、ニコニコ外部での言及の数を見てもそれは明らかだ。しかし、それらはやはりネタ的コミュニケーションというニコニコ動画の本質(あるいはかつての風景)からしてみるとあまり上手くいっていないように映る。ネタとしての強度が弱いのだ。テニプリやらき☆すたMADにコメントしていた頃の快感はやはりこれらのコンテンツからは生み出されていない。

その最大の理由は各コンテンツ間におけるネットワークの不在にある。初音ミクを楽しむ人もいれば、東方を楽しむ人もいる。しかし、初音ミクと東方を結びつけるようなMAD作法がいまだに確立されていないのだ。するとどうなるか。擬似的な物語の捏造は小さな共同体の中で消費されることになり、全体的な広がりを持たない。このように言うと、「いや、そもそもニコニコ動画は全体性を否定するメディアだ」と反論してくる人もいそうだがそうではない。少なくともβ時代においては、情報の共有が成功していなくとも、「全てがネタである」とするニコラー間の感覚の共有によってシルエットとしての大きな物語が存在していたのだ。

かくしてβ臭は崩壊する。その結果どうなるか。勿論、論理的に考えて起こることは各ジャンル間やカテゴリ間における内部の強化である。私が「プロ志向」と呼ぶものはまさにこれだ。「プロ志向」作品においてはネタ的コミュニケーションよりも作品における技術の高さや古典的な芸術性が求められるようになる。

「歌ってみた」はその最も分かりやすい例として挙げられるだろう。古くから名前を知られている歌い手達――J、雌豚、ゴム、いさじ、のど飴、nayutaなどなど――は、多くの場合アニメ曲を替え歌化した上で個性を出すように歌っていた。雌豚の「檄! ニュー速VIP団」などはサクラ大戦の主題歌を素材に歌詞を2ちゃんねるのVIP板住民にウケるようアレンジし、さらには単に上手く歌うだけでなく「鼻亀」「おまえかww」などのタグを乱立させる独創的な歌い方を試みていた。これらの歌い手の作品には確実に「β臭」が漂っていた。

これが最近になると事情が変わってくる。現在、「歌ってみた」カテゴリで上位にランキングされる作品の多くは、初音ミク、鏡音リン/レン、KAITO、巡音ルカらを中心とするVOCALOIDによって歌われた曲をさらに歌いなおしたものである。ここで重要なのは、そもそものVOCALOID曲にネタ分(=β臭)が少ないという点だ。これはクリエーターの心情を考えれば自然なことで、やはり自分が作った曲がネタとして消費されるよりも一つの音楽作品として受容してもらいたいと考える人が多いはずである。そして、元の曲にネタ分が少ない以上、歌い手たちもネタに走ることよりいかに上手く歌えるかという「プロ志向」を抱くようになる。歌和サクラ、花たん、halyosy、ちょうちょといった歌い手達は明らかに歌唱力が高く、ネタに走ることも少ないために、コメントにおいてもあまり草は生えていない。

とは言え、現在においてもβ臭を感じさせてくれるバ行の腐女子やよっぺいといった歌い手がいる以上、全てがプロ志向になったということはできない。しかし、今後運営側の規制が厳しくなれば、ますます元の楽曲が著作権を侵害しない(しにくい)プロ志向の歌は増えていくことになるだろう。私は何もプロ志向がよくないなどというつもりはない、実際に上述したプロ志向の歌い手の歌もマイリスに入れてかなりの頻度で聴いている。

けどさあ、やっぱβ臭がなくなるのって寂しいんですよ。それはニコニコがネタ的コミュニケーションから安全に開かれたメディアに変質することを意味している。そして、プロ志向の作品に対して私たちは「上手い/下手」という基準に頼ったコメントをつけることになるが、それはもはやユーザーのコメントがなくてもコンテンツとしての動画が成立しているということである。ニコニコ動画の双極性、つまりは提供者とユーザーが一体となって一つの芸術を生み出すというシステムは過去に例をみない素晴らしいものだったはずだ。

個人的な思い入れが強くなってしまったが、私がニコニコの現在について考えていることは以上である。これから「歌ってみた」カテゴリのお薦め動画を10個ばかり紹介するが、祈りをこめて、それらは全て「β臭」がするものにしようと思う。「プロ志向」はもはや私が評価せずとも絶賛/非難されていくことになるだろうから。


エントリーNO.1
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「プロ志向」がうんぬんと書いておいていきなり元プロを紹介するのもなんだが、激しくβ臭がする作品なのでおkにしてください。プリコさんは6人のキャラを使い分けてるんだけど、特に後半の幼女ソロが秀逸。最後まで聴くのがおすすめ。


エントリーNO.2
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初音ミクの代表曲である「メルト」の替え歌。「フラグ折れる音がする」のところに「謎の感動」があります。3日くらい家から出てない時にこの動画を見ると本気でせつなくなるので、普通にお仕事したり学校行ってる時に見た方がいいwww


エントリーNO.3
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キモオタのエロゲ愛が産み出した奇跡の名曲。何度も聴いてると自然に眼から汗が出ること請け合い。この曲には色々な歴史があるので興味あるひとは調べてみてください。ちなみに、これは本家だけどもっと上手く歌ってる人はいっぱいいます。だがしかし! 本家にはありえないせつなさがある! ロクジョウカン原理主義! 俺たちのメルトはここにある! キモいゆえの涙。ある意味新しい芸術です。

エントリーNO.4
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雌豚は名曲が多すぎて困ったけど、やはりこれ。言わずと知れた宇多田ソングですが、雌豚が歌うとマジで謎のせつなさがかもしだされます。笑いながら泣ける一曲。豚のおねえさんの名は伊達じゃないです。あととりあえず鼻かめ。

エントリーNO.5
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替え歌に定評のあるrecogさんから一曲。元ネタは誰もが知ってるバンプの天体観測。歌も上手けりゃ歌詞もうめえ。「運営!」には腹抱えて笑ったww ちなみにrecogに関しては、「翼をください」の替え歌である「彼女をください」もお薦め。

エントリーNO.6
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長門のテーマソングである「雪、無音、窓辺にて」をメタルギアソリッドネタに替え歌してみた一品。メタルギアやったことなくても感動できます。今だフォックス! スティンガーを打ち込めええええええええええ!!!!!!!!!

エントリーNO.7
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ここで取り上げてる作品の中でも一番β臭がする動画かもしれない。
元ネタはみんな大好きおっくせんまん! God knows…はどこに関係があるのか?と思うかもしれないけど最後まで聴けばわかります。終盤の展開が熱過ぎる。そしてストーリーも熱過ぎる。つーかパーヤンあほすぎだろwww

エントリーNO.8
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「黙ると死ぬ男」、底辺の歌い手といいつつ今の「歌ってみた」でトップクラスの人気を誇る歌い手、よっぺいのエントリー。あんまり聴きすぎるとデタラメ☆ウォンチューが耳から離れなくなるので注意。まさに期待の新人、これからのよっぺいが楽しみだぜ!! ちなみに「ロミオとシンデレラ」はマジで名曲(個人的にはボカロ曲で一番好きかも)なので、耳直しwをしたい人は「花たん」が歌っているやつを聴くといいと思うんだ。

エントリーNO.9
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史上最悪の歌詞であるにもかかわらず、いまだに高い人気を誇る。やはりニコニコ動画流星群から一つ選ぶならこれだろう。しかしここまで下ネタが沸いてくる脳みそってどうなんだ。

エントリーNO.10
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ここに並べた動画は別にランキング形式をとってないんだけど、やはり最後はオレがニコニコで一番愛する動画でシメたいと思う。パランティス組曲はランティス組曲のパロディあるいは返歌として作られた。ランティスの公式CDに呼ばれなかった歌い手達が怒りを込めて作った動画。それは単に本家よりも上手く歌おうとしたわけではなく、圧倒的なネタに満ち満ちている。最高の一品です。もってけ!セーラー服からハレ晴れユカイに入るまでのMCは号泣必死。「これが俺たちの答えだああああああああ!!!!」魂はしかと受け取った!!!ふともも、マジで愛してる。

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とりあえず、以上の動画を見たみなさんがニコニコできますように。

【追記】
エントリーNO.2を差し替えました。